第9話 お土産
◇ ◇ ◇
「あ、忘れてた。亮太に帰省のお土産を買ってきたの」
オニコさんが、芋焼酎を飲む手をとめて言った。
「え! 高崎のお土産っスか! すいません、なんか気を遣わせちゃって」
「いいのよ。はい、コレ」
オニコさんがライダースの右ポケットから細長い紙包みを取り出した。
俺はオニコさんに許しを貰って袋を開けると、中からミニチュア付きのストラップが出てきた。
「……なんすか、コレ」
「
確かにストラップの先で俺を睨みつけているのは、間違いなく達磨だ。
複雑な顔をしている俺を見て、オニコさんはクスクスと笑っている。
俺の反応を見て楽しんでいるのがよく分かった。
「……なんで達磨なんスか?」
「高崎って達磨が有名なの」
「高崎達磨ですよね? いや、知ってますけど……」
「私の分もあるのよ」
オニコさんのスマホには、すでに俺と同じ達磨が繋がれていた。
趣味、悪っ。
オニコさんの達磨と目が合う。
こっち見んなよ。
「わあ、オニコさんとお揃いだ!」
無理やりテンションを上げてそう言ってみたが、棒読み感は否めなかった。
「ずいぶん棒読みなのね」
さっそくバレた。
「すげぇ嬉しいっス! 光栄っス! 一生大事にします!」
畳みかけてみた。
「それは言い過ぎ」
「ウイッス」
どうしよう。逃げたい。
「ね、そういえば冬合宿のパツバン、どうだった?」
オニコさんから聞かれる。
達磨の話から離れられるなら、話が変わるのは大歓迎だ。
「すげぇ楽しかったですよ。ツェッペリン、弾いてみたかったんで」
「そう言っていたからね。誘ってよかったよ」
◇ ◇ ◇
2月の冬合宿の発表会で、俺はオニコさんのパツバンに誘われ、Led Zeppelinの「Communication Breakdown」のベースを弾いた。
「いろは」でオニコさんと話しているときに有線でLed Zeppelinの「Whole Lotta Love」が流れて、
「いいですねぇ、ツェッペリン。バンドで
と俺が言ったのがきっかけだった。
「冬合宿のパツバンでメンバー集めてやればいいんじゃない?」
オニコさんが言った。
ちなみにパツバンというのはウチの軽音部用語で「一発バンド」の略称だ。
バンドで演奏してみたい一曲のためだけにメンバーを集めて一発で解散するからパツバン。
「パツバン発表会」や夏・冬合宿など、年5~6回ほど演奏する機会がもらえる。
ちなみに、俺にとってのMajestyや、オニコさんにとってのAll Bad Reasonsのように、レギュラーで続けるバンドのことを「
「俺、軽音部ではMajestyのメンバー以外と、それほど親しくないんですよ。だから、メンバー集めなんて無理です」
軽音部のミーティング後には、同回生のみんなは大学に残って喋っていくのが常だ。
しかし、俺は「いろは」のバイトがあるのでミーティング後はすぐに帰ってしまうことが多い。
必然的に、軽音部の他の部員と接する機会が、他のメンバーに比べて圧倒的に少なかった。
「そっか。じゃ、いつも『いろは』で頑張ってる亮太のために、私がパツバンのメンバー集めてあげようか?」
「え! マジっすか!」
「うん。私が集めるから、亮太以外はみんな
「もちろん、いいですよ!」
どうせ、一回生だろうが二回生だろうが、親しくないのは変わらない。
それよりもLed Zeppelinをバンドでやれるのが楽しみだった。
冬合宿でスタジオに入ったときは、パツバンとはいえ、Majesty以外のメンバーとバンドを組むのは高校以来のことだったので、とても緊張した。
しかも、初めのうちは尚樹や毅の演奏に耳が慣れ過ぎていて、先輩たちの演奏のクセにうまく合わせられず、ちょっと焦った。
上手い先輩たちの演奏についていくので必死だったが、とても貴重な経験が出来た。
それに、オニコさんの気合が入ったボーカルを間近で聴けたのも役得だった。
Led Zeppelinは本来、ロバート・プラントという男性ボーカルだが、オニコさんの力強い声はロバート・プラントにも負けてなかった。
「オニコさん、めっちゃカッコよかったです」
発表会での演奏終了後、本心から感想を言ったらオニコさんは、
「……当たり前じゃん」
と一言言い捨てて、すぐにどこかに行ってしまった。
やっぱり、オニコさんでもロバート・プラントのボーカルは大変なんだろうな。
去っていくオニコさんの顔は真っ赤に上気していた。
◇ ◇ ◇
「よければ、また一緒にパツバンやろうよ」
オニコさんが芋焼酎のグラスを傾けながら言ってくれたので、
「ありがとうございます。是非!」
応えた直後、
「すいませーん」
例のカップル客から呼ばれた。ようやく追加注文か。
「はーい、いま、いきます! ……オニコさん、失礼します」
「うん、しっかり働きたまえ」
「うす」
オニコさんが微笑む。
オニコさんの席から離れながら彼女の笑顔を思い出し、改めて綺麗な人だなぁ、と思った。
一人っ子の俺にとって、オニコさんはまるで自分の姉のような存在だ。
オニコさんに誘われれば、俺でよければいくらでもベースぐらい弾かせてもらう。
おっと、それよりも今は、カップルの席へ急がないと。
「はい、なんでしょう?」
「あ、お会計お願いします」
結局、帰るんかい!
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