ゆきうさぎとアカピッピミシミシガメ

山本アヒコ

ゆきうさぎとアカピッピミシミシガメ

 ここはとある国の研究所。白衣を着た研究者がたくさん働いている。

 そこの地下には広い部屋があった。ジャンボジェット機が入るぐらい広い。

 部屋はいくつもの小部屋に仕切られていた。小さいと言っても部屋の広さに比べてなので、一人暮らし用ワンルームほどはある。

 その小さな部屋は壁のひとつが全部ガラスでできていて、中がよく見える。

 小部屋の中にはネズミに犬や猫などの小動物、ライオンやサイにゾウなど大型の動物などが入れられていた。

 そんな動物園で見慣れた動物以外もたくさんいる。二足歩行する狼、馬の頭を持った大きな魚、背中に羽の生えたライオン、ユニコーンにペガサスなど、現実にはいないはずの動物たちもたくさん。


 小部屋の中に一匹のカメがいた。アカピッピミシミシガメ。

 アカピッピミシミシガメは、何十年も前に南極調査隊が見つけた、世にも珍しい南極に暮らすカメだった。

 アカピッピミシミシガメは変温動物なのに冬眠をしない。なので南極でも暮らしていけるのだ。体が冷たくなってもなぜか死なない。

 さらに不思議なのは、このカメはエサを食べなくても大丈夫なことだ。南極調査隊が観察したところ、エサらしきものを食べていなかった。しかし試しに魚や肉などを与えてみたらちゃんと食べる。糞もする。でも食べなくても平気。

 アカピッピミシミシガメは寿命も長い。食事もせずに百年以上生きる。

 その不思議な生態を調べるため、何匹かのアカピッピミシミシガメが捕獲された。それと同時に保護のため、無意味な乱獲は条約によって禁止される。

 しかし、長年エサを食べず長生きをするアカピッピミシミシガメに不老不死の可能性を見た何人もの高い地位の人間や大金持ちが、こぞって手に入れようと密猟を行った。

 この研究所にいるアカピッピミシミシガメも、そのなかの一匹だった。


 最初から一匹だったわけではなかった。南極で十匹以上いっしょに捕獲された。しかし次々と解剖や実験をされた結果、最後の一匹になってしまったのだ。

 研究所もただ減らすわけにはいかなかったので、繁殖させようとしたのだが、うまくいかなかった。まだアカピッピミシミシガメの生態は解明されていないことが多く、卵を産むことはわかっているが、まだ産卵の瞬間は確認されていなかった。

 一匹だけのアカピッピミシミシガメは、身動きもせずガラスの向こうを見ている。


 数人の研究者がやってくると、アカピッピミシミシガメの向かいにある部屋に何かを入れた。

 真っ赤な目をした真っ白いウサギだった。アカピッピミシミシガメと同じく一匹だけ。

「ついに捕獲できたのか」

「ああ。何度も失敗していたが成功したんだ」

「これがスノウ・ラビットか」

 研究者たちがガラスへ顔を近づけてまじまじと観察する。

 ウサギはというと気にしていない様子で、何度も左右に首を傾けている。

 アカピッピミシミシガメとウサギの視線が合う。どちらとも目を離さない。

 しばらくその場で話しこんでいた研究者たちだったが、しばらくするとどこかへ歩いていった。それからしばらくたっても、アカピッピミシミシガメとウサギは見つめ合っていた。ウサギの耳がピクピクと動き、ジャンプした。

 そのままガラスにぶつかると思われたが、なんとウサギはガラスをすり抜けてしまう。

 まるで何事もなかったかのように、ウサギは鼻をひくひくさせる。すると不思議な事にアカピッピミシミシガメの入っていた部屋のガラスが上に開き始めた。そこからゆっくりと外に出るアカピッピミシミシガメ。

 ウサギが顔を横に向けた。するといくつもの小部屋のガラスが同じように開き始めた。犬猫猿象、ユニコーンペガサスミノタウロス、空を飛ぶ魚や蛇にトカゲ、人間より大きいタコやイカとカニが一斉に外へ出てくる。

 解放された生き物たちは出口に向けて殺到する。研究所は大パニックだ。


 ウサギはその場で体を伏せた。その背中によじ登るアカピッピミシミシガメ。背中にカメを乗せたウサギは軽快に跳ねていく。

 大混乱の廊下をウサギとアカピッピミシミシガメが進む。散らばった書類や何かのボンベとそれを運ぶカートを左右に、ときにはジャンプしてよけていく。ときおり研究者が捕まえようとしてくるが、速すぎて捕まえられない。

 外に出た二匹の前には、研究所を囲む高い壁があった。しかしウサギが足に力をこめてジャンプすると、簡単に壁を越える。

 研究所は雪が積もった山の奥にあった。雪をものともせずウサギは跳ねる。

 しばらくするとウサギの数が増えていた。ウサギは雪の中から次々に出てくる。数匹から数十匹。いつの間にか百匹ほどに。みんな赤い目の真っ白いウサギだ。

 ウサギの前に崖があった。かなり高い。しかしウサギは足を止めない。

 崖の手前で一塊になったウサギは一斉に足に力をこめ、ジャンプした。

 アカピッピミシミシガメを乗せたウサギたちは、重力を無視して高く高くジャンプした。そのまま下に落ちることなく、風に乗ってどこまでも跳んでいく。


「きゃあ!」

 幼い女の子は突然上がった水しぶきと音に驚いた。

「なんでなんで?」

 公園で遊んでいた女の子は、急いで池に近づく。落ちないように池を囲んでいる柵から身を乗り出して、波がおさまらない場所を見る。

 そうすると池に何かが浮かんできた。白いものがたくさん。ウサギたちだ。

 女の子は目を丸くする。

 たくさん浮かぶ白いウサギたちのなかに、二つのものが浮かんでくる。アカピッピミシミシガメだ。ただし、二匹。

「おかーさーん! ウサギとカメがいるー!」


 二匹のアカピッピミシミシガメは頭を擦りあわせている。

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ゆきうさぎとアカピッピミシミシガメ 山本アヒコ @lostoman916

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