第105話 初代黒瞳王、魔神王と名乗る

 初代黒瞳王の軍勢の侵攻が始まった。

 拠点とするのは、始まりの地ホークアイ。


 ルーザックがダークアイの建国を宣言したその場所である。


 ある時だ。

 空が一面のスクリーンとなった。


 映し出されたのは、初代黒瞳王。

 緑の肌に、漆黒の角をはやし、瞳は金色に輝いている。


『人間どもよ。恐怖に打ち震えよ。余の名は黒瞳王。今、世の中を跳梁跋扈するまがい物とは違う、本物の黒瞳王である。だが、このような矮小な名は余に相応しくはない』


 初代黒瞳王は唇の端を吊り上げてみせた。


『今より、余は父たる魔人の後継者として名乗る。余の名は魔神王である! そして、余の軍勢はこれより、全世界を掌中に収めるであろう。人間どもよ。貴様らの世界はこれにて終わりだ。この世界の全ては、余が、魔神王が手に入れる。交渉の余地はない。人間どもよ、ことごとく滅ぶが良い』


 それだけを告げて、空に映し出された悪夢は消えた。

 全世界は、パニックに陥る。


 だが、幸いにしてこの世界は絶対的君主によって統治される国家しか存在しない。

 パニックは早急に抑えられた。


 恐怖のあまり、魔神王に寝返ろうとする者たちもいたが、早急に鎮圧され、彼らは二度とそれを主張することはできなくなった。

 一度同胞の背中を刺そうとした者は、いつか繰り返すからである。


 このように、人間たちの国家は魔神王の出現によって大きく揺らいだ。

 七王がその全力をもって滅ぼしたはずの、初代黒瞳王。

 それの復活は、人間の根源に刻まれた恐怖を呼び起こしたのである。


 一方。

 ここはダークアイ。


「えー、諸君! さきほど空に映った魔神王と名乗る者の演説だが! これを聞いて、寝返りたいなーと思った者がいるかどうか調べてくれたまえ! 去る者は追わない。基本的に追わない。なぜなら、他者の雇用条件が良いからと、転職を考えている者を留意する行為は、彼の仕事へのモチベーションを下げてしまうだけだからである! 怒らないから、転職したい人は正直に名乗り出て!」


 ルーザックが演説していた。

 いや、演説だろうか?


 そして驚くべきことに。

 ダークアイからは、ただの一人も離反者が出なかったのである。


 ここに、各種族を代表した者たちの言葉を記しておこう。


 ゴブリン代表、ジュギィから直々の教えを受けた、絵描きにしてゴブリン戦車の名手ジャリジャリ曰く。


「ギッ! なんかむつかしいこと言ってたのは分かったんですが、黒瞳王サマじゃなくて魔神王になるんでしょ? それになんか怖そうな王サマはいやなんで、やっぱみんなでルーザックサマがいいなって話になりました」


 ゴブリン一族は、黒瞳王ルーザックに最初に従った魔族である。

 魔族としては最弱。

 初代黒瞳王の時代では、使い捨てにされる雑兵の扱いだった。


 だが、それがダークアイでは多種多様な兵科に配属され、斥候、輜重、戦闘、間諜と、魔族の軍勢にとって欠かすことのできない戦力として重用されている。

 まさしく、ゴブリンにとってもっとも上等な扱いをされている時代なのだった。


 何より、黒瞳王ルーザックとともに、どん底からスタートしての七王撃破を経験してきている。

 どの種族よりも先に、強烈な成功体験を積んだ彼らにとって、主とはルーザックを指す言葉であった。


「ま、俺ら、ルーザックサマ最高ですから! ずっとついていって、今回も勝ちますよ! ギィッ!」


 続いて、ダークエルフ。

 今現在、この一族とダークアイをつなぐ役割を果たす、黒瞳王付き女官ピスティルの言葉。


「あいつは気に入らないが……。でも、どう考えても魔神王はダメだろ? 強いかも知れないけど、私たちダークエルフはプライドが高いわけ。魔神王は絶対、そのプライドを折りに来る。分かる。あいつも絶対プライドが高いから。そしたら、ダークエルフだって雑兵みたいに扱われるんじゃない? ここは、ゴブリンやオーガやドワーフと一緒ってのが気に入らないけど、割と好きにさせてくれるから。それに何より、勝てるしね。魔神王がなんぼものか知らないけど、ルーザックの言ってるマニュアル? とか言うので叩き潰してやる」


 堂々たるピスティルの発言を受けて、若きダークエルフたちが大いに盛り上がる。

 ダークエルフの長老たちもまた、黒瞳王ルーザックに信頼を置いているようであった。


「古の契約? そういうのもあったかもだけど、ほら、一度魔神王は滅びたから、そういうのが全部消えてしまったわけ。だから私たちは自由。自由である以上、自分たちを一番高く買ってくれるところに行く。そこがこのダークアイ。お分かり?」


