第116話 激突する闇(白い方)と闇

 決戦の場にて、人魔連合軍と魔神王の軍勢が激突する。


 魔神王が動き出せば、状況の進行は止まらなくなる。

 今までの戦いは小競り合いに過ぎず、これからが本当の人魔大戦なのである。

 しかも、その戦いは長くは続かない。


 決着は一瞬であろう。


 度重なる戦闘で、決戦の地の木々は焼き払われ、大地は踏み固められた。

 勝敗を決するための舞台は整ったのだ。


 魔導王国とかつて呼ばれた場所は、両軍がぶつかり合うための更地であった。


「あーあ、これは本当にひどいネ。エルフたちの住んでいた森が跡形もないヨ」


 魔導王ツァオドゥがため息を吐く。


「うむ、ひどい有様だ。そして森が燃やされた後、新しい草花が芽吹いて森は生まれ変わるのだ」


 ルーザックが他人事のように言うので、ツァオドゥのこめかみに青筋が浮かんだ。


「お前のせいでショ!? 全く、お前がこの国に攻め込まなければ、いつまでも魔導王国は緑豊かな大地だったヨ。人だってたくさん死んだでショ」


「魔族も死に、歴史や文化を奪われたのだ。どちらの立場にいるかで見えるものも変わってくるだろう。私は魔族の側に立っていたからこそ、彼らの利益を最大化するために動いたまでのことだ」


「ああ言えばこう言う……!」


 ルーザックとツァオドゥがにらみ合う中、間に剣が差し挟まれた。


「おらおら、二人とも、戦争がおっぱじまるぜ! 特にそこの黒ずくめはまた、新しいビックリメカを開発したらしいじゃねえか。さっさとそいつを出して勝負を決めちまえよ!」


 剣王アレクスである。


「そして魔神王を倒したら、俺がてめえにリベンジする」


「そんな実りのないことはしない」


 ルーザックが嫌そうな顔をした。

 彼がリベンジを受けても、何の得もないのである。

 アレクスのこめかみがひくひくと痙攣した。


「もうここで仕留めるか……?」


「やっちまうネ……!」


「だめー!」


「お? 戦争? 内戦?」


 ジュギィとアリーシャが瞬間移動でやって来て、ルーザックの前に立った。

 一触即発の空気になりつつあるこの状況。


 周囲にいたエルフや魔族たちも集まってきて、にらみ合う。


「ばかもーん!! 何をしているのだ!! 下らない小競り合いをしている場合ではない!」


 騎士王スタニックが怒声を上げた。

 まさしく、状況は彼の言う通り。


 人魔連合軍と魔神王の軍勢が睨み合っている状態であり、何かのきっかけで戦いが起ころうという時なのだ。

 かくして、スタニックに仲裁された一同は、すごすごとそれぞれの陣営へ戻っていった。


 この有様では、人魔連合軍の連携などできようはずもないように思えるのだが……。


「実際、連携などなく、めいめいの陣営が勝手に動くだけだからな。剣王など個人でしかないのに、戦況に影響を与える力をもっているからたちが悪い」


『どうしたルーザック、突然』


 新装備を試していたサイクが、ぶつぶつ言うルーザックに尋ねた。


「いや、思えば過去にも、私は会社でこのように人とぶつかり合ってきたなと思いだしたのだ。幸い、我が社には理解のある仲間ばかりがいる。素晴らしい環境だ」


『うむ。お前のやり方で勝ててきたのだ。皆、お前に賭けている。それが滅びに繋がっていようとも、何もしなければ緩慢に魔族は滅びていっていたことだろう。誰も、お前に文句など言わぬ』


