第9話

「それじゃスクリーンに映し出すわよ」

 数分後。心地よい打鍵の音が鳴り止むのと同時。

 授業用の巨大スクリーンに校内の監視カメラの映像が映し出される。


 さすが天才ハッカー。仕事が早い。

 校内が混乱し始めたことと相まって、監視員も余裕がなくなっていることだろう。

「思いの外、混沌とし始めているな」


 巨大スクリーンに映し出された12箇所の映像を流し見ながら呟く俺。

 顎に手を置きながら集中する。

 さて、どこからどうやって救出・探索するか。


「……うっ。どうやら秋葉くんの言った通りだったわ。ドラマや映画の撮影なんかじゃなさそうね」

 ハックしたカメラの映像を見て青ざめる瀬奈。いくつかの箇所では感染者が生徒を襲い始め、残酷な光景もある。辛いものがあるだろう。精神衛生上、やはり医者は必要だ。


「大丈夫か? 辛いなら無理して見なくてもいい。ハッキングさせた俺が言うのもなんだが」

「いいえ。むしろ目に焼き付けておくわ。だってこれからカメラ越しの光景が日常になるのでしょう?」


「ああそうだな。それは間違いない」

 だからこそ一番慣れるのに時間がかかるであろう瀬奈から救出したんだ。まずは映像で現実を受け入れる時間を作るために。

「そう言えば礼を言いそびれていたわ。助けてくれてありがとう。文字通り命の恩人ね」


 礼なんて不要だ。なぜなら俺は俺の目的を果たすためにお前を助けたんだから。

 誰構わず、助けているわけじゃない。

 だからもしも恩を感じてくれているなら、


「これからの働きに期待している、とでも言っておくよ」

「そうくるのね。まあ捨てられないよう全力は尽くすわ。それよりもう一つだけ明らかにしておきたいのだけれどいいかしら?」

「手短に頼む」


「これから私たちは共に行動することになる。言わばチームを結成するってことよね?」

「もちろんだ。お前さえ嫌じゃないならな」

「拒絶する理由なんてないわよ」


 先ほどまでと一転。どことなくしおらしい瀬奈。

 ん、急にどうした?

 もしかして尿意か?


「その、秋葉くんは私を助けるためにわざわざ探しに来てくれたのよね?危険を顧みずに」

「あっ、ああ……」

「一番最初に救出に向かってくれたってことはその……だと思っていいのかしら?」

 どういうことかしら? さっぱりわからん。急に視線を外しながら抽象的な質問をされましても。


 いや待て。話の流れを考えろ秋葉瑛太。

 なるほど。瀬奈は俺が真っ先に救出に来た理由を受け入れようとしているんだな。

 たしかに数いる生徒の中で最初に駆け付けた人物だ。その現実が意味するところは彼女でも痛いほどわかっていることだろう。


 ならば、ありのままを告げてやるのが瀬奈にとって一番いいはず。

「そうだ」

 と言った瞬間、口の端を持ち上げる瀬奈。俺はすかさず続ける。


「生存率が最も低いのがお前だったからだよ」

 今度はずーん、という擬音が聞こえてきそうなほど落ち込む瀬奈。

 笑みを浮かべかけた意味がよくわからないが、やはり状況が状況だけに情緒が不安定になっているのかもしれない。早く村雨先生と合流しなければ。


「どうせそんなことだと思っていたわよ。期待していた私が馬鹿だったわ」

「期待? 何に期待してたんだ?」

「……殺すわよ」


 突然の手の平返し! わけがわからないにもほどがある!

 恩を仇で返された気分だ。まっ、もとより恩を売ったつもりはないのだが。


「それで? 秋葉チームに加えようとしている残りの二人は誰かしら? どうせ私に監視カメラをハックさせたのもそのためなんでしょう」

「話が早くて助かる。次に救出に向かいたいのは村雨先生だ」


 ――バギッ!


 スクリーンを見つめる俺のすぐ隣で飴が噛み砕かれる音が響く。

 えっ、今度は何?


「……へっ、へえ……村雨先生。たしかに美人だものね」

「? まあ美人の部類には入るだろうなあれは」


 ――ガコッ!


 もしかして飴は舐めるんじゃなくて噛む派か?

 それだと長く楽しめなくないか?

 まあ他人のやり方にケチをつけるつもりはないけどよ。


「ちなみにもう一人も聞いておいていいかしら。チームに加わるわけだし、予め心の準備をしておきたいのよ」

「霧島先輩だ」


 ――バギィ、ガリッ、ボリボリッ‼︎


 まさかとは思うがお前、感染してねえだろうな?

 さっきから飴の食い方がまんまゾンビのそれなんだが。

 ちょっと本気で警戒しちまうからやめてもらえるか?


「次から次へと女ばかり。そんなにピンチに駆け付けてハーレムでも築き上げるつもりかしら」

 なぜだが瀬奈がご立腹だ。

 そんなに選出が気に入らなかったのだろうか。

 俺にとっては完璧の布陣だったつもりなんだが。

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