第9話 ……こいつ、寝相わりーな。俺引くわ!

「ここは……学園内の教会だ。あたし……。どうしてここにいるんだろう?」


 あれ? 新子友花は――聖ジャンヌ・ブレアル教会にいた。

 いつもの……最前列の長椅子の一番中央よりの、いつもの席に座っていた。


 ――ステンドグラスから差し込む太陽の光は、それはそれは美しくって……綺麗で、その光で教会の中は……これが天界、天国にいる感覚なのかもしてない。

 あまりにも鮮やかな色彩の光に包まれていて……気持ちがいいというか、なんだか臨死体験のような――夢の中で、幼い頃夏休みに田舎に行った時の“新鮮な感覚”を感じる現実のようだ。

 うまくは説明できない……というより、この言い方がなにより、今浸っている教会内の新子友花の最上級レベルの感嘆を表現できていた。


 新子友花は、なんだか――思わず感泣してしまった。

 そして、いつものように十字架に跪いて祈った。


 その十字架の手前には、聖ジャンヌ・ブレアル学園の守護神――聖人ジャンヌ・ダルクさまの像がある。


 新子友花は両手を胸前で握り、

「……あたしの祈りは、どこまで天へと届いているのでしょうか?」

 と言いつつ、静かに目を閉じた。

「……告白します。私の今までの祈りは、はっきり言って邪道でした。あたしが授業についていけないから、そのために……授業を打っ壊す……っていうような、偏屈なお祈りをしてきて……」

 具体的には、学園中をジャンヌ・ダルクの火刑と同じ様に、火の海に……ですよ。覚えていますか?


「ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま……。あたしは学園で学ぶ者。聖人ジャンヌ・ダルクさまの教えに従う子羊……」

 目を閉じて祈りながら、彼女は深く頷いた。

「……本当にあたしは、学園で迷いに迷っています。……ですが、もう、これからは学園中を火刑の火の海にしようとか言いません」

 まあ……実際にはできないからね。


「聖人ジャンヌ・ダルクさまは仰りました。……ああ神よ。魔女を火刑に処す者には、あなたの前には、命は等しく見えるでしょう。……ですから、どうか神よ。私以外の者が今後火刑に処され、あなたのもとへ召された時には――どうか、その者達に業火を越えて、昇天した我ら子羊に、どうかどうか、癒しのお水を飲ませてあげてください」

 続けて、新子友花は『聖人ジャンヌ・ダルクの生涯』の一節を唱える。

 それにしても、よく暗記できていると感動する――


「聖人ジャンヌ・ダルクさまは仰りました。――たとえ、あなたのパンを横取りする者がいても、あなたは怒ってはいけません。その者は、あなたよりも飢えているからです。……あなたは自らの天命で泣いてはいけません。この私のように生きなさい。私はジャンヌ・ダルク。私は、私を火刑に処したこの世界を――それでも永遠に愛したいのだから……」


「はい! 礼拝終わりっと」


 目を開けた。そして、もう一度胸前で十字を切った。

 ――感泣していた涙をぬぐって、新子友花は立ち上がる。教会の外へ出る。


 んぐ~


 出るなり大きく背伸びだ。


 天気は良好。そして、新子友花は「はぁ~」肩を大きく揺らして深呼吸した。


「……………」

 しばし無言になる。


 ――聖ジャンヌ・ブレアル教会の、丘から眺める学園の風景を眺めた。

「…………なんだか今日は、長めのお祈り言ったから……、なんか喉乾いたな……」

 とボソッと呟く。

 んで、……なぜか背負っているリュックから、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出して……それを、ゴクゴクと飲んだ。

