第2話 八月十七日 晴れ(前編)

 盆明けの月曜日も太陽は相変わらず絶好調のようで、明け方近くにようやく眠った隆之介は寝不足のまま寝苦しさで目が覚めた。


 微風にはためくカーテンの隙間から差し込む強烈な光を見るに、どうやらもう既に昼前後であるようだった。


 のそのそと起き上がり、窓辺に立ってカーテンを少し大きく開けてみるとそれだけでムッと熱気が押し寄せてきたので、隆之介はおとなしく窓を全て閉めてからエアコンをつけることにした。


 隆之介の住むアパートは川べりにあり、夏でも朝晩は比較的涼しい風が吹いているのでエアコンは基本的に要らず、夏場に寝る際は窓を少し開けて川の音を聞きながら眠るのが常だったが、日差しの強い日中はその限りではない。


 しかもここ最近は午前九時すぎにはすでに暑く、光を遮るようにカーテンを閉めていても正午前後となれば部屋の中は蒸し風呂のような具合となっていた。


 隆之介はゴウンとエアコンの室外機が回り始めたのを音で確認したのち、1Kのキッチンがわの部屋においてある冷蔵庫にて冷やしてあった麦茶を取り出してコップに注いだ。


 そうして、それをたてつづけに二杯ほど飲み干すと、むわりと自分から立ちのぼっていた熱気も徐々に引いていき、ようやく人心地がついてフウと息をいた。


 開け放したドアからさっきまで寝ていた12畳の部屋を見やると、ローテーブルという名前のの上には昨日食べ残したスルメと空になったスナック菓子の袋、そして5,6本の酒の空き缶が転がっていて、さらにそのつくえの脚元にはそれらを手土産で持ってきた井田いだ 誉人よひとが転がっていた。


 寝ていてよほど暑かったのか、誉人は着ているTシャツを胸元までまくり上げ、ズボンは脱ぎ散らかしていたので、ほとんどパンツ一丁といった格好で寝ていた。


 そうまでしても起きようとしないあたりになにやら執念にも近いものを感じたが、たしか今日は昼すぎからアルバイトがあると誉人が言っていたのを隆之介は思い出した。


 時計を見るとすでに正午を回っていたがどうにも本人に起きる気も気配もはなさそうであり、仕方がないので念のため声をかけることにした。


「おい、ヨヒト、起きなくていいのか?」


「 ———————— 」


「おまえ今日は昼からバイトがあるんじゃなかったのか?」


「 ———————— 」


 隆之介の呼びかけにも誉人はこたえず、ただわずらわしそうに背を丸めるだけであった。


 むしろ自分で脱いだズボンに頭をうずめてもうひと眠りといった具合の体勢である。


 どうしたものかと机の上にあるスルメをかみながら隆之介が考えていると、ブロロロとアパートのおもてに原付が止まる音がして、まもなく隆之介の家のインターホンが鳴った。


「どうぞー!」


 と隆之介が怒鳴ると、最初からカギの空いていた玄関のドアを開けて、三島みしま 透一とういちが近くのスーパーのビニール袋をガサガサいわせながら部屋に入ってきた。


「よう、お邪魔しまーす」


「トイチ、今日は早いね」


「……早いって、お前。―――十二時過ぎは別に早くねえよ」


「そうか、おれは今起きたところだし、なんならヨヒトはまだ寝てるぞ」


 そうらしいなと言いながら、透一は勝手に冷蔵庫の中にガチャガチャとスーパーのビニール袋を入れだしたが、どうやら中身は酒とソフトドリンクとアイスクリームだったらしく、アイスクリームだけ取り出してこちらは別に冷凍庫の中に仕舞っていた。


「いろいろ買ってきたから、は好きなようにしてくれ」


「おう、ありがとう。いつも、わるいね」


「なに、大したものは買ってねえよ」


 そう言って、バタンと冷凍庫のドアを閉めて透一が立ち上がると、こんどは誉人がバリバリと体を掻きながら寝返りを打った。


「しかし、よくこんな暑い部屋で寝てられるなコイツ」


「いま、エアコンつけたところだからね。そのうち涼しくなる」


 そうやって返答になっているのかいないのか微妙な返事を隆之介がすると、


「そういや、リュウはもうメシ食ったのか?」


 俺はまだ食べてないから腹が減ったと透一は言った。


「いんや、まだ―――あ、スルメ食べる?」


「……スルメはいらねえ」


 せっかく勧めたスルメをうんざりした感じで透一に拒否された隆之介だったが、あまり気にした様子はなく、そのままムグムグとスルメをかんでいた。


「でも、あいにくこの部屋には、さっきトイチが買ってきたアイスかこのスルメくらいしか食べられるものがないんだが」


「……災害が起きたときにまっさきに死ぬタイプだよな、お前」


「ちなみにこのスルメも、買ってきたのはそこで寝ているヨヒトだ」


「……だいたいわかってたし、威張って言うことじゃねえな」


 隆之介がへへへと笑うと、透一はあきれてため息を吐いた。

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