第115話 魔神王動く

 人魔大戦の戦況は大きく変わった。

 魔将がある局面において、打ち倒されるようになったのである。


 とは言っても、あくまでそれは、七王が絡んだ場合と、ダークアイが最近入手したらしき強力な個人戦力が投入された時だけ。

 それ以外の戦場では、魔神王の軍勢が個々の強さで優るため、力押しでやっていけている。


『ふん』


 闇の奥深くにある玉座にて、魔神王が報告を聞く。

 彼は、世界の全てを侮っていた。


 魔神の直系たる初代黒瞳王。

 それが彼である。

 半身どころの話ではなく、新たに生まれ落ちた神そのものなのだ。


 故に、神に届かぬ定命の者を侮る。

 魔神王は傲慢であったが、その傲慢に見合うほどの強さを持ち合わせてもいた。


 だからこそ彼は、手勢である魔将を召喚した後、彼らに戦いを任せて惰眠を貪っていたのだが。


『なぜ、我が軍が敗れている? 貴様ら魔将はそこまでの腑抜けだったか? 余の力で蘇る際に、生前の力をどこかに落としてきたのか?』


『い、いえ、滅相もございません!!』


 居並ぶ魔将たちが弁明する。

 その全てが、最上位の魔族。

 ダークアイであれば、サイクロプスに匹敵する強大な存在である。


 その全てが、目の前に鎮座する男、魔神王を恐れていた。

 

『貴様ら、なぜ個別に出る。まとめて行け。死んだら余が復活させてやる。それでよかろう? なに、フロストギガスがおらぬな。どれ』


 魔将の中に見知った顔が無いことに気づき、魔神王は魔力を放った。

 魔将とは、言うなれば彼が作り出した人造魔族とでも言うべき存在だ。

 故に、魂さえ残っていれば何度でも蘇らせることができる。


 しかし、フロストギガスは戻ってこなかった。


『なに……?』


 魔神王が訝しげな顔をする。


 これに対して、ツーヘッドガルーダから進言。


『フロストギガスのやつ、アタシがやられる前に偽黒瞳王のやつに突っ込んでいったみたいでしたケド』


『ほう。貴様は真っ先に殺され、フロストギガスがどうなったかを見ていないと』


『はい、まあ、そういうカンジで』


『使えん奴だ。フロストギガスに何があった? これは、こやつ、魂までも滅ぼされておるぞ。これはつまり、浄化の力だ。あの忌々しき神の力と同質のもので、魂を直に殴られたのだ』


 魔神王が解説すると、魔将たちが、ほー、とか、へー、とか言った。

 苛立った魔神王が、肘掛けを殴る。

 そこが砕け散り、魔将たちが静かになった。


『他人事でおるのではない!! 良いか! 貴様らは余が復活させるからこそ、今前無謀でぞんざいな戦い方をして来たのだろう! だが、敵には貴様らを滅ぼすことができる存在がいる! これまで通りの腑抜けた戦いなどをしてみろ。余の手勢たる貴様らは、その頭数を減らすばかりとなるだろう……! 新たに魔将を作り出す手間がどれほど掛かるか分かっておるのか? 戦闘経験を積ませ、人格を作らせ……とてもとても、それだけの時間を掛ける余裕など無いわ!!』


 怒声である。

 何気に魔神王、ちょっと苦労していた。


 父たる魔神は、星の外の債権者である神々との折衝に追われており、ディオコスモ侵略如何は彼の手に掛かっている。

 魔神王は傲慢であり、惰眠を貪る。

 だがそれは、七王の数が減じたと知り、その上で父たる魔神より、今代の黒瞳王がさしたる力も持たぬ半端者であるという情報を聞かされていたからだった。


 手にしている敵の情報と、現状には、あまりにも乖離がある。


 魔将を次々と撃破し、さらには、そのうちの一柱を滅ぼすような男が半端者の黒瞳王なのか?

 ありえぬ、と魔神王は結論付けた。


 そして七王。

 かつて黒瞳王であった自分を倒した七人の英雄たち。

 神の力を帯びて、人智を越えた能力を発揮する、神の側の魔将とでも言うべき存在だ。


 それらのうち、欠けたるは三名。

 一人は魔神王が自ら手にかけた。


 半減した彼奴らなど、敵ではないと魔神王は考えていた。

 魔将となった存在には、成長はない。

 完成された存在だからだ。


 奴らは七名揃って、初めて魔神王と互角。

 三名が永遠に欠けたのならば、それは魔神王と戦う力を失ったに等しい。


『勇者どもめ。黒瞳王と手を結んだか』


 魔神王の口から、かの偽物を黒瞳王と認める言葉が出て、魔将たちが驚きざわついた。


『そもそも、待て。どうして、余には遠く及ばぬ半端者であろう黒瞳王めが、勇者共の一角を二つも削り落とすことができた。あれは父の言う通りの半端者なのか? 何か、致命的なものを見落としてはおらぬか?』