「それを聞いて、私は絶対に勝たねばならなくなった」


『負けるつもりなど毛頭ないだろうが』


 目玉だけのサイクが、笑っているように見えた。

 ルーザックは、周囲を見回す。


 魔族たちがルーザックに向ける視線は、輝きに満ちたものである。

 彼らにとって、今目の前にいる男こそが神であった。


 自分たちを導き、成功体験を与え、そして夢にみることもできなかったような場所まで連れてきてくれた。

 魔族とは、基本的に集団で生活するものである。

 アリやハチ、ハダカデバネズミと言った社会生物であると言っていい。


 そんな彼らが頭上に頂いた新たなる王が、ルーザックであった。

 そして眼前にある武装こそ、王が纏う魔族の象徴。


 黒瞳王の白き鎧、ディバインアーマーである。


 戦闘が始まった。

 今まで小出しにされていた魔将が、勢揃いで前に立つ。

 かつての戦闘とは違う。


 魔神王の軍勢は、その全員が必死だった。

 背後では、彼らの神である魔神王が指揮を執っている。


 それぞれの魔将の手柄とか、他を出し抜くとか、そんな事を考えている余裕はない。

 全力だ。


 暴風が吹き荒れ、雷槌が乱れ落ち、炎が戦場を燃やし尽くす。

 常人が立てる戦場ではない。


 人魔連合側は、七王が前に出て戦場を支えている。

 それでも、魔将は七王に匹敵する強さを持つ存在。彼らを相手にして、残り四名の七王が押し返すのは難しい……はずだった。


『なにぃ』


 魔神王が呻いた。

 彼の眼前で展開されていたのは、とんでもない状況だったのだ。

 即ち、暴風が炎を吹き消し、炎で発生した煙や上昇気流で雷を落とす雲が散らされ……。


 つまり、魔将が一度にその異能を発揮した結果、それぞれが潰し合ってまともに成果を発揮することができなかったのである。


『馬鹿か貴様らっ!? 互いで互いの持ち味を潰してどうする!! 真面目にやれ! 普通に考えれば分かるだろうが!!』


『は、はいぃっ!』


『こ、こうなればさらに全力で……!!』


 そしてまた、全力で発動された異能が潰し合う。

 どれだけ魔神王が叱咤しても変わらない。


 この様子を、前線まで出ていたゴブリン偵察隊の無人撮影装置……ドローンが見ていた。

 そして中継が行われ、これをルーザックが見ていた。


「やはりか」


「やはりって?」


「知っているのですかご主人さま?」


 ダークアイの陣地に残っているのは、アリーシャとセーラ、そしてディバインアーマーを管理するズムユーグとドワーフ作業員だけ。

 他の仲間たちは、前線で戦っている。


 例え魔将が互いを潰し合う状況だと言っても、楽な戦場ではないのだ。

 気を抜けば、あるいは魔将が抜け駆けすれば、それだけで一部隊が壊滅する。


 そんな中、ルーザックはじっと、戦場から送られてくる情報を注視していたのである。


「ああ。彼らの組織体制は私がよく知っているものだ。あれはワントップ、トップダウン方式の企業の姿だ。トップがあまりにも強すぎるため、下からの意見を掬い上げることができない。トップが迷走すれば下も迷走する。そして、下からの意見を拾い上げぬトップが、下で起こっている事態を正確に理解しているはずもない。結果、無理解な命令がトップダウンで下され、現場が混乱する。つまり、ブラック企業の一つの姿だよ」


「ほえー。あたし、高校生のまま死んだから分かんないなあ」


「わたくしどもには伺い知れぬ、深遠なお考え。さすがはご主人さまです!」


「旦那はよくこういう訳の分かんねえこと言うからな。だけど、つまりあれだろ? みんな魔神王にブルっちまってるから、誰も意見できねえし逆らえねえ。だからこのやり方じゃダメだと分かっててもやるしかねえんだろ。いい感じじゃねえの」


「ズムユーグは理解が早い。あの体たらくならば、魔神王がしびれを切らしてすぐに出てくるだろう。ディバインアーマーの継戦能力は低い。そのために魔神王のみに当てなければならない。無駄は許されないと思っていたが、まさか彼らがブラック企業だったとは……」


 唸るルーザック。

 彼がやって来た世界には、多い業態である。

 それ以外にも、魔将に当たるポジションの者たちが上に忖度することで、下に負担を押し付ける、成果は上のもの、失敗した責任は下のもの、など様々な邪悪な文化がルーザックの記憶に蘇る。


