第4話 行きつく先
誤解しないでほしい。
ビートルズのメンバーが世界で人気になったのは、突出した楽曲センスや、写真だけでは表せられない彼らのキュートな魅力など、そのすべてがポップアイコンとして当時、爆発的に愛された結果であるということを、このときの俺も重々分かっていた。
それに、田中のムチャクチャな理論を、俺が本気で納得した訳でもない。
心の中の半分では、
「何を言ってるんだ、このアホは」
ぐらいに思っていた。
ただ、高二も終わりに近づき、特にやりたいこともなくボンヤリと日々を過ごし続けていた俺にとって、田中の誘いは目の前の景色が一変するほど魅力的な話だった。
このまま高校時代、特に楽しい思い出もないまま、三年間を過ごしかねなかったところに、何か普通とは違うことがやれそうな雰囲気になっただけでも、田中の話は乗るべき価値があった。
どうせ俺の非生産的でクソのようにヒマな時間など、毎晩、オナニー後のティッシュとともにゴミ箱に捨てられていくだけなのだ。
だったら、バンド活動がどんなものかさえ想像つかなかったが、俺が漠然と抱え込んでいたクソの時間が減るだけでもいいではないか。
受験勉強の息抜きとしてでもやっていこう。このときは思っていた。
◇ ◇ ◇
ちなみに当時の俺は、ベースに弦が何本あるのか、そもそもギターと何が違うのか、ベースについて基本的なことさえ知らないド素人である。
そんな俺が、果してベースを続けられるのだろうか?
ひと月もしたら飽きて、部屋の隅でベースが埃を被ってる、なんてことにならないか?
我ながら心配ではあった。
しかし、結果はこの通り。
あれから二年が経っても、実力は別として、いまだに俺はバンドでベースを弾き続けている。
ベースという楽器の何が、これほど自分にハマったのだろう?
いま考えてみると、ギターやボーカルのような派手なパートではなく、ベースという一歩、表舞台から下がって屋台骨を支えるようなパートであるところが、もともと地味に暮らしてきた自分の性格に合っていたようだ。
一つのフレーズが弾けるようになれば嬉しく、弾けないフレーズに当たれば、メトロノームでテンポを測りながら、弾けるテンポで練習して少しずつ弾けるように練習した。
勉強の反復学習は嫌いなのに、ベースの練習だけは何時間やっていても、何故か飽きることがなかった。
気付けば、受験勉強の息抜きでベースをやっていたつもりが、確実に受験勉強の時間の方が削られていた。
ベースを始める高二の秋までは模試の大学合格判定にAが多めだったのが、高三の夏にBやCが増えてきて、受験直前にはC判定ばかりが並ぶようになっていた。
今更、成績の急激な伸びも期待できず、かといって志望校以外の大学については何一つ調べていなかったので、「このままでは浪人確実かぁ」と我ながらゲンナリしていた。
ますます、逃げるようにベースを弾いた。
そんなとき、高校のクラス担任から京都の私立大であるS大の受験を勧められた。
「今、願書を送ればセンター試験利用で受験できるし、学費も奨学金制度がある。滑り止めとして受験したらどうだ?」
言いながら、担任はパンフレットを渡してきた。
「なんで京都なんですか?」
受け取ったパンフレットをめくりつつ、俺は担任に訊ねる。
俺が住んでいた県は関東の方が近く、東京の大学に進学する同級生の方が多かったし、地元にも数はないが、一応、私立大はある。それなのに、なぜ関西の大学を提案してきたのだろう。
「お前、よく司馬遼太郎の幕末物を読んでいただろ」
「それだけですか?」
「そうだが?」
確かに、「竜馬がゆく」とか「燃えよ剣」とか好きだけど……。
なんだか不安になる話ではあったが、それでも担任のアドバイスの通り、願書を提出しておいた。
――結果、担任の予想通り、俺は地元の国立大を見事に滑り、S大に滑り止まって入学した訳だ。
「浪人をするよりはマシ」と入学は許可してくれたものの、もともと受験勉強もせずにベースばかり弾いて、心配した通りに受験に失敗した俺に両親は怒っていた。
一人暮らしに必要な家電製品などは買い集めてくれたし、下宿の敷金・礼金は払ってくれたものの、両親からは、入学後の仕送りなどは当然のごとく却下された。
そのため、俺はバイトばかりの貧乏大学生生活を余儀なくされているのである。
◇ ◇ ◇
閑話休題。
最後に、高校で田中と組んだバンドの顛末を語って今日の話を終ろう。
田中と滝くんと組んだバンド「基礎解析と代数幾何」(いま考えても、ひどいバンド名だと思う)は、田中から声を掛けられた8か月後の、高三秋の文化祭ライブが最初にして最後の晴れ舞台となった。
奇しくも前年、長崎が華麗なるデビューを果たしたステージである。
そのライブに俺たちは、無謀にも田中が作詞作曲したオリジナルソングで出演した。
『君の名前が加奈子だと知ったのはつい昨日のことだった。でも、だから何だというんだい』という、意味があるようでない、長ったらしいタイトルの曲だ。
フォークソングにでもすればまだ笑えたかもしれないが、なんとロックソングだった。
覚悟はしていたが、当日、俺たちのバンドは会場を大いに盛り下げた。
あまりに会場が静かすぎて、バンド演奏をしているのにステージ裏の照明担当の生徒のくしゃみさえ聞こえた。
出番終了後、田中は、
「俺の曲を理解しない奴らは、耳の穴におでんのコンニャクでも詰め込んでるんだ」
と憤り、予備校で知り合ったという
ヘルプメンバーのような立ち位置だった滝くんこそ、俺たちに巻き込まれて気の毒だったが、迎えに来ていたブラスバンド部の後輩の彼女と、すぐに外のクレープ屋台の方へ手をつないで出掛けていった。
二人とも、いつの間にか彼女が出来ていた。
でも、全然バンドと関係ない所で彼女が出来ていた。
そして、塾にもいかず、部活動もせず、バンドばかりやっていた俺だけ、彼女が出来ないまま高校を卒業して、今も一人なのであった。
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