【中】

 それから始まった朗読は、何事もなく終わる筈だった。少なくとも譲羽が最後の一文を読み終わるまでは、この場にいる誰もがそう思っていた筈だ。私、蓮華もそう思っていた。


 そう、譲羽が読み終わった直後に、風もないのに瞳の蝋燭の火だけが消えるまでは。


「ひ、瞳っ!?ちょっと、どうしたの!?返事してよ!」


 朔の狼狽した声が響くのを聞いて初めて、私は隣に座っていた瞳が草の上に倒れているのに気づいた。


 慌てて瞳の肩を揺さぶろうとしたけれど、出来なかった。だって、触れた肩が余りにも……冷たかったから。


「つ、冷たい……」


「……っ!?」


 瞳が帰らぬ人となっているのは、もはや疑いようもなかった。





 ◆◇◆


  



 ~第六夜~


「初めに瞳が死んで、次に死んだのが譲羽、それから蓮華、一昨日が心愛で昨日が朔。で、今生き残っているのがわたしと璃夢、か……」


 表面上、みんなの前ではいつもと同じ「白水幸来」でいる。


 でも、その中にはみんなの知らない「わたし」がいる。


 別に、みんなを騙していると思ったことは無い。オカルト好きであることは確かに事実だし、それ以外の話だといつもおどおどした話し方、行動になることも紛れもなく事実だ。


 そして、この「儀式」の厳かな雰囲気に似合わず興奮で満たされた気分であるのもまた事実。


 それならば璃夢とわたししか生き残っていない今、オカルト好きの、本来の白水幸来であるわたしを隠す必要などどこにもない。


 それにしても、誰も知らなかったのだろうか。


 こういう類の儀式で、誰かが人ならざる者の手によって殺されるのはある意味定番なのに。


 知らなかったとしても、少なくとも第二夜——譲羽が死んだ時点で、皆、気づいても良いはずだ。


 果たして、わたしよりも先にそこの平野に着いて座っている璃夢は、気づいているだろうか。


  


「璃夢」


  


 のろのろと璃夢がこちらを振り向く。そういえば璃夢は最初この儀式をすることに唯一乗り気じゃなかったんだっけ。まあそれも今となってはどうでもいい。


「今日の朗読の後、わたしが死ぬのか、璃夢が死ぬのか……楽しみだよね」


「え…?幸来……?」


 璃夢が驚いた顔でこっちを見ている。まあ無理もないか。わたしがおどおどせずに話したことなんてそもそもないはずだし、言っていることも普通の人が言うことではないだろうし。


 そう、無理もない。おかしいのは璃夢じゃなくてわたしの方。今日璃夢が死ねばわたしの本当の姿を知る者はいなくなるし、もし私が死んで璃夢がわたしの本当を知ったまま生き残ったとしても、その時にはもうわたしは居ないのだから、どちらにしろ、もう隠さない。隠す意味などどこにもない。そうでしょう?



「さ、そろそろ始めよう、璃夢。」


  

 意識していなくても口唇が吊り上がっているのは解っていたけど、あえてそのまま、言った。


 ◆◇◆


 光の消えた目で斜め下を見つめる少女の視線の先には、が倒れていた。


「私は貴女の方が今日死ぬこと、解ってたんだよ……。貴女も私達を騙していたのかもしれない。だけど、貴女が隠していたことは、一つだけ………。それに比べたら、私は…………………」



 私は、今までどれだけのことを、皆に隠してきたんだろう。



 本当は別にグループで居たかった訳じゃないこと。楽しくもないのに遊園地にみんなと行ってはしゃいだこと。修学旅行の班決めだって、クラス分けだって、「皆と一緒になりたい」って言って、一緒だったらきゃあきゃあ言って喜んだけど、本当は別にどうだって良かったこと。誰と一緒になろうと別に私はどうも思わなかったこと。数えだしたらもうきりがない。


 家族のこと、小学校の頃のこと、住んでいる家のこと、引っ越しのこと、前に住んでいたところの友達のこと、テスト勉強のこと、テストの点数のこと―――


 果たして私が本当のことしか言わなかった時なんて、今までに有っただろうか。……無かったのかもしれない。これからも無いのかもしれない。


 心愛がこの話を持ってきたとき、何で私だけ乗り気じゃなかったかってこと。


 グループの誰といたって、グループじゃない誰といたって、何をしていたって、心が空っぽだったこと。



 いつしかあの子といる時じゃないと何も感じられなくなっていたこと。



 あの子が居なくちゃ私は何にもなれないってこと。


  

 「皆と同じ」にすら、否、近い存在にすらなれないってこと………



 何時からだろう。世間一般に「友達」と言われる人たちと過ごしている時、家族といる時……ちょっと他の子より仲がいい子から、「親友だよね」って言われるとき………そこに、いつしか「本当の感情」なんて存在しなくなっていた。それどころか、気付けばもう、自分自身ですらその時その時の「本当の感情」が何なのか解らなくなっていた。もうずっとそうだ。――慣れてしまった。皆を騙し続けることに。偽物なのか本物なのかどうかすらも解らない作り物の感情を本物に見せることに。そして、もうそれで良いとまで思ってしまった。




 そんなことも、他のどれだって、皆は知らない。



 私がずっと隠し通してきたから。



「ごめんね、皆。ごめんね…幸来…。ごめんなさい……××」



 愛おしむようにすら見える手つきで冷たくなった幸来の髪を撫でた璃夢は、すっと立ち上がると名残惜しそうに、でもそれでいて何かが抜け落ちたように、何度か幸来の遺体の方を振り返りながら、闇の中に消えていった。




 ◆◇◆




 ~第七夜~


 たった独りで蝋燭を持って座ったまま怪談を読み始めようともしない璃夢の背後から、霜の上を歩くような音が聞こえてきた。


  


 さくり、と霜を踏みながら近づいてくる足音が誰のものなのか。璃夢にはもうとっくに予想がついていた。


  


  


「久しぶり」


  


  


 だから、背後から聞こえてきた声が自分とそっくりなのにも、驚かなかった。


  


 すうっと息を吸って吐いて、璃夢は閉じていた目を開ける。


  


 ゆっくり立ち上がってくるり、と振り向くと、目の前に立つ自分と瓜二つの存在にふわりと微笑んで、答えた。


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


「…………久しぶり、お姉ちゃん」


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


  


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