「うん! お祈りの後の水はおいしい!」

 おいしそうにゴクゴクと……こんなことを言って。


 コロコロ…… コロコロ……


「……ん?」

 視線の端っこ、なにか地面を転がっていく物が見えた。

 それがコロコロと丘の上から、次第に加速が付いて転がって行ってる。

 ゴクゴクと水を飲むことに集中していたもんだから、

「……………」

 新子友花はペットボトルの手を止めて、その転がっていく何かを凝視して。


 コロコロ…… コロコロ……


「あ……、あああああああっ!! 私のお昼ご飯のデザートの橙じゃん! あれ!!」


 ぽちゃん……


「うわあああああーー!! 池に落っこちたじゃん!!! ああ……あっ…………」

 正門から丘の上の教会までの緩やかな坂道の中程、脇の花壇の間をちょいと越えたところに噴水が吹く池があって……つまり落ちちゃったのだ。


 ――天気は良好で、その気持ち良さに勢い任せて、足元に放り投げて置いたリュック。

 水を飲むことを優先し過ぎてチャックも開けっ放しだったから……。

 リュックが次第にバランスを崩して横向きになって……。だから、その拍子で中から橙がコロコロと……出てしまったみたいだ。


「どうしよう……。美味しかっただろうな……」

 新子友花、恨めしそうにその池を眺めた。


 ――それにしても、デザートのフルーツが橙って、せめて『ポンカン』とか『伊予柑』とか『夏蜜柑』とか……もうちょっと女子高生らしいデザートを買おうよ。

「ああ……。スーパーで超特価大安売りしていた私の橙が……。橙……池に落っことしちゃった」

 と言いながら、新子友花は坂を下り池の前へとトボトボ歩いていく。

 それにしても、コンビニのスイーツでもなかった……。君は二児を育てる専業主婦か!


「あ~あ。橙……」

 まだ言ってるぞ。



 その時――


 ぶくぶく……


「なに?」


 ザッパーン!!


「なに? なんなの?」


 新子友花が落っことしちゃった橙――しばらくして、その池の中から何かが上がって来たのであった。

「なになに? まさか河童……。シーラカンスとか……。それとも地縛霊……」

 河童は川にいると思うし、シーラカンスは深海。地縛霊は……もしかしたらあるかも。

 な~んてねぇ…………



「じゃじゃーん!!」



「……誰?」

 当然、だれでもそう思う。新子友花も同じく。

「あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさま……の子どもバージョンだよ!!」

 なんと、池の中から上がって来たのは子供だった。――年齢は7歳くらいの女の子である。

 なぜか水に濡れていない。

 その女の子、中世の女の子が着るような、フランス人形が着ているドレスのような……。それを夏服仕様に軽装させた感じの、麦わら帽子を被らせてバスケットを持たせたら、良く似合うファッションである。


「子供バージョンって、なに?」

 新子友花がその女の子に話し掛ける。

 驚きも怯えも、なにも感じずである。……どういう状況なんだ? これって。


「……細かいことは気にしないでちょーだい! おねえちゃん!!」

 いや、気にするだろ普通――

「うん。わかった」

 コクリと頷いた新子友花。これを素直と言っていいのか――信心深さ故の無敵状態?


「じゃあ……さっそく!」

 子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま……。姿勢を正す(池の上に浮いた状態です)。


「――新子友花よ。あなたが落とした“橙”は、このスーパーで超特価大安売りで販売していた“橙”ですか? それとも、よく夏の給食のデザートでサプライズ登場する“冷凍蜜柑”ですか?」

 冷凍蜜柑て、ひんやりして美味しいよね!


「…………」


 新子友花、しばし無言――

 別に悩むことなんてないでしょ? 悩んで選ぶチョイスですらないぞ!