『魔神王様が傲慢らしからぬ物言いを……』


『あんな小さい者たちを、そこまで気にせねばならぬ理由があるのか?』


『馬鹿者どもが!! 貴様らが! 不甲斐ないから、余がこうやって考える羽目になっているのだろうが!! もうよい! これからは余が直々に出る! 魔将ども、余の手を煩わせねばならぬ己の無力さ、馬鹿さ加減を知れ!』


 憤慨し、魔神王は立ち上がった。


 かくして人魔大戦は新たなフェーズへと移行する。

 これまでの戦いは小競り合いに過ぎない。


 魔神王自らが出るということは、全軍が彼の後ろに従うということなのである。

 即ち……。





 ダークアイの地にて。

 コーメイが、魔神王の軍勢の動きを掴んだようである。


「どうやら、かの軍勢に動きがあるようですな。これまでとは次元の違う規模での侵攻を行おうとしている様子。国境線にて、森や谷を押しつぶしながら魔族の大軍勢がやって来ているのを、ゴブリン偵察隊が確認しました」


「よし、ついに魔神王が動き出したと見ていいだろう」


『なるほど、由々しき問題だぞ。いつか来るとは思っていたが、あの方が動き出したと見ると、もう、うかうかしてはいられん。大丈夫なのかルーザック』


 サイクが心配そうである。

 魔神王の力を直接知る身として、今の主を案じているのだ。


「問題ない。今現在、ジュギィで得られたデータを活用して、急ピッチで私のためのアーマーを作成している。だが……色彩を白を基調にして作らねばならないのことが、何よりも気がかりだ……」


 ルーザックが沈痛な面持ちを見せた。

 ちなみに、ダークアイの幕僚は誰ひとりとして、そんなルーザックの悩みを理解できない。


「またルーザックが頭のおかしいことを言ってる。だけど、このところのジュギィの戦いぶりを見たら、確かに希望は湧いてくるよね」


 ピスティルが口を開いた。


「ジュギィ、魔将を次々に蹴散らしてるじゃない。最近はアーマーを壊さなくなったから、コントロールが上手くなったの?」


「うん! 全力だとね、アーマーが壊れちゃう。だけど、敵のすっごく遠くまで攻撃が届いたーって感じがしたの。今はあんまりしない」


 これは重要な指摘である。

 ディオースは、ジュギィの感覚の意味を理解している。


「ジュギィがアーマーの破壊とともに倒した魔将が、あれ以降姿を見せていない。つまり、魔将は一定以上の破壊力で倒すことで、完全に滅ぼせると考えていいのではないか?」


 ズムユーグが反応する。

 簡単にアーマーを用意できると思われては敵わない。


「だがな、ディオース。あれ一つを作るために、めちゃくちゃ手間暇が掛かるんだ。ジュギィ用の簡素なやつでもだぞ。それからな、あれの名前は決まってる。“ディバインアーマー”だ。そいつを纏っているやつがどれだけ人気かで強さが変わるぞ」


「なんとも不確定な装備だな……。ジュギィが試験装着者に選ばれた理由が分かる。この子はゴブリンとオークたちから信仰にも似た信頼を勝ち得ているからな。あれで魔将を倒せるとすれば、それを超越する魔神王と戦うには……。ルーザック殿しかおるまいな」


「うむ。不本意なことに……私が白いディバインアーマーを身に着けねばならないのだ……」


 ルーザックがとても悲しそうに言った。

 誰も、彼の悲しみが理解できない。

 いつものことだが、一体何を言っているんだこいつは、という顔になるダークアイの幹部たちなのだった。


 ズムユーグは会議の席から立ち上がると、首をコキコキ鳴らした。


「じゃあ、俺はまた作業に戻るぜ。ドワーフの職人を総動員してな。旦那のディバインアーマーを作ってるんだ。俺らダークアイ全ての信仰を受け止める装備だぞ。これまでの強度じゃとても持たねえ。旦那のあの、やたら頑丈な剣を参考にしてな、強度を近づけるようにしてる」


「楽しみだ。少し黒く塗ってもいいかね?」


「ダメだ、信仰を集める力が落ちる」


 ズムユーグに却下されて、ルーザックががっくりした。


「白は主人公側のカラーではないか……。私は昔から、悪役のカラーが大好きだったというのに」


 ルーザックの嘆きをよそに、ダークアイは着々と、切り札を完成させつつあるのだった。

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