第10話

「俺が信頼できそうな三人がたまたま全員女だったというだけだ。ハーレムを作ろうだなんて思っちゃいない」

「……私や村雨先生はともかく脳筋までチームに入れるつもりなのね」

 脳筋て。まさか霧島先輩のことを言っているのか?


 それにしてもずいぶんな悪口だな。もしかして仲が悪いのか?

 これからチームを組むに当たって、不協和音は早期に解決しておきたい。

「もしかして霧島先輩のことが嫌いなのか?」


「私『は』嫌いじゃないわ。向こうが一方的に対抗心を燃やしているだけよ」

 やたらと『は』を強調してきたな。

 だがそれよりも引っかかったのは、


「対抗心って……瀬奈と霧島先輩で何か競い合っているのか?ハッカーと剣士。通ずるものがなさそうに思うが」

 顎に手を当てて真剣に考える俺に対して瀬奈は目を丸くし口を△にする。キャンディの棒が口からこぼれ落ちる。


「あれだけアプローチされておいてよくそんなことが言えたわね」

「アプ……ローチ?」

「何よその、突然の記憶喪失感は!」


 うーん。よくわからん。これ以上のやり取りは不毛な気がする。

「一つだけ聞かしてくれ。村雨先生と霧島先輩。もしも二人が俺たちが生き延びるためのチームメイトになると言ったら反対か?」

「いいえ。そこはむしろ賛成よ」


 意外にも即答だった。

「私が気に入らなかったのは女ばかり引き抜こうとする秋葉くんであって彼女たちの選出には一切反対意見はないわ。悔しいけれど二人と共に行動できるならこれ以上心強いものはないもの」


 私情と合理的な判断はきっちり分けることができる、と。

 ハッカーとして腕前も申し分ない。思った以上に大きな収穫だったなこれは。


「霧島先輩と刀を交えたことがある。あれは校内で集団感染が発生したぐらいでくたばるような弾じゃない。生存率はズバ抜けているはずだ」

「そうね。どこかのか弱い女と違ってね」

 瀬奈の頬が少し膨らんでいた。


「僻むな。状況が状況だ。むしろ今こうして無事でいられることが奇跡と言ってもいい。それに」

「それに?」

「俺が真っ先に瀬奈の救出に向かったのはこれから生活するで絶対に欠かせないと思ったからだ。弱いからではなく大切。そう考えてくれていい」


「……かっ、欠かせない……大切」

 瀬奈は噛みしめるように俺の言った言葉を反芻する。

 これからチームを組むということは曲がりなりにも統括する立場の人間が必要だ。


 リーダーとしての適性が俺にあるかどうかは分からないが、その真似事ぐらいはできる。

 というより重要になってくるだろう。

 彼女たちの『彼の言うことなら間違いない』という信頼を得るためには言動で得ていくしかない。そのための救出とも言える。


「秋葉くんは女をたぶらかして甘い蜜を吸う悪い男になりそうね」

「なぜそうなる⁉︎」

 褒めたにも拘らず返ってきたのが罵倒。この世の真理、等価交換が見事に無視されている!


 もしかしたら俺は人の上に立つのが向いていないのかもしれない。

「でも……天然でも無意識でもこうしてやる気にさせてくれる以上は、自分にできることはやらせていただくわ。これから私は何をすればいいのかしら秋葉リーダー」


 秋葉リーダー。なるほど、悪くない響きだ。

 俺は役職や肩書きほど人間の視野を狭くするものはないと思っているタイプだ。たしかにこれは自分が偉くなったようなバイアスがかかっても仕方がない。

 ……不要な感情だな。この慢心は生存に不要だ。ここで捨てておこう。


「よし。お前にお願いしたいのはオペレートだ」

「やはりそうなるのね。いきなり責任重大じゃない」

「そう重く捉えないでくれ。あくまで補助として認識してもらえると助かる。例え見落としがあって危険な目にあったとしても全責任は俺にある。勘違いはするなよ」


 これは本心だ。

 これから瀬奈にはOA室のこの部屋から監視カメラに写る映像を元に村雨先生や霧島先輩の行方を監視してもらいながら、合流するための安全なルートを案内してもらうつもりだ。

 だが、安全な場所から映像だけを確認する人間と肌で危険を感じながら行動する人間では見えているものがまるで違う。


 やはり最後は現場にいる人間の判断こそが生死を分ける。

 もちろん瀬奈のことを信じていないわけではないが、百パーセント全てのオペレートに従うつもりなど毛頭ない。俺が欲しいのは、指示ではなく情報。決断するための材料だ。


 というようなことを不快な印象を与えないよう噛み砕いて説明する俺に、

「大丈夫よ。秋葉くんは私にオペレートをさせておきながらその指示に従わなかったときに負の感情を抱くなって言いたいんでしょう?」


 理解が早い人間は好きだ。さらに見てくれが良いとなるとその好意は何倍にも跳ね上がる。

「その通りだ」

「安心してもらって構わないわ。貴方が欲しているのはあくまで情報。それは私に監視カメラをハックさせた時点で薄々気づいているから。そもそも足元にも及ばない私の指示に秋葉くんが全て従うなんて最初から思っていないわよ。現場でしか判断できないこともあるでしょうし、想定外の事態に巻き込まれるかもしれない。だから秋葉くんがあえて言葉にしなかった――、任務に当たらせてもらうわ」


 彼女が男ならば今ごろ俺は間違いなく抱き付いていたことだろう。

 感情の起伏があまりない俺がここまで楽しい気持ちになっているのは珍しい。

 と同時に。俺は瀬奈を探索するときによぎった思考が間違いだったことを認識させられる。


 もしも彼女が一階にいなければ、村雨先生の救出に向かおうと思っていたがとんでもない。

 あの場面での最適解は三階も探す、だ。

 ここまで物分かりのよい賢い女をゾンビの餌にするのは勿体なさすぎる。


 まあ未来の今が最高だと分かったが故の思考だ。未来が過去に勝てるわけがないから、あのときの判断は間違っていないわけだが。それでもそう思わないといられないほどに俺は高揚していた。瀬奈美月の持つポテンシャルの高さが想像以上だったからだ。

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