第42話 推定年齢27歳の独身女性――大美和さくら。
「大美和さくら先生!! なんで先生が??」
当然、不思議に思う。
新子友花だけではなく、聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒全員が、どうして先生が文化祭のメインイベントに……しかも、生徒同士の恋敵バトルに参加するんだろう?
という具合に、誰もが疑問を感じていた――
「ま、まあ……」
大美和さくら先生、あっ……これ、もしかして場違いない感じかなって? と思い、少し恐縮しちゃった。
「……ま、まあね。先生もね。文化祭をエンジョイしちゃいたいなって。……ただ、そういう思いからですよ」
スカートのポッケからハンカチを取り出すと、それを額に当てて、緊張からか濡れてきた額の汗を拭いた。
「……あはは。まあね……先生も文化祭のメインイベントを楽しみたいなっていう、それだけです――」
ウソだ…… 絶対に……
円形演技場に着席している観客全員、新子友花も神殿愛、忍海勇太、そして東雲夕美まで、み~んなそう思った。
どう思ったのかって? みんな、こう思った。
推定年齢27歳の独身女性――大美和さくら。
焦ってるんだ……
(おい! 作者さま…… 前言を撤回してくださいませんか? ← 大美和さくら先生からの苦情)
「……大美和さくら先生。あの『学園 殿方争奪バトル!!』に参加って……本当にですか?」
生徒会長の神殿愛が、恐る恐る先生に尋ねる。
「別に、メインイベントに先生が参加しちゃいけないってルールはないでしょ? 神殿さん!」
両手を胸の前でギュッと握って、お願い大天使様ポーズ。
神殿愛におねだりしている迷える子羊みたいに、大美和さくら先生は逆に質問した。
「……はい。それは、先生」
「よかったです!」
大美和さくら先生、満面の笑顔になり、ふふっと口角を上げて、
「じゃ、問題ないですね!!」
先生が安堵した。
正確には、先生だけが安堵したかな?
……それにしても先生は、いつも微笑んでいますね。
「それじゃ……お言葉に甘えて」
大美和さくら先生は席をすっと立つ――
段になっている通路を一歩一歩確認して足を出し、スタスタと舞台へと近付いて来る。
「……………」
その間、円形演技場にいる生徒達は無言。
スタスタと歩いて行く先生を、目で追った。
学園中に設置されている8Kモニターの画面を凝視している生徒達も、同じく突然の国語の先生の登場に、なんだか意味が分からないままに沈黙している。
この瞬間――聖ジャンヌ・ブレアル学園全体が静かになってしまったのだった。
「はい、大美和さくらの登場でーす!」
大美和さくら先生が舞台の中央へと歩いて来て、忍海勇太の隣に立つ。
立ったと思ったら、
ぎゅー
なんと、これハプニング?
わーーー!!!
観客席の生徒達も、みんな……びっくりくりくりだ!!
そ……それもそのはず、大美和さくら先生が忍海勇太の腕を掴んで、その肩に寄り添って。
どう見ても、これラブラブツーショ……ト?
「んにゃん!!」
新子友花の変な悲鳴が観客席から聞こえてきた?
「先生……ちょっと」
忍海勇太は恥ずかしがっている?
「先生ってば、生徒が……」
生徒会長の神殿愛が慌てて諫めようとして……
「うわっ! 先生って、やる時はやる女ですねー!!」
……東雲夕美よ、傍観者は気楽でいいね。
一体? 大美和さくら先生はどうしたんだろう?
