第107話 仲間は石垣、仲間は城、仲間は堀

 ついに始まった、魔神王軍との戦争。

 あちこちで戦端が開かれ、主な戦場となっているのは、元魔導王国であった場所。


 森と平野が多く、ディオコスモでも指折りの豊かな大地である。

 魔神王はまず、ここを狙った。


 そしてこの地は、ダークアイの領土である。

 自然と、攻め込む魔神王軍、迎撃するダークアイ軍の戦いとなる。


 人間たちの軍勢は、ちょうどダークアイによって、魔神王との接触を絶たれている状態であった。


「これはこれで、楽でいいんじゃねえのか? 俺らは戦わないでも、ダークアイが魔神王とやりあって、勝手に消耗してってくれるだろ」


 こっそりとダークアイ領土に侵入していた剣王アレクス。

 弟子のジンを引き連れて、遠方で起こっている戦闘を望む。


「……てえのが、ツァオドゥの意見だわな。どう思う、ジン」


「我々はダークアイとの戦いで大きな傷を負っています。この隙に回復すべきだと思いますけど……」


「だよなあ。普通はそうだ。だから、ツァオドゥの意見は正しい。正しいなあ」


 はあーっとため息を吐きながら、剣王アレクスは手にしていた大剣を地面に突き立てた。

 聖剣は折られたが、世界に存在する剣はそれだけではない。

 彼が手にしているのは、騎士王から借り受けた魔剣の一振り。


「だがな。世の中……正論ばっかで回ってたら、クソつまらないと思わないか?」


「はぁ。師匠の考えてることはよく分かります」


「分かっちまうか」


「混ざりたいんでしょう?」


「そうだ」


 アレクスはとてもいい笑顔で頷いた。


「黒瞳王は気に入らねえ。というか、今まで戦ってきた魔族の中で、あいつが一番気に入らねえ。だが、嫌いじゃない。そういうな、ビミョーな気持ちなんだよな、俺は。だが、それはそれとして魔神王とも戦いたい。あいつに協力するのは癪だが、戦闘そのものは俺のライフワークでもある」


「ええ。いい加減、師匠がそういう方だっていうのは分かっています。よくそのスタンスで、この何百年もの間を無事に生きて来ましたね……」


「負けなきゃ死なないからな。まあ! あの黒瞳王野郎には一回負かされたがな! 負けたら逃げりゃ死なねえよ!」


 ちょっとやけくそ気味に、わっはっは、と笑うアレクスである。

 そしてピタリと笑い声を止めた。


「よし、突っ込むぞジン。戦えねえってのはつまらねえ。つうかよ。俺らじゃない他人、しかも敵だった奴に、人間の命運を預けてどうするよ。任せとけ、なんてのは平時の正論だ。てめえの手で殴りつけて、ダークアイがおかしなことしないように横で見張れ、ってのが戦時の正論よ」


「初耳の正論ですが」


「そりゃあ、俺が今考えたからな。そら、行くぞ!」


 剣王が駆け出す。

 呆れ半分、しかし楽しげに、その弟子も走り出した。


 かくして、ダークアイに剣王師弟が参加した戦闘で、魔神王軍の魔将の一体が敗死する。


『ウグワーッ!? ま、まだ名前も出てきていないのにーっ!!』




 戦闘の後、剣王師弟は無理やりダークアイの軍勢についてきた。

 かくして、元鋼鉄王国……現ダークアイの首都にて、両雄は再会する。


「協力に感謝する、剣王アレクス」


「うるせえ。魔神王が敵じゃなけりゃ、俺の聖剣を折った野郎と誰が共闘するか」


 憎まれ口を叩きながらも、楽しげなアレクスである。


「だがな、今日はでかぶつを一匹切り倒した。俺は満足している。だがな、不満にも思っている」


「ほう。それは一体? 今後の我社の活動の参考にするため、忌憚ない意見をもらいたい」


「てめえの国を我が社って言うな!? いいか。てめえが戦っている魔神王は、俺たち七王の治める一国一国とはスケールが違う。やつが従える魔将は、ピンキリだが上位の連中は七王に匹敵する。それを相手に、ちまちまとゴブリンどものカートみたいなもんで撤退戦をやりやがって。やる気があるのか?」


「我が軍は常に人員不足でね。機械化することでこれを補っている。魔神王の軍勢は、強力な個人が率いるワンマンチームの集まりだと認識しているよ。魔将以外のモンスターたちは、個性を持たない戦力に過ぎない。だが、個々の戦闘能力はダークアイの魔族を上回る。決して侮っていい存在ではない。だからこそ、今は情報収集をしているのだ」