「……あの、おねえちゃん。……あのさ、早く答えてもらえますか?」

 子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま、新子友花をかす。

「あたしが手に持っている……この冷凍蜜柑。……冷凍だけに、結構冷たいんだからね……」

 子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま、額から冷や汗を流しながら言った。


「……う~ん」

 直立姿勢――顎に手を当てて視線は遥か先の入道雲。


 ほんとに、今日の天気は良好だ。

 これは新子友花と、子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさまだけが知っている、柑橘類物語――


「……あのさ。あたしさ、お腹いっぱいだからさ! デザートいいや!!」

 これが新子友花の回答だ。と言って、

「じゃあね!! 子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま!」

 女の子に背を向けて、新子友花はスタスタと帰路に……。


「ちょいちょい! 待ってよ!! おねえちゃん……。それじゃあ、あたしが困るんだって!!」

 制服のスカートの裾を慌てて摘まんだ。

「困るよ、おねえちゃん。……そこは橙! って、答えてくんにゃきゃ!!」

「だいたいさ…………」

 見返り美人のように、後ろに振り向きながら――

「いくら子供であろうとさ、幾重の戦果を潜り抜けてきた聖人ジャンヌ・ダルクさまが、こんな御伽噺のような幼稚なことするわけないじゃん。……そうは、思はへんか??」

 ――新子友花、冷凍蜜柑のような白々しく冷たい視線を、目下の子供ヴァージョンに当てる。

 新子友花の聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信仰心は、至って生真面目だった。

(それはそうとして……学園が京都だから関西弁はわかるとして、関東も混ざってるよね?)


「いや……それは、そうなんだけどさ……。幼稚ってあたし7歳だもん!!」

 自分で認めちゃった子供ヴァージョン。

 あわわ……あわわ……と両手をフリフリ、オーバーアクション。かなり混乱している様子――

「あ、あたしだって、今日最低4回はやらないと、大天使様からお説教されちゃうんだからね……だからさ!」

 もしかして? それってノルマってやつ? 聖人にも色々あるんだね。

「もういいって。子供ヴァージョンさん。じゃあね……」

 バイバイと手を振って、新子友花は帰路に――


「ちょい! ちょいなって……あんた!」

「あ~に~よ?」

 7歳にあんたと言って引き止められて、17歳の新子友花、内心は一回り上の姉が『今日は、これから友達と花火大会に行くんだから、あんたはお留守番しておきなさい!』という妹への邪見心。


「……だから! あたしが手に持っている冷凍みかん……、結構冷たいんだから、早く答えてよ!!」

 と、子供バージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま。引き下がらない(ノルマあるからね)。

「え~と。どうしよう? どうしようかな~? しょうがないのかな~?」

 一方の新子友花。君、遊んでるでしょ?





「あたしさ……冷凍蜜柑よりもさ……大盛の“牛肉カルビの生姜”が気になるな…………」


「友花が、寝ぼけてる……」

 ……ベッドの横で地縛霊のように突っ立っているのは、神殿愛だ。

 寝言をゴニョゴニョ言っている新子友花を見つめながら、……ボソッと呟く。

「まあ……新子友花さんも、この合宿の長旅でお疲れなんでしょうから。みんな、もう少しだけ寝かせてあげましょうか?」

 隣に立つ――大美和さくら先生は、少し小声になって彼女を起こさないように言った。


「……こいつ、寝相わりーな。俺引くわ!」

 二人が立つ向かい側には、忍海勇太が立って……使い古びたTシャツ・ハーフパンツで、なんとかサスペンス劇場の事件現場の部屋の中央で……ちょっと言い過ぎ。つまり、百年の恋も冷める寝相を表現したい。


「って、なんで勇太様が、友花の部屋に入っているのよ!」

 朝も早く――神殿愛の爽快なるツッコミが入った。

「だって、部屋空いてたから……見に来た」

「こらこら……。忍海勇太君。ここは、曲がりなりにも女子の部屋ですよ」

 悪びれた様子のない彼に、大美和さくら先生が指摘する。

(曲がりなりにも……それもちょっと言い過ぎ)


「新子友花さん起きてください……」

 大美和さくら先生、気を取り直して、彼女の肩をちょんちょんと突いて起こそうとする……。

「ちょい、友花ってば! もう朝の7時なんだから!! 朝食も用意してあるんだからね。だから起きてよ!」

 同じく、ちょんちょんと肩をつつく神殿愛である。声は少し大きめである。


「……むにゃむにゃにゃ」

 あ~白魔導士が[スリプル]されちゃった。回復系が眠ったらダメでしょ!