という声が学園中から聞こえてきそうだった。
生徒達は、皆一堂に疑問を感じている様子である。
大美和さくら先生といえば、国語のとても優しくて親切な先生だ――
現代文でも、古典でも、親切丁寧に生徒に対して指導してくれて、それはそれは、本当に貴重な、昨今、いろんな先生が問題を起こしている中で、大美和さくら先生は、そういう人達とは違って、しっかりと生徒に指導してくれている先生――
その先生が、忍海勇太の腕を掴んで離そうとしない……。
未成年の男子の腕を“ぎゅー”と両手で握って離そうとしない――
「せ、先生! これ、やっぱし問題なのでは!!」
真っ先に叫んだのは、生徒会長の神殿愛である。
「はい、何がでしょうか??」
大美和さくら先生は変わらず忍海勇太の腕を掴んだままで、放そうとはしない。
「先生! ……その先生が未成年の勇太の腕を、……そうやって。その……掴んでいる状況というのは」
「はい、神殿さん? それが??」
「その……。教育上、学園の運営上、かなり問題があると思いますけれど……」
神殿愛は先生にはっきり言った。
生徒会長として、文化祭を成功させなければいけないという信念を持って、言葉を選び諫めている。
「……どのように、でしょうか??」
けれど、先生は一歩も引かない。
「どのようにって……」
神殿愛も言い出したのはいいのだけれど、なんだかこれって本末転倒のような気がしている。
生徒会長として、いくら言い張ったところで相手は……この聖ジャンヌ・ブレアル学園の教師である。
元を辿れば、自分が推したルーレットから始まったこの始末(あんたがオープニングで、忍海勇太へのラブラブ感を前面に出しちゃったからでしょ?)、そんなこんなの後ろめたい気持ちもあるから……、
ここは慎重に……。
生徒会長として文化祭の運営責任者として、言うべきことは言わなければ! 学園中の生徒達が見ているのだから、生徒達の代表としても絶対に。
「大美和さくら先生! 確か18歳未満との……、その
ラノベ部顧問の大美和さくら先生と向かい合う神殿愛。
ここは絶対に引いちゃダメだと心の中で覚悟を決める!
ちなみに、それを言うなら
「そうですね! 不純異性交遊――その通りですよ」
大美和さくら先生は神殿愛からの指摘を、あっさりと認めた。
ついでに、彼女の言い間違いもさり気無く改めた。
「じゃ! いいですね?」
「じゃ? よくないですって!」
早々に話を切り上げようとする大美和さくら先生、対して神殿愛は再び先生の不道徳な姿勢に待ったを掛けた。
「……………」
円形演技場、それに学園中の8Kモニターから見つめている生徒達が、一斉に沈黙――
生徒達からすれば、あっけらかんで意味不明のこの状況をどう理解していいのか分からないでいた。
いつもお世話になっている国語教師の大美和さくら先生が、あろうことか生徒達の目の前で18歳未満の未成年と……、そのイチャイチャと見せつけて。
これ、どうなのってな具合で誰もが驚いて――観客席の生徒達はザワザワと近くの席の友達と話し始めた。
そんな大変な空気に包まれていることも、全く気にすることなく――
「あ~ら、生徒会長の神殿愛さん? もしかして先生が忍海勇太君と……こういうことして。もしかして嫉妬なさってるのかな~??」
大美和さくら先生が、オドオドと焦る表情をしている神殿愛に向かっていやらしげに
「いっ……いやいや! 先生ってば!!」
両手を交互に振りながら、忍海勇太の片思いな気持ちを神殿愛は否定した。
……ていうより、君はメインイベントの最初でモロに告った感を出したよね?
