第41話 早く私をプロポ……もとい“アプローチ”してください。
「職権乱用じゃんか!! こら! 生徒会長の神殿愛!!」
「……見苦しいですわよ。新子友花さん」
えっ、何なに??
生徒会長とこの金髪女子生徒は?
……という感じで、観客席に座る生徒全員が2人それぞれを見入っていた。
「……………」
「……………」
神殿愛、新子友花、双方がしばしの無言――
更に睨み合いを……
まあ、この2人のことだから小突き合いの少し延長線上にある、姉妹喧嘩くらいのいざこざ程度なのだろうと願う。
――新子友花をよく知る、つまり同じクラスの生徒達も観客席に幾人か座っているけれど。彼等彼女等からすれば、
「ま~た、新子さんか……」
ってな具合で、少し呆れた表情を浮かべている。
新子友花よ、クラスでは肩身が狭いのね……。
それ以外の生徒はというと――なんだ? これって。なんなんだ? これも文化祭のメインイベントらしい出来事の一環なのかな? 物珍しいこのドラマチックな展開に、固唾を呑んで2人を見入る。
1年生は当然、チンプンカンプン――
えっ? これがメインイベントなの?
舞台上と観客席で巻き起こっている生徒会長と金髪女子生徒の掛け合いに、……多分、これが聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭の恒例行事なんだろうね……と、隣に座る友達とヒソヒソ話していた。
「厳正なる抽選の結果、勇太様が選ばれたのですから……」
「な~にが厳正なるじゃい!」
かなり不満げたっぷりの新子友花、背中まで伸びている金髪を逆撫でメデューサ状態だ。
「あ~ら友花さん? どうしました?? これは聖ジャンヌ・ブレアル学園の神聖なる文化祭のメインイベント。そして、聖人ジャンヌ・ダルクさまへの供養を込めた、大切なメインイベントなのですよ」
「な~にが供養じゃ? 愛よ! 己は宗教行事宛らのこのメインイベントを土足で踏み込み、根こそぎ食い荒らすイナゴの群れのように……まるで十字軍遠征――エルサレム奪い取れじゃないか!」
自然破壊から世界史までをも網羅して、生徒会長の神殿愛に観客席から大声で直訴しまくる新子友花は、やっぱしキレてるんだ……。
「友花さん? あなたは聖人ジャンヌ・ダルクさまを敬い、そして、愛しているのではありませんか?」
なんだか急に真面目なことを言い始めた神殿愛。
「……そりゃ。……そうだけどさ」
「じゃ、いいじゃありませんか!! 厳正なる抽選の結果で選ばれた勇太様が、毎年慣例の……最初に××される相手――生徒会長の私、神殿愛としっかり結ばれることは、私にとっては全くもって問題無いってことで……つまり即オーケー」
「む、結ばれるって……。即オーケーって……にゃ!?」
思わず聞かされたその言葉に、顔を赤らめる新子友花だった。
「私と勇太様が結ばれることで、聖人ジャンヌ・ダルクさまも暖かい眼差しを私達に向けてくれることでしょう。そして! 私達のゴールインを見守ることで……聖人ジャンヌ・ダルクさまも心解れ、気持ち豊かになって悲運の最期から解放されるのです……」
長々しく……それらしい説明を喋った神殿愛であるけれど、要は自分と忍海勇太は付き合うのですと言っているだけだ。
「ゴ……ゴールイン? にゃにゆってんのかな??」
君こそ……何を言っているのかわかりません。
「そんなことも分からなくて……友花さん。ああ……残念な新子友花さん」
両手をハの字に掲げると、やれやれと首を左右に振り振りして、だめだこりゃする。
「……じゃあ、そういうことで。よろし~ですね?」
生徒会長という身、いつも毅然とした態度で学園内を慎ましく歩いている神殿愛であるけれど、この時だけは、ちょっとだけ見えた本性――
そう! 御嬢様育ちの容姿を隠れ蓑にした『腹黒女』である。
(ふふ~ん……友花さん。……語るに落ちるとはまさにこのこと。あなたに何ができますっての?? 身の程知らずも情けないですわね。本当に、お可愛いこと……)
まあ、育ちが正真正銘の御嬢様だから、心の中でこういう口調で……相手を罵っているのだろうと想像する。
一方の当事者である新子友花。
実はこの時、神殿愛の態度を見て、彼女はこう直感したのだった。
“ああ、権力だ”
“これが、権力ってものの本質なのだ”
“あたし、善かれと思って神殿愛に一票入れたけれど。蓋を開ければこんなもんなんだ”
“あたし、神殿愛にしてやられたんだ……”
“神殿愛よ!! あんたの生徒会長への熱望ってものは、本当は聖ジャンヌ・ブレアル学園を……とか、なんてものはまやかしで。本当は、この文化祭のメインイベントで職権乱用して勇太と恋仲になろうっていう、あんたの策士策略が本性!! 他の生徒達は欺けても――あたしには通用しないぞ!!”
