第5話 喫茶 BUNGAKU(中編)

 混雑のピークを過ぎたためか、注文していたナポリタンとサラダは10分とかからず隆之介たちの前にそれぞれ並べられた。


 ついでに、食後に出されるはずのアイスコーヒーも一緒に配膳されたが、こちらは、


「早く食べて早く帰れ」


 という、結衣からの無言のメッセージであった。


 隆之介たちも結衣の意図するところは何となく察しはしたがピークを過ぎて店内もいてきていたので、それにはあえて気づかないふりをして自分たちの支払う650円分以上は空調の利いた喫茶店に長居を決め込むことにした。



 そうしてランチもあらかた食べ終えて、まったりと食後のコーヒーを飲んでいるときに、


「それにしても結衣は何をそんなに怒っているんだろうな」


 と、隆之介がのんびりとした感じでつぶやいた。


 透一と誉人は隆之介をしばらくじっと眺めてから、


隆之介おまえのせいだよ」


「ちょっと手を胸に当てて考えてみろよ」


 と、それぞれ言った。


「そう言われても心当たり無いけどな。連絡しないなんていつものことだし」


 隆之介は自分の胸に手を置いてそんなことを言ったが、正面に座っていた二人の反応はいかにも胡散臭いものを見るような感じで、あまり隆之介を信用している風ではなかった。


「だいたいがあまり連絡しないなんてのがいかん」


 透一がそう言うと、


「そうそう。結衣ちゃんは可愛いんだからこんな感じで放っておくと横から掻っ攫われるぞ」


 誉人もそんな風に言って透一に同意した。


「可愛い、――――可愛いかな、あいつ?」


 隆之介がそんなとぼけたことを言うと、


「贅沢言ってんじゃねえよ。すげえ可愛いだろ」


「幼馴染だからよくわかりませんアピールやめろ。誰が見ても可愛いだろ」


 誉人と透一は少しうんざりした感じで答えた。隆之介が何かを言うたびに2倍の言葉がステレオで返ってくる形であった。


「それに、知ってるか? 今年の一年に可愛い子がいるって一部の界隈で噂になってるけど、それ、結衣ちゃんのことだぞ」


「いや、知らん」


 誉人からそんなことを言われて隆之介は驚いた。隆之介たちの通う大学は理学部、工学部などの理系学部の人数が多く、また、文系学部だけで平均しても男女比は3対1くらいなので女子、————特に可愛い女の子は男子生徒の多い隆之介たちの大学の中で目立つ傾向にある。


 だいたい毎年、新入生の女子学生を見てどの子が可愛いと一部の男子学生が騒ぐのは恒例の行事ではあったが、今年入学した一年生のなかでは結衣の名前がよくあがるという評判であった。


「そうか、そんなことになってるのか」


 こういう話題に限らず世間の情報に疎い隆之介はすこし感心したように言った。すると、


「高校のときとか彼氏とかいなかったのか?」


 透一が隆之介にそう訊いたが、まったくもって興味本位という風であった。


 隆之介はうーんと考えてから、


「あいつ、高校は女子校だったし居ないんじゃないかな。中学の時も居なさそうだったけど学年も違うしよくわからない」


 と、答えた。それを聞いて透一はそうなのかと納得したが、


「女子校でも彼氏いる奴はいるぜ。俺も女子校の子と付き合ってたことあるし」


 昔からモテていた誉人はさらりとそんなことを言ってのけた。


「いや、ヨヒトも男子校だったろ。どうやって出会うんだ」


「男子校でも体育祭や文化祭にくる女子と仲良くなったり、友達のツテで合コンしたり、やりようはいくらでもあるんだよ」


 そんな透一と誉人のやり取りを、同じように男子校に通っていたはずの隆之介もと感心したような面持ちで聞いていた。隆之介に関しては特段そう言った話もなかったし、高校の友達でも彼女がいた者は周りにいなかったからである。


「まあ、でも結衣ちゃんに関しては付き合ってたやつとか居ないかもしれんな」


「そうだな、確かに」


 そうしてなにやら、誉人と透一は質問を投げかけたはずの隆之介を放っておいて、それぞれ勝手に納得した形であった。


「よくわからんけどそうだな。おれもとして色々付き合わされたけど、なんかそれっぽいやつは居なかったな」


 隆之介がそんなことを言うと、


「番犬? なんだそれ?」


 と、誉人が隆之介に訊いた。


「いや、————おれの高校も結衣の高校も都内だったから電車で通学してたんだけど、高校の最寄駅もお互い隣の駅だし、電車は痴漢とかもあるから俺がガードの役目を仰せつかっていたんだ。うちの両親と結衣の両親から」


 そう言って、隆之介はとほとんど氷だけになっていたアイスコーヒーのグラスのストローをズゴゴと吸い上げた。


「一緒に登下校かよ、羨ましい」


「登校だけだよ。下校はたまに偶然一緒になったときくらいだ」


 羨ましいというよりは恨めしいといった感じで透一が言ったのに対して、隆之介は気にせずそんな風に答えた。


「しかし、こんな番犬で役に立ったのか?」


 誉人がしげしげと隆之介を眺めると、『失礼な』と隆之介は抗議したが、


「全然、役に立ちませんでしたよ。なにが番犬よ、なにが」


 そう言って、食器を下げに来た結衣が隆之介の後ろから顔をのぞかせて突然話に加わってきたので三人はビクりとした。


「りゅうちゃんなんて電車の中でボケっと立ってるか、本読んでるか、酷い時には私にもたれて寝てたじゃん。チワワよりも役に立たなかった!」


 おぼんの底で隆之介の頭をポコポコ叩いてリズムをとりながら結衣はそんなことを言った。それを聞いて透一と誉人は、『ああ、やっぱり』といった面持ちであった。


「い、居ないよりはマシだっただろ?」


 隆之介はそんな情けない抗弁をしたが、


「本当に居ただけじゃん。番犬どころか置物じゃん。私がお尻触られたときに立ったまま寝てたの絶対に忘れないからね」


「え、そんなことあったの?!」


 そう言われて、今更ながらに驚く隆之介を結衣はジトリとした目で見た。


「大丈夫だったの、それ?」


 誉人が結衣にそう訊ねると、


「はい。————頭に来たから小指をとって思い切り捻りました」


 こういう風に!と結衣がしたジェスチャーを見て痴漢の小指はきっとひどい折れ方をしただろうことが3人には想像がついた。そして結衣が頭に来たのは痴漢についてなのか隆之介についてなのかは、透一と誉人には判断がつかなかった。

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