第10話 てへっ! な~んてね!! ちょっととっぴな……お話でしたね♡
「平和ですね……。勇太様」
「……ん? ああ、天気も良いしな。平和だな」
「こーんな平和な町並みが、いつまでもいつまでも、続いてほしいですわね……勇太様」
「……ん? ああ、そうだな。平和じゃないよりも平和のほうが良いしな」
「ええ、勇太様」
「……ん? ああ、そうだな」
神殿愛と忍海勇太が二人並んで、宮川の河原で名物のアイスクリームを舐めながら……、空を流れる夏の雲を見上げて、こんな他愛もない会話を呟いていた。
――見上げると、夏空真っ盛りである。
飛騨高山の夏は清々しい気持ちにしてくれる。町の中央を流れる宮川の河原は涼しい。町全体が森林に囲まれていて空気も綺麗だ。遠方には、山頂に万年雪が積もったアルプス山脈を望める。
冬の飛騨高山は深々と雪が降り続く氷点下で、こちらの方が観光としては有名で見応えもあるかもしれない。
けれど、避暑地の小京都――飛騨高山として作者は推す! 駅前も綺麗に生まれ変わったことですしね。
ラノベ部の夏休みの合宿は3日目――明日は帰路であるから今日が最終日ということになる。
午前、もうすぐ正午になるという時刻、夏真っ盛りと表したくらい夏だ。しかも飛騨高山という土地柄、山奥の夏日――山々の上にニョキっと入道雲が午前から存在感を出している。
あの雲、こっちに来たら夕立確実だろう……と『ところにより雷雨』のそれが目の前に見えている。
……午前から夕立とは、ちと変な言い方だけどね。
――飛騨高山に行ったことがある人だったらわかると思うけれど、この観光地には“宮川”という綺麗な川が町のど真ん中を流れているのだ。
この宮川の川沿いに、毎朝朝市をやっているストリートがあって、そのストリートから河原へと降りる階段があって、川の近くまで行くことができる。
いくつかベンチも設置されているので、観光客がよく河原へ降りて記念写真を撮っている。
観光客だけでなくて、地元の住民もよく散歩している。
飛騨高山は周りを山々に囲まれていて、有名な観光地でなければ、田舎の駅前にある商店街の通りような風景なのであるけれど、この町からバスで世界遺産の“白川郷”に行くことができるため、世界中から観光客が訪れてくる。
……すると、田舎の駅前商店街に何人もの外国人観光客が歩いている風景ができ上がる。
とてもエキサイティングな町である。
「昨日の夕べのバーベキューは美味しかったですね? 勇太様」
「ん? ……ああ。そうだな」
神殿愛が隣に座る忍海勇太を見つめた。
忍海勇太は、彼女の顔を横目でしばらく見ると、また宮川の流れを見つめる。
……別に見つめられて恥ずかしいという感情はない。
傍から見ると男女のカップルの仲睦まじい姿に見えるけれど、ただの部活仲間の休息の一時でしかないよ。
「それにしても……大美和さくら先生って、トウモロコシに味噌を塗る派だったんですね?」
「そう! あれ俺も意外だった。」
フイっと忍海勇太が顔を神殿愛に向けた。
「トウモロコシに塗るものって、醤油だよな……普通」
「ええ、勇太様。私もそう思います」
「百歩譲っても――バターを入れたバター醤油だろ」
「ええ。そうですね!」
……と、お互いの味覚センスがどうやら近いとわかった二人。すると。
ククッ ハハ ハハハ~
って、大笑いしましたとさ。めでたし、めでたし……
「……あんた達さ、あたしも隣に座っていることを……忘れてないかな?」
ちょっと不愛想な表情の新子友花がいた。
忍海勇太を真ん中に座って神殿愛がその隣で、その真反対に彼女も座っていたのだ。
「ラノベ部の諸先輩方……中がおよろしいことで、なによりですね」
めでたくなくなった?
