天然少女は夢を見ない

はねうさぎ

第1話 

母は無駄な殺生はしてはいけないとよく言っていた。

しかしそれは”無駄な”と言う前提条件付きだ。

必要に駆られて、仕方ない時だって有る。

事実、畑に生えている野菜だって命だ。

食べる肉だって、当然命が有った物体だ。

目に入らない小さな虫を気にしていたら、歩く事さえできない。

そしてその虫や、肉となった動物ですら、

己が生きる為には何かしらを犠牲にしているのだから。

そして父は、生きる為の防衛を私に教えてくれた。


「己の意志で他の者の命を奪うのは、必要となった時だけだ。

それは最終手段だと覚えて置け。

自分は他の者の犠牲の上で成り立っている。

それを決して忘れるな。」


父はそう言いながらも、自分を守る方法や術を教えてくれる。

もし森で迷子になった時、海で溺れた時、

孤島に打ち上げられた時にどうしたらいいのかを。 

父親が、なぜこんな事を知っているのかと疑問に思ったが、

それでも素直にそれを習得した。

それから防衛の手段として、身を守る方法も教えられた。

動物や魔物の急所。

ナイフの使い方。

武器でない物を武器とする方法。

皮袋に入った水まで、武器になると知り驚いた。

多分私は人形で遊ぶより、ナイフを持っていた時間の方が多いだろう。



「動物。

まあ人間もこれに含まれるが、たいていは血を流し過ぎたら死ぬ。

自分のケガや痛みで戦意を消失する場合も有るが、

血を流していても、こちらを攻撃してくる者もいるな。

怒りや痛みで己を忘れ、こちらを攻撃してくる奴も多いんだ。

だから自分の命が危険と感じたなら、急所を狙い潔く殺した方がいいだろう。

食料としての狩りの場合も、潔く殺してやることだ。」


自分の命を繋いでいたのは、他の命の犠牲にした上に成り立っていた事を知り、

私はかなりショックを受けた。

しかし、一時期食欲不振に陥っていた私も、

自然とそれを受け入れるようになり、立ち直った。



「ねえ、父さん。

他の者の命を奪わずに生きる方法は無いの?」


「う~ん、難しい話だな。

あの母さんですら、肉や野菜を食っている。

お前がここまで成長できたのも、食い物が有ったからこそだ。

まぁ、噂では仙人は霞を食うと聞くし、

神に関しては何を糧にしているのかは分からない。

まあそれらが実際に存在しているかもわからないがな。」


つまりは現存している生き物は、必ず何かしらの命をいただいている訳か。

そしていずれ自分もその輪に加わるのか。

それが自然の循環であるなら仕方がないよね……。

父はまだ幼い子供に、何とも現実的な事を教え込んだものだ。


と言う訳で私は今日、元気に狩りをしている。




「あの獅子を仕留めれば、当分肉には困らないな。」


その獅子はめったに見ない大きさだった。


「本当は兎の方が美味しいけれど、あれは食料としては小さいし、

数羽狩らなければご近所におすそ分けも出来ない。

だけど今日は大きな獅子が獲物だ。

ついているな。」


奪う命は少ないに越したことは無い。

ちなみに遠出するからと言って、

軽い短剣を持ってくる来るのを止めて、

気が向いて普通の剣を持って来て正解だった。

短剣でこのデカ物を仕留めるのは時間が掛かるから、

無駄な苦痛を与える事になる。


私は勢いをつけ、襲い掛かって来る奴をすり抜ける。

そして的確に急所に剣を突き立てた。

目を大きく見開き、悲鳴を上げる事も出来ず、絶命する獅子。


「ごめんね。

お前の命は無駄にしないからね。」


肉は当然とし、毛皮は真冬の寒さに役に立つし、

食べれない内臓も他の動物や虫の糧になる。


さて、ここからが時間との戦いだ。

肉が血なまぐさくならないように血抜きをする。

どうせ食べるなら、美味しく食べたいからね。

私は背負っていたリュックを下ろし、中からロープを取り出した。

それを獅子の後ろ足にくくり、近くの枝に掛け力いっぱい引く。


「こういう時は、兎なら楽だったと思うんだよね。」


獅子を出来る限り逆さづりにし、頸動脈を切断する。


「さて、一休みするか。」


血が抜けるまでは、やる事が無い。

肉も十分なので、余分な殺生をする気にもならないし、

解体や毛皮を剥ぐのは、家に帰り落着いてからだ。

