第40話
三日後。
期待通りの活躍をしてくれた瀬奈から見取り図を受け取った俺は早速作戦の修正に入っていた。
「間取りは3LDK。事務所に滞在している組合員は入り口の監視カメラの映像から三人〜四人か」
周辺にある暴力団事務所は三つ。いずれも頑丈なガレージや壁で覆われおり、潜入は困難なことが予想される。
突破するには霧島先輩のハニトラによる解錠が選択肢に上がるが、俺が裏口から潜入・奇襲を仕掛けられないのでは彼女にかかるリスクと負担が大き過ぎる。
見取り図や事務所に潜伏しているであろう想定人数、周囲の状況など、俺が作戦を練る上で重宝する情報がまとめられた資料を眺めながら長考する。
瀬奈から借りたボールペンをカチカチと鳴らしながら思考の海を底深く潜る。
そもそも楽に潜入できる前提が楽観し過ぎていたか……。
「ちなみにAとBの事務所には警報機と入り口のみ設置された監視カメラ、Cの事務所は室内にも監視カメラが設置されているわ」
「その支配権は?」
「誰に聞いているのよ。自由自在よ。警報機が不良品――なんてイレギュラーさえなければね」
俺は再び資料に目を落とす。
「……ガレージはどうだ? 開閉できるか」
「余裕」
手でV字を作りながら勝ち気な笑みを浮かべる瀬奈。本当に心強いな。
後方支援において彼女以上に右に出る者はいないだろう。
もう一度A〜Cの事務所を巨大検索エンジンの衛星写真を活用しながら眺める。
事務所Aの潜伏想定人数は四人〜六人。壁とガレージにより周囲は堅牢。ガレージは外観がオープンタイプのため、移動手段だと思われる車は一台を確認。室内に監視カメラはなく、入り口のみ設置。
BとCは複数階建て、ガレージがシャッター型、さらに潜伏が想定される人数が多いと思われる。
こちらの戦力は俺と霧島先輩の二人。相手は腐っても暴力団の組員。一つミスをすればこちらがやられる。
……入り口の監視カメラの支配権を奪うことができれば、奇襲は可能だ。
だが、いくら見取り図で構造を理解しているとはいえ、どこに潜んでいるか分からない状態で潜入するのは――さすがに無謀か。
押すのはダメ。ならば――。
「瀬奈、Aの事務所の警報機と隣接している施設のそれを同時に鳴らすことはできるか? できれば感染者が寄ってくると不安にさせるぐらいの大音量が望ましい」
「えっ、ええ……調べてみないと断言はできないけれど可能だとは思うわ」
「――それとここ。空き家か?」
「そうよ。けれどそれがどうかしたの?」
「これでこの作戦は二回目か。バカの一つ覚えだが、それなりに有効ということか」
「?」
「作戦を変更します。詳細を伝えますので村雨先生と霧島先輩もこちらに来ていただけますか」
☆
「よくもこんな無茶な作戦を思いつくものだ。しかし、大丈夫なのかね。これまたずいぶんとリスキーじゃないか。さすがの私も丸焦げになった人間を蘇生させることはできないぞ」
「村雨先生の言うとおりよ。車から飛び降りるなんて本当に大丈夫なんでしょうね?」
「秋葉。私が潜入するリスクを考えてこちらの作戦に変更したのだろうが、君がケガを負えばなんの意味もない。本当にこれだけの作戦を実行するだけの意義があるのか?」
俺のプランに三人は案の定、苦言を呈してくる。だが、決断は変わらない。武器を入手するためには暴力団事務所か警察署、このどちらかだ。
ここで多少の無茶をしなければ強力なカードを得られなくなる。長期的な目で見れば、ここが勝負どころだ。
パンデミックにおいて完全な安全は不可能だ。必ずどこかでリスクが発生する。遠隔から感染者を屠ることができる実弾と銃。
それを得ることによる恩恵は計り知れない。これまでガンコントローラーで練習してきた時間や説明も無駄になってしまう。
「悪いが今回はリーダー命令で強行させてもらう。上に立つ物の役割は命令すること。ただそれだけに価値がある。安心しろ。必ず成功させて戻ってくる。というわけで詳細をお伝えします。まずは下見をしてから――」
詳細を伝えたあと、必要なものを揃えるなどの準備と下見に三日を費やし、いよいよ本番の日を迎えた。
決行当日だ。
「これより武器回収作戦を開始する。準備はいいな?」
『了解』『承知した』『いつでも構わないよ』