新子友花は嫌味っぽくそう発言するや、宮川名物のアイスクリームをペロペロ舐めた。
「……………」
やはり、憮然としている……。
「……ん? ああ、お前か。勿論忘れていないって……っていうよりも、忘れたくても忘れさせてくれない個性的なキャラクターだからな。お前は……」
ペロペロとアイスクリームをなめながら、忍海勇太が横目で新子友花を見た。
「だから! お前っていうなってば!! んもー!!」
お約束の口癖と、久々の『んもー!!』が出た。
でも、今はベンチに座っているから、全開の『んもー!!』ではないけれど……。
「『んもー!!』じゃありませんって、友花」
そこへ、ひょいと前屈みになって話し掛けてくる神殿愛。
「この飛騨高山の宮川の自然豊かな情景で、平和な日常の中で、『んもー!!』のような公害発言は止めてくださいませ……。自然豊かな小京都――飛騨高山が台無しになりますわ」
こちらもペロペロとアイスクリームを舐めながら。
「だ……誰が、公害発言だわさー?」
新子友花、ちょっとだけキレる。
……と言いつつも、彼女もペロペロとアイスクリームを舐めながのツッコミ発言――身から出た“愛嬌”なんだけどね。
要するに、三人共に合宿を満喫しているということです。
「だから、お前の日本語おかしいって――」
「ほんと、アイスクリームだけに、オカシイ……ですわね」
お菓子とおかしいを掛けています。
「ははは~!!」
一瞬、神殿愛と忍海勇太はお互いを見つめ……、同時に笑った。
そしたら、新子友花が立ち上がって――
「こら勇太……、愛も…………この…………、んもー!!」
である……。
アイスクリームを全部完食してフルパワーの『んもー!!』を……。
平和だね~
「ところで? ねえ……勇太? 大美和さくら先生は何処行ったの?」
急に熱が冷めた新子友花。ふと、そういえば大美和さくら先生がいないな……ということを思い出した。
さっきまでいたのに――
「先生は一足先にリゾートホテルに戻って行ったぞ。覚えていないのか?」
「……あたし、アイスクリームを買うついでに、宮川朝市の出店を見て回っていたから……ほらこれ!」
と言って新子友花が見せてくれたのは、スマホ用のストラップだった。
「これ“さるぼぼ”っていうんだよ。庚申信仰の身代わり猿と同じなんだって。知ってた?」
そのストラップを見るなり、すぐに神殿愛が、
「知ってますって、友花。私はここ飛騨高山のリゾートホテルに毎年通って、お世話になっているのですから。飛騨高山の名産品の“さるぼぼ”くらい、知っていて当然です」
ペロペロとアイスクリームを舐める舌鼓を止めて、神殿愛が言う。
「……そ、そうよね。愛。そうだよね……」
知っているんなら、お土産として自分が選んだことを褒めてくれてもいいんじゃね?
と、ちょっとむきになった新子友花。これも愛嬌ですよ!
なんせ合宿なんですから。……ケンカなんかしたら有意義であるべき合宿が勿体無いですから。
その時、新子友花のスマホに丁度タイミングよく――
♫♪~ ♪♫♪~ ♫♪~♪
電話が掛かってきた。大美和さくら先生からだった。
「……先生からだ。……もしもし? 先生?」
新子友花は、自分のスマホに掛かってきた大美和さくら先生に出る。
『……あっ、新子友花さん。先生ですよ。皆さんも一緒ですよね?』
大美和さくら先生は、軽快なお喋りでそう尋ねる。
「はい先生」
『どうでしたか? 宮川朝市はこんなに朝早いのに、観光客がいっぱいいて混雑していたでしょう。……あと、名物のアイスクリームは美味しかったですか?』
「先生!! おごってもらって……ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
アイスクリームは先生からのサービスだったんだね……。ペコリとスマホを耳に当てながら、新子友花は一礼。
――その姿を忍海勇太と神殿愛が見つめる。こういう思いを抱きながら。
(今でもスマホ持ちながら一礼する人……いるんだ……)