 癒し系というよりいじられ系――新子友花って、この程度じゃあ~起きないみたいだ。


「おい! お前。起きろって!!」

 今度は忍海勇太の出番である。

「……しっかし、まだ眠っとるって……寝相悪過ぎだし」

 ほんと、どうしたらこんな寝相になるのか? と全員でツッコミたくなるような新子友花の寝相である。

 布団の半分はベッドからずり落ちていて……自分の枕を抱き枕のようにして、横向きになってグースカ……グースカ……と寝ているのである。


「しょうがないか……。あれしかないな……」

 と、忍海勇太が意を決する。何やら秘策があるようだ?


「おい! 新子友花!! 今日の朝飯はお前の大好物『牛肉カルビ生姜たっぷり弁当』だぞ!! 朝飯から牛肉カルビ生姜たっぷりだぞ!! 美味しいぞ!! だから、その代わりに起きろ!!! 起きないとな……お前の分まで俺が食うからな! それで、いいのか??」


「ほんと、勇太! おはよ!!」


 いきなりガバッと布団をのけて、新子友花がおはようございます! 目が覚めた。

 なるほど、寝言で言っていた牛肉カルビ生姜……ってのをエサに使ったんだな。忍海勇太の[エスナ]級のアイデア勝利。頭良い。


 てってれ~


 ……でも、それに引っ掛かって起きた新子友花って。




 ――ここは、『飛騨の里・神殿リゾートホテル』である。


 御嬢様――神殿愛の両親が経営しているホテルグループの一つだ。

 ホテルといっても、高層ビルのような都会のホテルではない。

 勿論――お客様を受け付けるロビー、メインの建物は立派だ。その風貌はというと、アガサ・クリスティーやアーサー・コナン・ドイルの推理小説に登場するような、デデーンとした大屋敷。

 真っ白の漆喰が前面に塗って、その間を等間隔に黒茶けた太い柱が剥き出しに組まれている。一区画おきに柱がバッテンの様に、校舎の耐震化を向上させるための鉄骨のバッテンみたいに組まれているのは――耐震化という要素よりも、むしろお客様むけの演出の色の方が強い。


 絶対……これって、2時間映画の前半で事件が起きるよね?

 そんでもって、後半で隠し部屋とか隠し通路とか見つかって……推理小説の“いかにも“な展開が起きて……


 こらこら、由緒正しき『飛騨の里・神殿リゾートホテル』を事故物件紛いに紹介しなさんな!



 ――ロビー全体にも黒茶けた、それも大きな柱が数本ニョキっと生えている。

 張り巡らせた大ガラスの向こうに、湖が見える。


『飛騨の里・神殿リゾートホテル』といえば、この景色。旅行サイトに必ず掲載される風景だ。

 湖をぐるりと点在して囲んでいるのは、宿泊施設――コテージである。まるで新築一戸建て庭付きのような建物。コテージ玄関のすぐ横にはバルコニーもあるぞ! テーブルとイス、その隣にはなぜか一人用の白いブランコ。

 バルコニー向かいの草っ原には、バーベキュースペースがある。んで、その数メートル先に湖……。


 湖なのに波打っている。

 宛ら、凪の日の海水浴場のように静かで小さい波が……寄せて帰って。

 夜になると、この波打ち際で花火をやるんだろうな。飛騨高山は山奥だから、星空も輝いて天の川が見えると思うし。


 飛騨高山――かつて作者も小京都に憧れて、何度もなんども旅行で訪れたことがある。いいところだ!

 そう。これが、ラノベ部の合宿地である……




「……何が牛肉カルビ生姜たっぷり弁当なのよ! 勇太!!」


 ――ラノベ部の朝食は、バーベキュースペースで焼いた『焼きおにぎり』とか『燻製ウインナー』ではない。リゾートホテルのロビーの、その奥にある共同スペースの食堂メニューである。

 折角、BBQできる環境なのに……勿体無いって? いやいや、朝からBBQは普通食わないって。

 まあ、デパート最上階のレストラン街のような飲食店も入っているけれど、我らラノベ部は食堂で食べる!