だから、いま必要なのは、獲物を他の奴に取られない様に見張るだけ。


私は獅子を吊るした所よりほんの少し上方の斜面に座り込み、

そこに有った木に凭れ、目を閉じた。

そして音や気配を感じ取る。


ほんの微かな、虫が枯れ葉の上で動く音などは許容範囲。

要は、肉食動物が獲物を探しに来なければいい。


ガサリ。

ざっ、ざっ。

暫くして、何かが動く気配がする。

それは複数で有り、かなり大きそうだ。

だが動きは狼など俊敏な生き物ではない。

私は剣に手を伸ばし、束を握り締めた。


やがて藪から顔を覗かせたのは、人間だった。

私はホッとし、剣から手を離す。

相手が人間なら、取り合えず言葉を交わせるからな。


動物に、

”それは私の獲物だから触るなよ。”

”うん、分かった。でも少しだけ肉を分けてくれないか?”

”仕方ないな、少しだけだぞ。ご近所さんにも分けなきゃならないからな。”

”分かってるよぉ。”

なんて話は出来無いからな。

だが動物と話が出来ると、退屈はしないだろうな、と一人想像しほくそ笑む。

さて、こいつらは一体何の用だ?


「凄いな、これはお前が仕留めたのか?」


一番先頭を歩いていた男がそう言う。


「ええ。」


「俺達は少し離れた街に住む者だ。

帰る途中、道に迷ってしまって困っている。

持っていた物も動物の群れに襲われて落としてしまったし、

方角も見失い、途方に暮れていたところだ。」


「初めてこの森に?

だとしたらよほどの手練れでもない限り無謀な人達ですね。」


「そう言ってくれるな。

何しろ初めての森だからな。

危険だとアドバイスをしてくれる者もいなかったしな。」


ふと見ると男が肩から血を流している。

一応手当はしてありそうだが、

それでも包帯がてらの布を通しても、血が滲んでいる。

かなりの深手のようだ。


「少し先だが、私の家に来い。」


私はそう言ってから、家の方角へ振り向いた。


「この獲物は?」


「まだ血抜きが不十分だ。

食べてもそう旨くない。

このままにしておけば誰かが食料にするだろう。」


「それも惜しいな。

お前の仕留めた獲物だろう?

それならこいつらをここに見張りに残そうか?」


「その人達を殺したいのか?」


言っちゃ悪いが、この辺の猛獣は経験不足の人間が敵う相手じゃない。

ましてや魔獣などが出た日など、目も当てられないだろうな。


「分かった、ならばお前の用が済むまで待とう。」


「そのケガでも待つと言うのか。

感染症の心配も有る。

命を粗末にするな。」


そう言うと、私は振り返りもせずに歩き出した。


「気にするな、後でまた見に来る。

運が良ければスープにする分ぐらいは残っているかもしれない。」


あいつらが後を付いてくる気配を感じ、歩みを速めた。

今夜は久しぶりに話し相手の有る食事になりそうだ。





「相手はガドリムか?

さっさと逃げればよかったものを。」


「逃げられなかったんだよ。」


「そうか、運が悪かったな。」


シャツの破片を傷から剥ぎ取り、その爪痕から相手を判断した。

縫い合わせる様な傷では無いが、

これでは傷痕が残るだろう。

普通の女なら付き纏うぐらいの優男に傷痕か…。

まぁ、アクセントとしては悪く無いか。


「相手がガドリムなら、熱が出たり痛みが酷くなるだろう。

この薬を飲んでおいてくれ、鎮痛と解熱の効果がある。

それとこちらは化膿止めだ、これも飲め。」


傷の処置は既に済み、自家製では有るが二種類の丸薬を水と共に男に手渡す。


「すまない、助かった。

ついでと言っては図々しいが、あいつらにも水を飲ませてやってくれないか。」


それなら大丈夫だ。

既に井戸の位置は知らせたし、

堅パンや常備食で勝手にやってくれと言ってある。


「今は何も持ち合わせないが、この礼は必ずする。」


「気にするな、いつかお前達が同じような目に遭った奴を見かけたら、

そいつを助けてやればいい。」


「そう言う訳にはいかない。」


「私は構わないぞ。

それが普通じゃないのか?」


「変わった奴だな。」


「そうだろうか。」


この森からめったに出たことは無いし、

それが当たり前だと思っている。

何かおかしい事でもあるのだろうか。


「ちょっと出てくる。」


そう言い、外に向かう。


「まて!

