第3話 すべての始まり

「なあ、亮太。お前、モテたくはないか?」


 すべての始まりは、高二の年が明けた一月のある日。


 俺のクラスメートであり、高校時代の数少ない友人の一人である田中たなか 克也かつやの、この一言からすべては始まった。

 俺はその時、登校前に田中が買ってきた少年ジャンプを放課後の教室で読んでいるところだった。


「モテたいな、もちろん。だけど、急にどうしたんだ?」


 俺は、田中の話を聞くとか話に乗るとかよりも先に、何の脈絡もなく意味のわからない話をブチこんできた、この男の頭の中身をまず心配した。




 俺が在学していた刻文院こくぶんいん学園がくえんからたち高校のモットーは「自由な校風」。

 だが当時の俺は、その言葉を都合よく解釈し、ただただ無為に放課後を浪費しているだけだった。


 俺がいた「特進科」という学科は、ウチの高校でも旧帝大や有名私立大進学を目指す生徒が集まる学科である。

「枳高校の特進科の生徒です」と地元の親戚なんかに言えば、結構、自慢になるほどだ。

 しかし俺は、せっかく高校受験で頑張って「特進科」に入学しながらも、高校入学後からは必死に勉強をする訳でもなく、特進科全5クラス中、真ん中の三組の中位という正しく中途半端な成績のまま、それを良しとしていた。


 スポーツも別に得意ではないし、外見もパッとしない。

 クラスカーストだけは並ではなく、どちらかといえば下位在籍だったが、それは田中にしても同じだった。

 そして俺たち二人は当然、年齢=彼女いない歴だった。


 そんな俺に、この男は何をさせようというのだろう。






 俺の心配をよそに、田中は突拍子もない提案を続けた。


「高二の1月にもなってバンドか?」


 思わず、俺は眉をしかめた。

「特進科」の生徒には、一年後に迫った大学受験を見据え、部活もそろそろセーブして勉強に専念しようとするヤツさえ出てくる。

 そんな中、その流れに逆行するようなセリフだった。


「一体、どういうことだ?」


「四組の長崎だよ。アイツ、文化祭のとき、体育館ライブでギターを弾いてただろ?」


「ああ、やってたな」


 長崎とは、普段、大きな声で喋っているところさえ見たこともないような、特進科二年四組の中でもオタクでスポーツ音痴ナードタイプの男だ。

 俺たち特進科三組と体育で合同サッカーになった際も、グラウンドの端でボールには出来るだけ触らずに授業終了を待っているようなタイプだった。


 そんな長崎が昨年の文化祭で、四組のクラスカーストのトップにいるメンバーたちで組まれたバンドに、ギターで参加していたのには驚いたものだ。


「あの長崎に、文化祭のあと、彼女ができたそうだ」


「へえ、そうなんだ。よく知ってるな。そんなに長崎と仲良くないだろ?」


「四組の俺のスパイから聞いた」


「お前、何者だよ」


「彼女は決して可愛いわけではないが、おっぱいがFカップはあるらしい」


「そりゃ、すごい」


「文化祭の演奏を見て一目惚れした、と彼女から告白してきたらしい」


「だって、実際にカッコよかったじゃん。長崎があんなにギターが弾けるなんて知らなかったし」


 元々、ギターを弾く予定だった生徒が、校則違反の原付登校時に事故って、腕を骨折&停学になってしまい、バンドに参加できなくなった。

 困った他のメンバーが、苦肉の策で長崎をギターに迎えたらしい。

 体育の授業では見せたことがないような真剣な表情でギターを弾く長崎は、その熱いギタープレイと、嫌われない程度の絶妙な外見もあって一躍有名人となった。

 後になって、ビートルズ好きの両親の影響で、小学生のころからギターを弾いていたそうだ、と四組にいる友人(俺はスパイではなく友人だ)から聞いた。


「でも、長崎だぞ? 長崎に彼女ができたんだぞ?」


「お前、いくらなんでも長崎に失礼じゃね?」


 田中が、体育での長崎の様子を見て「俺はアイツよりマシだ」と思っていたのが大変よくわかるセリフだった。


「アイツがモテるようになるのなら、俺たちだってバンドをやればモテると思うんだ」


 俺の注意を無視して田中は言葉を続ける。


「そんな単純な話でもないだろ」


 田中も多少、ギターが弾けるのは知っているが、別に自慢するほどのレベルではないことも知っている。

 小学生から弾きこんでいた長崎とは話が違う。


「いいか、亮太。この写真を見ろ」


 田中がスマホの画面を俺に見せてきた。

 そこにはビートルズのメンバー四人が写っていた。

 多分、デビュー当時、「Love Me Do」発表の頃の写真だ。

 見慣れたマッシュルームカットの四人が、こちらを向いている。


「お前、この四人がイケメンだと思うか?」


「え? いや、当時は大人気だったんだろ」


「俺は、、と純粋に聞いているんだ!」


 田中の目は真剣だ。

 大変暑苦しい。


「ジョージ・ハリスンの、この口の端がイヤに吊り上がった表情を見ろ! ジョン・レノンのボケッとした顔を見ろ! リンゴ・スターのクソデカい鼻を見ろ! ポール・マッカートニーのだらしない垂れ目を見ろ!」


「……」


「これでもお前は、この四人がイケメンだと言うのか!」


 怖ぇよ、おまえ。


「……ま、まあ、そういう言い方をすれば、たしかにイケメンとは言えないかもしれないけど」


「だろ⁉」


 我が意を得たり、と田中は俺に人差指を向けた。


「これは、バンドという素敵フィルターがかかったことによる幻想だと思うんだな」


「素敵フィルター」


 知らない言葉、出てきた。


「つまり、バンドさえやれば、本人の魅力は2倍、3倍にもなるってことだと思わないか⁉」


 田中は力いっぱい、掌で机を叩いた。

 そのまま、しばらく黙り込む。

 思ったより、机を叩いた掌が痛かったらしい。


「……ということで、俺とバンドやらないか?」


 痛みが引いたのだろう、田中が絞り出すような声で俺をもう一度誘った。


「わかった、やるよ」


 俺は田中の話に乗った。


「で、俺は何をやればいいんだ?」


「話が早いから、お前のこと、好きだよ。俺がギターを弾きながら歌う。ドラムは経験者じゃないとバンドがガタガタになるから、ブラスバンド部でドラムをやっているたきくんに頼むつもりだ。つまり、亮太にはベースをやってもらいたい」


「ベースか。よし、わかった」


 こうして俺は、「モテるため」という非常に不純な理由でバンドを始めることとなった。

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