 はい、これがそのマニュアル、とルーザックが紙の束を見せる。

 どうやら彼は、コツコツと魔神王の軍勢の戦力を調べ上げ、まとめている最中らしい。


 傍から見れば、戦況は思わしくない。

 決定力に欠ける(と見える)ダークアイは、魔神王軍を混乱させたり、一時的に戦場を支配するものの、決定的な打撃を相手に与えてはいない。


 数と力で勝る魔神王の軍勢は、じわり、じわりと魔導王国領を侵略しつつある。

 だというのに、剣王の前にいるこの黒衣の男は、焦った様子も無い。


「まだるっこしいことを言っている間に、魔導王国はどれだけ取られた? マニュアルマニュアル言ってる場合じゃねえんだよ」


「今回は剣王氏の力で魔将を撃破できた。これは素晴らしい実績だ。私からも感謝の気持ちを示したい。感謝するだけならタダだからな。だが、君のマンパワーは、君が存在しなければ発揮することができない。ダークアイの一般的労働力であるゴブリンが、安定して魔神王の手勢を撃破できねば意味がないのだ。そのためのマニュアルだ。絶対にこれを譲ることはできない」


 ルーザックは一歩も退かない。

 当たって砕けろ、でなんでも突破してきたアレクスと、段取りを踏んで準備を重ね、偶然を排して必然を積み上げ、勝利してきたルーザック。

 二人は真逆の存在であった。


 故に、お互いの事が根本的に理解できない。

 だが、理解し合えない者が協力しあえないかと言うと、そうではない。


「まあ、お前はそれで結果を出してるからな。それはそれか。あんなカスみたいな状態だった魔族どもを纏め上げて、俺らと渡り合うなんて技、お前以外にできねえだろう。黒瞳王。お前、また何か考えてるな? しかもそれは、とんでもねえ策だ。お前は部下に臨機応変を求めねえくせに、てめえは臨機応変に動きやがる」


「表層的にでも理解してもらえたのはありがたい。マニュアルを作るためには、まず最初の一歩が必要であることに変わりは無いからね。私がその一歩を印す。そして歩いた後を、我が社の仲間たちが追ってくればいい」


「自己犠牲か? 気に食わねえな」


「私は先行者であり、社員たちの後を守る者だ。己が働く背中を見せず、彼らを後ろからフォローできない者に経営者たる資格はない……!」


「いや会社じゃねえから」


 話はちょこちょこ噛み合っているようで、平行線のようでもある。

 だが、アレクスにはルーザックのスタンスが見えてきていた。


「お前、この現状をわざと作り出してるな?」


「ほう……気付いたか。現在、七王の軍勢は我が社が所有する敷地が邪魔をして、この戦いに参戦できなくなっている。それはこちらも把握していた。だが、そこを通過自由としてしまえば問題が出てくる」


「まあな。国の中をフリーで通過していい、なんてのは馬鹿げた話だ。だが、それと魔神王に侵略を許すのと、どう繋がるんだ?」


 アレクスも、話を引き出すのが上手い。

 疑問点を突きながら、ルーザックの本音を引き出そうとする。


「そうだな。これはコーメイの受け売りだが、守るよりは攻めるほうが楽なのだそうだ。かつて、攻める側は、守る側の三倍の戦力が必要だと言われていたが、それは全てがマンパワーで片付けられていた時代の話。戦術に戦略、そして科学技術によって戦力が大きく進化した今、守るよりも攻める方が容易いそうだ」


「俺も聞いたことはあるな。……お前、まさか」


「我が社の敷地の一部を、彼らに明け渡す。これによって、魔神王軍は魔導王国跡を領地とする。魔導王国は君たち、七王の国とも国境を接しているだろう。これで一切の遠慮なく参戦ができるはずだ」


 相手に侵略を許し、これによって魔神王の国と各国を隣接させてしまうという戦略……!


「そりゃそうだがよ。お前のところも馬鹿にならない被害が出るだろ」


「全軍は撤退命令済みだ。魔神王の軍には、勝利したという成功体験を与えながら気持ちよく進軍してもらう。土地は後から取り戻せばいい。仲間は失われれば帰ってはこない」


 黒瞳王ルーザック。

 彼のスタンスは、最初から一貫していたのだ。


 仲間こそ財産であり、剣であり、盾であり、すなわち、ダークアイを構成する全てである。


「守るならば、逃げ場所も限られる。だが、攻めるならば分が悪ければ逃げてもいい。それに、省エネでいける」


「わざと魔神王軍に、守る土地を与えるってわけか!! 奴らの逃げ道を塞ぎ、戦うコストを引き上げさせて、てめえと俺たちで袋叩きにする! ははははは! なるほどなあ! お前、本当に性格が悪いな!」


「共存できぬ、敵対的なライバルは倒さねばならないからな……!」


 かくして、黒瞳王と剣王。

 犬猿の仲とも言えるような二人は、互いに獰猛な笑みを浮かべるのだった。

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