第2話 自己嫌悪

あの頃、私は彼女のことを「大好きな友達」と思っていた。


女の子が好きというカミングアウトはあったものの、彼女にしっかり告白されたわけでもなく、恋人のようなことがしたいと提案されることもなかったから、私は彼女の事情をすっかり忘れていて、毎日チャットをし、週三日ぐらいのペースで電話をし、半年に一回のペースで会って出かけ、友達として接していた。


今思えば、私が気にしていなかっただけで彼女は私に恋愛感情を抱いて接していたのかもしれない。


私は佳恵のアカウントに投稿された写真や呟きを見て寝落ちしてしまった。

起きたのは昼の12時。スマホを開く。

真っ先に佳恵のアカウントを確認する。


1時間前に新しい投稿。

猫の道「おはよう!今日は西くんとカフェ!」


西くん...。高校の友達かな。新しいネットの友達?それとも…彼氏?

そういえば先週ぐらいの投稿で、最近ハマっているオンラインゲームで知り合った友達と、リアルで会う約束をしたことを嬉しそうに話していた気がする。その子かな。


よく見るとその投稿には返信がされていた。


「俺も楽しみ」


これか。


私はそのアカウントをタップして彼のことを調べる。

無駄に口元を隠し、真っ白に加工された自撮りばかりのアカウント。今まで何人もの女の子と同じようなやりとりをしているのが履歴からわかる。


佳恵はこんな子がタイプなのかな。

たとえ私が今から遊ぼうって連絡しても佳恵はこの子を優先するのかな。


それは嫌だ。


昨夜、彼女の投稿を遡ってみていたけど、男の子女の子、たくさんの登場人物がいすぎて覚えられなかった。いろんな友達がいて誰とでも分け隔てなく仲良くなれる佳恵に、あの頃の私は「憧れ」をかんじていた。


しかし、今佳恵に抱いているこの気持ちは紛れもない「嫉妬」だ。

友達がたくさんいる佳恵への憧れでも劣等感でもない。

誰とでも分け隔てなく仲良くなってしまう佳恵への嫉妬だ。


あの頃の佳恵からは、好きな人への特別感を感じていた。

私はそもそも仲のいい友達がいなかったから学校の話をしていなかったけど、

佳恵も私生活での友達の話をしていた記憶がない。

ネットグループの通話中も私にばかり話しかけてくれたし、こっちから連絡していなくても毎日チャットで話しかけてきてくれた。彼女の中では私が中心だと思っていたのに。って…


あれ。


もしかしたら私は彼女の気遣いを特別扱いだと思い込み、これは好意によるものだと捉えて、人から好かれる優越感に浸っていたのか?

だとしたら、このやり取りを見て抱いている嫉妬は偽物かもしれない。

これは嫉妬じゃなくてただの不満。自意識過剰。


私はやっぱり嫌な奴だ。初めて佳恵と電話した時も彼女に対して軽い女なのかと疑ったし、人の優しさを利用して気持ちよくなっていたわけだし。


本当に嫌な奴。

自分への嫌悪感が膨れ上がる。

そして心の中の天使と悪魔が言い争いを始める。


天使「初めて電話した日を思い出して。佳恵はあなたが好きだったから電話をしないかって提案をしてきたのよ。同性が好きだというのもあなたにしか言っていない。今はどうかわからないけど、あの頃の佳恵は、あなたのことが大好きだったはずよ。もちろん、恋愛感情の方で」

悪魔「なに言ってんだよ。仲良くなろうとしただけだぜきっと。あんなにフレンドリーな奴は、おまえ意外にもカミングアウトしていて、もしかしたら恋人だっていたかもな。女か男かはしらねぇけど。まぁ、お前の予想どうり尻が軽くて特定の恋人は作らないでヤリまくってた説もあるかもな。女でも男でも」

天使「なんてことを言うの!彼女はあなたを救ってくれたのよ。人見知りで奥手なあなたに手を差し伸べてくれてその子が秘密を打ち明けてくれたのに…。そんな軽々しく扱っていい話題じゃないわ」

悪魔「だって今のアカウントの雰囲気でチャラついてるのがわかるだろ?高校卒業して自由を手に入れて毎日が楽しいですって伝わってくるじゃねぇか。それなのにお前は相変わらず根暗で人見知りで、高校でも数人しか友達が作れなくて、大学では一人も友達ができなくて、バイト先でも自分から話せなくて、話しかけてもらってもろくに返せない。奴とは次元が違いすぎんだよ」


まだ昼の13時。外は晴れ。

なのに私は心をどんどん悪い方向に陥れている。どんどん自分を責めている。

涙も出ない。ただただ元気をなくすだけ。


深夜にふと思い出した過去の友達について考えていただけなのにここまで自分を追い詰めているなんて。それで休日を棒に振るだなんて。なんて最悪な日だろう。


私はスマホを置く。

ベットを出てコンビニに行く準備をする。お昼ごはんを買うために。


もう彼女のことを考えるのはやめよう。終わった話だ。

そもそも二年も話をしていない子だ。なんでその子のことを考えて今落ち込まなきゃいけないんだろう。もういっそのことミライのアカウントを消して、彼女の連絡先も消して完全に関係を断ち切ってしまおう。その方がいい。自分を苦しめるものはなるべくなくした方がいい。


その時スマホが震動した。

特に急いでるわけではないのでスマホを手に取り画面を開く。


佳恵「久しぶり。覚えてる?猫道だよ。今度どこか遊びに行かない?」


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