第15話 新歓コンパ

 軽音部二回生の四月は、新入生の勧誘で主な活動を終える。

 というか、それしか仕事をさせてもらえない。


 毎日、昼休みになれば勧誘のビラ撒き。

 四限終了後は大教室へ機材を運び込んで、新入生に向けての新歓演奏会。

 大教室が借りられなくて新歓演奏会ができない日は、当然学校出口付近でビラ撒きだ。

 普段、軽音部のミーティングやバンド練のない日は、まっすぐ学校から帰って、二時間ほど休憩してから「いろは」のバイトに向かう。

 しかし、ビラ配りが終わってから帰ると、出勤時間的に休憩なしでバイトに向かわなければいけない。

 四月も後半になってくると、勧誘とバイトによる疲労もピークに達していた。



◇ ◇ ◇


 

 四月の新入生勧誘月間のラストイベントが「新歓コンパ」である。

 ここでコンパ開始前に入部届を受け取れば、晴れて京都S大軽音部新入部員の出来上がりとなる訳だ。

 勧誘責任者の俺たち二回生も、晴れてお役御免である。



 ゴールデンウィーク突入前の四月最後の金曜五時半。

 俺たち二回生と三回生は、軽音部飲み会でのお決まりの集合場所である、三条河原町の京都朝日会館前に集合していた。


「久慈。新入生たちにコンパ会場のLINEは間違いなく送ったやんな?」


 今野部長が久慈に訊ねる。


「大丈夫ス。四月二十四日金曜六時、京都朝日会館前集合。地図もつけて一斉送信してます」


 久慈が親指を立てて答える。


 軽音部には格安SIMで運用している代表スマホがあって、新歓演奏会に来てくれた新入生とLINEで友達になり、グループを作って一斉連絡をしている。

 久慈が声をかけた女の子は新歓演奏会にも来てくれることが多かったので、必然的に久慈が俺たち二回生の新入部員勧誘係代表になっていた。


「何人ぐらい来そうや?」


 部長の問いかけに久慈が指を折って数える。


「おそらく二十は固い思いますよ。個別にも連絡してますし」


「男子にも、やろ?」


「勘弁してくださいよ。俺かて、ちゃんと男子にも連絡しますよ。……女の子の半分の回数やけど」


 久慈が、冗談とも本気ともつかないことを言う。


 もし、今日ここで新歓コンパをドタキャンされたら、ゴールデンウィークを挟んで連絡がつかなくなり、そのままフェイドアウトしていくのは確実だ。


「新歓、絶対いきます!」


と言いつつ、当日になると全く連絡が取れなくなるような調子のいいヤツが例年いるから、部長も神経質になっている。


「二十人なら、なんとか形にはなりそうだな」


 会長が安堵の溜め息をついた。

 ひと学年二十人で、四人組バンドを組んだとして五バンド分。

 そこから何人か入部しなかったとしても、掛け持ちの人間がいれば四~五バンドは確保できる。

 それなら、俺たち二回生と同じぐらいだ。

 ある程度の新入生を確保できそうで安心したらしい。



 昔は、軽音部などの音楽系部活に入部すれば、バンドメンバー集めや高価なアンプ購入やライブ活動などでつまずくことなく、手っ取り早く音楽活動ができるというメリットがあった。

 しかし最近は、PC 音楽ソフトの圧倒的進化や、YouTube・ニコニコ動画の人気により、一人でも音楽活動をすることが余裕になった。

 また、先輩後輩の関係を嫌う学生が増えてきたことも影響し、我が軽音部のような音楽系サークルの存在意義が薄れてきていた。

 ウチの軽音部も、最盛期は一学年で二十バンドぐらいが在籍するS大最大の名門音楽サークルだったそうだが、今ではその半分にも満たない規模となっている。

 入部人数が少なければ部費も集まらないし、活動も縮小せざるを得ない。

 そうすると新入生が集まらない、といった悪循環に陥っていく。

 だからこそ新歓は、軽音部の生き残りをかけた重要な活動であった。



「あ、チカちゃんだ! おーい、こっち!」


 物思いにふけっていた俺の横で、久慈が御池通の方の集団に向けて、手を振ってアピールした。

 初々しい面々がこちらに向かってくる。

 どうやら新入生たちが集まり始めたようだ。


「はーい、じゃ、S大軽音部新歓コンパに参加する人は、こっちで入部届を提出してください! 入部届忘れたって人は、届の用紙渡すからね」


 軽音部庶務担当のカジュが一回生たちに声をかける。

 ゾロゾロと一回生たちがカジュの周囲に移動した。

 背の低いカジュは、あっという間に一回生たちの人波に飲まれて見えなくなった。

 あの子、一回生に舐められなきゃいいけど……。


 今野部長は、そんな一回生たちの後ろに来て、一人ずつ指差ししながら人数を確認している。


「男二十に女の子が六か。予想よりもだいぶ多かったな。やるやん、久慈」


 安堵のため息のあと、部長が久慈を褒める。


「いや、これも二回生全員の努力の賜物です」


「本音は?」


「俺一人で頑張ったんやから、可愛い子と最初に話すのは俺やないと不公平や」


「わかった、行ってこい」


「さすが部長、話が分かる♪」


 久慈は鼻歌交じりで一回生女子の輪に入っていった。



 俺が、そんな久慈をやれやれと眺めていたとき。

 ふと、俺たち軽音部の輪の中から少し離れた場所に佇む女の子を俺は見つけた。

 花柄のスカートにGジャンでブラウンの髪を肩まで伸ばした、ちょっと目を引くほど目鼻立ちが整った子だ。

 パッと見た感じでは、どこかの女子大のオシャレな子って雰囲気である。

 しかし、俺たちを遠巻きに見ているあの様子から、いかにも「新歓に来ては見たけど、知り合いが一人もいないから合流しにくい」という空気を感じた。


 なぜ俺が、そんな雰囲気をすぐに感じ取ったのか。


 なぜなら俺も昨年、あんな感じでなかなか合流できず、新歓コンパの輪を遠巻きに見つめていた経験があったからだ。

 まあ、俺はあんなにルックスよくないけど。

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