南京錠の扉

一粒の角砂糖

南京錠の扉

「はぁ……。」


ジャラジャラと鎖の音だけが聞こえる部屋で深くため息をついた。

彼に許される行為はそれくらいしか無かった。

部屋中に貼ってある彼の写真。

拘束具ばかりのクローゼット。

やけにメスの匂いがする。


「おはよ〜」


5回くらいカチャッという音がした後、本来軽いはずの木製の扉がギギギっと重そうな音を立てて開いてゆく。


「ぎゅーっ。」


目がうっとりしてる女の子。

部屋の匂いとは違い、シャンプーのいい匂いを香らせながらレジ袋を片手に彼に抱きついている。

「好き。」と耳元でひたすら囁いてくるが荷物のせいか二つの意味で重い。


「そんな嫌そうな顔しないで。私は貴方が大好きなだけなんだよ?」


そう。この子はあくまで好きなだけ。

彼のことが好きで好きで止まないので、こうして抱きついているだけ。

また彼が閉じ込められている理由もそれに漏れず、好きなだけという単純だけどひねくれた物だった。


「いつになったら出してくれるんだ?」


重さ5キロほどある手首の重りをブラブラとぶら下げながら尋ねる。


「……ずっと出してあげないよ?何を言ってるの?」


昨日も同じことを質問したが、日付が変わったからといって答えが変わることは無かった。


「どうして君は私を愛してくれないの?どうしてこんなにも愛しているのに見てくれないの?なんで?なんで?」


だらしなくも尿を漏らしそうなくらいには怖かった。おっとりとした目の底から得体の知れぬ何かがじっと見つめて、心臓を鷲掴みにしてくるのではと思うくらい恐怖を感じ、とても返事は出来そうになかった。


「……君はそうやってまた返事をはぐらかすんだね。でも私は、ずっっっっっっっと君のことを愛してあげるから。以前君が私をずっとみてくれたのと同じようにね。」


「さてと。」と言いながら買い物袋を持って扉へスタスタと歩いてった彼女は、「ご飯作ってくるね。」と重い扉を閉めた。

しっかりと5回南京錠が閉まる音がしたのは言うまでもない。


こんなことになるなら、最初からここに来なければよかったんだ。そう思ったって助けは来ないし、過去に戻れる訳では無いので何故か生かされている毎日をかれこれ三ヶ月近くひたすら無感情で男は過ごしている。


ぼーっとしながら秒針の動く音と、カチャカチャと鳴る皿の音を聞きながら待っていると、軽い足の音が聞こえてくる。


「きたよ〜今日はね〜チャーハンなの〜。」


1キロはあるのではないかと思うくらい高く積み上げられたチャーハンと三種類くらいのペットボトルのジュースを持って入ってきた。

「どれがいい?」と聞いてきたのでとりあえず王道とも言えるコーラを選択する。

彼女は「じゃー私カルピス!」と嬉しそうに蓋を開けている。こういう所は普通なんだろうな。

当然両手は拘束されているものの普通に外に出ようとしなければ動かせるので、ご飯も自分で食べれるのだが。


「はい、あーん。」


そんなことはお構い無しにスプーンを差し出してくる。

これを拒否すると口移しで食べさせられることが一ヶ月前にわかったので、なんの抵抗もなしに口を開けて食べてやると、少女が口を開けて目をハートのようにしながらこちらを見てくる。

ここで押し倒されて100万回くらい好きと言われ続けるかご飯が食べれるかで今日の腹の具合が変わってくるのだが、その心配は要らなさそうだった。


「全部食べたね。偉いね。よしよしいい子いい子。」


食べただけで褒められる。

ろくに風呂に入れてない油の乗った頭を嫌な顔一つせず撫でる姿は正直気持ち悪い。

ギトギトになった手を舐めて一人で喜んでいるからだ。「おいしい……。」そう聞こえた気がしたが聞こえないことにした。


「あのね、私。」


不意打ちだ。いつもと違うパターンだった。

本来なら、食器を片付けて水気のあるタオルで体を拭かれるはずだった。


「君のこと閉じ込めてごめんねって思ってるんだ。」


「え。」


まさか彼女からこんな言葉が出るとは思ってなかった。


「今から私が君を閉じ込めてる理由を話してあげる。」


監禁生活三ヶ月目にしてようやく真実に辿りつくことが許された。

あの扉をくぐれるかもしれない。そう思うと何故か彼の胸の高まりと緊張は止まらなかった。


「私は……親に育児放棄をされてた。とは言っても育児放棄してたのは母親だけなんだけどね。……ご飯はまともに作られないし、かと言ってお金もくれない。私になにか不満があるのかなと思って小・中学校でテストでいい点とっても、コンクールで賞をとっても、運動会で活躍したって、ご飯は出てこないし何一つ褒めるどころか話を聞いてくれなかったんだ。」


