第114話 スーパージュギィ
人と魔の戦いは、熾烈を極めていた。
騎士王国と神王国の部隊が参戦し、魔神王への戦いを始めたのである。
ダークアイに翻弄されていた魔神王の軍は、窮地に立たされた。
ここで魔神王の軍は、驚くべき策に出る。
互いに牽制しあい、共闘しなかった魔将たちが徒党を組むようになったのである。
これに対し、ダークアイも七王の軍勢と共闘体制に入り、戦闘は激化の一途を辿っていく。
「我々、ダークアイの幹部が戦場に出られぬ状況が続いたが、戦況はどうだね?」
ルーザックが神を伴って現れると、ダークアイの作戦本部に緊張が走った。
「魔将が連合軍を結成しまして、攻撃を行っていますね。複数のタイプの敵との会戦は対処が困難で、苦戦を強いられていますよ。複雑な対応策を取らねばならないのが辛い。マニュアルがあっても、複雑化すると、そいつは担当者が読み解けるかどうかに掛かってきます」
報告したのは、なんと人間である。
騎士王の元から出向し、ダークアイの一軍を指揮するようになった、元水竜騎士団団長ヒューガ。
ルーザックと幹部連なき戦場を、彼が支えていたのだ。
「俺の戦法はゲリラですからね。相手のペースに付き合わず、一方的に攻めるのは得意なんです。今回も攻めに回っているとは言え……敵が異形過ぎて、お得意の戦法が通じてないんですよ」
「だろうな。敵軍の情報を集めたとしても、魔神王の軍勢はあまりにも多彩過ぎる。いちいち付き合っていては、マニュアルが膨大になる」
「全くです。あ、そちらは?」
「神氏だ。我が軍のスーパーバイザーを務めてもらっている」
『神じゃ』
「えっ!?」
ヒューガが、とうとうこの黒瞳王狂ったか、という顔をした。
だが、確かにルーザックが連れてきた男は神々しい光を放っているし、神と言われたら信憑性がある気がする。
「神って……。俺たちも神を信仰してるんですけど。対象がこの人ですか」
『わしだ』
「フランクに出てこられると信仰心を持ちづらいなあ」
「信仰心は神秘性が担保しているのかもしれないな」
『難儀だのう』
「あんたが言うな」
わいわいと騒ぎながら、遠眼鏡を手に取る三名である。
ここからは戦場が望める。
今回は、ダークアイと騎士王国ガルグイユ連合軍による、魔神王軍との会戦が行われていた。
少しずつ、ダークアイ側へと領土を広げていっている魔神王の軍勢。
これを挟撃する形の戦闘だった。
ルーザックが直接戦場に出向かなくなって久しい。
こうして戦況を遠方から観察して、作戦を立てる日々だ。
「今日の戦いは少々違うぞ」
「違うって、何がですか」
「ついに、フォルトゥナの技術力を得た新兵器が完成した。それのお披露目を兼ねている」
「フォルトゥナの……? 何かありましたかね」
ヒューガが首を傾げる。
彼にとってフォルトゥナとは、法王クラウディアの使う神聖魔法と、彼女に付き従う神兵という特殊戦力のみの存在だと認識だからだ。
この神兵とは、フォルトゥナの住民の魂を分けた、ゴーレムのような存在だ。
今回の戦いは、フォルトゥナは参戦していないために神兵の姿はない。
オークの部隊たる魔猪騎士団。
そしてゴブリン戦車隊。
騎士王国の騎士団が参加している。
「それは見てのお楽しみだ。私が戦場に立たなくなった理由もそこにある」
「いやいや、普通王様は戦場に立たないでしょう」
「そうなの?」
「そうですよ。今までダークアイは戦力が少なかったんでしょう? ガルグイユが忍ばせたレジスタンスが気付いたら乗っ取られてるし。情報戦でこっちを撹乱してくるし」
「常に総力戦のようなものだったな。だから、今現在の連合軍になって一息つけている。私が戦場に立たない理由はそれだけではないが」
「そうなんですか!?」
「あまり戦場で切り札を見せ過ぎると、魔神王に伝わるかもしれないだろう」
「最終的に戦場に立つ気なんですねあなた」
