第113話 開発開始

「ということで、神王国から戻ってきたのだが」


『おう、お帰りルーザック。して、その手にしている巻かれたものはなんだ』


 サイクが尋ねる。

 ここはダークアイの都。

 彼らが居城としている教会跡と、隣接された大工房である。


「これは魔法陣だ」


『魔法陣……?』


 巨大な目玉が傾いた。

 首を傾げたようなものだろう。


 その場にいるディオースも、訝しげな顔をする。

 そしてルーザックの隣りにいる人物を見て、さらにダークアイ幹部たちは混乱した。


 フリフリのフリルがついたドレスを纏い、ほんわかした雰囲気を漂わせた人間の女だ。

 法王クラウディアその人である。

 なぜかダークアイの都までついてきてしまったのだ。


 七王がこの土地にやって来るのは、なんと初めてになる。


「ついてきちゃったんだよねえ」


「ついてきちゃった、じゃないですよ。敵の王の一人ではありませんか。魔神王を倒したあと、再び敵対関係になるであろう相手ですよ」


 コーメイが動揺しながら、メガネをクイクイさせた。


「諸君、落ち着きたまえ。彼女を連れてきたのには理由がある。現在我々は、魔神王配下の魔将を各個撃破して戦っている。だが、これは敵が功を焦っている流れに便乗しているに過ぎない」


 ルーザックが話し始めると、一同、またいつものが始まったな、と言う雰囲気に包まれる。

 完全に慣れた空気なので、確かに落ち着いた。


「この流れは永遠に続くものではない。敵はバカではない。本当にバカなのかもしれないが、バカであることを期待してこちらが戦うための工夫を怠っていいわけがない。相手がバカでなくなった途端に、我々は窮地に追い込まれるだろう」