もう外は暗い。

今からどこに行くつもりだ。」


「さっき言っただろう。

スープの出汁が残っているか見に行くだけだ。」


「それなら俺も行こう。」


「ほぅ、その傷でか?

足手まといになるのがおちだ。」


「それなら他の者を付けよう。」


「なおさら足手まといだ。

大丈夫、この森の事は何でも知っているし、危険はない。

すぐに戻るさ。」


危険は無いとは、あいつを安心させるでまかせだが、よく知っているのは事実だ。

もし危険が迫ればどの穴に隠れればいいか、どの木に登り逃げれるかなど、

周知しているのだから。




獅子の有る場所に戻ると、運良くかなりの肉が残っていた。


「ステーキをたっぷりご馳走してやれそうだな。」


毛皮もかなりいい状態だ。

まぁ、売り物には向かないだろうから、

自分の冬用の外套でも作ろうか。

このふさふさとした鬣は、首の防寒に向いていそうだ。

そんな事を考えながら、かなり重い肉片を担ぎ上げ、

小屋に向かって歩き出した。




「こんな所でこんなにうまい肉をご馳走になれるなんて思わなかったな。」


「こんな所で悪かったな。」


改めてよく見ると、こいつらの着ている物もかなり上質な布で作られていた。

多分身分の高い人達なんだろう。


「夜この森を出歩くのは危険だ。

今夜はこんな所で我慢してくれ。」


「すまない、嫌みで言った訳では無かったんだ。」


「何を謝る? 事実だろう。

こちらこそあんた達をこんなあばら家に泊めてしまい申し訳ない。」


「………本当に変わった奴だな。」


「そうか?」


なぜか変な顔をし、こちらを見つめる男。

一体何を考えているのだろう。


「お前はまだ、かなり若そうだが猟師なのか?」


そう問いかけられた。


「いや、猟師をしているつもりは無い。

獣を狩るのは必要な時だけだ。

小さいが畑も作っているし、

森で薬草を摘み、薬も作る。

後はそうだな、困った者がいれば助けたりもするな。

人間に限らず、動物や魔物も。」


「助けるのか?

魔物を?」


「あぁ、助けるがそれが何か?

まぁ、必要が有れば殺して食うが、

………矛盾していると笑うか?」


「いや、本当に変わっているな。

あっ、これは決して悪い意味では無いぞ、

しいて言えば、褒めているんだ。」


「そうか、ありがとう。」


変わり者だと後ろ指を指される事は有っても、

褒められることなどめったに無かったから、

それは新鮮であり、嬉しかった。


「なぁ、お前はこのままここで猟師、

いや、この生活を続けるのか?」


「この先どうなるかは分からない。

ただ、ここは不便も感じないし、別段困った事も無い。

何の変化も無ければ、ずっとこのまま生きるのだろうな。」


「そうか……。

なぁ、もし良かったら俺の所で働かないか?」


「あんたの所で働く?

いや、田舎者の私に出来る事など無いだろう。」


読み書きや計算、物事の道理は親に教えて貰っていたが、

こんな身分の高そうな奴の下で働くなど、

私には似合わないし、出来るとも思わない。


「あんなにいい腕も持っているし、色々な知識も有りそうだ。

何より一緒にいて面白いんだ。

なぁ、俺と一緒に来いよ。

賃金だって奮発するから。」


「金などそんなに必要無いだろう?」


「金が必要無いだって?

いるだろう?