 基本は修学旅行生などの、団体客のために用意されている食堂――

 合宿なんだから、学生として本分を忘れないためにも…………である!


 ――食堂の朝食と言っても、思い出してほしい。

 このリゾートホテルは神殿愛の両親が経営している。

 だから、ラノベ部の朝食は……『はいはい。まずは食券を買ってください。買ったら食券をこのテーブルに、あっ! 飲み物はセルフサービスだからね。水はあっちにあるから。お茶も同じ。……熱いお茶が欲しかったらさ、その向こうにあるポットでどうぞ! そうそう……コーヒーは、食券を買って飲んでちょーだいね』


 じゃない! じゃない!!


『――本日は御嬢様御一行のために、特別メニューをご用意しました。神殿愛さま……いつもいつも、『飛騨の里・神殿リゾートホテル』を気に掛けてもらい、本当にありがとうございます。どーぞこちらへ――』

 という感じ。それはそれは、景色も最高の……さっき書きましたね。



 大きな池が一望できるテーブルに、4人は着席している――

 つまり、セレブ待遇ってやつです。


「だからさ、ウソだって言っただろ! しつこいぞ、お前」

「友花ってば、朝から牛肉カルビ食べたかったの?」

 忍海勇太と神殿愛がそろって座っていて、

「じゃあ、なんでコンビニには朝っぱらから、『牛肉カルビ生姜たっぷり弁当』を売っているのよ? どうして、真夜中に『たっぷり生クリーム入りシュークリーム』を売っているの? 真夜中に甘いもの食べたら太るじゃない? つまり、いつでも食べていいってことでしょ?」

「ふふっ……学園の正門近くの[セブンイレブン]のシュークリーム。美味しいですよね。先生も気に入ってますよ」

 テーブルの向かいには新子友花と大美和さくら先生が座っている。

 4人の席は、大ガラスを横にした――高級ホテルの最上階のレストランの男女カップル限定の予約席のような、つまり背景にしっかりと湖が映る構図である。

 このリゾートホテルも高級ホテルですよ。……朝食は食堂ですけれどね。


「でも、新子友花さん……。ご自身のダイエット失敗を、コンビニの営業方針のせいにしてはいけませんよ」

 大美和さくら先生、横に座っている彼女を見つめて女子高生のストライクゾーン――を直球勝負で狙った。

「先生! あたし太ってなーい!!」

 フルカウントでど真ん中に来たもんだから、『えっ? まさかの直球?? そこ普通変化球じゃね……』、振り遅れた新子友花。なんとかバットを短く持ち直してカッティング!

 打った球は、1塁側アルプス席へと転がって行った。


 ちなみに、聖ジャンヌ・ブレアル学園は甲子園出場経験はないけれど、京都府内では強豪ですよ。



 チラッ…



 ……ちょちょいと。流し目で新子友花のボディーをチェックした忍海勇太。

「あっ……あんた! 今、あたしが太っているかいないか……確かめたでしょ!!」

「……してない」

「うそだ!!」

 新子友花、白々しい彼の態度に激高する(新子友花は朝から元気です)。


「友花……ちょ、静かに。他のお客さんもいるから……」

 それを、神殿愛が落ち着かせようと……


「勇太! うそだ!!」

「……しらね」

「しらねって!! おい! ゆ……」


 食堂の4人掛けのテーブルを囲んで、いつものラノベ部の部員三人が和気藹々? ……と、いつものように始まった? そこへ――

「はいはい! みなさん、お食事の場ですよ。私語はそれくらいにして、朝食を頂きましょうね」

 大美和さくら先生が、顧問としてしっかりと収める。

 まるで、修学旅行の引率している先生のように、いや……正真正銘の先生だって。

 

 ワイワイと、合宿初日の朝でハイテンションになっている学生達を、大美和さくら先生は優しい感じで、そう宥めた。……そのハイテンションの原因って、牛肉カルビ生姜たっぷり弁当なんだけどね。

 コンビニ弁当でこんなに盛り上がることのできるラノベ部――いいね!