彼女は隣に腰掛けて、肩をくっつけて、ただただ息を吐き出すように言った。


「……でもある日、母親は生活習慣の乱れにより癌を患って死亡。父親はその時にはとっくに蒸発してた。一人になった私は、高校を中退。バイトして暮らしてるの。幸いこの家はもう亡くなったおばあちゃんのお家で、お金をあまり払わなくてもいいから何とか暮らせてるんだ。私は無感情だった。希望がなくて、目的も無く生きてた。でも、この前。君はここに来てくれた。」


ジャラジャラと手錠の鎖を触りながら、こちらを見てきた。


「最初はお金目的でここの家に入ってきたね。その時君はここが空き家だと確信してた。でも私がいたことにびっくり。慌てて持ってた手錠を私にかけたんだよね……これが運命の出会いだったのかな。私を手錠にかけた君は、何故か私を殺さずに生かしてくれた。ご飯もくれた。私はそれが嬉しくて、君に何でもしたよね。掃除洗濯料理。体だって差し出した。君は心を開いてくれてた。」


カチャッという音とともに手錠の片方が外れる。


「私は、君のことがいつの間にか好きで好きで止まなくなってた。私がここにいる間はずっと隣にいてくれるし。料理したら撫でてくれた。掃除したら褒めてくれた。洗濯したら感謝された。気がつけばずっと君に抱きついてた。でも君は嫌がらずに私を自由にしてくれた。」


手錠を外された方の手から温もりの中、一滴の水が垂れてゆくのを感じる。


「いつしか私は、君がいなくなるのを嫌った。お金が集まれば君はどこかに行ってしまう……そう思ったんだよ。だから私は、君が私にしたように監禁したの。昔の君は私のことをずっっと見てくれたから。でも君はいつからか撫でてくれなくなった。話してもくれなくなった。逃げようとするし、こうやって全部ご飯食べるのも珍しくなっちゃった。だからどんどん不安になって来ちゃったんだ。」


流れる水滴の数が多くなって、ところどころ鼻水をすする音が聞こえてくる。


「私ね、バイトの時もずっと君のこと考えて頑張ってるんだよ。バイト先で怒られても、いじめられても。君の為、君の為ってずっと。私を初めて褒めてくれて、初めて私のことをまともに見てくれたのも君で。いつかまた絶対褒めてくれるんだって。見てくれるんだって。」


泣きながらもう片方の手錠の鍵に手をかける。


「実は私が君を閉じ込めてたのはもう一つ理由があって、君がもう既に指名手配されてるからなの。他の住宅を何度も襲って金品を強奪してたって……私の為にしてくれたんだよね。だって、私の口座元々あんなにお金入って無かったし、私のご飯のお金とかにきっと当ててくれてたんだよね。だから今度は私が、君が私にしたように、君の為に。君を責任をもって愛したいの。養いたいの。だからお願い。……これが外れても、私の前からいなくならないで。」


ゴトンという音がした。両手の重りは無くなっていた。床に散らばる鎖は彼女の決意とも言えるだろう。


「……。」


彼女はぎゅーっと彼に抱きついたままの姿勢で泣いていた。

彼は彼女の背中を擦りながら「よく頑張ったな。」と、頭を撫でる。


「今なんて……?」


「よく頑張ったなって。」


もう一度頭を優しく撫でながら涙を拭ってやった。


「私を一人にしない……?どこもいかない……?」


「……多分な。」


「……ありがとう……大好き。手錠も取ったから、お風呂。入ろっか。」


初めて南京錠の扉をくぐった強盗と強盗を匿う甘々ヤンデレの禁断の生活が始まってしまった。

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