『新子友花さん。何言っているんですか? 折角の合宿なんですから、先生も部員のためにどうすれば楽しんでもらえるかを考えて……、それだけですよ。うふふ!!』
その最後の笑い声……隣にいる二人にも聞こえて……。
「……で、先生、電話してきたのは……何か?」
『そうそう、新子友花さん! みなさん、早く帰って来てくださいね』
「……先生?」
『うふふ、もう忘れましたか? 私たちはラノベ部の合宿に来ているのだということを』
「いいえ……それは」
『よろしい!!』
――と、スマホから聞こえてくる大美和さくら先生の大きな声。
『さあ、皆さん!! しっかりと飛騨高山を観光して来てから、リゾートホテルに帰って来てくださいね!! 午後から私達ラノベ部の活動を始めますよ~』
……ですって、という感じで新子友花は音量を最大にして、隣に座っている忍海勇太と神殿愛にも聞こえるように、スマホを向けた。
『お昼は……私がおごったアイスクリームで勘弁してください。……でも、リゾートホテルに帰って来るまでの買い食いはOKですからね。じゃ! 早々に』
ガチャ ツー ツー ツー
最後は一方的に話しまくって、電話を切ってしまった大美和さくら先生でした。
――ここは、ラノベ部のみんなが宿泊するコテージの屋内。
「こらこら! 君たち、亀をイジメちゃダメじゃないか……。助けてくれて本当にありがとうございました。お礼に僕の背中に乗ってください。竜宮城まで連れて行ってさしあげます。お礼の玉手箱もどうぞ……」
――忍海勇太が読み上げているそれは、どこかで聞いた昔話。
「亀さん、亀さん。どうして君はそんなにのろいのかな? 言ったなウサギさん! 僕はウサギさんが思っているほどのろくはないぞー! じゃあ、あの丘のてっぺんまで俺と競争しようじゃないか。君が勝ったら……」
――神殿愛が読み上げているそれも、どこかで聞いた昔話である。
大美和さくら先生がいる。部員もみんないる。
午後からのラノベ部の合宿の内容は、なんと紙芝居である!!
忍海勇太と神殿愛は、恥ずかしがることもなく、堂々と紙芝居を読み上げている。
――その紙芝居を見ているのは『飛騨の里・神殿リゾートホテル』に同じく宿泊している、なんと! どこかの幼稚園児の子供達である。
つまり、高校生が幼稚園児に紙芝居を読み聞かせている。
紙芝居――まあ極限的なライトノベルであるから、ラノベ部の活動としては正当だろう。
なんでも昨日、大美和さくら先生とその幼稚園の先生が急に仲良しになって、急遽このイベントが企画されたという。
一足先に先生がリゾートホテルに戻ったのは、この紙芝居の準備だったようである。
「学校に教会があるの……本当に?」
「……本当だよ」
「じゃあ、“しゅうどうじょ”ってのもいるんだ」
「……シスターのことね。勿論いるよ」
「ねえ? おねえちゃんは教会で、お祈りとかするの?」
「……勿論だよ」
「うわー! すごーい!!」
……何がどうすごいのかわからないけれど。
紙芝居が終わると、今度は子供達とのお喋り会である。
新子友花に子供達が群がっている。容姿が小柄で金髪の髪の毛がぶわ~って伸ばしているから、子供達から見ればご当地キャラのように面白く見えるのかな?
そんでもって、次から次へと質問されまくっている。
新子友花は、その質問を一つひとつを、困惑しながら答えていっている……。
午後のラノベ部の合宿も無事に終了して――
子供達も満足満面の笑みのまま、コテージを後にして、
「あ~づがれだ…… はあ~」
バルコニーで一人椅子に座って、湖を眺めているのは新子友花。
「目の前の子供達の反応を伺いながら、絵本を読むことは娯楽を提供するライトノベルには欠かせない要素なんです……か」
すっかり肩の力を下ろして、ボソッとつぶやいた言葉は、大美和さくら先生からの紙芝居をした意義。
「ふふ、お疲れ様! どうでしたか? 新子友花さんが感じた今日の合宿はどうでした?」
大美和さくら先生、疲れきった新子友花の隣にヒョイと現れ……同じく隣の椅子に座ってそう聞いてきた。