☆
「クソが! 何が一体どうなって! 街が化け物になっちまった!」
秋葉チームが奇襲を仕掛けてくることなど夢にも思っていない組合員A。
「落ち着け。事務所は堅牢な壁とガレージで囲まれてんだ。食料がある内は問題ねえさ。食料があるうちはな」
事務所内の組合員は全員で四人。
電話番で待機していた人物が二人、組合の序列において中堅が二人である。
そんな彼らの籠城生活は全く予期しないタイミングで終わりを迎えることになる。
『(けたたましいサイレン)火事です! 火事です! (けたたましいサイレン) 速やかに避難してください!』
「「「なっ⁉︎」」」
事務所内に鳴り響き警報音。それは室内だけに限らないことに気づくのに時間はかからなかった。
「隣の空き家が燃えて……周囲の建物に飛び火してますよ!」
「なに⁉︎」
すぐに窓のブラインドを指で下ろし周囲を確認すると、たしかに空き家が燃えている。
その火に当てられたせいで周囲の警報が作動していると理解する。
「チッ、クソが! よりにもよってなんで隣で火事なんか! 空き家だったはずだろうが! さっさと消火してこい!」
「無茶言わないでくださいよ! どっ、どうします? うちなら壁で覆われてますし、このまま立て篭もっていても――」
「バカやろう! ちゃんと考えてから発言しろよてめえ! どの道食料が尽きりゃ、ここから出なきゃなんねえだぞ! しかも周囲には飛び火した施設のうっせえ警報音。嫌でもやつらが寄ってくるぞ! 逃げるなら今しかない! おい! さっさと武器を集めて車に積み込め! ひとまず逃げるぞ! 考えるのはそれからだ!」
暴力団事務所内外に鳴り響く警報音。
すぐ隣で燃え上がる空き家。飛び火していく光景。
それらは籠城を決め込んだ彼らから待機という選択肢を奪う。
唯一の移動手段である車まで使い物にならなくなっては話にならない。
大方、そういった思考回路である。
よもや、まさかこれが高校生一人の思考によるものだとは夢にも思うまい。
「荷物をまとめやした!」
「よし、すぐに詰め込め! 出るぞ!」
「「「了解!」」」
☆
空き家にガソリンをばら撒き、放火した俺は、指でハンドルをトントンと置きながらそのときを待つ。
ちなみに俺が奪った車は感染者から逃げる途中に襲われたいのか、座席に血痕がべっとりと付着していた。
汚ねえな。と思いながらも贅沢を言っていられる環境じゃない。なにせ鍵付きの車を見つけるのに最も時間を要している。
俺は助手席に置いた物干し竿とローブ、スケボーを一瞥し、心の準備に入る。
肘、膝、頭にはサポーターとヘルメットを装着。
『システムの解錠を確認。カウント開始。十、九、八…』
イヤホンマイクから聞こえてくる瀬奈のカウントをまぶたを閉じながら聞く。
ギアを入れアクセルを入れるまで作戦内容を反芻する。
☆
「火事と爆音で組合員を誘き出す⁉︎ 正気なの秋葉くん⁉︎」
「ああ、正気も正気だ。幸い俺たちがこれから奇襲を仕掛けようとしている事務所は車が保管されているガレージに向かって射線が空いている。やつらには『ここにはいられない!』と思わせ、武器を車に積み込ませる。で、車を出そうとしたときに俺がドーンだ」
「ドーンって……遊びじゃないんだぞ秋葉」
「わかってますよ先輩。なにも運転席に乗ったままぶつかろうってわけじゃないんです。ちゃんと脱出用の道具は揃いましたし、身体を守るための装備もあります。問題ありませんよ」
☆
『……二、一――GO秋葉くん! 今よ!』
瀬奈の演算装置により、計算されたタイミングでギアを切り、アクセルを踏み込む俺。
ブゥゥゥゥとエンジンを吹かせたその轟音が背後から聞こえてくる。
作戦の全貌はこうだ。
堅牢な施設であるなら、相手の方から出てきてもらう。当然、逃げる選択をすれば武器を車に積み込んだ上でズラかろうとするだろう。そこにガレージが開いた瞬間に全力疾走した別の車が衝突。運転する俺は物干し竿とロープを使い、座席に結びつけることで、アクセルを踏んだままの状態を維持し、タイミングよく運転席からスケボーを使って脱出。
彼我の距離○メートル。
運転席の扉を開けて、勢いよく飛び出す俺。
刹那、
――ドオオオオオオオオオオオン!!!!
