第10話 ハルウララ

 4月になり、俺は大学二回生となった。


 午前の講義を受けたあと、俺は休憩がてら学内のちょうど中心地となる噴水前のベンチに腰を掛けていた。

 春休み中の怒涛のバイトラッシュを無事に切り抜け、春のうららかな日差しに包まれていると、思わずボーッとしてしまう。

 長期休み後は、楽器を弾くか、時給が出る時間以外は、どうしても集中力が途切れがちだ。

 早めに大学生脳に戻さないと、新学年早々、単位がヤバくなる。

 しかし、なかなか気合が入らずに、俺は行きかう人々をのんびりと眺めていた。


 俺の在籍するS大学は毎年4月の頭に入学式が行われるため、在学生たちの始業は4月も中旬に差し掛かるころになる。

 本来なら桜など散りまくっているのだが、京都市でも山奥に位置するウチの大学は、ちょうど今頃、桜が満開の季節となる。

 桜舞い散る春休み明けのキャンパスには、学内をキョロキョロしながら歩く新入生たちと、リクルートスーツに身を包んだ四回生たちがウジャウジャといた。

 ゾンビのような顔をした四回生たちと違い、新入生たちの顔は一様に明るい。

 これから始まる大学生活キャンパスライフに希望を抱き倒しているのだろう。



 去年の今頃は、俺もあんな感じだったのかな。



 俺は新入生たちを眺めつつ思い出す。

 いや、俺の場合は、第一志望の大学ではなかったり、初めての一人暮らしであったり、それなのに仕送りもないから早くアルバイトを決めなければいけなかったりと、期待よりも不安の方が大きかったような気がする。

 まさに、捨てられた仔犬のような顔をしていたのではないだろうか。


 それでも、軽音部に入部して気の合う仲間やバンドメンバーができ、アルバイト先にも恵まれて、おおむね、いい一年だったと今にして思う。


「ま、一年経っても彼女は出来なかったけどな!」


 俺は心の中で毒づいた。

 その点は唯一、不満が残る部分か。


 何はともあれ、京都暮し、一人暮らしも二年目となる。

 今年はどんな年になるのだろう。

 今年の誕生日を迎えれば、俺もついに二十歳だ。

 このままでは童貞のまま、二十歳を迎える可能性がとても高い。

 どうにかしたいものだが……。

 そんなことを考えながらボンヤリとしていると、ジーンズのポケットに突っ込んだスマホが震えた。


「三食 集合」


 スマホに届いたのは久慈からのLINEだった。三食とは第三食堂の略で、軽音部メンバーのたまり場である。

 今日は昼食がてら、バンドミーティングの予定だった。

 俺は「了解」とスタンプを返し、三食へと向かった。



「亮太! ココだ!」


 尚樹が手を振って、三食に入った俺を呼びとめた。

 見ればすでに、俺以外のMajestyのメンバーがテーブルに集まっている。

 俺は三食で一番安く食えるAランチを買って、Majestyのメンバーがいる席に合流した。

 席に座るとき、オニコさんが奥の席に三回生たちといるのが見えた。

 尚樹の声でオニコさんも俺に気付いていたらしく、俺と目線が合うと「いろは」で会う時のように軽く手を挙げて挨拶してくれた。

 俺も軽く会釈して応える。


「ミーティングの前に、まずは履修計画表見せてみいや」


 すでに食事をすませていた久慈が、コーヒーを片手に俺に言う。

 俺はカバンの中から今年の履修計画表を出して久慈に見せた。

 久慈が俺の履修表を見ている間に、大急ぎでAランチを食べる。

 三食のAランチはボリュームがあって安い。

 味はヒドいものだが。


「よしよし。俺の言うたとおりの履修になっとるな」


「これで大丈夫か?」


「おお。こんなら試験のとき、講義ノート貸したるわ」


 俺と久慈は同じ法学部である。

 昨年は軽音部に入る前に履修計画を決めたので、いくつか自分で頑張らなくてはいけない講義があったが、今年は久慈とほぼ同じ履修科目にした。

 そうすれば、久慈から講義ノートを借りることができるからだ。

 かといって別に久慈が優秀という訳ではなく、久慈も女友達から借りているだけだが。


「バイト疲れで寝坊したりすることもあるから、ノート借りれるのはマジで助かる。ありがとう」


「ええよ。どうせ俺のついでなんやし」


 久慈は、履修表を俺に返しながら答える。

 バイトで忙しい俺と違い、久慈の場合は女の子との予定が多くて講義に出れないことが多いようだ。


「あれ? ていうか、さっきの民法Ⅱの講義、久慈いなかったよな?」


 なんで俺と同じ履修計画のはずの久慈が、俺より先に三食にいるんだ?


「昨日は外国語学部外語の子とデートやったから、その子の部屋に泊って今、登校してきた」


「そのうち誰かから刺されたりしないようにな。久慈が刺されるのは自業自得だけど、ノートがないと俺が困る」


「刺されるほど深く愛してくれるんやったら俺は本望や」


「うるせぇよ」


「おい、バンドミーティングするぞ」


 尚樹が、俺と久慈のとりとめのない会話を遮る。


「新曲の進捗は、一応、予定通りといったところだな。もう少し細部の演奏をきっちり合わせたいけど、まあまあいい出来になってきたと思う」


 春休みの練習で俺の練習不足を指摘された新曲だったが、それからだいぶ挽回し、曲の完成度はだいぶ上がってきた。

 この曲は難易度もあるし、それでいて人気曲でもあるから、キッチリと完成した演奏を見せられれば、二回生になったMajestyの代表曲となるぐらいのインパクトは残すだろう。


「……で、だ。曲の発表はどこでする? 新歓演奏会にするか? それとも定演選考会に持っていくか?」


 尚樹が、曲の発表のタイミングを相談してきた。

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