第14話 美作さん

 えーと……。


 で、美作みまさかさんは、何をしに俺のところまで来たのかしら?



 正直、この間の冬合宿のパツバンで一緒になるまで、軽音部に入部してから一年間、美作さんと話す機会はほぼなかった。

 冬合宿ではさすがに、同じリズム隊ということで演奏の合わせ方の話はした。

 しかし、なんとなく美作さんからの壁を感じて、それほど打ち解けた感じもない。

 今だって、なぜ俺に声をかけてきたのかよくわからないぐらいだ。


 結局、とくに喋ることもなくなった俺は、ステージのオールバッドのセッティングを眺めながらベースの片づけを続けることにした。

 手持無沙汰すぎて、いつもよりも丁寧にシールドを巻いたぐらいだ。

 手元を動かしている最中、教壇側のオニコさんと一瞬、目が合ったような気がした。

 オニコさんは、俺と美作さんの両方を見ている感じだった。


 俺のベースが片づいたのと同じぐらいに、All Bad Reasonsも楽器のセッティングが完了した。


「新入生のみんな! 軽音部三回、All Bad Reasonsです、よろしく!」


 オニコさんの紹介とともに一曲目の曲が始まった。

 こういう新歓演奏会などでは、新入生が耳にしたことがあるような既存曲をカバーして演奏するバンドが多い。

 耳に馴染みのある曲を演奏して、新入生たちに軽音部に興味を持ってもらおうとするためだ。

 普段はオリジナル曲しか演奏しないバンドも、新歓のためにコピー曲を一曲用意して、一発目はコピー曲で見学者を掴みに行く。

 しかし、All Bad Reasonsはブレずに一曲目からオリジナル曲を演奏した。

 オニコさんのフックがあるギターリフが特徴の、オールバッド定番の一曲目だ。

 俺もこの曲は好きで、知らずに口ずさんでいることもあるぐらいだ。


 俺が、楽しそうにギターを弾きながら歌っているオニコさんに見惚れていると、


「井澤、おまえ、オニコと最近、仲ええなぁ」


黙っていた美作さんから急に言われた。


「え? ああ、バイト先の居酒屋によく来てくれるんで」


 あまりに唐突な質問に、俺はチラリと美作さんの方を見たが、今はオニコさんの演奏を見たい。

 とりあえず昨日、久慈に言ったのと同じことを美作さんにも言った。


「おまえがカバンにつけてるストラップ、オニコと同じやんな?」


 美作さんが、俺のカバンを指さす。

 俺のカバンには、あの愛想のない達磨が繋がれていた。



 ……ん?

 なんだ? この話。



「これは、オニコさんから高崎の帰省土産でもらったんです」


「なんで自分が、オニコからお土産なんて貰うんや?」


「はあ?」


 俺はここでステージから目を離し、美作さんの顔を見た。

 美作さんも俺をまっすぐ見ている。


 美作さんが、どういうつもりで俺に声をかけてきたのか、ようやくわかってきた。

 俺は溜息をつく。

 男の嫉妬ほど醜いものはないなあ、と思う。

 せっかく、久しぶりのオニコさんの演奏を楽しみにしていたのに。


「俺がバイト先でサービスとかしているからじゃないですか? お土産なんて貰ったのはこれが初めてですし、俺だけじゃなくウチの店長も貰ってますよ」


 店長へのお土産は達磨が書かれた手拭いだったけど。

 店長、ハゲてて達磨に似てるから買ってきたってオニコさんは爆笑してたけど。

 手拭いを頭に巻いてハゲを隠しても、結局、手拭いに達磨がプリントされてたら意味ないんだけど。


「おい、亮太。片づけは済んだんか?」


 ここで、俺の横から久慈が、尚樹と毅を後ろに連れて声をかけてきた。

 美作さんと俺の雰囲気がおかしいと思って来てくれたのだろう。

 ありがたい。


 美作さんはしばらく俺を睨みつけていたが、後ろの久慈たち三人を見て舌打ちをすると、


「まあ、ええわ。あまりオニコと馴れ馴れしくせん方がええぞ。オニコはお前の先輩なんやし、失礼や」


言い捨てて、西院ジャイアンツのメンバーが集まっているところに戻っていった。

 進行役の今野さん以外の西院のメンバーが、美作さんに声をかけて、続いて俺の方を見た。

 敵意しか感じられないような目つきではある。

 ウゼぇ。


「亮太、大丈夫か?」


 尚樹が尋ねてきた。


「ああ、別に。大丈夫」


「ウソつけ。珍しく、キレてるだろうが」



 ま、バレるか。



「美作さんやったら、どうせオニコさんのことやろ? 最後、なんて言うたんや、あの人」


 久慈の問いに、


「オニコさんは先輩なんだから、あまり馴れ馴れしくするなってさ」


俺が答えると、珍しく尚樹が少し怒った声で、


「オニコさんの出番中に言ってくるのはズルいな。後輩にそんなことを忠告しているのを、オニコさんに聞かれたくないからだろう」


と言った。

 オニコさんはいまだに熱唱中だが、俺は気持ちよく楽しめる気分ではなくなってしまった。


「俺とオニコさんの仲を疑うなんておかしいだろ」


 俺は思わず吐き捨てる。


「しょうもない男の嫉妬や。気にすんな」


 久慈が美作さんを睨みながら言う。

 毅が俺の肩を軽く叩いて慰めてくれた。

 それでも、俺は納得いかなかった。






「――彼氏のくせに、彼女オニコさんを疑ってんじゃねぇよ」

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