第12話 女の子にビラを撒け

「4月毎週火・木曜の4限後、大教室棟5B教室にて軽音部の新歓演奏会やってます! よかったら見に来てください!」


 俺と久慈は水曜の4限後、学生の集合場所である噴水そばでビラ配りをしていた。

 昨年はビラを貰う立場であったが、今年はビラを配る立場だ。


 我が軽音部、毎年4月の一番大きな仕事は、当然、新入生の勧誘である。

 部員がいなければバンドも組めないし、部費も集まらない。

 とにかく、沢山の新入生たちに俺たち軽音部をアピールしなくてはならない。

 軽音部のバンド活動を最大限にアピールする場が「新歓演奏会」だが、その「演奏会」に肝心の新入生が来なければ意味がない。

 そのためにも、昼休みと4限後のビラ配りが重要なのである。

 軽音部の二回生たちは、各々、決められた場所でビラ配りをしている。

 法学部の俺と久慈は、噴水そばが担当だ。


「あ、ビラください」


 男子学生から声をかけられる。


「ありがとうございます。明日の木曜も演奏会やってますんで観に来てください」


 俺はビラを渡しながら宣伝した。

 男子学生が離れていくと、今度は久慈が俺のそばに来る。


「亮太。今みたいに、男は黙っていてもバンドに興味があれば入部してくんねん。せやから、ビラを配る相手は女の子がメインや。ええな?」


 久慈が俺の耳元で言う。


「わかった。お、女の子だな」


「緊張すんなや。童貞がバレるで」


「マジか」


 何が悲しくて、新入生たちに自分の童貞を宣伝しなければならんのだ。


「たかがビラ配りや。意識せんと気楽にいったらええ――おっ! かわいい子発見!」


 久慈は女の子の方に駆けていった。

 まあ、ああやって俺の緊張をほぐしに来てくれてるのはわかるんだけど……。


「軽音部です! 新歓演奏会やってます! お願いします!」


 俺はポケットティッシュでも配るように、噴水の周りのベンチに腰を掛けている新入生たちに手あたり次第ビラを配る。

 やはり、女の子だけを狙ってビラを配るなんて、そんな器用なことは俺には出来そうにない。

 そういう仕事は久慈に任せておこう。

 男相手なら余裕で話せるのになぁ。


 15分ほどビラを撒いたが、今のところ、好意的にビラを受け取ったり、自分からビラを貰いに来てくれたりするのは男子だけだ。

 久慈の言う通り、もっと意識的に女の子にビラを配らないと後輩がみんな男ばかりになってしまう。

 バンドマンとしてはそれでもいいが、男としては、そんな男臭い軽音部は悲しい。

 まあ、別に、後輩が来たからと言ってモテる訳ではないんだけど。


「どう? 頑張ってる?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、そこにはオニコさんがいた。

 今日のオニコさんは黒のテーラードスーツに、白のパンツ姿で、頭にサングラスをつけている。

 スーツの下はDef LeppardのツアーロンTだ。


「ああ、オニコさん。どうしたんすか?」


 新入生へのビラ配りは基本、新二回生の仕事なので、新三回生は自主参加のはずだ。


「帰ろうと思ったんだけど、亮太が女の子にビラを渡せなくて苦労してるのが見えたから」


「げ。マジすか」


 そんなにぎこちなくしていたか、俺。


「真っ赤なんだもん、亮太」


 オニコさんがそう言って笑う。


「帰りのバス、一本遅らせるから手伝うよ」


 オニコさんは俺のビラを半分、手に取った。


「いいんすか?」


「だって今日、亮太、『いろは』のバイトでしょ?」


「はい」


「いろは」は日曜が定休で、金・土曜は繁忙日だから、俺は「いろは」のバイト休みを日・火・木と隔日で取っている。

 だから、水曜日の今日はバイトだ。

 このビラを配り終わったら、そのまま「いろは」に直行の予定だ。


「私も今日は『いろは』へ行くつもりだったから、ここで恩を売っておけば、なにかサービスしてくれるでしょ?」


 オニコさんが意地悪そうに笑う。

 やべぇ、超キレイだ。


「なるほど、わかりました。バイト代は芋焼酎一杯で手を打ちましょう」


「やったね」


 オニコさんは、さっそく広場の奥に固まっているグループの方へビラを配りはじめた。

 美人のオニコさんがビラ配りを始めると、男子学生はもちろんだが、女子学生もビラを手に取ってくれている。

 さすが、オニコさん。


「なんや、オニコさんに手伝うてもろうてるんか」


 久慈が戻ってきた。

 久慈の持っていたビラは、すでに半分以上が無くなっている。

 全部、女の子にだけ渡したらしい。


「芋焼酎一杯で働いてもらってる」


「そうか。……でも、亮太、女の子と話すのは苦手そうにするのに、オニコさんとは普通に話すよな」


 久慈がオニコさんを眺めながら言った。


「そりゃ、『いろは』の常連さんだからな。ヒマな時間は、いつも話し相手になってるし」


「俺らの代でオニコさんと一番仲ええの、多分、亮太やで」


「ま、たしかにオニコさんって近寄りがたい雰囲気あるしな。でも、話すとすごく気さくでイイ人だよ」


「……」


「なんだよ」


 久慈が、妙に俺の顔を見ているので尋ねる。


「――いや、なんでもない。意識するとアカンくなりそうやから、亮太はそのままでええわ」


「なんだ、それ」


 変なヤツ。


「配り終わったよー」


 オニコさんが両手を上げ、ニコニコしながら戻ってきた。

 俺の数倍の速さでビラを配ってしまった。


「オニコさん、コスパ最高やな」


「そうだな」

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