第111話 信仰の都のシステム
神王国フォルトゥナ。
それは、巨大な湖を囲む森と草原、そして峻嶺の国である。
「つきました……足元注意して下さいね。あっ」
注意を喚起しつつ、馬車から降りたクラウディア。
真っ先に自分が転んだ。
護衛の兵士が「また!」「またクラウディア様が転んだ!」と口々に言いながら駆け寄ってくる。
助け起こされるクラウディア。
「なんだこれ……」
ダークエルフのピスティルが、困惑の声をあげる。
「部下に愛されている国家元首だ。騎士王スタニックは威厳で、盗賊王ショーマスは恐怖で、そして法王クラウディアはその愛嬌で民を従えているのだろう。ある意味、最も恐ろしい相手だ」
ルーザックが真面目くさった口調で述べた。
アリーシャは首を傾げた。
「なんで怖いわけ?」
「うむ。恐怖は実態が分からないものに感じる感情だ。対応策が分かってしまえば恐ろしさは軽減される。威厳は常に尊敬されるあり方を見せつけねばならない。緊張を伴う。だが、愛嬌は作ったものでなければ、そこに自然体で存在するだけで生まれてくるものだ。クラウディアはそこにあるだけで、民に愛される王である可能性が高い。つまり……内部工作で彼女の立場を切り崩すことはできない」
「そうなの? でも弱そうじゃない?」
「私にも、彼女が七王に名を連ねる存在のようには見えません」
ピスティルとセーラが唸る。
これを聞いて、剣王アレクスが笑った。
「はっ。そのままの見た目なら、あいつは何百年も生きているとは思えないような気弱な小娘だ。だがな、あいつは僧侶だ。つまり、神の力を受けて行使する存在。本人の資質や人格と強さが、完全に無関係なんだよ。あいつはラギールを単身で止められる実力者だぞ」
「狂王と互角というわけか。この場で彼女がその気になれば、我々は殲滅させられてしまうだろうな」
「そういう事だ。だが、あいつが神の力を振るうのは滅多にない。最近だとラギールが暴れた時に、ちょいとあいつを光の檻に閉じ込めたくらいだな」
「あれがクラウディアの力というわけか」
「その一端だな。あいつの底は俺たち七王にもよく分からん」
法王を持ち上げる剣王だが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
例え相手が神の力だろうと、剣の技一つで渡り合ってやる、という不遜な表情である。
対するルーザックも変わらない。
法王クラウディアの実力を語り聞かせられても、その鉄面皮にはいささかの揺らぎも無かった。
「では諸君、神王国の視察と行こう。セーラ、王国のシステムの観察と分析を頼む。信仰がこの国の力だという。これを我が社のシステムに組み込むことができるか? というのが私の考えだ。七王全ての力と、我ら魔族の総力を結集すれば、もはや過去の遺物が付け入る隙間などあるまい。君が勝利の鍵となろう。頼むぞ」
「かしこまりました、ご主人さま。このセーラにお任せ下さい!」
メイドゴーレムの機能がおかしな働きをもたらしたのか、セーラは頬をやや紅潮させて、どんと胸を叩く。
ルーザックは満足げに頷くと、馬車を降りた。
神王国フォルトゥナ。
そこは白と青の色彩に満ちた場所だった。
真っ白なタイルが敷き詰められた地面。
建物はやはり、白い建材によって形作られ、ところどころに青いタイルがはめ込まれている。
「うひゃあ、こりゃあキレイだねえ」
「フシギな色してる!」
アリーシャとジュギィが、周囲をきょろきょろと見回す。
先日、狂王国バーバヤガを偵察した者たちからすると、これは衝撃の光景である。
原始的で、灰色と赤茶けたレンガの色のバーバヤガ。
道行く人々は貫頭衣のようなものを纏い、道端で売られるものも素朴なものばかりだった。
対するフォルトゥナはどうか。
白く清潔な衣を纏った人々が行き交い、市に並ぶのは色とりどりの瑞々しい果実や野菜。
肉の類は十分な血抜きがされ、ブロック状に加工されて並んでいる。
あちこちに設けられた広場では噴水が吹き上がり、そこで歓談する民たちの姿がある。
「なんたる文化的な都市……」
ルーザックは唸った。
大変小綺麗な都。
それがフォルトゥナの印象だった。
そしてこういう、一見して美しい都市の裏には、都市を支えるための暗部があるものなのだが……。
