第112話 神

 神王国フォルトゥナの大神殿。

 これこそが、この国の中心……いや、神の力を得て黒瞳王を打倒した七王たちの、原点と言える場所である。


「ここに私たち七人は召喚されました」


 クラウディアが指し示す、広大な空間。

 白かったであろう石畳は劣化し、どころどころひび割れている。

 それらの中央に、大きく窪んだ場所があった。


 知る者が見れば、ミステリーサークルのようだと形容したかも知れない。


「ミステリーサークルだな」


「ミステリーサークルだねえ」


 ルーザックとアリーシャが普通に知っていた。


「ご存知でしたか。私たちがこの土地に降り立って、あの戦いが始まりました。神は魔族によって住む土地を奪われ、追い詰められている人間を哀れに思ったのです。私たちは人間を救うための最後の希望でした」


「最後の希望ねえ……」


 ピスティルが半眼になる。

 フォルトゥナという国を成立させている、人を人とも思わぬシステムを理解すれば当然の反応である。


「でも……神がそう仰ったので……」


 仕方ないんですぅ、という感じで上目遣いしてくるクラウディア。

 こめかみに青筋が浮かぶピスティル。


「こっ、この女ムカつくんだけど!! なんかこう! すっごく癇に障るーっ!!」


「どうどう、ピスティル落ち着いて下さい」


 セーラが後ろから羽交い締めにした。


「んー」


 ジュギィが物珍しそうに、神殿の中を見て回っている。


「こっちは?」


「そちらは私の部屋です……。プライベートルームなのであまり入らないでほしいです……」


「へー」


 ガチャッと扉を開けるジュギィ。


「やめてええ」


 悲鳴をあげて駆け寄るクラウディア。

 平和な光景だ。


 だが、ルーザックはこの平和が、薄氷一枚のものに過ぎないことがよく分かっていた。

 ミステリーサークルの中心に立った時、覚えのある圧迫感のようなものを感じたからだ。


「ここから繋がっているのだな、神よ」


 見上げる。

 ミステリーサークルの直上は天井のはず。

 だが、そこから見上げる光景は、空だった。


 天井に穴など空いていない。

 しかし、空が見え、連なる雲には穴が空き、遥か上空まで続いている。


「出てきたまえ。意思決定をしない君の部下に任せきりにして、顔も出さないのでは経営者精神にもとるとは思わないのかね」


 物凄い挑発もあったものだ。

 アリーシャが一瞬唖然として、次に手を叩いて笑った。


 ルーザックが天に唾吐くような行為をしたことで、クラウディアが真っ青になって駆けつけてくる。


「な、なんてことを言うのですか……。神様が怒ったら色々大変そうじゃないですか……」


「神だろうとなんだろうと、一つの組織を率い、束ねる長に違いはない。私もまた、ダークアイという会社を運営する社長だ。経営者同士が顔合わせを行うことは何も不思議なことではない」


「会社じゃないと思います……」


 クラウディアの抗議はルーザックに伝わらない。 

 だがどうやら、伝えるべき相手には届いたようだった。


 突如として、神王国から音が消えた。

 静寂の中、大神殿の劣化した石畳が真っ白な新しいものに置き換わり始める。


 ミステリーサークルを中心として、その異変は発生していた。

 空間を覆っていた、一見して古びたようなテクスチャが剥がれ、本来の姿を見せ始めているのだ。


 フォルトゥナに暮らす人間たちは動きを止め、彫像のようになった。

 もはやこの国に、意識を持って立っている人間はいない。


「神が……降臨されます」


 クラウディアが天を仰ぎ、祈りの形にその手を組み合わせた。

 そして神がやって来る。


 パイプオルガンのような音が聞こえた。


「何これ?」


「神の音色です」


 アリーシャの疑問に、クラウディアが答える。

 そしてルーザックが、


「なるほど、社歌だな」


 と理解する。

 クラウディアが大変に不満そうな顔をした。


 そんな彼らの目の前に、真っ白なローブを纏った巨人が出現した。

 トーガを思わせるようなローブはそれ自体が光り輝いている。

 見上げるような高さに、穏やかそうな白髪、白髯の男の顔があった。


『よもやこの神を呼びつける魔王が現れるとは、思ってもいなかったぞ』


 神はそう告げ、ルーザックを見下ろす。


「同盟を結んだ仲だ。どちらが上、下ということもないだろう。私はこういうものです」


 ルーザックが懐から、手のひらサイズの木製容器を取り出す。

 その中には、名刺が収められていた。


 差し出される名刺。

 神が身をかがめ、それを受け取った。


『おかしな魔王だ……』


「そうです。この人は変なんです……」


 クラウディアに言われたくはない。

 