 そして、オーガの一族。

 若きオーガの一人は、ルーザックの名を語る時に夢を見るような目つきになる。


「うっす。俺、ルーザック様、尊敬してる。強い黒い鎧、くれた。俺、強くなった。人間どもに勝てた。ルーザック様、嘘つかない。俺みたいな下っ端、ちゃんと目を合わせて話する。俺のこと、信じるって言ってくれる。俺、ずっとルーザック様、ついていく」


 若きオーガの言葉ではあるが、これはまさしく、オーガ一族の総意であった。

 この国、ダークアイこそが、オーガの居場所であると。

 そう、彼らは宣言した。


 ドワーフの一団から、古老ズムオールト。

 真っ白になった髭を撫でながら、笑う。


「あの若造がな、最初に鋼鉄王国にやって来た時は、こんなどでかいことをするやつだとは思っていなかったぜ。わしぁな、鶏の卵をとるだけで生命を終えるところだったんじゃ。いやあ、わしは老いぼれだ。それでいい。たとえ、勝利も栄光も知らずとも、朽ちていくだけの身ならば静かに消えていったさ。だが、若い奴らは違う。あいつらはまだまだ燃え上がる炉の炎だ。それが何もできねえままで燻り、やがて小さくなって消えていく。それがわしには耐えられなかった」


 ズムオールトが、水筒を取り出し、口をつける。


「あの男はな、炉よ」


 ズムオールトの目が光る。


「若い奴らは、見事に燃え上がりやがった。炉の中で、活躍の機会を得て、大いに燃えた。てめえらの力の限界を越えて、それで力をどんどん伸ばした。わしらドワーフはな、作る種族よ。そして、存分に作れ、限界を超えて作れ、何もかも全部、作られたものは使い切ってやる、と言われた。これが燃えずにいられるか? いられんさ!」


 やや興奮して、声が高くなるズムオールト。

 水筒をドン、とテーブルに叩きつけてから、声を上げて笑った。


「炎はな、存分に燃えられる炉と、そして薪がなきゃあならん。ここは最高の炉だ。わしらがあの男を……黒瞳王ルーザック様を裏切ることは絶対に無い」


 ケンタウロスの一団にも聞いてみよう。

 ケンタウロスの族長は、首を傾げた。


「初代? 魔神王? 黒瞳王様じゃない? だったら俺たちはついていかない。俺たち、黒瞳王様の馬! 黒瞳王様の敵は俺たちの敵! 俺たちはいつでも突撃する! うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 途中で盛り上がって叫びだしてしまった。

 次は、オークたち。


 オークの姫は、目をぱちくりさせて一言だけ。


「ジュギィサマ、ついてく。ぶひ」


 彼らは、黒瞳王の右腕たるジュギィ直轄の一族である。

 ルーザック最初の仲間であるジュギィが、黒瞳王を決して裏切らぬ以上、オークもまた黒瞳王の下から抜けることはない。


 メイドゴーレムたちは……。


「愚問です。ご主人さまのために、全身全霊を尽くすのみです」


 最後に、サイクロプス。


 巨大な目玉はふわふわと浮かびながら、がっはっは、と笑った。


『確かにな! 確かに我輩は、あのお方とともに戦場を駆け抜けた! 人間どもを踏み潰し、蹂躙し、戦い続けた! 素晴らしい経験だった。我輩にとって、今も黄金に輝く記憶と言っていい』


 ならば、どうしてサイクロプスは裏切らないのか?

 そう。

 彼は、ルーザックを裏切る気は無い、と言った。


 誰よりも初代黒瞳王と深いつながりを持ち、その記憶に耽溺するあまり、歴史の表舞台から姿を消していた強大なる魔族、サイクロプス。

 その栄光の時代の象徴たる初代が帰還した今、彼が魔神王の元へ向かうことはごく自然であると思われた。

 だが……。


『まさかな。まさか今になって、あの頃以上に面白い時代がやって来るとは思わなかった! がはははは!! 我輩は案外、不忠義者だったらしい! 我輩はあの偏屈な黒瞳王が好きで堪らんのだ! なあ、世の中は案外、そういう好き勝手で回っているな? ああ、ちなみに我輩が魔神王よりもルーザックを好きになったのは、あれだ。ルーザックがな、あの生意気でいけ好かぬ剣王を嵌めてな! あやつの聖剣とプライドをポッキリへし折ったあの時よ! がはははははは!! 最高だ! 今度は何をしてくれるのであろうなあ!』


 驚くべきことに、ダークアイにおける、魔族の絆は人間同士のそれよりも遥かに強固であった。

 各種族の横のつながりもあるが、全ては黒瞳王ルーザックという一人の男に集約する。

 これほど、下の者たちに慕われた王がいただろうか?


 魔神王は彼をまがい物と呼んだ。

 彼の仲間たちは、彼こそが本物だと確信している。


 驚きとともに、この男が味方になったことを心底頼もしく思う自分がいる。

 この記録はいつか、世に出すべき時が来たら公開するとしよう。


 今は、自分もあの男を気に入り始めており、戸惑っているところだ。

 やれやれ、お許しください、スタニック陛下!


"水竜騎士団『元』団長、ダークアイの食客、ヒューガ、記す”

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