第13話 新歓演奏会

 ビラ配りの翌日の木曜。


 配ったビラに記載されていた通り、今日は大教室棟での「新歓演奏会」の日だ。

 今日の出演バンドは、新三回生バンドは「西院さいいんジャイアンツ」と、オニコさんの「All Bad Reasons」。

 新二回生バンドの「戦艦ポチョムキン」と、我が「Majesty」の計四バンドだ。


「西院ジャイアンツ」は、洋楽HRハードロックHMヘヴィーメタルをカバーしている、軽音部では人気ナンバーワンのバンドだ。

 軽音部部長で新三回生の今野こんのさんがリードギターを弾いている。

 今野さんの実家が西院にあるから、バンド名も西院が付いたらしい。

 そういういい加減なバンド名の付け方、好きだ。


「戦艦ポチョムキン」は、俺たちと同じ新二回生で組まれているバンドで、名前の硬派っぷりからは想像がつかないほどのコミックバンドである。

 ボーカルの国原は、必ず顔に何か書いてステージに上がる。

 今日は「こち亀」の両津眉でステージに上がっていた。

 出番順は「戦艦ポチョムキン」こと「ポチョ」がトップで、次がMajesty。

 その後はオールバッド、トリが西院の順だ。


「よーし、頑張っちゃうで!」


 ポチョの出番が終わり、ステージに飛び出した久慈は、俺たちのセッティングを待ちながらストレッチをしている。

 楽器を持っていない人間が一番元気なのも、Majestyウチのバンドの特徴だ。


 久慈が異様に張り切っているのにもワケがある。

 昨日のビラ配りが功を奏したのか、今日は新入生の入りがとても良い。

 三十人は見に来てくれているのではないだろうか。

 しかも、そのうちの半分が女の子だ。


「おっ! ミキちゃんも来てくれてるやん! カナちゃんもおるわ!」


 久慈が手を振ると、数人の女の子が手を振り返している。


「うーん、チカちゃんのオッパイも捨てがたい!」


「最低だな!」


 思わずツッコんだ。

 ちなみに、尚樹は久慈のこういう所は別に注意しない。

 久慈のライブへのモチベーションが、観客に女の子が多い少ないで変わることを知っているからだ。


 尚樹がギターアンプのボリュームを上げた。

 チューニングとセッティングが済んだらしい。

 それと同時に毅がバスドラを踏み、スネア、タムを順に叩く。

 俺もベースアンプのイコライザーの調整を終えて、ボリュームを上げた。

 それに合わせて、最後にカジュがキーボードのボリュームを入れる。


 大教室での演奏会では、ボーカルやコーラスマイク以外はPA(いわゆる音響システム)を通さない。

 いちいち各バンドの音響調整をPAでしていたら、大教室の使用期限時刻を過ぎてしまうからだ。

 そのため、ギターやベースはスピーカーを通さず各アンプからの音のみだから、バンド自身で音の出力バランスを調整しなければいけない。

 楽器を持たない久慈が、新入生たちの座っている席の方まで移動し、バンド全体の音量バランスを見る。


「亮太、もうちょい音量上げろ」


 久慈の指示に従って、俺は少しボリュームを上げる。

 毅のドラミングがパワーあるのでウチの演奏は音が大きくなる傾向だが、演奏に自信のない俺は、いつもボリュームを下げがちでこんな風に注意される。

 改めて、楽器隊全員で音を出す。

 久慈が両手で大きく丸を描く。

 各楽器の音量バランスも揃ったようだ。

 これで演奏会のバンドセッティング完了。

 楽しいバンドの時間の開始だ。


 今野さんがマイクを使って、演奏会の開始を宣言する。


「二番目の演奏は二回生のバンド、Majestyですー。ほな、はりきってどうぞー」


 今野部長の気の抜けた言葉を引き継いで、久慈がステージである教壇に立つ。


「Majestyです! よろしくお願いします!」


 久慈の言葉の直後、毅のカウントで演奏スタートだ。

 先日のミーティングで決めた通り、今日はこれまでの既存曲三曲の演奏である。

 新曲のお披露目は、選考会までお預けだ。


 しかし、ここ最近の練習によって既存曲の完成度もだいぶ上がっている自覚がある。

 案の定、同回生や三回生のみんなも、俺たちの演奏を見て驚いたような顔で何やら話している。

 選考会に向けて、俺たちがバッチリ仕上げてきていることに気付いたのだろう。


 そういう点で言えば、特に尚樹にとっては、今日は新入生に向けて演奏しているというよりも、選考会に向けて軽音部全バンドへの宣戦布告のようなものかもしれなかった。

 尚樹の気合いに負けないよう、俺もミスしないように慎重に、しかし、しっかりとグルーヴを出して演奏に集中する。


「ありがとうございました! この後、出演の2バンドもめっちゃカッコええんで、是非見てってください!」


 久慈が新入生たちに声をかけて、本日のMajestyの出番は終了した。



◇ ◇ ◇



 俺たちは楽器を持って教室の後ろに移動する。

 次の「All Bad Reasons」のセッティングの邪魔にならないようにするためだ。

 シールド(楽器とアンプを繋げるコード)とベースを持って教壇から降りるとき、次の出番のオニコさんと目が合った。

 オニコさんはニッコリ笑って右手をグーにして挙げた。

 どうやら、オニコさんにもMajestyの演奏は好評だったようだ。

 俺はオニコさんに会釈しながら教室の後ろまで移動した。


 All Bad Reasonsのセッティングを眺めながらシールドを八の字巻にしていると、俺のところに三回生の先輩が近づいていきた。


「井澤、お疲れ」

「あ、美作みまさかさん、お疲れ様です。お先でした」


 この人は美作大輔だいすけさん。

 All Bad Reasonsのあとに演奏する西院ジャイアンツのドラマーだ。

 美作さんとは、二月の冬合宿でオニコさんとやったツェッペリンのパツバンで一緒に演奏させてもらった。


「西院は今日、何を演奏るんですか?」


「メタリカや」


「やった! 楽しみにしています」


「おう」


 そのまま、美作さんは黙ったままだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る