「私は七王の側の盟主であろう君に挨拶と、そして今後の戦いについての相談にやって来たのだ」


『ほう。この神にか。だが、残念だったな』


 神は片眉を上げる。


『地上の些事は全て、信者たちに任せている。大地に暮らす者たちが、己の意志で生き、足掻き、そして掴み取ることこそが生の本質。神が手出しするものではない』


「なにそれ!」


 アリーシャが憤慨した。


「無責任じゃない? っていうかあんたが七王を召喚して、しかも元の世界に返さなかったんでしょ? 最初に手出ししたのあんたじゃん!」


『世界のバランスを保つためである。魔神が己の子を遣わし、ディオコスモの平穏を見出した。神はそれに対抗するために七人の勇者を呼んだ。魔神の子は最初の魔王として打ち倒され、七人の勇者が世界を統べた』


「召喚した後のことは、君の手を離れて行われたということか」


『然り。クラウディアのみ、神の使いであるがゆえに請われれば力を与えた』


「ふむ。作戦タイム」


 ルーザックが片手を上げて宣言した。

 クラウディアが目を丸くする。


 ダークアイ側の人員が集まり、角を突き合わせてワイワイと話し合いを始める。


「どう思う? 私が見るに、あの神氏は己の責任を取らないタイプの経営者だ。いや、経営から手を引いた会長ポジションだろうか。だとすると、現場に口出ししてこないことは評価できるかも知れない」


「ルーちん! この国のひっどいシステム見たでしょ! 人間を電池にして国と神を養ってんじゃないの? 責任は取らないけど養分だけはチュルチュル吸い上げますよって最悪でしょ!」


「確かに」


「なんかねー、アリーシャ、あの白い大きいのは好きじゃないなあ。全然他の人を好きになってない感じする」


「アリーシャが直感的に感じたものは正しいかも知れないな。神に取って、全ては駒なのかも知れないな。いや、それにしては自ら采配しないが」


「ご主人さま。私が愚考しますに、彼は最初にシステムだけを組み上げて、あとはそれがどういう形に結実していくかを見守っているだけなのではないでしょうか。だから呼び出されて不機嫌なのです」


「うへえ、ろくでもないね」


「だよねえピスティル」


「ふむ……。つまり箱庭を眺めてまったりしているだけの存在で、フォルトゥナのシステムを作り上げて最低限のエネルギーは確保した上で、今はもう何もする気はないということか。ではまさしく、名ばかりの会長職みたいなものであろう。会社も節税のために、家族を役員にして報酬を支払ったりするものだからな」


 どうやら結論が出たらしい。

 この場の面々は、全ての選択をルーザックに委ね、その決定を支持することにした。


 ルーザックが戻ってくる。


「では神よ。君は今現在の世界を運営する立場には無いということだな」


『その通り。全ては人間に任せた』


「もしや、世界を創生し、運営し続け……飽いたか疲れてしまって放置しているのでは」


『ぎくっ』


 ルーザックの予想はこうだ。

 ディオコスモは、神が作り上げた世界だ。

 だが、神は世界を運営することに飽き、世界の有り様も陳腐化していた。


 進歩することもなく、神による手が加わることもなくなり、世界はだらだらと継続されていたのだ。

 そこに競合相手として魔神が現れ、彼の眷属である魔族を使って入植を開始した。


 ファンタジー世界程度の文明レベルで停止していたディオコスモには、まだまだ豊かな自然資源が存在し、魔力も潤沢に満ちていたからだ。

 魔族が暮らすにもうってつけの環境と言えた。


 そこで、魔族と人間の領土争いが発生する。

 さしもの神も、己の世界を横から奪い取られては困るので、七王を召喚して対処に当たらせた。


「神よ。君はいつからやる気がないのかね? 七王召喚で気力を振り絞り、以降は何もしてないのではないか」


『神に向かってなんと無礼な事を言う男だ』


「神よ、私が見たところ、君は抑うつ状態だ。この世界を離れて運営を休み、気分が上向くまで仕事には関わらぬべきだ。あるいは、初心に返って小さい世界を作り、小さな成功体験を積み重ねて気分の向上を目指す方がいい」


『詳しいな……!』


「元々人事で働いていたからな……」


『魔王よ』


「私はルーザックだ。黒瞳王ルーザック」


『ルーザックよ。ちょっと耳を貸せ』


 神はしゅるしゅると音を立てて小さくなった。

 ルーザックと同じ背丈になると、彼に耳打ちする。


『お前は中立であり、立場的には神に近い。故に神はお前にならば打ち明けられるが、ちょっと後で愚痴を聞け。敵でも信者でもない、貴重な立場のものだ。神の頼みを聞くならば、手を貸してやる』


「いいだろう。契約成立ということだな?」


『うむ』


 黒瞳王と神が、固い握手を交わす。


「どういうこと……?」


 理解できないピスティルに、アリーシャが告げた。


「ルーちんの前の仕事の技がね、なんかバッチリ通じたみたいなのよ。なんだろうなあ、これ」


 こうして、神と魔王は歴史的和解を果たす。

 



 

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