アンスリウム

芦舞 魅花

第1話 花言葉

なかなか眠れず天井を見つめる。

何の目的もなくスマホをいじってみる。

この繰り返し。明日は大学もバイトも何もないから寝付けるまでボーッとするしかない。


その時ふと、ある女の子のことを思い出した。


その子は私にアンスリウムの花のネックレスをくれた。

アンスリウムの花言葉は「煩悩」「恋にもだえる心」

これはアンスリウムが誰かに恋い焦がれる胸の内のようであることからこの花言葉になったそう。それを知ってか知らずか彼女はこの花が好きだと言って私にネックレスをかけてくれた。そして「また会おうね」と言葉を残した。




私は高校時代、慣れない環境で友達を全く作れなかった期間があった。それが寂しくてネットに出会いを求めていた。勘違いしないでほしい。私が求めていたのは恋愛やお金ではなく話の合う友達だ。面と向かって話す事は苦手だけど、文章のみの世界だったらいくらでも話せると思ったから。

そして案の定、複数の人と仲良くなった。女子男子問わず、年齢問わず、いろんな人が集まるグループができて、学校にいる時間も家にいる時間も関係なくチャットでいろんな会話をしていた。そこで彼女と出会った。


猫の道「ミライさんこんにちは。いつもグループに埋もれちゃってあんまりしゃべれないから個チャにきちゃいました」


猫の道

これは当時、彼女がネットで使っていた名前。


猫の道「私どうしてもミライさんとお話がしたくて…。

よかったら今から電話しませんか」


個人的に連絡してくれたのは彼女が初めてだった。

電話か…。

正直、会話は苦手だ。文章だったらスラスラ言葉がでてくるのに会話になると何を話してどうリアクションしてどう返したらいいかがわからなくなる。


でも、だからといってここで殻が破れないのは嫌だ。

もしかしたらこの勇気をきっかけに現実でも友達ができるかもしれない。

せっかく話したいと言ってくれているんだ。がんばらなくちゃ。


ミライ「猫の道さん。こんにちは。いえいえ個チャにきてくれてすごくうれしいです。お電話…緊張しますが大丈夫ですよ!お話ししましょう」


それからすぐ電話がかかってきた。

第一声で「緊張してるんですか?」と、彼女は明るく問いかけてくれた。

「えーっと…実は人見知りで。いままで文章だけで話してたからよかったものの、会話になると何を話せばいいかわからなくなっちゃうんです」

「そうなんですね。大丈夫ですよ!私がめっちゃしゃべるんで!」


話をしてみると、彼女はとても元気で素直な女の子だった。

私の一個年下でこのコミュ力…。すごいな。

彼女の話に出てきたのはチャットグループの他のメンバーひとりひとりの個性が見えるエピソード。他の人にも個チャで話しかけてるのか…しかも男性にも…。もしかして軽い子なのかな。


「実は私、あのグループのみんなで旅行に行きたいんです!オフ会ってゆうんですか?実際に会ってネット仲間からリアル友達になれたらなぁって。だから今は私がみんなに話しかけて回っていて…もしオフ会を企画したらミライさんは来てくれますか?」

「え、オフ会?!私電話でも全く喋れてないのに、現実で会ったらもっとつまらないよ」

「それじゃあ、私と仲良くなりましょ。で、そしたらグループと仲良くなりましょ。あんなに気の合うグループってなかなかないと思うんですよ。人見知りのミライさんでも絶対時間をかければ仲良くなれますから安心してください。ミライさんがみんなと仲良くなれたなって思ったら私に言ってください。そしたらオフ会、企画します」


すごくいい子。一瞬軽い子だと思ったことを反省した。

それと同時にこの子みたいに素直になりたいと思った。


「すごいね。私、猫の道ちゃんみたいになりたい。人見知りばっかりしてネガティブな自分がすごく嫌いだから…」

「なに言ってるんですかミライさん。ミライさんは明るくてかわいいですよ。人見知りなのは最初だけで今は普通に私と喋れてるじゃないですか。グループチャットで喋ってるときかわいいなぁって思ってたんです。私、実際に話してみてもっとミライさんのこと知りたくなりました」

