第14話

「やっべ……!」

 ゾロゾロと技術室に湧き始める。

 歩み寄る速度こそゆったりとしているが、その数がいかんせん多すぎる。


 ――バンッ‼︎


「おいおい嘘だろ……!」

 俺の視線の先にもう一つの扉を破壊し、侵入してくる感染者の大群。

 バリケードむなしく前後両方の扉が破壊されてしまっていた。


 単体では脅威になりえないそれも二、三十人湧き始めれば絶対絶命だ。


 ――ぐちゃっ、バキッ、ぐちょ……!


 息を潜める俺のそばで平石を食す音が響き渡る。

 奴らが湧くことはわかっていた。あれだけの騒音を垂れ流していたんだ。


 だからこそ俺は平石の死体を両扉の中央に運んでいた。

 餌に気を取られてそれ以上進行させないためだ。

 だが、想像以上の数。このままだと俺も彼らの餌食になるだろう。


 周囲を見渡す。安全に外部に出る方法はないか。

 出入り口とは反対側の窓ガラスを突破――いや、無理だ。いくらなんでもリスクが高すぎる。そもそも三階のこの部屋から地上に出ることは自殺することと同義。

 運良く一命を取り留めても第二の心臓である足が機能しなければ、どちらにせよ待つ未来は死のみ。


 さて、どうするか。いよいよ本格的にやばいぞ。

 第三者が見れば確実に終わった状況だ。

 なにせこれだけの危機的状況にも拘らず、一切解決策が浮かんでいないんだから。


 口で息を吸う。全集中。脱出の呼吸だ。

 正面突破の可能性。まずはそれをシュミレーションしてみる。

 両手にはバール。二刀流だ。四方に散りつつある感染者の脳を的確、かつ迅速に破壊していく。スペアは一本。仮に引き抜けないエラーが生じた場合、リロードは一度限り。


 仮に技術室を抜け出せても左右の廊下から行進は続いているはず。

 ――詰んでないか、これ?

 さすがに油断し過ぎたか……いや、思考を止めるな秋葉瑛太。諦めるのは死んでからでいい。


 俺はイヤホンマイクと口に両手を近付け、小声で言う。

「……出入り口以外で技術室から外に出る方法はないか?」

『はあっ⁉︎ あなたまさか……!』

「説教は後だ。割と本気でやばい状況だ。調べられるか」


『もう探しているわよ』

 イヤホン越しにキーボードを打鍵する音が漏れ聞こえてくる。

 瀬奈さまさまだな本当に。


『ほんと……生きて帰ってきたら覚えていなさいよ』

「帰るのが怖いな」

 などと軽口を叩く俺だが、内心では焦っていた。

 平石の死体一つでは二、三十人もの空腹を満たすなんてできるわけがない。


 あー、これは死んだかな。十分前の俺をぶん殴ってやりたい。なにが余裕過ぎるだっての。息絶え絶えじゃねえか。

 自虐の笑みを浮かべながら失望していると、

『見つけた……!』


 なんとまさかの福音である。

「どこだ⁉︎」

『技術室の西側。最奥に別室があるわ。おそらく倉庫だと思うけれど、人が通れそうな通気口があるわね』


 物音を立てないよう確認する。工具や段ボールで隠れていたが、たしかに扉らしきものがある。問題は、


『……開いているかしら』

 そう。その通り。たしかに倉庫へと繋がる別室らしき扉はある。四つん這いで慎重に進めば奴らに気付かれることなく辿りつけるだろう。


 悩んでいる暇はない。

 俺は瀬奈が見つけてくれた別室の方に這う。

 平石との遭遇はまさに不幸中の幸いだった。


 彼の死体が無ければ間違いなく俺が標的になっていたからだ。

 なんとか扉の前まで辿りつけた俺はすかさずドアノブを捻り、

 ガン、ガン……。


 ――いや、開いてないんかい!

 さすがの俺も扉に拳を打ち付けてやりたい気分だったが、それをグッと抑える。

 余裕こいていた人間が絶対絶命。ワロた。自虐で溜飲を下げる。


 俺はポケットから道具を取り出しピッキングに挑む。

 経験? あるわけないだろ。あったら犯罪者じゃねえか。

 とはいえ、仕組みや知識だけはある。


 イメージはヘアピンなんかを鍵穴に突っ込んでこちょこちょこちょっとやっているアレだ。

 鍵は外筒、内筒、トップピン、ボトムピンからできている。

 正しい鍵を差し込んだとき、トップピンは外筒に、ボトムピンは内筒に収まる。


 この状態で内筒を回すことで回転を邪魔するものがなく、すんなりと施錠できる仕組みらしい。らしいってのは本で見た内容そのままだからだ。

 俺は鍵穴に細い金具を差し込み回転力をかけながら、ピンがちょうどいい長さになるよう手の感覚で探っていく。この辺りはもう完全に見よう見まねだ。開錠の条件――原理を頭で理解できている点は大きいだろう。


 少なくとも扉一つ開けるのに、銅像の中にあるバッテリーを使ってエレベーターの電源を入れ、龍と虎のエンブレムを拾ってくる、みたいなサバイバルゲームじゃなくてよかった。それだと間違いなく詰んでいたからな。あの手のゲームは通常営業しているときどうしてんだろうな。


 感触はそこそこ。

 イケるかもしれない――!

 そう確信したときだ。


 ――キーンッ‼︎


 なんと屈んでいた俺のポケットから工具が落ちて金属音が響き渡る。

 お食事タイムが終わりかけていたこともあり奴らの意識は息を潜めている俺に向いたことだろう。


 本来なら慌てふためき自暴自棄になってしまう場面だ。バールを振り回しながら、足や腕などの部位を噛み付かれてながら押し倒されるアレだ。一歩間違えれば俺もそうなっていたことだろう。

 だがこのときの俺はゾーンに入っていた。ピッキングが楽しくて仕方がなかった。俺の意識は目の前のことだけに集中していたんだ。

 やがて、


 ――ガチャ。


 錠が確実に落ちたであろう音と同時にドアノブをひねる。

 扉を開いて振り向くと、

「うがああああっー‼︎」


 奴らとの距離はまさに目と鼻の先まで迫っていたことに驚きを隠せない。

 すぐさま倉庫へと避難する俺。

 ギリギリ指先が触れるか触れないかの瀬戸際だったらしい。


 すぐさま施錠し、倉庫にある段ボールやラックでバリケードを設置する。

 部屋のバリケードを破ってくるぐらいだ。

 そう長くは持たないだろうが、通気口に駆け込む時間を稼げればそれでいい。

 

 火事場の馬鹿力。

 気が付けば強力なバリケードを作り上げていた俺は段ボールにもたれかかるようにして腰を床につけていた。


「はぁー、はぁー」


 ようやくまともに息を吸えた気がする。今のは本当に危なかった。下手すれば噛まれていた。鼻と口を開けて大きく息を吸う俺だがすぐに鼻をつまむことになった。

 この匂い……アンモニアか?


 バールを片手に恐る恐る匂いの方へと歩いてみると、ロッカーから液体が漏れている。

 臭いの原因はこれ。尿だ。

 息を整えてからロッカーを開けてみれば、


「いっ、嫌ぁっ……!」


 そこにはもう一人の生存者がいた。

 それも女子生徒だ。

 ……主人公補正かかり過ぎじゃないか俺?

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