アムール・トーデュ

早川琳音

【上】

 ◆◇◆


 貴方はこの町に伝わるこんな伝説をご存知?私もあまり詳しくは知らないのだけれど、何でも一年に一度、この町では中学生の死者が必ず6人出るらしいわ。それも冬の日に、別々に場所から6人発見されるんですって。気味悪いわよね。でね、その6人はっていうと必ず生前とっても仲が良かったそうよ。いつの年でもそうなんですって。え?何が原因で6人が死んだか、ですって?それがね、わからないのよ。毎年、殺害された跡とかもないし、体に異常があったり、有害な薬品の成分が検出されたこともないの。栄養失調だったりしたようにも見受けられないらしいわ。冬と言っても凍死するような温度でもないそうだし………。お医者様がそう言うのだからそれはきっと正しいのでしょうね。毎年必ず起きるものだからもうこの町では都市伝説化しているわね。………貴方も気をつけるのよ?ええ、じゃあ、また遊びに来るわ。


 ◆◇◆


 ………幼馴染の夕歌ゆうかからあたし——榊原心愛さかきはらここながこのノートを貰ったのは、去年の暮れだから、もう一年近く前のことだ。その時はあたしは何の疑問も覚えずに、え、あたしにくれるの?ありがとう!って言って貰ったんだ。だけどさ、中を見ると明らかにおかしいんだよね。あたしが学校でいつもいるグループは7人グループなんだけど、その7人のフルネームとメッセージが一番新しいページに書いてあるんだよねー。夕歌には学校の事話したことないから、夕歌が書けるはずは無いのになあ。しかも筆跡が夕歌のものとは全然違うし。………


 そんなことを誰かに語るようにぶつぶつと呟きながらあたしは夕歌に貰ったノートを棚の上から持ち上げる。ノートは大分昔からあるようで、中の紙はもう黄ばんでいた。ノートの中身はまだ詳しくは読んでいない。あたしたち7人の名前が書いてあるのを見て、薄気味悪くなったから。でも、不思議なことに、いくら薄気味悪いと思ってもあたしはこのノートに惹かれる。気付いたら手に取っていたり、無意識にノートを置いている棚目をやっていたり。なんとなく、だけれど、何時かあたしはこのノートを見なきゃいけない、って思う。何でも先延ばしにしてしまうのはあたしの悪い癖だ。自分でそう解っているから、これ以上このノートを読むのは先延ばしにしたくない。読まない、という選択肢も有るのだろうけど、今日のあたしは、なんかの呪縛にかけられたみたいに、絶対に読まなければいけないっていう思いだった。


  


  


 あたしが鼻歌交じりでノートの表紙をめくったその中には、こんな事が書かれてた―――


  


  


 ◆◇◆


 『あなたの住む町には、一つの伝統があります。それは、毎年、選ばれた七人が、集まって、一日に一つここに書かれている怪談を夜に朗読すること。これは一週間続けなければいけません。誰かにあなたたちのしている事がばれるのもいけない。一日でも誰かが欠けたら、誰か他の人にあなた達が何をしているかがもしばれたら、その時に何が起こるか―。聡明なあなたなら解るでしょう。決して此れを途中で止めたりはしないように。あなたたちが此れを途中で止めたり、あなたたちの年で終わらせたりしてしまってもわたくしに責任は持てません。それでは、朗読のルールについてお話を致しましょう……。


 そのルールはいたって簡単。この後に有る七つの怪談話を、一人一文ずつ読むだけ。ただし適当に読んではいけません。真剣に、×××××に捧げる気持ちを忘れてはいけません。もし忘れたら、何が起こるか。先の時と同じです。くれぐれも×××××を思う気持ちをおろそかにしないように………


 ゲームスタートは新年の満月の晩。そこから一週間、忘れずに続けてください。来年の×××××の機嫌を損ねるも良くするもあなたたち次第。

 もしあなたたちが来年の×××××の機嫌を損ねたならば』


 ◆◇◆


 その先は文字が滲んでいてあたしには読み取れなかった。だけど、きっとその×××××とやらの機嫌を損ねたら何かマズいことが起きるんだろう。あたしたちが死ぬとか?まさか、それは無いか。まあ、あたしたちにとってきっと嬉しくないことが起こるのに変わりはない。これは真剣にやらなきゃいけないな。