「……私は純粋に、先生が生徒とそういう行為をなさるというのは、かなりっていうか……その問題があると思うから……」
「から……?」
「ですから、私は正直に問題があると言っているだけです」
大美和さくら先生から、あからさまに自分の忍海勇太への気持ちをバラされたものだから、内心かなり恥ずかしくなってしまった神殿愛。
あたふたと小刻みな足踏みをして緊張を紛らわす。
「神殿愛さん。あなたは私が創設したラノベ部の部員……でしたっけ?? そして、確か生徒会長でしたよね……」
大美和さくら先生は、更に、わざとらしげに喋り尋ねる。
「はい。勿論です。私はラノベ部の部員です。そして聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒会長です」
「だったら神殿愛さん。このラノベ部の文芸誌『あたらしい文芸』のメイン小説を読みましたよね。当然ですね?」
首を大きく左に傾けて、これも、わざとらしく尋ねる……今日はイケズ……な大美和さくら先生である。
「……勿論です、先生。部員としてしっかりと読みました」
コクりと頷いて神殿愛は即答する。
「大美和さくら先生……」
小声で呟いたのは新子友花だった。
『あたらしい文芸』のメイン小説は自分が書いたのだから、反応するのは当然だ――
大美和さくら先生は、観客席の通路に立ち尽くしている新子友花へ顔を向けた。
「――幼馴染と懐かしい田舎の記憶。それは、なかなか忘れようとも、忘れられるものではないのだと先生は思っています……」
彼女に向けてニコリと微笑む――それから、顔を舞台中央に向かい合う神殿愛へ。
「それでも、堂々と新子友花さんは、自身でしっかりと過去を忘れて……新しい自分を作るろうと。そういう思いで『あたらしい文芸』のメインに、自身の田舎の思い出を封印して、新しい自分を目指していこうと……というテーマで真剣に書きました……」
「大美和さくら先生……」
新子友花がもう一度、小声で声を零す。
「――副部長として、それは理解できていますよね?」
大美和さくら先生は、さっきまでの忍海勇太とのラブラブ感から一転して、表情は真面目になっていた。
「……はい、先生。その私は新子さんの小説を」
「なんとなく理解できます。でしょ? そこまで深いテーマだと思わなかったのが、あなたの本音でしょう」
「…………あ、あの」
なんだか、急に真面目なことを聞かれたもんだから、神殿愛はどう返せばいいのか言葉を詰まらせた。
あたふたしている神殿愛――彼女の目を大美和さくら先生は落ち着いて見つめ、
「新子友花さんは、もう忘れようと……『あたらしい文芸』のメインに、幼馴染との出逢いと再会と、そして別れを小説にして発表しました。それはね、とても勇気のいる決断だったことでしょう」
すると、大美和さくら先生は新子友花へ、
「誰にだって言いたくない過去――思い出したくない思い出があるものですよ」
いつも見せてくれる微笑みを見せた。
大美和さくら先生――いつも微笑みながら、あたし達に教えてくれる――
あたし達が生きるために必要な知恵を――
先生を見つめ、新子友花は心の中で感謝の念を思う。
「――転じて神殿愛さん? あなたは今、《思い出さなければならないこと》が……おありでしょう?」
「《思い出さなければならないこと》……ですか?」
「――神殿愛さん? あなたは今、文化祭のメインイベント『学園 殿方争奪バトル!!』で生徒会長という権力を、今まさに乱用していませんか? そうでしょ?」
大美和さくら先生は神殿愛が文化祭のメインイベントで、横暴を振りかざしている事態をきっぱり断罪した!