好きな子が出来りゃあプレゼントも送りたいし、

旨い物だって食いたい。

いい服やいい家にも住みたくないのか?」


「ここではそんな物は必要ないな。

まあ金が必要な時も有るが、

大体は物々交換で済む。」


実際、今の持ち金など微々たるものだ。

だが、食べる事に不自由はしてないし、

税金を払うにしても、

収入と呼べるものもほとんど無い、

こんなちっぽけな森の中の小屋にかかる税金なんてたかが知れている。

それに取り立てに来たところで、

いつも来る奴は、金より私の作った薬を金の代わりに欲しがるのだ。


「なに、この薬を金にして税金は払っておくよ。」


そう言って帰っていく。

こちらにしても、金の工面をしなくていいし、

材料は森にやたら自生している物だから、

そうしてもらえるのならば、何とも助かる話だ。

それに私は、この獅子の皮をなめさなくてはならない。

時間と根気のいる作業だ。

こいつらと一緒になど、行けるはずが無い。


「この前の道を戻り、つきあたりを東に向かえば1時間ほどで村に着く。

そこから馬車に乗れば、隣町までは半日だ。」


「そうか、ありがとう。

だが、やはりお前を諦める事は出来そうもない。

考え直して俺達と一緒に行かないか?」


「断る。

せっかくいい毛皮が手に入ったんだ。

これを諦めるつもりは無い。」


「なら、一緒に持って行けばいいだろう?」


「……臭いぞ?

血なまぐさい上に腐れば腐敗臭もする。

すぐに処理しなければ、捨てるしかなくなる。」


「そうなのか?」


「そうだ。」


ようやく諦めてくれた。

そう思ったが、こいつは引き下がる事をしなかった。


「それなら、その仕事が済むまで此処に邪魔してもいいだろうか。

宿賃は出す。

と言っても金には執着が無かったようだな。

では、お前の仕事を手伝わせてくれないか?

畑に、狩りに、薬草摘みに、薬を作るだったか?

薬草の事は知らないし、薬も作れないが飯は作れるぞ。

最もこいつらが作るから、俺はただの役立たずだがな。

そうだ、この小屋の修繕もしようじゃないか。」


そう言いながら豪快に笑う。

何だ、ただの優男だと思ったが、

こんな笑い方も出来るんだ。


「勝手にすればいい、

ただし、なれない森での狩りは止めておけ。

とにかく私はこれが出来るまで此処から動く気はない。

まあ出来上がったら、その後はどうなるかは分からないが。」


「分かった。

いい方に転がる事を祈る。」


それから私はありったけの上掛けを戸棚から取り出した。

客など来ない森の中だ。

そう数は無いが、冬用を合わせればこの人数にいき渡るだろう。

寝る場所はソファと、自分が寝ているベッド以外は、適切な所が無い。

取り合えず彼にはベッドを使ってもらい、後は適当にしてもらおう。

私は台所の床だろうがどこだろうが寝る事が出来るから。


「ここのベッドを使ってくれ。

申し訳ないが、他は居間のソファしか適当な所が無い。

だが家の中だったら適当に使ってくれていい。

後は任せていいか?」


「すまない、言葉に甘える。

なに、戦地では地べたに直に寝る事だって有ったんだ。

何処だって眠れる。」


「戦争に行ったのか…。」


「そう言えば、お前は無意味な殺生は好まないのだったな。

だが、俺も戦士の端くれだ。

大目に見てくれ。」


「いや、人それぞれだからな。

お休み…。」


そう言い部屋を後にした。

それから毛皮を置いてある、外の井戸に行く。

小屋の周りには、獣が嫌がる匂いの植物を植えて有るから、

敷地内だったら、めったな事では危険な事は無い。

私は少しでも獅子の毛皮の処理を進めようと、

大きな桶の中に何杯もの水を汲み上げた。

その中に毛皮を浸し、血なまぐささが抜けるまで何度も洗った。




「一体何をしているんだ!」


その声に驚き振り向けば、怒ったような顔をしたあいつがいた。


「何って、毛皮をなめしているだけだ。

言わなかったっけ?」


「いや聞いたが、何もこんな夜更けにやることは無いだろう?

