第4話 喫茶 BUNGAKU(前編)
隆之介たちが店に着いたのは、時刻が13時をすこしまわってからだった。
店の前の適当な場所に乗ってきた原付を
ちょうど近所のサラリーマンの昼休憩が終わる時刻で幾組かの会計待ちの客もおり、どうやら混雑のピークは去りつつあるようであった。
「いらっしゃ――——あら、ふたりとも」
「こんちは、亜美さん」
「お疲れ様です。なんか忙しそうっすね」
レジで会計の客をさばいていたアルバイト中の
「ちょっと待っててね。今、席を片付けるから」
亜美は隆之介たちにそう言いおいてから、
「結衣ちゃーん! 島崎くん来たから席を早く片付けてあげて!」
と、キッチンの方に向かって叫んだ。
それからしばらくすると、奥から
そうしてまた、お
どうやら、そこの席に早く座れということらしい。
隆之介は透一と無言で顔を見合わせてから、二人してそろそろと席に着いた。
「いらっしゃいませ――――三島さんもご一緒だったんですね」
「よう、結衣ちゃん――――なんだか、ワルかったね」
透一がそのように言うと、結衣は
「何がですか?」
と、答えたので、透一もそれ以上は何も言えず閉口した。
「あと、ヨヒトも一緒だけど今は外の喫煙所でタバコ吸ってる」
隆之介がそう伝えると結衣は、
「他には?」
そう言ってじろりと隆之介を見やったので、
「他はいない、三人だけだ」
それだけ隆之介は答えた。
結衣はもう一度キッチンまでもどり、あらためてもう一組のお冷とおてふきを持ってきてから、
「今日の日替わりAはスパゲッティナポリタンの目玉焼き乗せたやつだから、井田さんが来て注文が決まったら呼んで」
と、言いおいてフンと鼻を鳴らしながら他のテーブルの片づけや配膳などの作業に戻っていった。
その言葉には、どうせ隆之介たちは日替わりセットのAしか頼まないだろうといった感じの意味合いを込められていたのが二人にはわかった。
この喫茶店のランチメニューは日替わりセットのA・B・C・Dがあり、それぞれサラダと食後のコーヒーがつくが、Aは650円でBが750円という形でそれぞれ定食メインディッシュの内容と金額が異なる。
さらにCとDは、AとBの内容に食後のデザートとしてケーキがつく250円プラスのセットメニューとなっていた。
そして結衣の言わんとするとおり、貧乏学生である隆之介たちは日替わりセットのA以外をランチで頼んだことは今のところない。
「しかし、えらい機嫌が悪いな、今日の結衣ちゃん」
透一は注がれたお冷を一気に飲み干してから、テーブルの上にあったピッチャーでコップに水を満たしながらそう言い、隆之介も、
「そのようだ」
と、こちらもズズズとお冷をすすりながらそう答えた。
「リュウ、おまえ、また何かやらかしたんじゃないのか?」
「おれは知らんよ。おれは何もしていない」
透一の疑わしそうな視線に、心外そうな顔で隆之介はかぶりを振るが、
「本当かあ? 結衣ちゃんの機嫌が悪い時はだいたいおまえが原因だろうが」
透一はそんなことを言い、隆之介を全く信用していない風であった。
「そんなことはない――――だいいち、結衣とは夏休みに入ってから全く会ってないし、それどころか連絡すらしていない」
「……だいいちもなにも、むしろそれが原因だろ。何もやらなすぎだろうが」
透一はそう言うと、はあとため息をついて、
「もうちょっと構ってやれよ」
と、言った。
それを聞いた隆之介が不服そうに黙ってフムと考えていると、ドアベルがまたカランカランと鳴って、誉人が店の中に入ってきた。
誉人は入口のあたりにいた亜美に『どうも』とあいさつしながら歩いてきて、透一の隣にどかりと腰を下ろした。
「いやあ、あっついなあ。今日は日陰でも凄いわ」
そう言いながら汗をながして水を飲む誉人に、
「今日のAセットはナポリタンだとよ」
と、透一が伝えた。
「じゃあAでいいや――――Aが三つでいいか?」
そんな風に、誉人は隆之介と透一にいちおうの確認をしてから、
「やあ、結衣ちゃん――――日替わりのAセットを3つね、コーヒーはアイスで」
と、誉人が呼ぶよりはやく
「いらっしゃいませ、井田さん――――Aセット三つ、かしこまりました」
口調こそ丁寧だが、なにやら見えない圧を感じさせて去って行った結衣の後ろ姿に、誉人はまずは透一の方をちらりと見て透一がゆっくり横に首を振ると、今度は隆之介の方を見て、
「リューノスケ、おまえ今度はなにやらかしたんだ?」
と、問うた。
隆之介はますますうんざりして、
「……別に何もしてない」
そう、口をとがらせながら答えた。
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