「正直言って、ちょっと意外でした。合宿で紙芝居なんて……」
新子友花は正直な感想を述べた。
「ふふっ!そうですよね~」
大美和さくら先生は口元に手を当てて、少し肩を揺らして笑った。
「ラノベ部の合宿は……予算も限られていて、でも、神殿愛さんのおかげで飛騨高山に来ることができて……せっかくの夏休みなのですから、関西より……東海に来ることができたのはラッキーでしたね」
「……あ、はい。ありがとうございます。大美和さくら先生」
新子友花はペコリと……本日2回目の一礼。
「そんなに畏まらないでください……新子友花さん」
「……はい。先生」
山間部の日暮れは早い。
湖の向こうの山々に、夏の太陽が姿を隠そうとしつつあった……
そのせいか、ちょっとだけ涼しく感じる……緑が茂る大自然の中のコテージである。
「――新子友花さん。学園生活をしっかりと青春してくださいね」
「大美和さくら先生?」
唐突に、先生が言った。
「先生はね……。新子友花さんと同じ年頃の女子高生の時にね……。実はイジメられっ子だったんです」
「先生!?」
これもまた、大美和さくら先生の突然の告白である。
勿論、新子友花はビックリである――
「そうそう!」
大美和さくら先生は胸前で両手をパチンと。
「先生はね、実は聖ジャンヌ・ブレアル学園の卒業生で~す。知ってましたか? 知りませんよね??」
「えっ! そうなんですか?」
またまたビックリする新子友花。
自分はイジメられっ子で卒業生――
「先生ね……こんなおっとりとした性格だから、イジメっ子から見ればイジメ易いんでしょうね」
「先生……そんなこと」
「……先生はね、ずっと教室で1人ぼっちでね。たまに声を掛けてくれる友達は数人いたのですけれど。……でも、その友達も本気で、私と仲良くなろうとはしなかった」
「……そうなんですか? 大美和さくら先生」
新子友花は大美和さくら先生に、自分の意外な過去を聞かされて、ちょっと神妙な表情になる。
「ええ……だって、私と一緒にイジメられるのが嫌なんだもん」
「…………」
そんな彼女とは対照的に、ニコッと微笑みを見せてくれる、大美和さくら先生。
そかし、先生のその表情を……新子友花は無言で見詰めた。
「それで、私は毎日お昼休みと放課後に、学園の図書館へ通いつめて、必死になって読書して、読書して……そうやって、自分自身の境遇を必死になって忘れようと努力しました」
両手を膝の上に重ねて、
「たぶん……先生が国語の先生になれたのは、この時の図書館で読書三昧を経験することができたからでしょうね!」
大美和さくら先生は、湖を遠目で見る。
「…………先生」
新子友花は先生の横顔を見つめた。
「……イジメっ子ってね、イジメている自覚がないんですよ。イジメ易い人を見つけて、その人にしつこく絡んで、相手の家庭環境も、何も気にせず、友達も何もかも巻き込んで破壊するんです」
先生の告白が続いている。けれど、横顔から見える表情は、ニコッとしたままである。
「自分たちが愉快であればそれでいい。イジメられっ子の気持ちなんて、全く思おうとしないんです」
山間から吹いてくる夏風が湖の水面を通って、自分達がいるコテージまで届いてきた。
水面を通ってきたからか、頬と腕をさわり流れているそれはひんやりと感じた。
後から、湖に
「ある時、イジメっ子の1人が教科書を貸して欲しいって言ってきて、私は黙って教科書を貸して……。で、帰ってきたら、私の教科書には大きく赤い蛍光ペンで『ありがとう。助かった』て書かれてしまっていて」
「えっ? 蛍光ペンで書かれたんですか」
新子友花が思わず声を上げた。
「……もう蛍光ペンだから消すに消せない。イジメっ子からすれば、感謝の気持ちを表したのでしょうけれど、常識的に考えて、私の教科書に蛍光ペンでって……」
記憶が蘇ったのか? 表情が一変、大美和さくら先生の目に、うっすらと涙が……
(ねえ? あなた達は、どうして私にこんな無神経なことができるのですか?)
