第106話 ヒット&アウェイ&ヒット
魔神王の軍勢が動き出した。
それは、魔神王がどこからか召喚した、異形のモンスターたちの群れである。
初代黒瞳王は、多くの強大な魔族を率いていたと言われている。
それらが一体どこから来たのか?
初代黒瞳王が、異世界より呼び出し、己に従わせたのである。
あるいはサイクロプスは、魔神が手ずから作り出した最上位魔族のうちの一体と言われている。
サイクロプスは生まれからして、初代黒瞳王の片腕となるべく誕生したのだ。
『ククククク。サイクロプスなど、我ら魔神王の側近の中では一番の小者よ』
『いかにも。しかも勇者などに敗れ、生きながらにして体をバラバラにされ封印されたそうではないか。弱体化してまでも生き恥を晒すとは、わしら魔神将の面汚しだ……!!』
『サイクロプスのやつ、魔神王様を裏切ったのでしょう? 許せませんわねえ。この手で八つ裂きにしてやらねばですわ!』
『ゲハハハハ! もうあいつはバラバラだっての! どーれ、この俺様、フロストギガスが軽くニセ黒瞳王どもを蹴散らしてくるとするかな!』
魔神将を名乗る、最上位魔族は全部で七体。
うちの一体が、魔神王にとっての裏切り者、サイクロプスである。
今、魔神将フロストギガスがその氷の軍勢を率い、ダークアイに強襲を掛ける……!!
はずだった。
フロストギガスは、その名の通り、氷の巨人である。
動く氷山と言った外見であり、そこに巨大な手足が生えている。
氷の表面に反射する光が、彼の顔を形作っている。
常に他人を馬鹿にしたような笑みを浮かべており、事実、魔神王と自分以外の全てを下だと口にしてはばからぬ傲慢な魔族であった。
彼は圧倒的な力で、魔神王の領地とダークアイの間に設けられた砦を破壊した。
巨体で押しつぶし、金属の柱を凍らせて弱体化させ、引きちぎる。
『ゲアハハハハハハ!! こんなもので、俺様の歩みを止められるものか! そおれ行くぞ氷の軍勢! 俺様に続けえ! 軟弱な偽魔族どもを一匹たりとも残すな! 皆殺しだ!!』
高らかに笑うフロストギガス。
歩むあとは凍りつき、触れられたものは凍てつき砕け散る。
氷の軍勢は、刃物を携えた氷鬼。そして人食い雪だるまスノーマン。北風に乗って犠牲者を狩るホワイトウルフ。吹雪を吐き散らす魔鳥アイスバード。
まずはアイスバードたちが、遠くで氷の軍勢を待ち受ける一団を発見した。
アイスバードはそれを見て、わずかに混乱する。
それらは……ゴブリンだった。
なんの変哲もないゴブリン。
それが数十匹。
大した脅威ではあるまい。
黒瞳王が、なぜ国境付近にゴブリンなどという弱兵を配するのかは分からない。
さては勝負を捨てたのだろうか?
アイスバードは、初代黒瞳王の時代の知識と常識しか持ち合わせない。
ゴブリンなど雑兵である。
数だけが頼みの、使い捨ての駒に過ぎない。
氷の軍勢のどのモンスターであっても、ゴブリンなど物の数ではない。
それが、たった数十匹。
足止めにすらなるまい。
たとえ、ゴブリンたちの横に、よく分からない扁平な昆虫じみたモノが並べられていたとしても、それが何を意味するのか、アイスバードは理解できないし、しようとも思わない。
故に、フロストギガスにありのままを伝えた。
敵の手勢は弱兵ゴブリンのみ。
直進して踏み潰すべし、と。
『ゲアハハハハハハ!! 舐められたもんだな、俺様も!! いやいや、ニセ黒瞳王はよほどの戦下手で、腰抜けと見える! 捨て駒を配して俺様を足止めしようとでも言うのか! ゲハハハハハ!! 戦力が見えぬ愚か者め!! そおらお前たち、行け! 踏み潰せ! 蹂躙しろ!!』
フロストギガスの号令に、氷の軍勢は高らかに叫び、吠え、応じる。
軍勢の速度が上がった。
迎え撃つのはゴブリン。
否。
ゴブリン精鋭戦車部隊。
乗機は新型ゴブリン戦車。
高性能魔力器官による高速移動能力と、熟練したゴブリンの操縦による機動性。
そして騎士王国から入手した紋章技術による、超硬度の装甲を誇る、ダークアイの新兵器である。
「ギギィ! コーメイサマ、作戦! 実行! ヒット! &アウェイ! ヒット!」
「ギィーッ!!」
ゴブリンたちが応じる。
そして彼らは、戦車に乗り込んだ。
「発進!! ギィーッ!!」
「発進!!」
号令と、それに応じるゴブリンたちの声。
ゴブリン戦車の一団が、一瞬光り輝く。
そして動き出した。
初動はゆっくりと。
それが、瞬き一つする間に、トップスピードに変わる。
馬が全力疾走するよりも速い。
六本の足を持ち、扁平なゴブリン戦車は、しかしその腹部を蛇腹構造にしている。
大地の凹凸に合わせて柔軟に変形し、あらゆる地形を高速で走破する。
正面から見れば、平たく、被弾する部位が少ない。
氷の軍勢は、真正面から突撃してくる、平たく超高速の一団に反応ができなかった。
前衛であったホワイトウルフの軍勢が、まずは戦車のえじきとなる。
彼らの両脇を駆け抜けたゴブリン戦車が、搭載していた魔力爆弾を投擲したのである。
連続で起こる爆発。
魔力を暴走させて爆発させるという、分かりやすい攻撃である。
爆弾の破片と、魔力嵐が対象にダメージを与えるため、例え非実体の敵であっても通用する。
ギャイーンッ! と悲鳴をあげて、ホワイトウルフは総崩れとなった。
未知の衝撃である。