「彼らの生活を支える労働者などは、下町に住んでいるのかね?」
ルーザックが問うと、クラウディアがきょとんとした。
「下町とはなんですか? 人々が神を信じる貴き思いが、世界を美しいものにします。獣も野菜も果実も、自ら身を捧げて私たちの糧になります」
「何を言っているんだ君は」
思わずルーザック、マジ突っ込みである。
本当に、目の前の彼女が何を言っているのか理解できない。
「そういう世界なんだよ、ここは。マジで、神がこいつを通じて力を振るって作っている理想郷なんだ」
「そんな馬鹿な。どこかに世界の歪みがあるに違いない」
「お前みたいなひねくれ者からすると信じられないだろうがな、諦めろ……」
剣王が苦笑している。
ルーザックは唸った。
その後、クラウディアに頼んで町の隅々までを視察して回る。
細い通りの奥には何か、暗い部分があるのでは……と思っても、フォルトゥナには細い通りなどない。
全ての区画が碁盤目状に作られ、家々の大きさも揃っている。
貧富の差が無いのだ。
そこに暮らす人々は、神からの加護や恵みに感謝の祈りを捧げ、祈りが力となって都市を運営する魔力となり、再び人々に恵みを返す。
循環する、完結した世界である。
「素晴らしいでしょう?」
「うむ……。争いがなく、人々の欲求もない、完成した世界だ。行き止まりの世界だ」
これがルーザックの感想だった。
人々は、魔族を見ても悲鳴一つあげない。
クラウディアが伴っているならば、それは安心できる相手だという判断なのである。
故に、にこやかな笑顔とともに挨拶をしてくる。
色々と、ルーザックの価値観を否定してくるような世界である。
「うーん」
「ルーザックサマが目、白黒させてる!」
「ルーちんには刺激が強すぎたねえ。刺激があまりにもなさすぎて刺激が強すぎるねえ」
「めんどくさい奴だな。だけど、この国のルールはなんか分かってきたよ。よくできてる。これを設計したやつは天才だね」
魔力の流れだけに注視して、それを分析していたピスティル。
早くもフォルトゥナが、どういう仕組でなりたっているのかを理解し始めていた。
同時に、都市そのものの構造は、セーラが調査している。
「この都市そのものが魔法的な装置ですね。そこに生きる人間たちを動力源とした永久機関です。都市機能そのものを維持するために、全ての人間が祈りを捧げたとして、この規模であれば……。クラウディア、質問です」
セーラが挙手した。
「はい、なんでしょう……」
「この国に空き家はありますか?」
「ありません」
「この国の家族構成はどうなっていますか?」
「父と母、息子と娘の四人です」
「全ての家庭がそうなのですか?」
「はい……」
どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろう、とでも言いたげなクラウディア。
だが、彼女の返答で、ルーザックは我に返った。
ここが理想郷などではなく、紛う事なきディストピアだと気付いたからだ。
家族構成まで正確に定められている?
祖父母はどうなる?
どうして空き家が存在しない?
聞かずとも分かる。
出生の数、性別、そして死ぬ年齢までもが正確に定められているからだ。
神王国フォルトゥナにおいて、人とは国を維持するための動力源でしかない。
ではこの国は、何のためにあるのか。
「クラウディア様!」
「クラウディア様、いつもありがとうございます!」
「神とクラウディア様、我が祈りを受け取って下さい!」
道行く誰もが、クラウディアに向かって祈る。
その度に、気弱な法王は微笑みながら祈りを返す。
「魔力がクラウディアに集まってる。そこから、もっと奥の方に流れていってる」
ピスティルが、仲間たちに囁く。
「ここ、ヤバイよ」
法王クラウディアは一同に振り返った。
「では、神殿にご案内します……。あの、神がおわしますので、失礼が無いように……」
碁盤目状に形作られた都市の中央。
どの区画からでも、それを望むことができた。
立ち並ぶ巨大な柱と、ドーム状の小山の如き天蓋。
真っ青に光り輝くそれこそが、フォルトゥナの心臓。
クラウディアの神殿なのであった。
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