第110話 視察、神王国
「人魔の交流が必要だと思うんです。えっと、いつまでも敵同士、みたいな感じだと魔神王と戦えないので」
という、自信なさげな法王クラウディアの提案があり……。
ディオコスモで最も奥地にある、神王国フォルトゥナに、ルーザックと彼の幕僚たちが訪問することになった。
もちろん、魔神王との戦い、人魔大戦真っ只中。
戦況は一進一退を繰り返しており、油断できる状況ではない。
そして黒瞳王を人間の世界に迎え入れることを、他の王たちは反対した。
だが、クラウディアは珍しく折れなかったのである。
「神のご意思なので……ごめんなさいごめんなさい」
さらに、周囲からの批判を聞いて行動を改めるルーザックではない。
「未だ見ぬ最後の国か。それは視察せねばならない」
喜び勇んで準備をし、いつのもメンバーを連れて旅立ったのである。
無論、戦況は常に厳しい状態だと理解している。
そのために、黒瞳王代理としてコーメイを置いている。
旅に出たのは、ルーザックとアリーシャ、ジュギィ、ピスティル、セーラである。
ルーザック以外女子ばかりである。
「ハーレムだと……!?」
なぜか同行している剣王アレクスが、ピキピキと青筋を立てている。
これに対して、ルーザックが冷静に説明をした。
「ディオースはダークエルフのまとめとして必要だ。グローンもオーガの長として同様。兵器の開発を止めるわけにもいかないから、ズムユードも動かせない。サイクは我が社の守りの要だ。……となれば、このメンバーになるのは当たり前だよ」
「そう……なのか?」
「師匠、騙されてはいけません。この男はまた何かを企んでいるはずです。どうして黒瞳王と、先代の黒瞳王二名がわざわざ人間の世界にやって来るというのですか! 黒瞳王! お前の狙いは何だ!!」
一瞬説得されかかったアレクスの横からジンが出てきて、ルーザックを指差す。
「知れたことだ。セーラは見聞きした情報を記録する」
「はい、お任せ下さいご主人さま。私の頭脳に記憶された情報は、完全な精度のままでダークアイに持ち帰られますから」
「そしてピスティルは魔法関係で何かヒントを見つけるために連れてきた」
「気に入らないがな。だが、兄上が戦場で戦っているなら、後方でも全力で支援するのが私の役割だ!」
「あと、アリーシャとジュギィは観光だ……。おねだりされて押し切られた」
「フォルトゥナ楽しみだねえ! あたし、そっちまで行ったことないからさ!」
「ジュギィも楽しみ!」
「おいぃ!!」
アレクスがツッコミを入れた。
「前の二人は危険すら感じるのに、後の二人はなんだ! お前のところの最古参の最高幹部だろうが!!」
「この二人は特に役割を持っていないのだ。ジュギィはそろそろ、魔猪騎士団も独り立ちするところでな」
「うん! オーク、頑張って勉強した! 強くなったよ! だからジュギィはらくできるの!」
「ジュギィは偉いねー。あたしなんかルーちんの指導役終わってから、ずーっと仕事はフリーだよー」
確かにアリーシャは、固定された仕事というものがないのだった。
改めてダークアイの自由っぷりを見せつけられ、クラクラするアレクス。
「こんな連中に、俺の聖剣が折られたのか……! いや、魔神王が初代黒瞳王だった時は、魔王軍には全く遊びってものがなかったからな。余裕があって文化的な敵がいかに恐ろしいかを、てめえらを相手にして思い知ったぜ」
「うむ、理解できない相手、そしてこちらを理解する気がない相手ならば、互いのやり方を貫いて戦いに全力を投じることができる。これは精神的に楽なぶん、上の負担感も少ないだろう。だが、敵が相手を理解し、それを分析して利用して強くなる存在だとしたら。相手に特化した強さに育っていく相手だとしたらば、一瞬も気が抜けなくなる」
「ご主人様。仮にも敵であったものに、そのような話をしては」
「問題ない。これは今まで私が用いてきた理論だ。既にマニュアル化して我が社のスタッフには理解してもらっている。つまり、陳腐化が始まっているということだ。これを解禁したところで、彼らと戦いになっても問題は生じない」