それもこんな危険な森の中で。」


「この敷地内なら、一応安全だ。

それに今まで夜作業をしたからと言って、

注意をされた事など無かったぞ。」


深い森の中の一軒家だ。

誰が何をしようと、苦情を言う物などいない。

いや、作業で必要な灯りや音が鬱陶しいと、動物達は思っていたかもしれないな。


「そうか、すまなかった。

この灯りや音が眠りを妨げたんだな。

もう止めるよ。」


私は使っていた水を捨て、もう一度きれいな水を桶に満たし、

殆んどきれいになった獅子の毛皮を漬け込んだ。


「そうじゃない。

お前が一人でこんな遅くまで、危ない所にいると思うと心配だったんだ。」


「心配?

そんな言葉は久しぶりに聞いた。」


「………お前家族は?

いや、こんな話はするべきでは無かったか。」


「話をする時間は今出来たが、あんたの気が乗らないなら止めよう。

私もそろそろ眠くなってきた。

寝る事にするよ。」


そう言い、家の裏にある干し草などを積んである柵の方に向かう。

家の床で眠るより、外の干し草の方が快適だと思ったからだ。


「ちょっと待て、

お前の部屋は外の離れか?」


「違うが…。

気にするな。

危ない奴はこの敷地には入って来れないから。」


「気にするに決まっているだろう!

おかしいと思ったんだ。

ベッドはいつも使っているような人の香りがするし、

こんな小さな小屋で幾つも寝室が有るとは思えない。

お前はどこに行ったかと思えばこんな所にいるし、

一体お前は何なんだ。」


「客に気を遣わせて、申し訳なかった。

私は大丈夫かから、もう休んでくれないか。」


いつも一人だったから、人を迎える事の勝手が分からない。

何かしらで怒らせてしまったのか、困ったな……。

私は立ちすくみ、どうすればいいかを考える。

するといきなり手首をつかまれ、引きずられるように小屋に向かった。


連れて行かれた先は寝室だった。

それからその姿のままベッドに放り投げられた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。」


そう言う間もなく、男もベッドに潜り込んでくる。

そりゃぁ、両親と共に川の字になり眠っていたベッドだ。

そこそこの広さは有るから、人間二人ならそれなりに眠れるだろう。

だけどここには私ではなく、

誰かもう一人がこいつと一緒に眠った方がいいんじゃないか?

そう思って、ベッドから這い出ようとする。


「お前はいつも通りここで眠るんだ。

俺はここで一緒に寝て、お前を見張っているからな。」


「見張るって…。

そんな必要が何処に有るんだ。」


「お前がこれ以上無茶をしないようにな。」


無茶って…。

私は今まで通りに普通にしていたのに。


「とにかくもう寝ろ。

毛皮の鞣しなら明日の昼間にすればいいだろう。

俺も手伝うから。」


どうやらこれ以上何を言っても無駄なようだ。

諦めて寝よう。


「ありがとう、お休み。」


そう言うと、私は目を閉じた。




私はかなり疲弊していたのだろうか。

次に目覚めたのはカーテンも無い窓に、日が高く昇った頃だった。


「まずい!

お客の食事の支度!」


そう言いながら跳ね起きる。


「そう慌てなくてもいい。

昨日の食糧庫の物を使って、勝手に食った。

お前の分は残してあるぞ。」


「えっ?」


振り向くとおかしそうに微笑みながら、横になったままのあいつが私を見ていた。


「そ…うか。ありがとう。」


「お前はいつも、謝罪か、礼を言うばかりだな。」


「人には礼を尽くせと教えられたから。」


「親にか?」


「あぁ。」


「………。

そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。

今更だがお前の名は何と言うんだ?」


「そうだ、私もあんたの名前を聞こうと思っていたんだ。」


「私か?

………グレイグと言う。

姓は、今は勘弁してくれ。」


「いい、呼ぶ時に不便だったから聞いただけだ。

私の名はネヴァンだ。

呼びにくければ好きに呼んでくれても構わない。」


「分かったネヴァンか。

ネヴァン?」


「そうだが、それがどうかしたか?」


この名前がそんなにおかしいか?


「いや、何でもない。

年は幾つだ?」


「年か?確か15歳は越えたはずだ。」


「15歳だって!?

何で15歳の子供が、こんな所で一人で暮らしているんだ!」


「生まれた時からここにいるからな。

別に変な事じゃ無いだろう。

変なのか?」


「変だろう!?

