大学生の夏、原付の旅

鳥居 脩輔

第1話 あゝ、夏休み

 この日本という国においてもっとも暇を持て余している人種というのは、きっと夏休みの大学生であろう。


 もちろん世の中には忙しい大学生もたくさん存在するのだろうが、少なくとも島崎しまざき 隆之介りゅうのすけにとってそれは間違いのない事実であった。



 八月のあたまに前期試験の最終科目を終えてから二週間近くが経ったが、実家になど帰る気も帰る金もない隆之介にとって、その事実は日が経つにつれ証拠が補強されていくだけであった。


 夏休みに突入してからこちら、隆之介のやることといえば、昼前に起きだして積んでいた本を読み、漫画を読み、たまに動画を見て、夜更けにまた眠るだけである。


 それ以外に変わったことと言えば、何日か日雇いのアルバイトに出かけたことか、ふらりと幾名かの友人が立ち代わり現れては、隆之介の部屋で同じように本や漫画を読んだり酒を飲んだりと、いっしょにダラダラ過ごすくらいのことである。


 彼の友人たちは手土産に持参した酒やツマミの大半を自分自身で平らげ、あまつさえ風呂まで入り、1K 12畳のフローリングに雑魚寝して昼過ぎに帰って行く。


 そういった連中ももっと関係の浅かった昨年のうちは、事前にメッセージアプリかなにかで訪問の可否を問うて来ていたが、それから一年近く経ち、その状態が常態化するにつれてアポすらなくなり、彼らが乗る原付バイクのブロロロというエンジン音と、そのあとにピンポンと鳴るインターフォンが来訪を知らせるだけとなった。


 いちおう、彼らもインターフォンは鳴らすし、隆之介が留守ならそのまま帰っていく。


 しかし、そもそも当の隆之介は自身が在宅であるかどうか、そういうことに頓着とんちゃくすることはなく、家を荒らさない限りは仲間たちが勝手に家の中に入っていても構わなかったし、彼らにもそのように伝えていた。


 勝手に家に上がっていいというのも、数日家を空けるでもない限り隆之介は家にカギをかけたりすることがなかったからである。


 出かける際は財布と携帯を持ち歩いていたので、隆之介にとって家にあるもので盗られて困るようなものは、せいぜい入学の際に買った型落ちのPCくらいで、それにしても仮に盗まれたところで、


「まあ、なんとかなるでしょう」


 といった、暢気のんきなこころ持ちでいた。


 PC自体はレポートを書いたり動画を見たりでそれなりに使用していたが、そのPCが無かったところでレポートは大学の情報棟や学部のPCルームで書けたし、動画もスマートフォンで見られるので、隆之介自身は無いなら無いで問題ないと思っていた。


 だがしかし。


 実際問題、大丈夫かどうかはさておいて、このように暢気な隆之介の、その友人である暢気な彼らも、


「カギくらいはちゃんとかけろ」


 と、これもまたなんとも暢気な注意をする程度には常識もあったので、いまのところ無断で上がり込むようなことはなかった。


 隆之介自身もそんな友人たちからの注意を、


「そうだなあ」


 などと、返事だけはいつも素直にうなづいてみせるが、その実いっこうに改める様子はなく、相変わらずカギもかけずに出かけるのには仲間たちも閉口し、なかばあきらめているような形であった。


 彼らに言わせれば、自分たちもたいがい暢気かもしれないが隆之介に比べればだいぶ常識的であると、隆之介については暢気なんてものじゃないということだった。


 曰く、ずぼらであると。


 曰く、無頓着であると。


 曰く、悟りの修行僧であると。


 さらにはたからみれば、彼らと隆之介は程度の多寡こそあれ同じ穴のむじなというか、同病相憐どうびょうあいあわれむというか、目くそ鼻くそを笑うというか、その程度の認識であったのだが、大学生というのは自然と同類が集まるようにできているのか、隆之介の周りには、そういった同じようにのんびりした連中が集まっていた。


 ともかくとして、元からだいぶ暢気な大学生である彼らとその中でもとりわけ暢気な隆之介は、大学生活二度目の夏というもっとも暇な時間を、もっとも無駄に、もっとも大学生らしくスタートさせていた。


 島崎 隆之介。


 彼の二十歳の夏は、じつに彼らしいのんびりした始まりであった。

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