「お待たせ致しました……」

 メイド四人がそれぞれ個別に、朝食を運んで来た。

 静かにそれをテーブルに置いていく……。急に無言になったラノベ部御一行様。

 新子友花達、学生三人は内心『うわ~本物のメイドだ~』というメイドあるあるで新鮮に驚いていた。

 一方の、大美和さくら先生はというと。さすがは教師。メイドの一人二人なんて人生経験の差――驚くこともな?


『きゃ~メイドよメイド!! すごーい! 本当にいたんだ……メイドさんって』

 学生以上のはしゃぎようとは……これいかに? ……だけじゃなかった。

「ねえ? ここのメイド業って時給いくら? ねえ、いくら??」

 と声を出して、メイドにお給金の額を尋ねる始末――アカンやろ!


「それでは、ごゆるりと召し上がりくださいませ……」

 四人一列に並んで一礼。表情には出していないけれど、絶対に心の中ではムスッとしてる。これ……



「いただきまーす!!」

 新子友花、忍海勇太、神殿愛――そろって両手を合わせて合掌した。


  ――というわけで。

 ここで、『飛騨の里・神殿リゾートホテル』が御嬢様御一行のために用意した特別朝食メニューを紹介しよう! ……と言っても素食である。


 お米はホカホカ新潟のコシヒカリ

 お味噌汁の味噌は八丁味噌

 具の豆腐は高野豆腐

 お漬物は奈良漬け

 野菜セットは近所のスーパーで売ってるものを使用

 卵焼きも同じく

 ベーコンも同じく


 ……って普通の朝食じゃん!! ん?


 デザートの桃は岡山の特産品……

 食後のコーヒーはブラジル産の豆を使用……

 お茶は京都の宇治一番茶



 どこにも飛騨高山がないぞ!!!



 ――まあ、観光施設の朝食で、いきなり地元の特産品は出てこないかな。


 それはそれとして……。美味しい層に朝食を食べている三人だ。



 しかーし!!



 我らの神 聖人ジャンヌ・ダルクさま

 あなた様が包まれた同じ炎で

 私たちの前にある糧(かて)は焼かれました

 小麦は焼かれパンとなりました

 