親戚はいないのか!

親が亡くなったなら、親戚がお前を引き取るべきだろう。」


「親なら死んではいないぞ。」


「はあっ!? 嘘だろう?」


こんな事を嘘を付いてどうする。

大体にして、私は親は死んだなど一言も言った覚えはない。


「それなら君を一人残し、両親はどこに行ったんだ!」


「そう怒鳴るな。

父や母は、私が一人前になったと判断し、二人で旅に出ているが。」


「なんて無責任な親だ‼」


「私の両親の事を知りもせず、勝手な言い草は止めてもらいたいな。」


彼はすまないと謝ったが、心の中ではまだ怒りは収まっていないようだ。


「両親は、私がもう一人前だと思ってくれたんだ。

畑仕事も狩りも家事も出来る。

それとも私はまだ半人前なのか?」


「いや…、そこらの男よりよっぽど頼りになる。

しかしまだ15歳なんだろう?

一人で暮らす年じゃない。」


「もっと年若い孤児が、

たった一人で暮らしていると聞いた事が有る。

それに、あんたは私の事をできる奴だと認めてくれた。

それとも私の親は間違えたのか?」


「そうじゃない!

そうじゃ無いけれど…、孤児と比較か?

あぁ~~~っ、もう!

分かった、お前いや、ネヴァンの親はいつ帰ってくる?」


「分からない。

手紙は時々届くが、行った先の事を教えてくれるぐらいかな。

いつ帰るとは書いてなかった。」


「なんて親だ‼」


「私の親を悪く言うのは止めてくれないか。」


思わずナイフを取りたくなったが、

相手は人間だ。

話し合いで事が足りる。


「よく分かった、親が帰るまで、

お前の面倒は俺が見る!」


「勝手な事をぬかすな。

自分の面倒は自分で見る。

あんたの手を煩わせるつもりは無い。」


私は今までずっとそうして来たんだから。


「あんたじゃない!

グレイグだ。」


「私だってお前じゃないぞ、

ネヴァンだと教えただろう。」


こらこら、なぜそこで溜息をつくんだ。

理不尽な事を言われ、ため息をつきたいのはこっちなんだから。


「毛皮を諦める気は無いのだろう?」


「無いな。」


「それなら最初の計画通り、その鞣しが終わるまで俺はここにいる。

それが済んだら、荷造りをして俺の家に行こう。」


「それを了承した覚えはない。

毛皮の鞣しが済んだらその時考えてみると言った筈だ。」


「文句を言うな。

とにかく時間を譲歩してやるんだ。

その後の事は私の意見に従え。

大体にして、15歳はまだ成人前だ。

大人の保護が必要とされるんだぞ。」


「そんな話は聞いた事が無い。」


「とにかくこの国の決まりでそうなっている。

親が帰るまで、俺がお前の保護者代わりになるから、大人しく付いて来い。」


そんな事は初めて聞く。

父達はそれを、私に教え忘れたのだろうか。

しかし、決まりだと言うなら仕方がない。

付いて行くしかないだろう。


「分かった………。」


とにかく鞣しを急いで終わらせ、

持っていく物を纏めなければならないんだな。

一体何を持って行けばいいんだ?