大美和さくら先生の告白は赤裸々だった。それに唐突でもあった。
新子友花は、先生の話に対してほとんど何も言えなかった。
何故なら、先生にそんな過去があったなんて想像すらしていなかったからだ。
いつも落ち着いて、自分に話し掛けてくれる大美和さくら先生だったから……意外だった。
大美和さくら先生は続けて――胸の前で両手をギュッと握りしめて、
「その後、私は教会へ向かいました。そして祈ったのです。ああ……聖人ジャンヌ・ダルクさま。……私はどうしてこんなにも辛い学園生活を生きているのでしょうか? もう私は、この学園から解放されたい。もう私は、イジメられたくありません」
と言うと、隣に座っている新子友花を見つめた。
そして、またニッコリと微笑む。
「……するとね。私がそう嘆いている時に、その時に奇跡が起きたのですよ」
「……奇跡? ですか……先生」
新子友花は聞き返す。
「ええ、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像が……輝きだしたのですよ!」
「…………ほ、本当ですか?」
「……と言っても、今から思えばステンドグラスに射した西日が、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像に当たっただけなんですけどね。でもね! でもね! ここからなんです……本当の奇跡は!!」
「ここから……どうなったんですか? 先生」
新子友花は、前のめりになって聞き入った。
大美和さくら先生は、再び視線を湖の方へと向ける……。
なにか……その時の奇跡を思い出して、懐かしく感じているような目をしている。
「――教会のステンドグラスから、聖人ジャンヌ・ダルクさまへと後光が輝いて、跪いて祈りを捧げているこの私にも、ステンドグラスからの光が差し込んできて。……それがね、とても眩しくって神々しくって……するとね!!」
お前の心の中に抱いているお前の苦しみを、このジャンヌ・ダルクの火刑の業火とともに消滅させてやろう……
「……そう言われちゃいました。新子友花さん!! 聖人ジャンヌ・ダルクさまの声が聞こえてきたのですよ!!」
大美和さくら先生は、湖を見つめたまま嬉しそうにそう言った。目の中にうっすらと涙を溜めながら……。
「本当に言われたんですか? 先生!!」
これすんごい奇跡じゃん!! 思わず新子友花が立ち上がった。
「ええ。本当ですよ。奇跡が起きたのです!!」
「……すごい。本当の奇跡ですね」
「はい!! 奇跡ですよ!!」
「……ねえ、新子友花さん。先生が今喋ったことは、私達だけの秘密にしてくださいね」
「大美和さくら先生、どうしてですか?」
新子友花は不思議に思って先生に尋ねた。
「だって……バカバカしいじゃありませんか。イジメられたことなんて、忘れたほうが……幸せに生きられるからですよ」
大美和さくら先生は、視線と身体を新子友花へ向けると、なんだか照れながら、それを隠そうとしながら――そう答えた。
「……先生は誓ったのです。聖人ジャンヌ・ダルクさまに、私は潔くこの身をささげます。あなた様が、私をお認めになってくれるのであれば、私は聖ジャンヌ・ブレアル学園の教師として、この一生を聖人ジャンヌ・ダルクさまに……この身を捧げますって」
「……大美和さくら先生」
「先生の話は、これでおしまいですよ……」
話し終わっても、大美和さくら先生の照れた表情と、それを隠そうとする仕草は続いている。
すると、先生は最後に――
「てへっ! な~んてね!! ちょっととっぴな……お話でしたね♡」
――それにしても、大美和さくら先生はどうして新子友花にこのようなシリアスな話をしたのだろうか?
新子友花も話を聞きながら、当然そのような疑問を感じたと思う。
ラノベ部の合宿で楽しそうにしている、新子友花と忍海勇太と神殿愛を先生の立場から見ていて、それを自分の青春時代と重ねてみて……もしかしたら、羨ましく感じてしまったのかもしれない。
二度と戻ってこない青春だ――
国語の教師になったのも、教師という形で、あの頃の青春を少しでも取り返すことができたらという思いなのかもしれない……と先生の話を聞いていて想像できる。
本当のところは大美和さくら先生にしかわからない。けれど、ひとつだけ書いておこう!!
先生からにじみ出てくる――いつものその優しさは、しっかりと青春時代を経験してきたからだ。
無駄ではなかったのだ――
「こちらこそ! いつも愛様がお世話になっております」
と言ったのは、『飛騨の里・神殿リゾートホテル』のメイド長である。
「いえいえ! こうして部活の合宿で、こんなに素晴らしい宿泊施設を使わせてもらって、とても感謝しています」
そのメイド長に頭を下げながら、大美和さくら先生が言った。
「どうぞ、ゆっくりと召し上がってくださいませ。ご飯のおかわりも、いっぱい召し上がってください」
「ええ、喜んで!!」
メイド長への挨拶を終えると、すると……
「ところで! メイド業のお給金って」
「ちょいな! 先生って、もう!!」
隣に立っている神殿愛が、先生の服の裾をクイクイ摘まんでそう言ったのでした。
(先生……こりてないね…………)
――気を取り直して、大美和さくら先生は三人の方を向いた。
「さあ! みなさん!! 今日はちょっとだけ忙しかったスケジュールでしたね。疲れましたか? では、たーんと召し上がってくださいね!! 美味しそうですね~!!」
先生がそう言うと、三人も「はい、先生!!」と納得した表情を見せて各自の席に着席した。
とくに「正夢になっちゃった……」新子友花にとっては、別の意味での新鮮な驚きになってしまったのだった。
――というのも、今日の晩御飯は、見たら飛騨牛の牛飯生姜たっぷり大盛りセット!!