 このパンの一切れは、あなた様の苦難の結晶です

 今日も、ここにあなた様の苦難を思い糧をいただきます

 いつも、あなた様が私たちの傍にいてくれることを感謝します


 アーメン



「……さてと、頂きましょうね!」

 ――食事の前の祈りの言葉を終えて、ゆっくりとお味噌汁を啜った大美和さくら先生。

 ズズっ……という感じ「うん! おいしい……」と一言。そして次に白米を一口含んだ。


 新子友花、忍海勇太、神殿愛は、しばらく無言でした。


 そして……三人お互いの顔を見合って…………どうしたかっていうと。

 すぐさま先生と同じように、食事の前の祈りの言葉をね……み~んな言ったのでした。




「さあ! 皆さん、朝食を食べ終わりましたね。では、合宿をはじめちゃいますか」

 ご馳走様の後、大美和さくら先生は早速笑顔でみんなに言った。

「まずは、合宿の成功祈願として駅前の宮川を越えたところに鎮座している『さくら山八幡宮』へ、お参りに行きましょう!」

 先生はテーブルに高山市内の観光マップを広げる。

「ん~と。ああ……ここですね」

 人差し指で『さくら山八幡宮』を指さした。


「大美和さくら先生……カトリック系の学園のあたし達が、神社ですか?」

 新子友花が至極わかりきっている質問をした。

「いいじゃないですか? カトリック系であろうと神道系であろうと……」

 隣に座っている新子友花を向いて、微笑みながら……。

「先生だってお正月には初詣にも行きますよ。それは新子友花さんも……みんな同じでしょ?」

 一通り忍海勇太、神殿愛の顔を見つめる大美和さくら先生。

「それに、名前がいいですね~『さくら山八幡宮』ですよ。こいつは夏から縁起が良い~ってね!」


 合宿の成功祈願とは建前で――本当は自分と同じ名前の神社だから行きたいんだ。先生は……。


「ささっ! 善は急げとは、このことです! 確か……ホテル前からコミュニティーバスで高山駅前に行けましたよね? 神殿愛さん」

「……あ、はい。先生」

 グイっと神殿愛を見て聞いてきたから、彼女ちょっとだけ……たじろいじゃった。


「じゃ、決まりです!」

 そそくさと席を立ち上がった大美和さくら先生。

「皆さん、行きましょうか……」

 朝食を食べるくらいから……ずっと先生ペース。

 新子友花立ち三人、しばらくお互いの顔を見合って…………続いて席を立つ。


「ささ! みなさん。行きましょうね……」




 パンッ パンッ


 お賽銭を入れて柏手を打つ――

 しかもラノベ部御一行は横一列に並んで……その姿は、夏祭り特集のアニメで主人公達が柏手を打つ――あるある光景だ。


 高山駅前から宮川を越えて鎮座している『さくら山八幡宮』は、いくつか市内に点在している神社の中でも、飛騨高山観光のメインスポットの一つで、訪れる観光客も多い。

 ここだけの話――実際の神社の名前は少し違います。それに高山駅からけっこう歩いたところに鎮座してますから、これを読んで『そうだ! 飛騨高山に行こう』と思ったそ、この君。

 あれれ? 書いていた場所よりちょい遠いじゃん! とSNSに書き込まないように……。


 山裾にある静かで――落ち着く神社ですよ。



「皆さん! 神様にお願いごとはちゃんと言いましたね」

 大美和さくら先生は横を向いて、ラノベ部員三人に聞いた。

 新子友花、忍海勇太、神殿愛は「はい!」と返事をして……そしたら先生は口元を微笑ませる。


 何をお願いしたのか? なんて……野暮なことを神社で聞いたらダメですよ。


 と思ったら――

「先生はね~ この合宿で皆さんが有意義に、たくさんの思い出を作ることができますように……と、お願いしちゃいましたよ」

 あれ? 自分から告白しちゃった。あはは。


 いつもいつも、学生思いの大美和さくら先生ですね――



「皆さん、午後は自由行動ですよ。というのも明日がラノベ部合宿のメインですからね……。初日は楽にして飛騨高山を観光してください。これが、今日のラノベ部の活動――観光です!!」

 大美和さくら先生がそう言うと、みんなは「わかりました!」と返事をした。

「古い町並みに行くのもいいですし、合掌造りの『白川郷の里』を見学するのもいいですね! 宮川の河原のベンチでゆっくり……まったり過ごすのも一興ですよ」


「あの。大美和さくら先生は、午後はどうするのですか?」

 新子友花が、先生に質問した。

「私ですか? 私は駅前で食材の買い出しです」

「買い出し……ですか? 観光は……」


「観光込みですよ! 新子友花さん」

「は……はい!」

 大美和さくら先生は親指を立ててグッドのポーズを、新子友花に見せた。

「先生は、今晩のコテージでバーベキューをするための食材を…………買っちゃいたいなって。折角コテージで夜を過ごすのですから、バーベキューをやらずして……なんとするです! ……バーベキューをやらない合宿なんて、魔よけにならない“さるぼぼ“ですね!」

 先生はニッコリ――


(でも、意味が少しわからないよ……)


「――明日の朝は、飛騨高山の名物の宮川朝市に行きましょうか? 飛騨高山のど真ん中を流れているのが宮川、その川沿いに毎朝朝市を開いているんですよ~。そうそう、宮川沿いには有名なソフトクリーム屋さんがあるんですよ~。――美味しいはずです! ええ……きっとです!!」



 今回の話、なんだか食べ物オンリーでしたね――





続く


この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

また、[ ]の内容は引用です。

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