第7話 お婆ちゃんちでよく見る寒天ゼリーみたいなアレ

「――てな訳で、オニコさん、よかったらコレ食べません?」


 俺は、漬物工場でのモテっぷりをオニコさんに自慢したあと、原木さんからもらった、お婆ちゃんちでよく見る長方形の寒天ゼリーみたいなお菓子を見せた。


「え、いらない。亮太が食べなよ」


 オニコさんはお菓子を断って、俺が持ってきた芋焼酎ロックのお代わりに口をつけた。

 襟足までの少しラフなショートカットに、人形のような白く小さな顔。

 唇の真っ赤なルージュがとても映えている。

 相変わらず、睫毛が超長いし、超美人だ。


「たしかにコイツは芋焼酎のアテにはなりそうにないっすね」


 俺は素早く口にお菓子を放り込む。

 オレンジ味だった。



 漬物工場でのバイトのあと、少し時間を空けて俺は、レギュラーバイト先である北区御薗橋みそのばし通りを少し入った居酒屋「いろは」の店頭に立っていた。


 そして、俺と話しているのは「いろは」この店の常連で、軽音部の部員でもあるオニコさんだ。

 オニコさんは俺の一つ上の先輩だから、今度、三回生になる。

 ちなみにオニコという名は、もちろん渾名だ。

 名字が鬼頭きとうなので、みんなから「オニコ」と呼ばれている。


 パートはボーカルギターで、今は女性スリーピースバンドでオリジナルのロックソングを歌っている。

 ロックに限らず、歌がえげつなくウマい。

 軽音部飲み会のカラオケで「津軽海峡冬景色」を歌っているのを聴いたことがあるが、超泣ける。

 あと、酒が強い。

 最初に生ビールを一杯飲んでから、ずーっと芋焼酎のロックを飲んでいるが、酔っぱらったのを見たことがない。


 いつもの指定席であるカウンターの右端に座っているオニコさんの今日のファッションは、グレーのルーズスエットワンピースにライダースジャケットを肩に掛けるスタイルだ。

 ロックグラスを置くと、オニコさんはショートカットの黒髪を耳にかけて、菜の花の浅漬けを口に入れた。


「それじゃひょっとして、この漬物って亮太が働いてる工場のものなの?」


 漬物を飲み込んでから、オニコさんが尋ねてくる。


「そうっす。店長が「いろは」の仕入れ先の漬物屋さんに、俺の長期休みの短期バイト先として紹介してくれて。今日は俺が貰ってきたのをサービスでおすそ分けっす」


「菜の花の漬物って、春っぽくていいわね」


「あざっす」


 オニコさんは、好物の出汁巻き玉子に醤油のついた大根おろしを少し乗せて、ひとかけ、出汁巻き玉子を口に運び、すぐあとに芋焼酎をグイッとあおる。

 オニコさんは飲みっぷりも食べっぷりも気持ちいいし、箸の使い方がまた綺麗で、隣でずっと見ていても飽きない。

 あと、ファッションの割に選ぶ酒とつまみが渋い。

 好きな番組は「酒場放浪記」と言っていたのも頷ける。


 ちなみに、こんなボリュームのないものしか食べないのに、オニコさんの胸はスエットワンピースを押し上げて目立つほどボリュームたっぷりだ。

 オニコさんの口元から、思わず視線が胸の方に行きそうになるのを、俺は必死で我慢する。


「しかし、なんで俺って同年代の子にモテずに、お婆ちゃんにばかり好かれてしまうんでしょうね」


 オニコさんの胸元から意識をそらすために、俺は話を変えた。

 お婆ちゃん先輩たちにモテるのは光栄だが、心はやはり悲鳴を上げる。


「まあ、亮太はイケメンってよりも、可愛がりたくなるタイプだからね」


「そうですか?」


「可愛い」って、一番バンドマンらしくない評価じゃないか。


「できれば、同い年ぐらいの女の子に好かれたいんですけど」


 俺はオニコさん相手に嘆く。


「なんで年の近い女の子は、俺に近寄ってこないんでしょう?」


 イケメンの尚樹や久慈に比べたら、だいぶ見劣りはするが、それほど悪い顔はしてないと思うんだけどな。

 自分でそう思ってるのは恥ずかしくて言えないけど。


「さあねえ。ひょっとして亮太、加齢臭でもしてるんじゃない? だから、女の子が近寄ってこないとか」


「マジすか⁉」


 俺は慌てて自分の身体の臭いを嗅いだ。

 言われてみれば臭う……のか?


「臭いますか? 俺」


「ううん、全然。冗談よ。もし今、臭ったとしたら制服の臭いじゃない?」


「いろは」の制服は、京都らしい作務衣だ。

 意外と仕立てが良い高級なものなので、あまり枚数がない。

 そのため一日ごとに交換できないので2~3日おきに洗濯するのだが、たしかに今日着ている制服は、最近、昼バイトで忙しくて、数日洗濯してなかったと思う。


「店もヒマだし、今からコレ洗ってスペアの制服に着替えてきます!」


「いってらっしゃい」


 オニコさんは俺が席から離れると、細い指で静かにメンソールのタバコへ火をつけた。

 紫のネイルが、真っ白な指に映えている。

 カッコいい。

 あと、俺がタバコを吸わないのを知っているから、オニコさんは俺がそばにいるときはタバコを吸わない。

 喫煙可の店なんだし、俺は連れではなく店員なんだから気にせずに吸えばいいのに、そういうところもカッコいい。


 俺はバックヤードに入ると制服を脱ぎ、店の裏口にある洗濯機に放り込んで洗濯ボタンを押す。

 それから、洗濯済の制服に慌てて着替えて、再び店頭に戻るのだった。

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