「流石社長、その通りです」


 うんうん、と頷くコーメイ。


「現状はある意味では膠着状態である。この状況下のうちに、次なる手を打っておかねばならないということだ。それは即ち……」


「新兵器開発だな!」


 ズムユーグがポンと手を打つ。

 物分りが早い。

 今まで、ダークアイの誇る兵器を次々に開発してきた、開発部長だからこその気付きである。


「つまりだルーザックよ! あんたがその女を連れてきたということは……」


「その通りだズムユーグ。法王クラウディアはここについてこねばならぬ理由があった。それこそがこの魔方陣」


 ルーザックが、魔法陣をするすると展開する。

 豪奢な絨毯の表面に、魔法陣の形に模様が編み込まれているものだ。


 神王国フォルトゥナが誇る、神へ祈りを捧げる祈祷陣。

 それの最高級のものだ。


 これは祈りを神に届けるだけが使い道ではない。

 むしろ、逆の使い方こそが祈祷陣の本領。


「お待たせした!」


 ルーザックが高らかに告げる。


「規定の時間になったので、会議を始める! 本日はスーパーバイザーとして彼をお招きした! どうぞ! 神よ!」


『うむー』


 どこからか、厳かな唸り声が響き渡った。

 次の瞬間である。


 ダークアイの空が真っ二つに裂けた。

 天から、まばゆい輝きが降り注いでくる。


 ダークアイの地に暮らす者たち誰もが、それを見た。

 空から降り来る光は、まるで大地に追突する隕石のような形をしていた。


 それがゆっくり、ゆっくりとやって来る。

 城の天蓋を、何もないかのようにすり抜けて、光は降り立った。


 真っ白な衣を纏った、白髪、白髯の男。

 神である。


 ダークアイの魔族たちは、一瞬、誰もが思考停止した。

 目の前にいる存在がなんなのか、よく分からなくなる。


『……神?』


「神だ。諸君、拍手」


 ルーザックが率先して拍手をする。

 ジュギィがニコニコしながら、追随した。


「はくしゅはくしゅ!」


「神様いらっしゃーい」


 アリーシャはいつものノリだ。


 ダークアイに残った面子の中で、真っ先に正気に戻ったのはコーメイだった。

 元が人間だけあって、固定観念が薄い。


「なるほど! 社長の新たなる取引相手ですか。いや、スーパーバイザーということは、今回の開発に携わってくださる? なるほど、流石……」


 彼が拍手をしたので、唖然としていたディオースもグローンも、形だけは拍手した。

 ズムユーグは何がおかしいのか笑い出し、ばちんばちんと手を叩く。


 サイクだけがずっと傾いたままだった。

 完全に思考が真っ白になっている。


「良かった。神様は受け入れられたのですね……。良かったですね神様」


『うむ、魔族がこうもフレンドリーだとは思ってもいなかったわい……』


 神がホッとした口ぶりである。


「では席に。これより、スーパーバイザーとして参加した神氏とクラウディア氏の協力を得ての、新兵器開発会議を行う」


 ルーザック、相変わらず場の空気というものを読まない。

 一方的に会議開催を宣言して、席についた。


「さすがルーちん、人の心がない」


「ルーザックサマ、黒瞳王だから!」


「そうだねー。人じゃないもんねー」


 アリーシャとジュギィの会話をよそに、会議が粛々と進行していく。

 ルーザックが提案したのは、今までにない兵器であった。


「魔神王の戦力は未知数だ。だが、弱っていたとは言え、狂王ラギールを一撃で倒したあの戦闘力。その場にいた誰もが彼の出現に気付くことができなかった、あの隠身能力。これらは驚くべきものであると言えよう。そして、魔神王に従う魔将の実力も、一体一体がサイクに匹敵するレベルであると考えていい」


「うむ。そいつは確かだ。わし一人では、悔しいが魔将を倒せん」


 オーガのグローンが歯噛みした。


「以前も、ゴブリンが囮になってくれてな。あやつの犠牲がなければ作戦を十全に行うことはできなかっただろうよ。戦力の増強は必要だ」


「我々ダークエルフとしても同意だ。だがルーザック殿。どうやって戦力を引き上げる? 魔力による強化は限界に達しているぞ。これ以上魔力を引き出すようにすれば、魔族の生命を脅かすことになる」


 ディオースの発言に、ルーザックが頷いた。


「いかにも。そして我が軍は、自己犠牲を良しとしない。作戦行動を継続して展開できる戦力をアップさせる。これが今計画の狙いである。ここに私が旅の途中で書いたレジュメがある。目を通してくれ」


「私がお手伝い致しました」


 メイドゴーレムのセーラが、どことなく得意げである。

 ピスティルも手伝っているのだが、彼女は甲斐甲斐しくルーザックを世話したなどと思われるのは心外なので、黙っていた。


 さて、書類に目を通した幹部たちは、驚きに目を見開き、唸り声を漏らした。

 そこに記されていた新たな兵器の計画は、彼らの想像を越えていたからである。


「なあるほどな!! それで神を呼んだのか! いや、なんで神が当たり前みたいな顔してルーザックの旦那の横にいるのか、今でもさっぱり分からねえんだが、なるほどだ!」


 ズムユーグが興奮して立ち上がる。

 そして書類をバンバン叩いた。


「内側からの魔力に限界があるなら、外から注ぎ込めばいいってことだな! その通りだ! 世界に満ちている魔力を使うのが陣形なら、他人が持ってる魔力を集めるのがこいつか! 信仰の力! 旦那、あんた、魔族たちの信仰を集めて束ねて、あの魔神王とやりあうつもりなんだな!?」


「いかにも、その通り!」


 ルーザックが肯定した後、ここで説明を変わる神。

 クラウディアではない。

 神が直々に語るのである。なぜならクラウディアは大勢を前にすると上がってしまい、上手く喋れなくなるからだ。


『神は信仰の力を得て存在している。無論、信仰がなくても問題はない。だが信仰があった方が、より安定して力を発揮できる。お前たちも同様。信仰とは魔力と変わらぬ。これを受け取り、力に変える仕組みを作ることができれば魔神王とも戦えるだろう。12ページめを見て下さい』


 ページをめくる音が会議場に満ちる。


『そこに書いてあるのが神に信仰による魔力を供給するための祈祷陣。ただこのまま使うと、神に祈りが流れ込む。黒瞳王に魔力が流れるように調整をして使うように。それからこれは固定された地面か、布に記さねば効果を発揮しない。そこは注意するように。以上だ』


 神は語り終えると、ふうと一息ついて、セーラが淹れたお茶を飲んだ。

 神の汗らしきものを、クラウディアが甲斐甲斐しく拭っている。

 こうしてみると、おじいちゃんと孫のようにしか見えない。


「こいつはいけるぜ旦那! よし、任せてくれ! だが、祈祷陣って言ったか? どうやってこれを使ったもんかなあ……。地面か布だけって……」


 腕組みするズムユーグ。

 そんな彼らの中で、アリーシャが笑いながら一言漏らした。


「あれじゃない? マントに祈祷陣つけて戦場でひらひら~って。わははは、戦場でマント! ありえない」


 自分の言葉で受けて、笑い出した。

 だが、これを耳にしたルーザックとズムユーグと神の目は、「それだあ!」と語っているのだった。


 

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