と凄まじい轟音。大容量の金属と金属がぶつかり、すさまじい破壊音が周囲一体を覆い尽くす。
鼓膜が破れそう音に気を取られそうになるが、当の本人である俺は気が気じゃない。
飛び出したスケボーは凄まじいスピードで疾走し、その制御に全集中を割く。
まだ終わりじゃない。これだけの大規模作戦だ。ただでさえ警報音に釣られて感染者が集まってきている。
『無事なの秋葉くん⁉︎』
『ああ、問題ない。それより組合員を乗せた車はどうなっている⁉︎』
『大丈夫。計算通り押し返された形で事務所内に留まっているわ。すごい光景だったわよ。一トン以上ある重たい車が宙を舞って何回転もしたんだから』
ここからの作戦は外で待機していた霧島先輩と合流。
車が押し込められた事務所に潜入し、外から感染者が詰めかけてこないよう瀬奈の操作によりガレージを閉鎖。
武器を回収後、約束地点で落ち合う手筈だ。
『待っているぞ秋葉――!』
『すぐに駆けつけます。待っていてください!』
さあ、大詰めだ。
☆
時速数百キロの物体との衝撃は凄まじかったんだろう。車に乗車していた組合員は全員意識を失っていた。
なんの恨みもないが車から引きずり出し、隠している武器を全て回収、万が一意識が戻っても襲撃されないようロープで手足を縛って拘束。トランクに詰められた武器入りのバックを無事に回収し、いよいよ霧島先輩にどうしても与えたかったそれを選んでもらうことにした。
「さあ、お好きなものをどうぞ」
「ほう……『骨喰』に『九鬼』か。素晴らしいな」
「まさか……二刀流ですか?」
「別にいいだろう。刀は切ってこそ価値がある」
バックに収められていた刀を物色していた霧島先輩のお眼鏡に叶ったのは『骨喰』と『九鬼』だった。
「さて、作戦は君の計画通り成功したわけだが――これだけの感染者を捌いて合流地点に向かうことも読み通りなのかね? だとすればますます人遣いの荒いリーダーだと評価を改めなければならないが」
唯一、誤算があったとすれば、感染者の群れる速度だ。
周囲を巻き込んだおかげで籠城していた健常者も逃げ出し、それを感染者が貪り食う。さらには放火した家が燃え上がり周囲を巻き込みなどまさに地獄絵図が広がっていた。
いや、阿鼻叫喚か。
どちらにせよガレージが開いた先の光景はおぞましいの一言だ。
「先導は私がしよう。なに心配する必要はない。君には指一本触れさせないことを約束うるよ」
鞘を預かり、バックを背負う俺。
重さはそれなりにある。
先導――というより誘導は先輩に任せっきりになるだろう。
「お願いしてもいいですか?」
「ああ、任せたまえ」
真剣を握った霧島先輩は火と感染者の中を率先して切りぬけ、その前後に鮮血が舞っていく。まさしくその光景は鬼。
けれど美しい鬼だった。
俺のチームは一体どれだけ頼もしいのだろうか。……あまりに強力過ぎて俺の存在価値が薄れていくような気分だ。
「それで? このあと君は私たちをどこに連れて行ってくれるのだね? たしか旅をさせてくれるのだろう? こう見えて私は食にはうるさいのだが」
『あっ、それ私も気になっていたのよ』
『そうだね。私も霧島くんに賛成だ。これだけ人遣いが荒いんだ。美味しいものぐらい食べさせてくれるのだろう?』
あいかわらずこの状況でずいぶんと余裕なメンバーである。
俺は口の端を緩めながら、彼女たちの期待に応えるようにこう答える。
それは以前から俺がずっと胸に秘めていたプランの一つだった。
「そうだな――じゃあ蟹でも食べに行くか」
『虐げられてきたぼっち、崩壊した
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【あとがき】
拙作『虐げられてきたぼっち、崩壊した
定番の『デパート』や秋葉の『三股』など、第二章以降の構想はありますが、更新時期未定のため、40話にて完結とします。
多重影分身を習得したいです。
体力・時間が圧倒的に不足しておるのですよ。続編書きたいんですけどね。
それ以上に新作を投稿したい欲が抑えきれず。申し訳ない。
とはいえ、文字数にして12万字。文庫本一冊分の分量。
チーム秋葉の結成、兄と弟の確執に終止符、世界の命運をかけた父と息子の盛大な親子喧嘩開幕、霧島先輩に真剣を握らせるなど区切りとしては悪くないかな、と。
というわけで、改めましてご愛読、本当にありがとうございました!!!!
書いているときに異世界帰還者のアポカリプスなんかも面白そうだよね、とか思ったり思わなかったり。
これからも節操なく作品は投稿し続けるので、琴線に触れた方はぜひユーザーフォロー(https://kakuyomu.jp/users/1708795)していただければなと。
ではでは。一章最終話までお付き合いいただき本当にありがとうございました!
次回作にご期待ください! アデュー!
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虐げられてきたぼっち、崩壊した世界《バイオハザード》で覚醒する 急川回レ @1708795
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