「我が社の兵器は、使用者の魔力に応じて戦力が変わるのだよ。ゴブリン戦車も、ゴブリン二名で運用している。ここから、魔猪騎士団、戦馬騎士団と必要な魔力量が上がって、そして鋼鉄兵団とダークエルフが通常戦力の最大必要魔力量の兵器を運用している」
「はあはあ。よく分かりませんけど凄そうですな。確かに俺ら水竜騎士団が突っ込んだ時、オークたちが思わぬ防御力を発揮しましたな。後はあのちびっこがとんでもねえ強さでしたよ」
「うむ、ジュギィだな。彼女の魔力量は、通常のオーガの十倍に匹敵する」
「とんでもねえ」
「これを発揮すべき専用の武装を開発したが、あれは試作型で」
「アレが試作型!?」
ヒューガの相槌がいい感じで入ってくるので、ルーザックは実に楽しそうに喋ってしまう。
ダークアイの企業秘密である。
「うむ、最新の装備にはフォルトゥナの技術を用いてブラッシュアップしてある。彼女で試した後に、私が本来の魔力を使えるようにする」
「だからそのフォルトゥナの技術ってなんなんですか」
「私とジュギィくらいしか活かせない技術だ。私は量産型を揃えて攻めるのが好きなのだが、やむを得ず専用機を強化する施策に走ってしまった」
「意味わからないんですが!?」
『つまり、信仰の力だ』
途中で解説を変わる神。
最近、下界の者たちと交流するようになって、お喋りが楽しくなってきているらしい。
『だが、黒い色は魔神王側の色なので、神の意見で変えてもらった白に』
「白はどうかなあと思ったのだが……。だって連合側のカラーじゃない……?」
『神の色なの。これにしないと手を貸さないって言ったでしょ』
「あの、神様、仮にも敵だった魔王と仲良すぎません? そりゃあ、休戦状態ですけど」
「うん? 魔神王を倒したら、神とはまた敵同士だが?」
『その通り。神の力をもって魔族をこの世界から駆逐してくれよう』
真顔で返す、ルーザックと神。
ヒューガには、彼らの関係性が全くわからない。
こんなに仲良さそうなのに、魔神王を倒したら敵同士になるとか正気か、などと思う。
昨日の敵は今日の友かも知れないが、今日の友は明日の宿敵であるということだろう。
そして、そんな神と黒瞳王の技術力を結集して作り上げたという、試作品とは……。
「今日の魔将は……フロストギガスか」
「何度か倒しているはずですけど、復活するんですよねあいつ」
「魔将は魔神王によって修復されるのかも知れないな。魔神の力を無尽蔵に使えると考えるべきだろう」
「そいつは……キリが無いですね」
「うむ、局地戦で勝利を続けていても意味がない。こちらの損耗度が上がっていくだけだ。今回のジュギィの成果で、いよいよ魔神王の土地に攻め込む算段がつく」
鈍足のフロストギガスは、氷の軍勢を先行させて後から追いつき、その力を振るう戦闘スタイルである。
今回は、風の魔将ツーヘッドガルーダとの共闘だった。
魔将二体ともなると、苦戦は必至。
しかしそれでも、ダークアイと七王の軍の連合だからこそ苦戦で抑えられるのだ。
風の軍勢と氷の軍勢が時間を稼ぎ、上空からツーヘッドガルーダが風の魔法を雨のように降らせる。
そこに到着するフロストギガス。
通常であれば、二体の魔将を相手取ることは困難である。
詰みと言っていい。
単体の魔将であればその実力を発揮できぬようにして抑えきれるものの、それは実力で魔将を倒せているわけではない。
現在、単騎で魔将を倒せるのは七王クラスのみ。
フロストギガスが、到達とともに戦場を氷の大地に変える。
空には嵐が荒れ狂い、どこにも戦場など無い。
絶望の戦場である。
だが、この二体の魔将の前に立つ小さな影が一つ。
真っ白な甲冑に身を包んだ少女が、堂々と胸を張る。
『ゴブリンロード風情が、魔将の前に立つか!』
フロストギガスが吠える。
『『弱小弱小! 単体でアタシたちを抑えられると思ってるの!?』』
