第39話
「それじゃ早速だけど瀬奈。お前に任せたいことを伝える」
「了解。いつでもいいわよ」
棒付きキャンディを口に咥えた瀬奈はPCを起動して聞く体勢に入る。
どうやらメモもデスクトップ上に保存するつもりらしい。どこまでもデジタルだ。
「まずお前にはこの住所地の見取り図を入手してもらいたい。入手先は市警察署もしくは不動産会社が候補だが、過程は問わない。お前の好きにやってくれ」
差し出した住所地は現在地からキャンピンカーで移動できる襲撃候補である。
「――えっと」
苦笑の瀬奈。プログラミングにそれなりの知識があるとはいえ、俺は実践したことがない。
もしかして無茶を言っただろうか。だが、高校の監視カメラを全台ハックできるような女であれば、これぐらい容易いと判断したのだが。
いや、スペックの問題か。実力は申し分ないが、機器の性能の方が彼女に追いついていない、と。
となると、まずはそっちを押える計画に修正する必要があるな。
最悪、建物の構造を把握せずに潜入・奇襲を仕掛けることになるが、できる限りリスクは取り除きたい。
そのためには施設の構造、間取り、死角になりそうな場所などは把握したいところ。
欲を言えば暴力団事務所に監視カメラが設置されているなら、それを乗っ取れればベストなんだが。
「難しいか?」
「いや、私が苦笑を浮かべたのはどうしてすでに目星しいところがリストアップされているのかってことよ。てっきり一から目的地を探すものとばかり思っていたから拍子抜けだわ」
なるほど。瀬奈は暴力団事務所がある場所そのものを特定しにかかろうとしていたわけか。なんというか彼女のことを過小評価し過ぎていたきらいがあるな。上方修正しておこう。
「俺の取り柄は広く深くあらゆる物事に精通していることでな。報道などで公表されている暴力団事務所なら全国全て頭に入っている」
「……はっ?」
その反応はまさしく絶句だった。
まあ気持ちはわかる。今となっては非常にありがたい知識だ。
「とはいえ、中には非公表のものもある。さすがにそれらは俺も知らない。知る術がないからな。もしも探ることができるなら隈なくやってもらえるとありがたい」
「呆気に取られて物も言えないけれど……了解よ」
「瀬奈にお願いしたい情報には優先度がある。①俺が提示した住所地の見取り図②その施設の監視カメラ及び遠隔地から操作することができる装置の有無――警報等だな。③その建物に潜んでいると思われる人数並びに詳細――は警察署内のPCか県警本部あたりになるだろう。そして最後④その他。これは①〜③を検索した上で余力ができれば、俺と霧島先輩が奇襲を仕掛ける上で有力な武器になりそうな情報があれば拾っておいて欲しい程度だ。さっきの非公表の暴力団事務所の場所等になるな」
「――(カコッ)りょーかい」
瀬奈は口の中でキャンディを転がしながら淡々とデスクトップにメモを取っていく。
俺は最後に重要な確認を行う。
「①〜③の情報を入手するのにどれくらい時間がかかりそうだ?」
移動時間や襲撃後の計画から逆算して一週間程度でこなして欲しいところだ。
だが、彼女からの返答はいつだって俺の期待を上回ってくれる。
「そうね。大事を取って三日もらえるかしら。秋葉くんから命令された情報は必ず引き摺り出してみせるわ」
「助かる。それと悪いな。頼ってばかりで」
「全然。むしろこれぐらいしかできないことが申し訳ないぐらいよ。いつだって一番危ないのは貴方と霧島先輩なのだから」
「そう言ってもらえると本当に助かる。次に精神ケアについてだが、こちらは村雨先生にお願いするつもりだ。情報収集が最優先とはいえ、必ず受診してくれ」
「わかったわ」
「それと――」
「――相変わらず注文が多いわね」
「すまない。これで最後だ。今回こそ武器の調達回収は俺と霧島先輩で行うが、その後は準備が整い次第、さらなる在庫の確保のために警察署に向かう。弾丸と銃を補充するためだ。瀬奈にも最低限の戦力――具体的に言えば護身術を覚えてもらう。と言っても腕力の差を覆すことは難しい。だから銃の取り扱いだけは必須だ。つまりガンコントローラーとVRを使った練習は今後も継続してもらう。実際、手にすれば実物とのギャップもあるが、それでも雰囲気を理解しているのとしていないのでは習得に大きな違いが出るからな。あくまで
「本当に色んなことを考えているのね」
「それが俺の唯一の仕事だからな」
☆
「では次は私の番だな。よろしく頼む」
「はい、こちらことお願いします。早速ですが、作戦の概要に入ります」
瀬奈から霧島先輩に交代した俺は引き続き個別会議を継続する。
「とその前にこれを」
「これは?」
俺は取り出したのは瀬奈に頼んで加工・印刷してもらったハンドサインの絵図である。
「緊急事態を除き、まず例外なく俺と霧島先輩があらゆる場面で切り込みを担当することになります。これはチームの戦力から考えて変えることのできません」
「だろうな」
「つまりこれから俺と先輩は阿吽の呼吸で戦闘ができることがベストとなります。信頼関係はすでに構築できていますので、それができるのも時間の問題でしょう。ただし、場合によっては意思疎通できない状況に遭遇するかもしれません」