……とかなんとか、ここぞとばかりに新子友花も心の中で、仮想敵に対峙して抗った。
「……ま、まあ~。彼女のことは置いといて」
神殿愛、開き直ったのか?
「生徒会長の神殿愛。粛々とメインイベントを進行させてもらいま~す」
「さあ、勇太様!!」
ビシャ!!
神殿愛がそう言うと、示し合わせていたかのようにスポットライトが観客席へと当たった。
当たった場所は観客席の端っこだった。
そして、そこに座っていたのは、勿論……である。
「さあ、勇太様! どうぞ舞台へ上がってくださいな!!」
やっぱり、忍海勇太だったね。
「神殿。なんで、俺?」
忍海勇太が細い声を出して尋ねた。その声を神殿愛は聞き漏らさずに、
「だって、勇太様が選ばれたのですからね」
満面の笑みを見せる神殿愛である。
「……選ばれたんじゃなくってさ、選んだんだろ。お前がさ!」
忍海勇太の至極当然なツッコミ――御名答! ……その通りである。
「まあまあ、勇太様。とにもかくにも……兎角亀毛、まずはこちら舞台へ上がって来てくださいな!」
神殿愛はそう言うと、彼女は舞台袖のスタッフ達に目配りした。
スタッフ達は、その合図に気付くなり、何やらトランシーバーの無線でヒソヒソと話し出して。
すると、あらら……いつの間に?
どこからともなく数人の生徒が、忍海勇太が座っている席を取り囲んでしまった……
じっ~と、忍海勇太を見つめる周囲の生徒達からの冷酷な視線――
「……………」
忍海勇太も、さすがにこの複数人の冷酷な視線に身を
……しぶしぶ席から起立して、しぶしぶと舞台へと歩いて行ったのでした。
――舞台に立っている神殿愛と、無理やり連れてこられた忍海勇太。
「勇太様。素晴らしい!!」
「何がだ!? 神殿よ」
忍海勇太は憮然としている。当たり前か?
一方で――
「ねえねえ? 友花ちゃん。何で? 何でムキになってんのかな~」
と新子友花のブレザーの袖をグイグイ引っ張りながら尋ねてくるは、隣に座っている東雲夕美である。
「夕美! あんたはうるさいって!!」
「うるさいって……。この状況、同じラノベ部の部員として見過ごせないよ」
グイグイと引っ張る手を止めようとしない……。
「あんた! 何? ついさ! この前入部したくせにさ!!」
新子友花の興奮は最高点に達しているみたいだ。
かなりイラついている。
頬を赤らめて、呼吸も肩でしているし――
「なるほど……友花ちゃん! やっぱ忍海君のことが好きなんだね~」
ニヤニヤした表情になる東雲夕美、袖を引っ張る手を止める。
「だから、こうして――」
「こうして、じゃな~いって! あたしは、ただ……あの生徒会長の神殿愛がイカサマして、勇太を――」
「勇太を? え~、何かな??」
新子友花は、まるで
その隣の席で、彼女の姿を幼馴染の好か? 可愛げに眺めているのは東雲夕美である。
「友花ちゃんって! そんなに怒っちゃダメだって」
「だから、怒ってなーい」
「――そうそう。このメインイベントの主旨を申し上げていませんでしたね」
舞台中央で、神殿愛が両手をパチンと叩いて、おもむろに声を上げた。
「聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭のメインイベント。『学園 殿方争奪バトル!!』は、生徒会長が独断で選んだ(今、独断ってぶっちゃけたぞ!)殿方を、まずは生徒会長が堪能して……」
言葉が進むなり、神殿愛が本性を見せているよね?