「……先生。私は」
先生と対峙し始めた時から身体が緊張してワナワナ小さく震えていた神殿愛、緊張はさらに増して今度は視線を泳がせる。
「先生。私は……じゃありません!」
少しだけ声を荒げて神殿愛を叱った大美和さくら先生。
その声が円形演技場に木霊する。
「……………」
神殿愛は俯いて無言になった。――先生に叱られてショックを受けた様子だ。
「………先生」
新子友花も絶句した。
大美和さくら先生が叱る姿を、今まで一度も見たことがなかったものだから、驚くのも当然である――
「先生はね、これでもあなた達よりも、うんじゅっさいも年上で――先生なりにしっかりと人生を見据えて、いろんな出来事を見てきたんですよ。だから、すぐ分かるんですよ。立場を利用するパワハラな人を――」
舞台の中央で観客席に聞こえるように、少し声を大きくしてこう続けた。
「生徒会長さん……」
大美和さくら先生は、あえて神殿愛を生徒会長と称した。
「生徒会長――、あなたの今の気持ちのように。立場を利用して自分の思うように事を進めようとする人達を、先生は幾人も出会いました。そして、そのすべてが皆不幸な結末を辿りました……。先生は教職に就く前に府内某所でアルバイトをしていました」
大美和さくら先生は続けて、
「……慣れない雑用続きでキツかったのですけれど、……あの時、ずっと思っていたんです。どうして、この会社は求人を出したのかなって? とにかく変な社風でした。どういう風なのかは、今はもう言いたくありません――でもね、一言でいえば王様になりたかったのかなって? その会社の社長は……率直にそう思いました」
会場のみんな、巨大モニターで見ている学園中の生徒達、大美和さくら先生の話を静かに聞き入っている――
「ねえ? 生徒会長?? どうしてだと思いますか?」
神殿愛はしばらく考えたけれど、
「……分かりません」
先生に叱られている今の、この状況で頭の中がいっぱいで整理できない。すぐに、
「あの……教えてください。大美和さくら先生」
深く先生に頭を下げて、教えを乞うたのだった。
――大美和さくら先生は、頭を下げている神殿愛の姿を数秒間見てから、
「先生はしっかりと覚えています……。あなたが生徒会長に立候補した時の選挙活動をです。――あなたは、この学園のバリアフリーをしっかりと、任期一年の生徒会長としてやり遂げたいと、そう宣言しましたよね? とても素晴らしい演説だったと先生は思っています。だから、生徒会長になれたのですから」
ああ、そういうことか!
生徒会長として職権乱用している神殿愛に対して、初心を思い出させようとしているのだ。
「……仰る通りです。大美和さくら先生」
神殿愛は初心を思い出す――
生徒達の前で、まさに今自分が立っているこの舞台の中央で、学園のバリアフリーの充実を公約として闘った生徒会選挙の演説。
偶然、正門前ですれ違った両足が不自由な車椅子の女子生徒との会話を――思い出す。
「……大美和さくら先生」
新子友花も、先生からバリアフリーというキーワードを聞くなり、神殿愛が熱心に演説していた姿を思い出した。
「――あなたが生徒会長として、傍若無人に権力欲に
大美和さくら先生の、かなりキツいお叱りの言葉が円形演技場に響き渡った――
そして、学園中に設置されている8Kモニターからも――
新子友花、神殿愛、忍海勇太は当然……、
東雲夕美も、観客席にいた生徒達も、
学園中の8Kモニターを見入っていた生徒達も……
皆、一斉に沈黙したのであった。
「大美和さくら先生、申し訳ありません。私、思い上がって……」
いつの間にか、生徒会長という立場に安住していたことを、自分は生徒会選挙で選ばれたのだから自分の行いは必ず生徒達は支持してくれるという錯覚を、自分は生徒会長――生徒側の代表なだけであって、アイドルでもなんでもない。
……ということを、もう一度自覚しなければいけないと、神殿愛は考え直そうと思った。
「神殿愛さん。あなたが生徒会長としての立場を利用するのであれば、先生も、先生としての立場を利用して、忍海勇太君の腕を……しっかりと握ることにします。これで、いいでしょうと思いますか?」
すーっと大きく深呼吸する。
教育者として正々堂々と言い切った、大美和さくら先生であった。
なんだか最初は、あれれ? 独身女性で推定年齢27歳の先生だから、生徒達のラブラブな文化祭メインイベントを見てジェラシーしちゃったんだ……。
だから、作者から何かしら慰めの言葉をさ、書いてあげようかと思っていたのだけれど……。
やっぱし、大美和さくら先生は立派な国語教師でした。
不純異性交遊でトレンド1位になったらどうしようかと……ああ、よかった。
φ(´ε`*)
(あの? 作者様……ちょっとお言葉が過ぎませんか??)
(; ̄ー ̄)
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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