「そんなことがあるのか?」
「たとえば声が出せない状況」
「! ……なるほどな」
「チームの中で人質になる恐れがある順番を上から言えば玲ちゃん、瀬奈、村雨先生となります。俺と霧島先輩はよっぽどの遅れを取らないかぎりは大丈夫でしょう。仮にそういう自体に陥った場合、すでに負け戦とはいえ、最後まで抵抗します。しかし、視線だけでは意思疎通に限界があることも事実。なのであらかじめ俺と霧島先輩しか分からない符号を設定しておきます。最終的にはチーム全員に浸透させますが、まずは俺たちです」
「君は本当に抜け目がないな。ありとあらゆる状況・事態になることを想定して策を練っている。惚れ惚れするよ」
「お褒めにいただき光栄です。と言っても符号を使わなければいけない場面なんてごめんですが。大変申し訳ございませんが、三日で覚えてください」
「全力を尽くそう」
「さて、それじゃ本題ですが、暴力団事務所の潜入、制圧するために見取り図は瀬奈が工面してくれています。本来詳細を詰めるのはそれを入手してからにはなるんですが――王道の挟み撃ちで行こうと考えています」
「ほう」
霧島先輩が舌舐めずる。唇に艶を帯び妖艶という言葉が脳裏によぎる。
暴力団事務所を襲撃すると宣言してアドレナリンが放出される女子高生は世界広しどいえど、彼女ぐらいのものだろう。
「暴力団事務所にはまず間違いなく裏口があります。表口からは霧島先輩が感染者から逃れてきた体で扉を開錠させようと考えています。むろん、その役は俺でも構いませんが――」
「――いわゆる色仕掛け、だろう? 安心しろ。男の君にそれをさせるほど私も女を捨ててはいない。自分が男好きする身体つきをしていることぐらいは自覚している」
「一方、俺は先輩の潜入と同時に強引に裏口から潜入します。招き入れた男の意識もすぐに後方へと向きます。意識が削れれば制圧はそこまで難しくないでしょう。ちなみに瀬奈には内部の様子を盗視できないかお願いしてあります。もしも真剣が確認できた場合、前後の役割を入れ替えることも考えています」
「承知した」
「詳細はまた後日、三日後に詰めます。ざっくり、こう考えているというぐらいに思っていてください。それと今回の襲撃で初めて健常者を殺める恐れが十二分にあります。先輩にはそれを踏まえたカウンセリングを村雨先生から受けてもらう所存です」
「こればかりはやむを得ないか。躊躇していればこちらがやられる」
「はい。こればかりは俺のチカラ不足です。いくらでも恨んでください」
「恨む? 感謝するの間違いだろう。君が警察署ではなく暴力団事務所を選定したのは私に子どもを手にかけさせないためだろう?」
「……気づいていたんですか」
「さすがにな。すまないな。戦力しか取り得のない女を拾ってもらったのに」
「それについては気にしないでください。子どもに手を出せる大人の方がよっぽど異常ですよ。ただし、感染者の子どもは別です。彼らは子どもの形をした別の生物――その克服は必ずしてもらいます。これはチーム全体としても霧島先輩の安全確保のためにもです。ここは譲れないことはわかってください」
「ああ。もちろんだ。正直に言えばな、私は最近までなぜ君が村雨先生を仲間に引き入れたのか分からずにいたのだよ。いや、優秀であることは知っている。医療方面にも精通している。必須な存在だろう。だが、それでも腑に落ちなかった――だが、今ならわかる。君はチームの精神が壊れるリスクを抑えようとしている。そうだな」
当然だ。何度だって口にするが、もはやこの世界の規律やモラルは死んでいる。平和ボケした価値観、思考、精神のまま行動していればすぐに尊厳は失われる。
そうならない――させないためには残酷で冷徹で冷酷な行動を選択せざるを得ない。
それは争いがない日本人には重たく心にのしかかってくる。
そう言った意識改革、精神ケアのために村雨先生にはチームに入ってもらっている。
人間の心は脆い。廃人になど簡単になってしまう。それを阻止するために彼女はここにいる。
「君は絶対に敵に回したくないな」
☆
「というわけで村雨先生には瀬奈の犯罪行為による罪悪感や感染者に対する恐怖の緩和、殺人への価値観変革、日常の変化による精神崩壊を阻止するための診療を、霧島先輩には人を殺めざることを得ない状況であること、またそうなってしまった場合における心的損傷の除去、罪悪感を覚えさえない意識改革――そして、過去のトラウマから来るであろう子どもの感染者を襲えない弱点の克服を催眠療法使いながらお願いします」
「年下の坊やからコキ使われるようになるとは――私も落ちたものだ。それより君の性欲処理は含めなくていいのかい? お姉さんにその情欲をぶつけて――」
「――以上です」
「君は本当にブレないな。まあいいだろう。承知した。安全な旅を保障してくれるなら、その分の働きはしてみせよう」
さあ、
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