ルーザックは断言した。
「いいかね、人間諸君。我々は、諸君を深く理解しようとしている。理解し、共感した上で、その弱点を突く戦いを行う。それが我が社、ダークアイの社是だ。これは相手が魔神王であっても変わらない。むしろ、我らを理解せず、力だけで押してこようとする彼らならば御しやすいとすら言える」
「言うじゃねえか……!」
「あ、あのぉー……。喧嘩はやめてくださいね……? 私、平和主義なので……!」
にらみ合うルーザックとアレクスを、ハラハラしながら見守るクラウディアである。
明らかに小心者然とした様子を見て、ピスティルが首を傾げる。
「なんかさ、法王って言うけど、他の七王と全然雰囲気違わない? 凄みを感じないんだけど」
「ピスティルさん、姿に惑わされてはいけません。彼女の周辺には常に盤石の守りが敷かれています。鋼鉄王の取っていたデータからは、神の祝福によってあらゆる災から守られた者である、との情報を読み取ることができるほどです。即ち、本人が強大であるからこそ、強く見せる必要がないのです」
「なるほどね……。つまりこいつが最強の七王ってわけね……」
「買い被り過ぎですぅ……! ゲンナーさんは私を見て、萌キャラとかなんとか言ってた人なので、多分それはゲンナーさんが作った夢小説……」
「夢……?」
「小説……?」
異世界の存在である、ピスティルとセーラには理解できない。
ちょっと分かったらしいアリーシャだけが、アイタタタ、という仕草をした。
一行の旅は、神に祝福されたという神馬、ディバインホースに牽かれる馬車である。
この馬車が早い。
速度を出すと、ゴブリン戦車のトップスピードに匹敵する。
「なんという速度だ。原理はなんなのだろう。魔法か?」
「神の祝福です……」
蚊の鳴くような声で答えるクラウディア。
法王である彼女が大変弱々しそうなので、血の気の多いルーザックの幕僚、ピスティルとセーラもすっかり戦う気を無くしている。
「神の祝福と言うと? 魔法とはどんな違いが?」
「よく分かりません……」
「なんと! 君はよく分からないものを運用してこれまでやって来たというのか」
驚くルーザック。
マニュアルどころではない。
神王国フォルトゥナが誇る力は、信仰と加護。
その原理はどうやら、完全に未解明のようなのだ。
ルーザックには理解できない世界である。
「神様のご意思なので……」
「分からない……。神には雇用者責任というものがあるのではないか? 労働者に労働環境などについて説明する義務がある……」
「ルーちんがまた訳の分かんないこと言って怒ってるよ」
「ルーザックサマ、よくわかんないことで怒る、いつものこと!」
「君の中に神氏への憤りは無いのかね? 労働組合などは結成している? ……はっ! そう言えば我社には組合がない。無くてもスタッフが満足するように動いてはいるが……。帰ったらその辺りを話し合わねばならんな」
「レジスタンスはいるけどねー。手のひらの上で踊ってるやつ」
けけけ、と笑うアリーシャ。
今でもちょこちょこレジスタンスに顔を出しているようだが、ほぼ社会への影響力を失ってしまったレジスタンスに関わるなど、趣味以外の何物でもない。
発された言葉がとっ散らかったものになったので、クラウディアはしばらく難しい顔をしてむむむむ、と唸った。
「えっと……。神様に氏をつけるのは不敬かなって……」
「我社は民主的なので、お互いを平等な相手として接するようにしているのだ」
「あ、はい。そちらの信仰がそれなら、いいです、はい」
ボソボソ言いながらあっさり折れるクラウディア。
ルーザックとしても、そうなると迂闊に攻め込めない。
自分が相手をいじめているような気分になる。
「……なんというか……とてもやりづらいな、君は……!!」
法王クラウディア。
ルーザックが初めて相対するタイプの難敵(?)なのであった。
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