「コホン……。失敬。まずは、生徒会長が選ばれし殿方からのプロポーズを――」
『プロポーズ!!』
――観客席がその言葉を聞くなり、ざわざわとし始めた。
「……まあ、それは言い過ぎましたね。プロポーズではなくって“アプローチ”といいましょう。私からすれば前者でいいのですけれどね」
やっぱり本音が次から次へとだ。
「選ばれし殿方からアプローチされて……それを私は承り。そして、お互い手を取り合って聖人ジャンヌ・ダルクさまがいらっしゃる、聖ジャンヌ・ブレアル教会へと行き。御前で2人は愛の……きゃ! これ以上は言えない! は……恥ずかしい」
キーーーン
またまた、神殿愛がハンドマイクを持ったまま両手を頬に当てたもんだから、円形演技場中に例の異音が鳴り響いてしまった。
「これは、失礼しました。皆様……度々申し訳ありません」
神殿愛、足を揃えて深く頭を下げました。
「まあ、それはいいとして。さあ、勇太様!!」
「……なんだ?」
「私を、どうぞ存分にプロポ……もとい“アプローチ”してください」
「……まったく意味が分からんぞ」
両手で髪の毛をガシャガシャと掻きむしる忍海勇太。
「もう! 勇太様もご存じでしょう。これは聖人ジャンヌ・ダルクさまへの供養――」
「……………」
黙った、忍海勇太がコクリと頷く。
一方的な被害者になりそうな忍海勇太――彼は瞬間こう思った。
自分が1年の時の文化祭でもやってた『学園 殿方争奪バトル!!』も同時に思い出して。
あの時も同じことを思ったっけ?
このメインイベントって、どう考えても変なタイトルだったから……。
でも、これでも列記とした聖ジャンヌ・ブレアル学園の文化祭のメインイベントなのだから。
なのだから、正直に認めよう――
と、聖ジャンヌ・ブレアル学園に入学して、授業に『祈りの時間』があるのはカトリック系の学校なのだから、受け入れるのは当然だという気持ち。
――おにぎりの中に梅干しが入っているのは当然でしょ? みたいな、そういうもの……というコミュニティールールを生徒であるからには、学ばなければいけないのだろう。
人として生きていく限りには、避けて通れない修羅場がある。今がそれだ!
(うへっ!)
神殿愛がたまらず、不敵な笑みを作った。腹黒女、してやったりを確信か?
だんまりした忍海勇太の姿を見つめて神殿愛は、
「私達、聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒たるもの! 聖人ジャンヌ・ダルクさまへの敬愛のためにも! 文化祭のメインイベント『学園 殿方争奪バトル!!』はあるのです。それは勇太様もご存知でしょう」
「……………」
忍海勇太は沈黙した(いや、黙秘じゃね?)。
「さあ! 勇太様。今ここで私、神殿愛に愛の告白をしましょう! そして、その後は私の手を取って聖ジャンヌ・ブレアル教会へ! 聖人ジャンヌ・ダルクさまの御前で私達は結ばれ……否、聖人ジャンヌ・ダルクさまに悲運を忘れてください。もう安心してください。私達は……否、あなた様はもう聖人としてゴールイン……否!」
随所随所で、本音が出ていますね。
――その様子を、一部始終まざまざと見ていた新子友花。
「おい! イカサマ生徒会長!! あんた、勇太に何を吹き込んでるんだ。さっきから、全部お前のハンドマイクで筒抜けで聞こえてるぞ!!」
「あ~ら、友花さん。それはイケズですね……。恋仲の私達の会話を盗み聞きしているなんて」
「わ……わざと、聞こえるように言っていたじゃんよ!!」
「友花ちゃん! こうなったら、やったっちゃいなって!」
隣に座っている東雲夕美が、彼女に向ってVサインを見せた(いやいや、あんた傍観者として面白がってるだけでしょ?)。
横目で確認した新子友花は、う……うんっ! と大きく頷く。
それから、少しニヤッして不敵な表情を作った。
「ま、まあ……それは置いといて。さっ! 勇太様。お早く」
「何がお早くだ! あたしの話を無視すんじゃない!!」
新子友花が両手をグーにして、んもー!! んもー!!
