第11話 定期演奏会
ここで、軽音部においての演奏会・発表会や定演選考会について説明しておこう。
少し長くなるが、軽音部員にとって重要な活動の話だ。
まず、月に1回ほどのペースで、講義終了後の大講義室に機材を運び込んで様々なテーマに応じた「演奏発表会」が行われる。
例えば、4月は新入生の勧誘を兼ねた「新歓演奏会」。
6月は新入生バンドのお披露目の場である「一回生発表会」。
7月は「パツバン発表会」。
このような流れで、年間、ほぼ決まったルーティーンで発表会が企画される。
その他に、11月頭の文化の日前後の学祭では、期間中、軽音部の溜まり場である第三食堂を借り切って、ライブと喫茶店を兼ねた「軽音部喫茶」が営業される。
三日間、朝9時から晩20時までぶっ通しで、軽音部の全バンドが学年順に出演する。
また、夏休み中の「夏合宿」、春休み中の「冬合宿」では、一週間、音楽スタジオのある宿泊施設に泊まり込んで演奏練習をし、最後の一日を使ってパツバン、マジバン合計で80から100バンドほどが一曲ずつ発表する演奏会がある。
そして最後に、軽音部全バンドが目指すステージが、6月と12月の年二回、行われる。
それが「定期演奏会」、通称「定演」である。
この「定期演奏会」はステージのレベルが高い分、他の発表会と違って「選考会」が開かれる。
軽音部内で立候補した全バンドが「定演選考会」にて勝負曲1曲だけを演奏し、その後、部員全員の無記名投票によって選出された上位6バンドしか出演できないのだ。
軽音部内には一回生から三回生まで40近いバンドが存在するから、単純に計算しても出演バンドは2割に満たない。
狭き門のため、この「定演選考会」の前は、普段は先輩後輩が仲のいい部内の雰囲気が少しヒリつく。
軽音部内全バンドがライバルとなるからだ。
そんな訳で、「定期演奏会」と、それに伴う「定演選考会」は、通常の演奏会・発表会とは一線を画して、みんなの真剣度合いが違う。
昨年、Majestyは11月に開かれた「秋季定期演奏会」の選考会に出た。
一回生のバンドが選考会を勝ち抜いて「秋季定期演奏会」に出演できたのは、ここ十年で一バンドだけと聞いていたから、無謀ともいえる挑戦だっただろう。
無記名投票の結果、Majestyは立候補バンド中、最下位だった。
バンドメンバーの5票以外にも何票か入れてもらえていただけマシだったが、それも演奏を認めてもらえたのではなく、
「一回生で選考会に出るとはいい度胸じゃないか」
と、挑戦する根性を認められた感じだった。
端的に言えば大惨敗だった。
ほとんどのメンバーは正直、妥当な結果と思っていたのだが、尚樹にとっては結構ショックだったらしく、それから2週間ほどバンド練習を休んだ。
週に一回は行っていたバンドミーティングも開かなかった。
彼女のマコちゃんとさえ会わなかったと聞いている。
その後、バンド練習を再開してからは、尚樹の練習に対する厳しさが増したような気がする。
これまでは、とりあえず一曲通して演奏できれば、メンバー全員、「まあ、いいか」となって、次の曲の練習に移っていたのだが、選考会での惨敗以降は、一曲をひたすらバンドで繰り返し練習して妥協を許さなくなった。
尚樹の中に、
「春季定期演奏会には、必ず出演してみせる」
という確固たる思いがあることはひしひしと感じられた。
当初は、楽しくバンドをやりたいと考える久慈と尚樹が衝突することもあったが、いざ、厳しい練習を通してバンドの演奏レベルが格段に上がってくると、必然的に俺たちのモチベーションも変わってくる。
いつしか、久慈も文句を言わずに練習に付き合うようになっていった。
◇ ◇ ◇
「今の完成度なら、新曲を選考会に持っていってもいいと思うんだ」
尚樹がバンド全員の顔を見ながら言う。
今回の新曲を尚樹が、定演選考会に向けての勝負曲と位置付けていることは、バンド内では公然の秘密であったが、遂にハッキリと口に出して表明した形だ。
ただ、昨年の選考会立候補は半分、尚樹の独断もあったので、尚樹もその点は反省し、みんなの意見を聞くつもりらしい。
最初に、久慈が口を開いた。
「何度も言うてるけど、俺は無理して定演に出る必要はないと思うてる」
久慈が空になったコーヒーカップをソーサーに戻して言った。
久慈にとって、軽音部でのバンド活動はあくまで楽しむことが目的であり、選考会のような真剣勝負の場に立つこと自体、目的からズレるという考えだった。
「ライブをすればええやん。定演みたいなホールよりもライブハウスの方が客も近いし、やってて楽しいで。三団体ライブもあるやろ」
「三団体ライブ」というのは、ウチの大学の中には我が軽音部の他に「バンド愛好会」「ストロベリーフィールズ」という大手バンド系団体があり、年に2回、この三団体が交流目的で合同ライブを行うのだ。
この「三団体ライブ」は定期演奏会と開催時期も被るため、「定期演奏会」に出演するバンドは出演することができない。
「だから、新曲は新歓演奏会で発表すればええやん。新入生にカッコイイとこ見せたいやん」
久慈がチャラけた口調で言う。
お前、そっちが本音か。
「せやけど、定演のプロ仕様の設備でのライブは一度やってみたい」
毅が珍しく声に出して意見を言う。
この辺りは、ボーカルと楽器隊の感覚の違いもあるかもしれない。
曲ごとに計算された照明と音響で演奏できるというのは、演奏する人間としては面白いだろう。
確かに、定期演奏会での各種設備は、お金がかかっているだけあって普段のライブハウスとはレベルが違う。
「私も、選考会に新曲を持っていくんに賛成かな。せっかく練習も頑張ってるしね」
カジュも選考会でのお披露目に一票。
「亮太は?」
「俺も、新歓でお披露目よりは、この曲で選考会勝負していいと思う。Majestyやるじゃん、と先輩や同回生に思わせることが出来る曲だよ」
俺も選考会に一票。
結果、選考会に四票。新歓に一票だ。
「ま、こうなる思たけどな」
久慈が溜息を一つつく。
「ええで。メンバーの意見に従おうやないか。選考会、出るからには絶対、定演出演もぎ取るで」
態度の割には、意外と熱い口調で久慈が言った。
俺たちは、久慈の反対意見が久慈のポーズであることがわかっていた。
昨年の秋季定演選考会に落ちた時、尚樹の落ち込みを一番心配していたのは、尚樹の彼女のマコちゃん以外では久慈だったことを知っているからだ。
「よし。それじゃ、新歓演奏会は旧曲でセットリスト作って。新曲は定演選考会の勝負曲にするってことでいいな」
「異議なし!」
こうしてMajestyの大学二回生前期の大目標は「定演出演」となった。
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