「え、あ。ほんとうだ。あんまり無理しないで話せてる。猫道マジックだね。そんなこと言ってもらえてすごいうれしい」

「猫道…いいですねその呼び方!ラフな感じで。あ、今日夜更かししちゃいません?私ミライさんともっとたくさんしゃべりたいです!」

「私も、猫道ちゃんのこともっとよく知りたい。あ、敬語じゃなくていいんだよ。歳そんなに離れてないし」

「え、じゃあお言葉に甘えて…ミライちゃん」

「えへへ…うれしい。ネット界隈でちゃんとしゃべったの猫道ちゃんが初めてだから、今めっちゃ舞い上がってるよ」



「…えへへってかわいいなぁ。私、ミライちゃんのこと好きだな」




「!???」

「あ、えっと私の方こそ今ミライちゃんと話せてうれしいよ」

「え、あ、うん!ありがとう」

「…ねぇ、ミライちゃん」

「ん?」

「ミライちゃんは…女の子同士の恋愛はありだと思う?」

「…え?」

「気持ち悪いって思う?」

「えっと…そうだな…。そんなことないよ。恋愛は人それぞれ自由だし」

「そっか…」

「うん」

「私さ…女の子が好きなんだよね。女子、同性が。電話初めてする相手に言うもんじゃないと思うんだけど、それをちょっと知っていてほしいなって。ミライちゃんには」


ドキッとした。いきなり剛速球が来た。敬語をやめたのも数分前なのに、こんなカミングアウトがとんでくるとは・・・。

「…そうなんだ。初めてそうゆう人にあったからびっくりしちゃった。ごめんね」

「あ。いや、こっちこそごめんなさい。いきなりすぎたよね。びっくりさせちゃってごめん。もっと別の話ししよっか」

「え、うん」


あれから4年が経とうとしている今、この電話をしていたアプリはサービスが終了してしまった。学生だったのもあってあの後あっという間に忙しくなったし。それに高校に少し友達もできて、私はアプリを使わなくなり結局グループは自然消滅をした。


猫の道もとい高坂佳恵の連絡先は知っているものの全く連絡は取っていない。


実は4年前あのグループでのオフ会は実現できなかったけど佳恵とは数回お出かけをしたことがある。住んでいる場所も近くなかったから本当に数回だけだったけど。

リアルで会った佳恵はネットと変わらずフレンドリーで素直な子だった。

ただネットの雰囲気と違ったのはボーイッシュで男の子みたいな見た目をしていた事。もっとクラスの騒がしい女の子みたいな雰囲気だと思っていたから意外だった。


そして最後にお出かけをしたときに私にアンスリウムのネックレスをくれた。

「あんまりポピュラーじゃないけど私この花が好きなんだ」私にネックレスをつけながら話している佳恵の声は今でも聞こえてくるようだ。

今度遊ぶときは私がプレゼントを買うと約束した。でも約束は果たせていない。


あの頃、佳恵は確かに私を好きだったと思う。でも今はどうなんだろうか。私のことなんてまず忘れているかもしれない。


来月私は大学二年生になる。彼女は進学をしていれば大学一年生になる年だ。


また逢えたら何をしよう。アンスリウムのネックレスをつけてかなきゃ。

おうちに遊びに行くのもありだなぁ。もっと距離が近くなったみたいで。


久しぶりに連絡をしてみようかな。

そうだ…SNSの方は、まだやってるのかな。

私は衝動的に猫の道を検索してみることにした。

まだ使っているみたいだ。


が、何か違った。


現在の猫の道のアカウントは化粧品の写真が並び、自撮りをたびたび更新していた。その自撮りに映る女の子はあのボーイッシュな佳恵ではなく、女子になった佳恵だった。

太くて出したくないと言っていた脚は細くて白い脚でかわいいミニスカートを履いていて、ショートじゃなきゃ似合わないと言っていた髪は肩までの長さに切り揃えていて、地毛の色が大切だと言っていたのに茶髪になっていて、体に穴をあけるのは怖いと言っていた耳にはピアスが4つ開いていた。


男の子との2ショットだってあった。


彼女はもう、私のアンスリウムじゃない。そう知ると寂しくなった。

同性が好きだと言っていた佳恵ではもうなくなってしまった。

写真で彼女のここ数年を遡る。私の知らない彼女の履歴を。

なぜ今、こんな夜中に必要に彼女を知ろうとしているのか。

もう連絡も取らなくなった関係なのに、思いだして調べてみただけなのに、今更なんでこんなことをしているのか。


それは、あの時気づけなかった、彼女へのアンスリウムが私に、今、咲いたから。

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