「勝つよ!!」
ジュギィの宣言を聞いて、魔将二体は一瞬呆気にとられ、次いで爆笑した。
『不遜なり、ゴブリン! 最下級の魔族に毛が生えた程度の者が、生意気を抜かす! よし、ここで貴様を氷漬けにして、バリバリと食らってくれよう!』
『『ちょっと! あれはアタシたちの獲物よ! いただくわあ!!』』
襲いかかる、氷と風の魔将。
ジュギィはこれらを見上げて、手を組み合わせた。
祈りである。
彼女が祈るのはただ一人。
「見てて、ルーザックサマ!! みんなーっ!! ジュギィを信じてーっ!!」
ジュギィの声が、鎧に装備された増幅装置によって、戦場に響き渡る。
「ジュギィサマ!!」
「ジュギィサマ、ギィール!」
「ジュギィ様ーッ!!」
「ジュギィ様、勝てーっ!!」
ゴブリン戦車部隊が、魔猪騎士団が、彼らの主であるゴブリンロードを思い、祈る。
彼女の勝利を信じる。
それこそが信仰である。
一つ一つは小さな魔力でも、それが束ねられれば無視はできぬほどの力となる。
フロストギガスの氷のブレスが、ツーヘッドガルーダの風の刃が到達する瞬間。
ジュギィの姿は、成長した女性のものになっていた。
真っ白な鎧が拡張され、内蔵されていたドレスのようなパーツが展開されている。
パーツは祈りを受けるアンテナだ。
祈りとは魔力。
仲間たちから託された魔力を得て、それが黄金に光り輝き始める。
『『ちょっと、何よあれっ……!?』』
それがツーヘッドガルーダの最後の言葉となった。
ジュギィが真っ白な閃光となって飛翔する。
風の刃を粉砕しながら、飛び立った閃光は風の魔将の頭部に突き刺さる。
爆発が発生し、魔将の上半身が消滅した。
これは、超高密度のスプライト召喚を行いながら、突撃を行ったのである。
突撃の速度と強度がこれまでのジュギィの比ではない。
敵の肉体に炸裂すると同時に、召喚された大量のスプライトが破裂し、大爆発を引き起こす。
『なんだと!? だが、全方位を氷で埋め尽くしてしまえば問題なかろう!! 魔神王様、この辺りは使い物にならなくなりますが、お許しくだされ! コール・コキュートス……!!』
即座に、戦場における全ての対象の殲滅を判断するフロストギガス。
だが、彼の魔法が発動する前に、ジュギィが目の前にいた。
それは、金色に輝く瞳。
ゴブリンロードという域を超越した何かと、氷の巨人の目が合った。
『お前は……!!』
「バイバイ!!」
ジュギィの両手が、激しく打ち鳴らされた。
猫騙しから発する、強烈な衝撃波。
それが、フロストギガスの巨体を吹き飛ばした。
『ぬおおおおおおおおっ!?』
一拍遅れて、巨人の魔法が発動する。
空気が凍りつき、空がキラキラと煌く。
そこに向かって無数のスプライトの突撃が加えられる。
ジュギィのあまりの速度に、スプライトの追随が追いつかないのだ。
それ故の時間差攻撃。
小妖精スプライトと言えど、圧倒的な魔力を与えられれば、それは大精霊の破壊力に匹敵する。
激しい打撃がフロストギガスの全身を打ち据え、打撃の雨の中を白と金に輝く衝撃が抜けてくる。
振りかぶった拳が、視認できる限界速度を超えて放たれ……。
フロストギガスの顔面に炸裂した。
一瞬遅れて、炸裂した光景がやってくる。
さらに遅れて、音がやってきた。
そして最後に、衝撃波がきた。
『ばっ』
それだけ発して、フロストギガスの全身が爆ぜた。
全身がダイヤモンドダストの輝きになって、空気中に霧散していく。
戦いが終わる。
ジュギィの体を包んでいた鎧は、全てがボロボロと崩れ落ちていった。
あとに残るのはゴブリンの少女。
彼女は「うーん」と唸ると、その場に大の字になって倒れてしまった。
「つ、つかれたあ……」
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