お約束ポーズの一歩手前の、火山の噴火口から水蒸気が昇っているみたいな怒り爆発寸前状態!
「もう、勇太様もイケズ~。早く私をプロポ……もとい“アプローチ”してください」
神殿愛が忍海勇太の腕を両手で抱えて、グイグイと迫っている。
「……お前、今わざと言い間違えたよな?」
忍海勇太はというと……頬に一滴の汗を流して。
ああ冷や汗だ、これって。
「んもー!! んもー!! んもー!! ……おいおいおいって、神殿愛!!!」
新子友花が大噴火しました!
「もう! 勇太様がイケズ~だから、早くしないと泥棒金髪山嵐が来ますわよ~」
上目遣いで忍海勇太を見つめる神殿愛、わざとらしく新子友花を別称する。本性が見えましたよ……。
「……だっ! 誰が泥棒金髪山嵐じゃい!!! この泥棒洋風座敷童が!」
久々に聞くことができた、新子友花と神殿愛の妖怪バージョン?
んで、
カチーン!
と、頭にきた新子友花だった……。
新子友花は席からスタスタと舞台へ向かい歩いて行った。
当然、生徒会長の神殿愛がそれを見過ごすわけもなく、舞台袖の生徒達にアイコンタクトで何やらメッセージを伝達した。
生徒達は頷いて了解――トランシーバーでヒソヒソと何やら合図をし始めた。
すると、舞台へ向かって歩いている新子友花に、複数人のSPらしき人物達が……生徒達が。
「あ~?? なにさ! あんたら?? この新子友花を羽交い絞めしようとでも」
彼等を睨み付ける新子友花。
「どうか、このまま自席へと戻り着席してください」
「そうしなければ、私達は本気であなたを……」
「なにさ、あんたら! そんな乱暴な行為が聖ジャンヌ・ブレアル学園で許されると思ってるの? あなた達は職権乱用の生徒会長の指示であたしを押さえ込もうと……都合の悪いことを強権で抑え込もうと、こんなのが許される学園なのだとしたら、生徒会長の職権乱用で恋仲が操作されてしまう学園なのだとしたら――」
両手を腰に当てて、堂々と自分の意見を突き付ける。
「こんな横暴絶対に許すことなんて、できないじゃんか!!」
聖ジャンヌ・ブレアル学園では、成績は下から数えた方が早い新子友花。
まさか新子友花の口から、フランス革命『民衆を導く自由の女神』のマリアンヌのような、勇ましい演説が聞けるとは――作者は感無量だよ。
「ちょ!!! ちょっと、まったーーーーー!!!!!」
――え? なに??
観客席の生徒達の中から、1人の女子の声が大きく響き渡った。
もとい……女の子じゃなくって女性でした。
その声は、その大きな声は、円形演技上の後ろから聞こえた。一番後ろだった。
着席している生徒が一斉に後ろを、その声が聞こえた後ろへ振り向いた。
学園中に設置されているパブリックビューの巨大モニターで見ている生徒達、卒業生もカトリックの関係者達も、勿論のこと見ている。
誰もが、この突然の状況に緊張を覚えた――
「……ふふっ」
ん? なにやら、聞き覚えるあるフレーズだ。
「……先生も、参加させてもらっちゃおうかなって。ふふっ」
「……ウソ。先生」
「……先生」
――先生?
神殿愛と新子友花が声を揃えて、唖然となりながら言った言葉は、先生……。
「……なんで? 先生まで??」
と言ったのは、一方的な被害者となってしまった忍海勇太である。
「ふふ~ん。何か面白くなってきましたねぇ……」
これは東雲夕美。
やっぱ君は傍観者として面白がっているだけだよね?
「先生もね。忍海勇太君にプロポ……もとい“アプローチ”されちゃいたいなって♡」
と、言ったのは……ご想像通りでしょう。
大美和さくら先生でした――
続く
この物語はジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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