第15話
「ここはもうすぐ突破される。君もここから避難した方がいい」
「嫌です!外には化け物がたくさんいました。ここから出るなんてありえません!」
偶然出会った少女は後輩だった。リボンの色が違う。どうやら忘れ物を取りにきたところを感染者に追われてこの倉庫に駆け込んだらしい。
おそらく平石はその後に籠城した形だろう。
忌々しい喚き声がすぐ近くで聞こえてくる。できる限り頑丈にバリケードを張ったものの、突破されるのは目に見えている。通気口から外に出ることを勧めたが、彼女は賛同を示せなかった。
「そっか……それじゃ残念だけど俺は脱出するよ。ちなみに通気口はあそこにあるから。逃げ込むならそこへ」
通気口を指差す俺だったが、どうやらその対応は気に入らなかったものらしく、
「はぁっ⁉︎私を残して出て行くんですか⁉︎」
そりゃそうだろ。他人の話に耳を傾けない上にお前が残ると主張しているんだ。俺にどうしろと。
「元はと言えばあなたがこの部屋に化け物を集めたくせに!それまでは安全だったんです!責任を取って私のことを守ってくださいよ」
……参ったな。論理がめちゃくちゃだ。いやそもそも破綻している。
もはやこの世界に安全な場所なんてない。それを理解していないようでは彼女の命は短い。
とはいえ、彼女の言わんとする『感染者の大群を引き連れてきたのはお前だ』はその通りだ。
説明する義務はないが彼女に最期のチャンスを与えるのは俺の役目だろう。
「君を守るためにはここから脱出して次の安全地帯(そんなもんねーけどな)に避難する必要がある。その証拠に――あれを見ろ」
俺は別室のバリケードを指差す。施錠した上に段ボールやラックなどで覆っているにも拘らず、バンバン、と扉の隅が開き始めている状況だ。
もちろん俺と彼女二人で押し返しながら彼らが退くのを待つ選択肢もなくはない。
だがチカラ負け――いや、重量に押し切られてしまった場合はいよいよバッドエンドだ。
この狭い倉庫で戦闘しても二分と持たない。
「それをなんとかするのがあなたの役目でしょう⁉︎無責任なこと言わないでくださいよ!」
言ってもわからぬ馬鹿ばかり…ってやつか。
これ以上は時間の無駄だな。そう思った矢先のことだった。
『秋葉くん良い知らせと悪い知らせがあるわ。どちらから聞きたいかしら』
心理的にこれ以上面倒くさいことが御免だった俺は目の前の少女を無視して、
「良い知らせを聞かしてくれ」
「はいっ⁉︎」
お前には話しかけてない。まっ、説明も割愛させてもらうがな。
『脳筋と村雨先生が見つかったわ』
「へえ。それはたしかに朗報だな」
監視カメラをハックさせたのはやはり正解だった。
当てもなく彷徨うよりも何百倍も効率がいい。
「じゃあ悪い知らせも聞いておこうか」
『村雨先生が保護、監禁、籠城のいずれかにあっている可能性があるわ。生徒と教員、複数人が美術室に籠っているのよ』
「なるほどたしかにそれは悪い知らせだ」
村雨先生は変人だが腕のある医者だ。それは間違いない。この状況で行動するに当たって絶対に欲しい人材。問題はその美術室でヒエラルキーが生じているか否か。筆頭、リーダー格の指示により行動する組織になりつつあるようなら……。
『うっ……』
「どうした?大丈夫か瀬奈!」
「ねえさっきから誰と話しているんですか!」
「黙れ」
「なっ――!」
「まさかバリケードが破られたのか⁉︎」
『いえ、ごめんなさい。悪趣味な光景に耐えられなくて』
「悪趣味?」
『美術室にいた男子生徒がカメラを身体に結び付けられて無理矢理外に追い出されて……それで彼らの餌食に』
それを聞いた瞬間、嫌な予感がした。そういったことをしそうな人間に一人思い当たりがあるからだ。秋葉傑――俺の兄だ。
俺が校内の様子が気になったように兄もそれが気になっているんだろう。生存率を一%でも上げるなら当然だ。
だから美術室内のヒエラルキー下層の生徒にスマホのカメラを結びつけて外の様子を伺わせているんだろう。きっとその情報から次の作戦を練ろうとしているに違いない。
この世界の秩序は崩壊した。それは間違いない。
生存が善で感染することが悪の世の中になってしまった。
どれだけ卑劣で強悪な手段でも生き延びるためなら正当化される。
だが、兄の方法はナンセンス。品が感じられない。生理的に無理というやつだった。
俺は次の方針を決定した。
「霧島先輩を回収したあと、拠点に避難して三人で作戦を練り直す。オーバー」
『了解よ。オーバー』
「ちょっ、無視してないで説明してください!」
「今すぐ俺はあの通気口から脱出する。お前に残された選択肢は二つ。黙って俺の後を着いてくるか、このままこの倉庫に籠城するか。自分で決めろ」
そう言って俺はラックをよじ登り通気口の四方に留められているネジを外しにかかる。
取り外した後は彼女の動向を確認するものの、やはりロッカーの中で息を潜めることを選択したようだった。
自分の命は自分で守る。当然のことだ。
俺は彼女の意思を尊重し、這うようにして通気口へ身を潜める。
密閉された狭い空間を筋力で前進していくなか、
「いやっ、来ないで、ママ、助けてマ――いやああああああああっ‼︎痛い、痛い、痛いっ!噛まないでっ、引き千切らな――ぎゃああああああああっ!」
それは絶望と恐怖が入り混じった悲鳴だった。どうやらバリケードは五分と持たなかったらしい。肉を貪る無慈悲な音が通気口に流れ込んでくる。
助けられなくて悪かった。
お詫びをした俺は霧島先輩の合流を急ぐことにした。
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