第5話 野菜を漬けよう!
尚樹の家に行った翌日の土曜日。
昨日とはうって変わって、今日は朝から暖かい。
今日はアルバイトが二本、入っている。
まず日中は、春休みの短期で入れた四条河原町にある京漬物製造工場でのバイトだ。
大学に入学するまでは正直、大学生ってもっと自由な時間が多いと思っていたが、一、二回生なんて朝から夕方まで講義だらけで休みなんか全然ない。
春休みなどの長期休みでもなければ、なかなか日中にアルバイトはやっていられなかった。
俺がこれだけアルバイトをしなければならないほど貧乏なのは、大学進学の条件が「仕送りなし」という超ハードモードなのもあるが、バンド活動にお金がかかるのもあった。
まず、バンドをしていれば、毎週のスタジオ代に、ベースの弦の張替えなどの楽器メンテナンス費は常にかかる。
その他にも、バンドでライブをすればチケットノルマってものが発生する。
一回のライブにつき、1バンドの負担が2~3万円ぐらい。
ウチのバンドは5人組だから、それを割り勘して一人頭4~6千円分ほどのチケットノルマが課せられる。
自分の担当枚数分のチケットを売れば負担はないのだが、大学一回生のカバーバンドのライブを有料で観に来るような物好きなど、そうそういない。
だから、基本的にチケット代は各個人で被る羽目になってしまう。
そこまで苦労して開く無料ライブの観客も、同じ軽音部の同回生や先輩たちか、無料なら観にいくと言ってくれる友達くらいしかいない。
正直、金だけかかって自己満足でしかないのだが、それでもライブハウスでライブをするのは楽しく、例え懐が寂しくなってもライブはやりたい。
それに今使っているベースだって、二年前に購入した初心者用の2万円でお釣りがきたプレシジョンベースのままだ。
いい加減、初心者も脱却したころだと思うし、もう少しいいベースに買い替えたかった。
そんな訳で色々と物入りな生活をしているのだが、普段のレギュラーバイトだけでは生活していくので精一杯なので、こういう長期休みのときに短期バイトを入れて余裕を作っておくのが、俺のいつものスタイルであった。
欲しいものはたくさんあるし、頑張って稼がなくては……。
春の訪れを感じさせるような日差しの中、鴨川沿いの道を南へ下りながら俺は原付に乗って漬物工場に向かった。
漬物工場での仕事は、昨年末の冬休みの短期バイトに続いて二度目のバイトだ。
昨年末は「
このアルバイトもお昼には漬物とご飯が食べ放題という、貧乏学生には夢のような賄いが出るので助かっている。
「亮太くん、お菓子あるで。持っていき」
「あ、原木さん、すいません。いただきます」
昼食後の休憩中、従業員の原木さんからお菓子を貰う。
この工場では近所のご年配の女性を積極的に雇用していて、70歳越えのお婆ちゃんたちが十人以上、元気に働いている。
このお婆ちゃんたちが野菜の漬け込み作業をする訳だが、俺の仕事は簡単に言えば、この人生の大先輩たちのサポートだ。
朝、市場から届いた白菜や大根などの野菜は、ケースに入った状態だととんでもなく重い。それをお婆ちゃんたちの作業がしやすい傍へ運ぶ。
白菜は鬼葉(外側の商品に出来ない葉)を取って、大根は皮むき器で皮を剥いて彼女たちに回すと、彼女たちは目にもとまらぬ速さで野菜を商品サイズにカットしていく。
皆が野菜をカットしている間、俺はカットした野菜を漬け込むための漬け樽の洗浄を済ませる。
洗浄した樽にカットした野菜と塩を入れて、漬物石を乗せて下漬けをする。
ここまででだいたい午前中の仕事が終わる。
午後になると、下漬けの樽に浮いてきた野菜の水を切り、今度は本漬け用の調味液の入った樽に下漬けした野菜を入れ、再び漬物石を乗せる。
これを一晩、冷蔵庫に入れておけば、いわゆる浅漬けの完成だ。
本漬け作業後は、前日に本漬けしていった商品を袋詰めする作業が待っている。
グラム数に合わせて袋に入れ、封をしたら終了だ。
俺は年末のバイトのときから妙にみんなに気に入ってもらえて、孫のように可愛がられている。
特に今回、みんなとの茶飲み話の最中に、俺が大学の生活費を稼ぐためにバイトをしていると言ってからは、みんなからのサポートが一段と増えたような気がする。
なんだろう。おばあちゃんたちって、子供がひもじい思いをするのが許せないのだろうか。
たまに「家でお食べ」と、おかずをタッパーで持ってきてくれたりまでする。
大変ありがたい。
たとえそれが、醤油色か味噌色のおかずしかなくてもありがたい。
日中しか働けないから、大学が始まったらここのアルバイトにはもう入れないが、本当ならずっとここで働きたかった。
ここで働いている分には食いっぱぐれることはないし、大学生バイトにしてはバイト代もよかった。
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