おっと、それよりまず毛皮の鞣しだ。


私は朝食を済ませ、支度をしてから外に出る。

水に付けておいた毛皮を湯に漬け、体も洗えるキコの実の汁を擦り込む。

これを何度かやって、獣臭が無くなってから干す、

時々軽くオイルを擦り込み、揉みながら干す。

柔らかくなるまでそれを繰り返す。

何日か掛かる作業だが、

父から教えられた方法で、今まで失敗した事が無い。

この大きさの毛皮を仕上げるのはかなり大変だ。

でも冬になれば毛皮は大そう重宝するからな。


「俺は何をすればいい?」


おっと、戦力を忘れていた。


「そうだな…。

反対側を持ってねじってくれるか?」


要するに、毛皮の水を絞る作業だ。

二人でやれば、それだけ楽に絞れる。

これは願っても無い事だった。



他の人はと言うと、主に畑仕事だな。

町に行くなら、もう作物は必要は無いだろうが、

仕事が欲しいと言うなら、与えるしかない。

雑草を抜いたり、水をくれたり。

後は、家の中の事をお願いした。

だから私は毛皮の鞣しだけに集中すれば良くなった。

だが、人手が有ると言う事は、人がそれだけ居ると言う事だ。

当然食料も足りなくなる。


「ちょっと出てくる。

雨が降ったら毛皮を取り込んでおいてくれ。」


「どこに行く?」


「狩りに行って来るだけだ。

すぐ戻る……かもしれない。」


「それなら俺も一緒に行こう。」


「バカを言うな、せっかくここまでしたんだ。

毛皮がダメになったらどうする。」


「毛皮と命、どちらが大事だ!」


「そう簡単に命を失うつもりは無い。」


「お前が強いのは知っている。

だがまだ子供だ。

もしやの場合はどうする気だ!」


だめだこれは、

今まで全て一人でやって来たのを知っているくせに。

全然話にならない。

私はそう思い、さっさと柵から外に出た。


「この柵から出るなよ。

命の保証はしないぞ。」


「だったらお前も行くな!」


いくら話した所で水掛け論だ。

私は奴の言葉に耳を貸すのを止め、さっさと森の奥に向かった。




「人ってのはな、霞を食って生きていける訳じゃ無いんだ。

それをあいつときたら、いちいちいちいち分かっちゃない。

それだけじゃないぞ、なぜ私をそこまで過保護にする!」


ブツブツと文句を言いながら、獣道を進む。


それからどれぐらい経っただろう。

目の前を丸い影が横切った。


「ウリボウか?」


するともう一匹、同じように走り抜けていく。


「ちょっと待て、ウリボウの子が数匹いるって事は、

親が一緒だって事だよね…。」


まずい、これは非常にまずい。

ウリボウの親は、子を身近から離す事をしない。

ならば近くに親がいる筈だ。

それに子連れとなれば、凶暴さに輪が掛かる。

通常であればウリボウの親を捕まえるなら、

頑丈な罠を仕掛けなければならないのだ。

それほどウリボウは大きいし力が強い。

だが、今はそんな事をしている暇など無い。

私は慌てて木によじ登り、周りの様子を確かめようとする。

しかし木に登った直後、ドガンッと大きな衝撃が襲う。

私は慌てて幹にしがみ付き、下を確認すれば、

思った通りウリボウの親が、木に何度も頭突きをかましていた。


「あちゃ~参ったなぁ。

あいつは一度こうなると、結構しつっこいんだよなぁ。」


獲物が落ちるまで、頭突きを続け、

挙句に脳震盪を起こしかねないほどの単純な奴だ。

まあ、そうなればウリボウは食料となるが、子供がいるとなると話は違ってくる。


「困ったな、お前は子供を育てなきゃいけないから、

殺すつもりは無いんだ。

だからその頭突きをしても、無意味にお前が痛いだけなんだよ。

いいかげん止めてほしいんだけど。」


あぁ、本当に動物と話が出来れば楽なのだが。

そう思っていると、突如ホウッ! ホウッ!と複数の雄たけびが上がる。


「やっぱり来たのか。」


グレイグが先頭になり、剣を振りかざしウリボウに突進する人達。


「私の気も知らずに、余計な事をして……。」


だが仕方がない、グレイグはこれを良しと思い、

私を助ける為にやったのだろう。

私は背負っていたリュックを下ろし、中から干し草を束ねた物を取り出す。

それに火を付ければ、燃え上がる事も無く、

モクモクと煙を上げる。


「グレイグ‼」


そう呼び掛け、私は草の束を口に咥え、枝から飛び降りた。

グレイグは私のした事に面食らったようだが、

ちゃんと私を受け止めてくれた。

そして素早くその腕から飛び降りると、口の束を左手で持ち直し、

大きくゆっくりと振りながら、ウリボウに近づいて行く。


「大丈夫、大丈夫だから。

お前はこんな事をしている場合じゃない。

他にはやる事が有るだろう?