訳がわからないうちに、強烈な一撃で戦闘が瓦解した。
『なんだ!? 魔法か!? いや、ゴブリンは魔法など使えん! そうか、あれのなかにゴブリンロードが混じっていたんだな? そうと分かれば話は早い! ゴブリンロードを殺せ! それで何もかも終わる!!』
フロストギガスが吠えた。
彼は進行を続けているが、いかんせん、氷の巨人の歩みは遅い。
巨体が素早い動きを妨げているのだ。
故に、氷の軍勢が遭遇している脅威を、彼は正確に視認できないでいる。
相手は、初代黒瞳王の時代から遥かに進化した、最新の武器と戦術で攻めてきているのだと理解することができないでいるのだ。
ゴブリン戦車が、氷の軍勢の中を縦横無尽に駆け巡る。
投擲される魔力爆弾。
軍勢のあちこちが爆発した。
吹き飛ばされる、氷のモンスターたち。
『なんだ! 何が起こってる!! アイスバード、俺様に報告しろ! あれは魔法か! どうしてあちこちで魔法が使われている! ロードがたくさんいるのか!!』
『お、恐れながらフロストギガス様!! 敵は、ゴブリンです! ロードはいませんでした! しかし、奴らは謎の平たい虫の中に入り込み、爆発する玉を投げつけてきます! 実体の無いはずのホワイトウルフがまずはやられて……』
『ホワイトウルフが爆発で!? 平たい虫!? お前は何を言っているんだ!!』
フロストギガスは混乱し、吠えた。
おかしい。
ゴブリンが、そこまでやれるはずない。
意味不明な単語が報告に混じっていたが、それがゴブリンを強くしているというのだろうか?
否。
ゴブリンは最弱の、最下級の魔族だ。
強くなるわけがない。
では、一体何が起こっているのだ。
自分の理解できない何かが起こっているというのか。
ありえん、そんな事はありえん。
フロストギガスは、強大な力を持つ魔神将の一体である。
あらゆるものを凍てつかせる力を持ち、触れるだけでなく、冷気を光線として放って敵を氷結、粉砕する。
故に、どんな力を持った相手であろうと、彼の前では弱者だった。
己には及ばぬまでも、その力を分け与えて生み出した氷の軍勢は、魔神王配下でも最強だと自負している。
それが今、まともに機能しなくなっている。
それも、たかがゴブリン数十匹と乱戦になったために、である。
『フロストギガス様! ゴブリンが逃げていきます!!』
『なんだと!? そうか! 奴らは訳の分からぬことをして、こちらを混乱させていたが、所詮はゴブリンだったということか! ゲハハハハハ! 驚かせおって! 進め、氷の軍勢! 全てを凍りつかせよ! 全てを蹂躙せよ! ニセ黒瞳王の首を凍らせて、魔神王様に献上するのだ!!』
ゴブリン撤退の報を聞き、フロストギガスはホッと一息ついた。
そして愕然とする。
なぜ自分は、ゴブリン程度が退いたことでホッとしているのか!?
そして、氷の魔将は熱くなってしまった。
『進め進め進め! 何も残すな! 何も見逃すな! 見つけたもの全てを凍てつかせろ! 進めーっ!!』
吠えながら、突き進む。
先行する氷の軍勢は、魔神将の命令を忠実に実行した。
森を、川を、大地を凍らせながら、突き進む。
そして彼らは、逃げたはずのゴブリンたちを再び捕捉した。
フロストギガスの命令通り、彼らはゴブリンを凍てつかせるべく前進し……。
「ギィッ! 魔力罠爆弾、設置完了!」
「ギッ! 後退!」
ゴブリンたちは、奇妙な玉のようなものを地面に並べてから、再び撤退する。
氷の軍勢は、その奇妙な玉も凍りつかせるべく、攻撃を仕掛けた。
彼らの攻撃は、魔力をはらむ。
氷の属性に強く依拠した、氷のモンスターたち。
それそのものが強い魔力によって形作られた存在とも言えよう。
だからこそ、彼らの攻撃は魔力となって、魔力罠爆弾を起動させることになった。
爆発が、それも連鎖爆発が起こる。
氷の軍勢が、まるで本物の氷のごとく、爆発によって粉砕されていく。
『な、な、な、な、なん……なん……なんだ……なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
フロストギガスは吠えた。
愕然として、その歩みを止めた。
彼は氷の軍勢の大半を喪失。
呆然と見つめる先で、黒いスーツにマントを纏った魔族の男が笑っている。
「兵法三十六計は敵戦計、
男はメガネをクイッと持ち上げながら、胸を張った。
「以後、お見知りおきを。ゴブリン諸君、全力撤退! 何かされる前に戻りますよ!!」
「ギィーッ! 逃げろー!!」
コーメイが立つのは、ゴブリン戦車の上。
そのゴブリン戦車が、最高速度で走り出した。
『待てっ! てめえ、待てーっ! うおおお! フロストビーム!! くそぉっ!! 届かねえ! くそーっ!!』
文字通り、地団駄を踏むフロストギガス。
彼は知ったのだ。
全て、あの男の手のひらの上だったことを。
そしてあの男は、勝手に名乗るだけ名乗り、フロストギガスの名を聞きもせずに立ち去った。
『お、お、俺様を! 俺様を見下してやがった! この俺様を!! 最も新しい魔族!? 新参者が! 若造がぁぁぁっ!!』
どれだけ吠えても叫んでも、失った氷の軍勢は帰ってこない。
そして、コーメイとやらも戻ってこないのだった。
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