 次のページから怪談が始まってたけど、あたしは読まなかった。もし書いてある通り、来年最初の新月の夜から一週間みんなで集まって朗読するのなら、今読んであたしだけ話を知ってたら面白くないから。階段を読む代わりにいろんな人の名前が連なってるページをぱらぱらと見た。知らない名前ばっかりだったけど、あたしたちの名前が載ってる一ページ前で、あたしはふっとページを捲る手を止めた。………否、止まったという方が正しい。だって




 そこには知らない名前と共に、「あさひ 夕歌」という文字が連なっていたのだから。


  


 ◆◇◆


「榊原心愛、灯杉蓮華ひすぎれんげ木月朔きづきさく白水幸来しらみずさら本影瞳もとかげひとみ井上譲羽いのうえゆずりは、………獅子坂ししざか璃夢りむ。………この子たちが今年の○○候補、か。また去年みたいに一日終わるごとに一人ずつ○して行けばいいのね。あ、一人だけ、そうしないのか。来年の子たちにノートを渡さなければいけないから。………《彼女》が居るのは計算外だけれど。……今年も良さそうだわ。……《彼女》が居なければ、もっと良いのだけれど………」

  

 そう言って、少女はため息を吐いた。少女の、光の無い眼差し、言葉、病的なほどの手の白さ……どれをとっても、この世の人とは到底思えなかった。


 ◆◇◆


「ねえみんな、ちょっとさ、このノートに書いてあること見てみて」


 そうみんなに持ちかけるのには、凄く勇気が要った。話しても一笑されるだけかもしれない、あたしがこのノートに書いてあることをしなきゃいけないって思うことを解ってもらえないかもしれない。そう思うと、なかなか言い出せなかったのだ。


「え、何、心愛。ちょっと見せてよ。―――――ふうん、いいじゃない。なかなか面白そうよ」


 リーダー格の蓮華が最初に興味を示したのが追い風になったのか、その後にノートを見た、活発少女の朔、のんびりおっとりマイペースな瞳、更には反対しそうに思えた、いっつもおどおどしている幸来に、生真面目すぎる譲羽までがあっさりと賛成した。


 残り、璃夢だけはノートを見て少し考えていたけれど、蓮華にどうするの?と聞かれたら、


「………皆がするなら私もする」


 とまあ、一応賛成の立場を示してくれた。


「ねぇねぇ朔ー、来年のさー、最初の満月って何時―?」


「え、ちょっと瞳なんで私に聞くのっ!?そういうことなら幸来か譲羽にきいてよっ、天文部と天才さんなんだからさっ!」


「誰が天才さんだって?…瞳が朔に聞いたのは単に名前が『朔』だからだと私は思うけど。新月は朔、とも言われるから」


「私の専門はスポーツだし、譲羽みたく真面目でも無いんだから解るかっ」


「あ、あの、そ、それより、ら、来年の……満月、は、い、一月十六日、だけど…」


「ありがと幸来。ほら朔はちょっと黙って。じゃあ、一月十六日から一週間ね。心愛、何処に集合するの?」


「場所の指定は無いからどこでも良いみたい。けど、あたしの家の近くは人通り多いからムリだと思う」


「私の家の近くに、だだっ広い平野みたいなのがある。あそこなら人来ない。……人が居るところ見たことないから。ちょっと道から外れてるし」


「じゃあそこにしよう。みんな、それでいいよね」


 蓮華が最後にまとめて、誰からともなく解散した時には、それぞれが―――瞳、譲羽、それに蓮華までもが少しの不安が混じった興奮を抑えるのに必死で、璃夢の賛成が渋々だったこと、浮かない顔をしてその後の会話に全く入ってこなかったことに誰も気づかなかった。


 ◆◇◆


 ~第一夜~


 一月十六日午後九時半。


 誰からともなくみんな蠟燭を持って、譲羽の家の近くの平野に七人が集まった。


  


「では、これより、私・灯杉蓮華、榊原心愛、木月朔、白水幸来、本影瞳、井上譲羽、獅子坂璃夢による怪談の朗読を開始します―――」


  


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