ここで飛騨高山の名産品を出すんだよ。
――夜中。新子友花が眠っていている。
7月17日から始まったラノベ部の合宿――
明日は飛騨高山四日目、それも午前中はまたまた観光だけれど、午後は帰路――JRの長旅が待っている。
たった、3泊4日のラノベ部の合宿だったので日数が少なく感じたのかもしれないけれども、それは夏だからしょうがないのである。
――いくら神殿家の別荘であっても、この時期の飛騨高山は観光シーズンである。
観光シーズンには日本のみならず、世界中から多くの観光客が飛騨高山に来る。
ラノベ部は『お客さまは神様です……』というジャパニーズ精神を優先して、集客の邪魔にならないように、ちゃんと身の程に気を使って、数日を選択したのだった。
そうそう、書き忘れるところでした!!
7月17日から始まったラノベ部の合宿――と書きました。
この日は、新子友花のハッピーバースデー! 17歳の誕生日です!!
……って、作者よ! 今、決めたでしょ!?
いえいえ。
先に書いたかと……。ジャンヌ・ダルクの無罪判決の日付、7月7日――
つまり、そういうことですよ♡
まあ、それはそれで、ぐっすりと眠っている新子友花である……
グ~スカ…… グ~スカ……
ステンドグラスから差し込む日の光は、それはそれは美しくって綺麗で――
その光で教会の中は包まれていた。……ということは、そう。
新子友花の夢の中である。
「じゃじゃーん!! また登場したよ」
「げっ! あんたは聖人ジャンヌ・ダルクさまの子供バージョン!!」
教会の中で、7歳くらいの女の子と新子友花が向かい合っている。
「おねえちゃん? よーやくわかったみたいだね!! なにもかもがウソなんだってことに」
「……ウソ? どういうこと?」
「あたしはウソしかつかなーい!!」
「どーせ、それも謎々なんだろ? 子供の聖人ジャンヌ・ダルクさま。お前は本当に謎々が好きなんだな……」
「げげっ! なんで隣に勇太が出てくるんだ?」
いきなり男性の声が聞こえてきた……と思ったら、すぐ隣にひょいっと幽霊のように現れたのは忍海勇太だ。
「私は嘘しかつかない……自己言及のパラドックス。嘘でも本当でも矛盾が発生してしまう」
忍海勇太が子供ヴァージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさまの頭を撫でる。
えへへ~
子供ヴァージョンは嬉しそうだ。
「……甘酸っぱい。……新子友花の今を生きる“青春”のように甘酸っぱい。……とでも言いたいんだろ? 曖昧模糊で未知数で……それでいいってことを、言いたいんだな。子供ヴァージョンさん」
「大正解!! おにいちゃん、さっすが!!」
両手をバンザーイして、謎々の正解者に祝福を与える子供ヴァージョンの聖人ジャンヌ・ダルクさま。
「そうだよ! おねえちゃん!!」
そう言うなり、新子友花に歩み寄る。
「たとえ、どんな現実が待っていても、あたしはおねえちゃんの“守護霊”なんだよ。――だから、いつの日か、おねえちゃんの心がとっても、とっても平和になることを祈っているからね!!」
一生に一度の 学生時代の夏休み 青春
友達と買い物して バーベキューを楽しんで
こっそりと隣のコテージの花火大会を眺めて――
おねえちゃん いつも元気だね
おねえちゃんは おねえちゃんらしくて いいんだからね――
カーテンが少し開いていて、そこから月明かりが差し込んでいる――
優しい月明かりである。その月明かりが……新子友花の寝床を優しく照らしている。
まるで、天界から差し込んで、暗闇を迷う者に道標を与えてくれているかのように。
聖人ジャンヌ・ダルクさまからの、お導きのように――
新子友花よ お前、可愛いな……けど、寝相悪すぎだぞ…………
生まれたての……子羊のような新子友花、今日はゆっくりとお休みなさい。
第一章 終わり
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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