第16話 小学生やん
さて、仕方ない。
ここは背に腹は代えられないってことで……。
「オニコさん、ちょっといいですか?」
俺は、ちょうど一人でいたオニコさんに声をかけた。
「あれ? 亮太、珍しいね。軽音部のイベントで声かけてくるなんて」
ニヤニヤと笑いながらオニコさんが言う。
オニコさんの言う通り、実は先日の新歓演奏会での一件以来、俺はできるだけオニコさんと軽音部内で二人で話をしないように気を付けていた。
別にやましいことがある訳でもないし、美作さんから言われたことを気にする必要はまったくないと俺自身は思っている。
実際、「いろは」で会ったときはこれまでと変わらずに話しているのだ。
しかし、俺とのことでオニコさんに迷惑がかかるのは困る。
ましてやオニコさんが彼氏とモメるなんて絶対ダメだ。
だから最近は、軽音部内ではオニコさんと距離を取るよう心がけていたのだ。
だが、美作さんとのことを知らないオニコさんは、急に俺がオニコさんに話しかけないようになった理由を勘違いしている。
「いや、別に構わないですよ」
「えー、いいの? カジュちゃんの前で私と仲良く喋ってて」
そう。
オニコさんは、よりによって俺がカジュに片思いをしていて、そのために軽音部内で他の女性と話さなくなったと思っているのだ。
正直、いったい、どうしてそう思ったの、オニコさん。
「最近、カジュちゃんとよく喋ってるじゃない」
オニコさんの判断基準はそこらしい。
え、そんだけ?
理由、弱すぎん? 小学生やん。
この人、こんな美人なのに、周囲の恋愛事情となると、まったく勘が働かないんだよな。
「いいですか、オニコさん。
俺はただの童貞で、オニコさんとカジュ以外の軽音部の女性と、まだ落ち着いて話すことができないほどヘタレなんです!
だから、オニコさんと話さなくなったら、必然的に軽音部ではカジュとしか女性と会話しないってだけです!
言わせんな、恥ずかしい!
ていうか、カジュは毅と付き合っていますから!
今日も、二人そろってこの集合場所に来てますから!
勘のいい人は、すでに何人か気づいてますから!」
――本当は、そうやって説明したい。
かといって、そう説明すると、
「じゃあ、なんで最近、軽音部で
ということになる。
必然的に
それは避けたい。
だからオニコさんの推理に対して俺は、無言の肯定って空気を醸し出して、勘違いしたままになってもらっている。
嘘は言ってない。
だって、何も言ってないから。
「カジュは入部届回収で忙しいですから。そうでなくて、あそこの女の子、見えます?」
「あそこの柱の陰にいる女の子? ――わっ、すごい可愛いわね、あの子」
「あの子、多分、ウチの新歓コンパ参加者だと思うんです。でも、しり込みしちゃってるみたいで。男性の俺が声をかけるよりも、女性が声をかけた方がいいと思うんで、お願いしていいですか?」
「そういうことね。わかった、聞いてくる」
オニコさんが、小走りでGジャンの女の子に声をかけに行く。
二人はしばらく話をしたあと、オニコさんが彼女を連れてこっちにやってきた。
「やっぱりウチの部に入部希望の子だったよ」
オニコさんが俺に報告する。
やはり、合流しにくかっただけか。
それにしても近くで改めて見ても、この子、相当可愛いな。
オニコさんと並んでも見劣りしない子って珍しい。
彼女とオニコさんが並んでいる姿は、まるでドラマのワンシーンのようだった。
あえて違いを言うなら、オニコさんは男装が似合うイケメンタイプの美人。
一回生の女の子は、美人というよりは美少女といった雰囲気ってところか。
「軽音部新歓へようこそ。もし入部に不安があるようなら、今日は入部届を提出しなくてもいいからね」
俺はこんな可愛い子と普通に喋れるタイプではないのだが、できるだけ笑顔で伝えた。
大事な一回生だ。
不愛想にして逃がすわけにはいかん。
「先輩が、私を見つけてくれたんですか?」
女の子が俺の目をまっすぐに見ながら尋ねてきた。
え? きみ、俺の話、聞いてくれた?
「あ、ああ。そうだね。俺が君を見つけて、オニコさんに声をかけてもらったんだ。えっと、オニコさんっていうのは、君に声をかけた三回生の先輩で……」
「わかりました。私、入部します。入部届、出せばいいんですよね?」
俺の話の途中で、女の子は俺の言葉を遮るように口を挟んできた。
「え、入るの? 別に今、無理して決めなくていいんだよ? コンパの雰囲気を見て、入部するか決めてもいいし」
「いえ。別に無理してませんから大丈夫です。入部届、出してきますね。あ、私、西内
「俺? 俺は二回生の井澤 亮太。じゃ、西内さん。これからよろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
西内さんはお辞儀をして、すぐにカジュの方へ走っていった。
あ、久慈のヤツ、西内さんの可愛さに目を見張ってるな。
さすが、見落とさないねぇ。
「鼻の下、伸びてるよ。かわいい子と話したから」
オニコさんが、俺の背後から言う。
「ウソでしょ?」
俺は慌てて後ろのオニコさんを振り向きつつ、顔を掌で撫でた。
オニコさんやマコちゃんには免疫ができているが、モテない俺は普段、あんな可愛い子と話す機会がないからな。
そりゃ、お話しただけで鼻の下も伸びるってもんだ。
「――あれ? オニコさん、今の西内さんのこと、苦手な感じですか?」
俺はオニコさんの方を向いて、ふと尋ねる。
「え? なんで?」
「なんか、怒ったような顔してましたから」
オニコさんは、俺の言葉に一瞬目を見張ったあと、
「怒ってるのは今の子に対してじゃなくて、亮太に対してだから大丈夫」
と言った。
「ああ、俺に対してなら大丈夫ですね……て、余計、大丈夫じゃない!」
「うるさいな、別にいいでしょ? 私と話さない方がいいだろうから、もう行くね」
オニコさんはそう言うと、俺のもとから離れて三回生たちの輪の中に入っていった。
なんなんだ、いったい。
まあ、軽音部であまりオニコさんと二人きりで話してない方がいいのは事実だから、まあ、いいか。
さて、新入生は、西内さんが入って、これで男女合計27人。
今年は豊作と言っていいのではないだろう。
あとは、今日の新歓で盛り上がってもらうだけだ。
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