「魔神王……絶対に滅ぼさねばならない」


「ルーちんが燃えてる!!」


「頼もしいです、ご主人さま」


 そこに入ってくる、魔神王動く、の報告。

 遠目にも分かるほど、戦場が様変わりしていた。


 天が青紫の雲に覆われ、黄金の輝きを放つ何かが遠方より飛来してくる。


「魔神王の到着というわけか。以前とは周囲の様子が違うのは、本来の力を取り戻したということだろう」


「旦那、行くかい?」


「うむ」


 ルーザックは立ち上がる。

 彼が腰掛けていたのは、特別に作らせた折りたたみ式パイプ椅子であった。


 ディバインアーマーは、既に展開済み。

 そこにルーザックは体を収めた。


 彼の肉体に触れた瞬間、ディバインアーマーが活性化する。

 白い巨大な甲冑が光を放ちながら、駆動音を立てる。

 展開されていた装甲が動き、黒瞳王の体を覆っていく。


 頭部が設置された瞬間、そこにある二つのカメラアイが赤い輝きを放った。


「起動完了! 問題ないぜ! 多少の不具合はあったはずだが、旦那の魔力なら力ずくでねじ伏せられるだろう!」


「ご主人さま! ご健闘をお祈りしております!!」


「ルーザックの旦那頑張れー!!」


 ズムユーグが、セーラが、ドワーフたちが声援を送る。


「うーし、んじゃあ、行きますか。そいっ!」


 アリーシャがディバインアーマーの一部を握りしめて、掛け声を放った。

 次の瞬間である。


 ディバインアーマーは、魔将たちの只中に出現していた。

 アリーシャの瞬間移動の能力である。


 視認できれば、あらゆる場所に移動することができる、魔将アリーシャの異能。


『な、なんだ!?』


『白い鎧……!!』


 戸惑う魔将たち。

 アリーシャはこの隙に瞬間移動で後方まで消える。


『ディバインアーマー。コードネームは、ダークアイ……!!』


 白い鎧が呟いた。

 手にしたのは、黒い大剣。

 それが、アーマーによって強化されたルーザックの膂力によって振り回された。


『誰だかは知らんが、この金剛甲冑のアダマスドラゴンが踏み潰してウグワーッ!?』


 魔将最高強度を誇る、金剛石のドラゴンが豆腐を切るように切断された。

 首がごろりと落ちる。


 突如、戦場の一角が開けた。

 巨大なアダマスドラゴンが倒されたせいである。


 故に、戦場の誰もがそれを見た。

 純白の輝く鎧。

 目から放たれる赤い光には、時折闇色の何かが混じる。


『何だ……何者だ、貴様』


 頭上から声がした。

 見上げずとも分かる。

 魔神王である。


「魔神王だ! あれを倒せば、戦いは終わる! 光翼の陣! 矢を放てーっ!!」


 スタニックの声が響き渡った。

 騎士たちが陣形を形作り、強化された矢が放たれる。

 だが、降り注ぐそれを、魔神王は片手を振り抜くことで風を発生させ、ことごとく叩き落とす。


 その姿は、緑の肌に金色の鎧を纏う巨人のもの。

 狂王ラギールを倒したときよりも、ふた周りほど大きくなっている。

 これが魔神王。


『人間どもめ、余に歯向かった愚かさを知れ!!』


 彼が一瞥すると、その視線が光の魔法となった。

 大気を焼きながら光がほとばしり、大地を切り裂く。

 一瞬遅れて、光の奔った軌跡が次々に爆発した。


 あちこちで悲鳴があがる。


『その物言い……。まさしく、世界を知らないブラック企業の社長……! 利益を貪り、社員に利益を還元せぬ社会の害虫!!』


 白い鎧から怒りの声が放たれた。


『害虫だと?』


 魔神王のこめかみに青筋が浮かんだ。


『余を虫と呼んだか、貴様』


『社会に巣食う寄生虫と呼んだのだ』


『もっとひどい呼び方をしたな……!? 貴様、余を虫を呼んだ身の程知らずめ! その場で死ぬが良い!!』


 再び放たれた、光の視線。

 言うなれば、サイクの魔眼光をより強化したような攻撃だ。

 だが、これは眼前にかざされた黒い剣によって両断された。


 弾ける光線も、白い鎧の表面に受け止められて背後までは流れない。

 むしろ、切り裂かれた光線が他の魔将に降り注ぎ、『ぎゃー!』『魔神王様ひでえ!』と被害を広げている。


『その剣は……!!』


 魔神王の目が見開かれる。

 己の攻撃に巻き込まれた魔将のことなど、露ほども気にしていない。


『貴様、にせの黒瞳王か!!』


『部下を心配しない上司にその資格はない!!』


 ルーザック、全く話を聞いていない。

 だが、彼の中の怒りは頂点に達しつつあった。

 彼は、背後にいる魔族たちに向けて手を広げた。


『呼べ、我が名を!! 諸君を導き、標となる私の名を呼べ! そして諸君の労働力を、少しだけ私に分けて欲しい!』


 この声は、ディバインアーマーに装備された拡声機構と、各ゴブリン戦車に搭載された中継装置で、戦場の隅々まで響き渡った。


「ルーザックサマ!」


「黒瞳王様!」


「うおー!! 偉大なる我らの主ーっ!!」


「ルーザック殿!」


 あちこちから、声が上がる。

 そして声とともに、光り輝く何かが戦場のあちらこちらから舞い上がってくる。


 それは白いディバインアーマーへと降り注ぎ……。

 その全てを、白い鎧から広がった漆黒のマントが受け止めた。


 光が、闇に変わる。

 黒い光、としか呼ぶ他ないものを纏い、ディバインアーマーはふわりと舞い上がった。


 剣を構える。


『黒瞳王ルーザック、ディバインアーマー・ダークアイ、出る!!』


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る