子供を連れて、安全な所に行くんだ。」


出来るだけ優しく声を掛けながら、ウリボウを追い払う。

やがて森の中に消えていくウリボウの親子。


「ふわ~、良かった…。」


私は体の力が抜け、しゃがみ込んだ。


大丈夫か!とグレイグが駆け寄るが、奴も足元がおぼつかない。


「はは、グレイグも煙にやられたのか。」


「一体何なんだ、それは。」


「これか? これはいわゆる精神安定剤のようなものだ。

ただし獣用だけどな。

人間には強すぎるから、あまり使いたく無かったんだ。」


「そうか…だが無謀すぎるぞ、

たった一人でウリボウに立ち向かうなんて。」


「立ち向かっていたつもりは無いな。

あいつが子連れじゃないなら、食料として殺したかもしれないが、

まだ子供も小さい母親だ。

何とかやり過ごしてもらう為に、木の上でじっとしていただけだ。」


「バカか、身の危険がある以上、やれるならさっさと片を付けろ。」


「バカはお前だ。

母親をやれば、子供達はどうなる。

まだ自分で餌を取れない以上、親がいなければ無意味な死が待つだけだ。」


「お前ってやつは……。」


「ネヴァンだ。」


「ネヴァンか。」


「そうだ。」


グレイグはおかしそうに笑う。


「もう今日は帰ろう。」


「いや、獲物を取らなければ、今日の晩飯は壊滅状態だ。」


出汁の効いてない野菜の塩スープに、堅パンだけになるだろう。

1食抜いただけじゃぁ死ぬことは無いとグレイグは言うが、

私は腹が減った。


やつの言葉は無視をし、それでも小屋に帰りがてら獲物の気配を辿る。

結局、若いウリボウに遭遇し、躊躇いもせず瞬殺した。


「やはりお前の考える事は分からない。」


クックッと笑いながら、隣を歩くグレイグ。

獲物は血抜きの後、連れの者達が担いでくれている。

大分遅くなったが、晩飯には間に合うだろう。


「そうだ、ウリボウの毛皮が欲しいか?」


これだってかなりの大きさだ。

鞣してベッドに敷けばかなり暖かいだろう。


「お前が獅子で、俺はウリボウか。

止めておく。

それにウリボウの毛皮の処理までしていたら、

いつ家に帰れるか分からないからな。」


「そうか。」


ならばあとで、内臓と一緒に森に置きに行こう。

惜しいと感じながらも、仕方なくそう思った。




獅子の毛皮も出来上がり、グレイグの家に向かう事になった。

荷物を纏めながら、以前からの疑問を聞いてみる。


「私はグレイグの家で、何をすればいいんだ?

私に出来る仕事が何か有るのか?」


「仕事はしなくていい。

未成年者は勉強をすると決まっている。」


「勉強か?

どんな勉強だ。」


ある程度だったら、既に習っている。

それ以上の物を教えて貰えるのだろうか。


「読み書き、数学、歴史、マナー、………後、何だったけかな。」


「失礼ながら、ネヴァン様は町での一般常識が必要かと。」


「そうだな、すまない世間知らずで。」


私はそう言った。

決して嫌味ではない。

確かに私の考え方は、普通の人と違っているようだ。


「だが町にも動物ぐらいいるだろう。

狩りをすれば、私でも少しは役に立つと思う。」


「町では狩りなどしないな。

もしすれば、たちまち役人に捕まるぞ。」


「そうなのか?」


「あぁ、そうだ。」


「残念だな。」


やはり私は、学ばなければならない事が沢山有りそうだ。


「さて行こうか。」


そうグレイグは言うが、まだ森の中だ。

危険だから先に行かせる訳にはいかない。

やはり先頭は私の方がいいだろう。



隣町に着き、家に連絡を取り、迎えを待ちましょうと言うお付きの人と、

このまま連絡などせず、馬車を乗り継ぎ家に帰ると言い張るグレイグとの間に、

多少の小競り合いも有ったが、

とにかく数日掛けてグレイグの家に着いた。

が、まさかそこ遠く離れた王都だった事や、

家と呼んでいた物が、王宮だとは思ってもいなかったし、

グレイグが私の事を男だと思い込んでいたと知るのも、かなり後の話となる。

まぁ、王都での話も追々話す機会はあるだろうが、

取り合えず、私ネヴァンの話はここで一旦終わりとなる。

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天然少女は夢を見ない はねうさぎ @hane-usagi

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