第104話 人魔交渉

 ダークアイ側からの提案により、ダークアイ、そして騎士王国ガルグイユとの間で交渉が始まった。

 これには、神王国フォルトゥナからも代表がやって来た。

 剣王国は剣王が不在であり、根本的に全戦力を剣王に依存しているため、交渉参加はしていない。


 ダークアイ側。

 社長ルーザック。

 副社長アリーシャ。

 常務取締役コーメイ。

 社長秘書ジュギィ。


 専務であるサイクは大きすぎて入り口をくぐれなかったため、中庭でプカプカ浮かんでいる。


 人間側。

 騎士王スタニック。

 法王クラウディア。

 何故かいる剣王アレクス。

 やっぱり何故かいる魔導王ツァオドゥ。


 この場でたった一人だけ、ジュギィが浮いている。

 彼女だけ現地人なのである。

 他は全員、地球から転生してきた存在だ。


「そうだろうとは思ってたけど、黒瞳王も転生した人間だったネ」


 ツァオドゥが呆れてため息をついた。


「前世ではそうだが、今現在は異なる。我々は魔族という、我が社の社員を食わせていかねばならない」


「なんで我が社なんだよ。ほんとうに意味わかんねえ男だなあ。そこは王国じゃねえの?」


 アレクスに言われて、ルーザックがきょとんとした。


「封建制の時代は既に終わって久しいが?」


「それは俺らがいた地球の話だろ!? ここは! 異世界! まだまだバリッバリに王制なんだっての!」


「放蕩三昧の剣王がなんか言ってるネ」


「それはそれ、これはこれだ」


「あっきれた」


 自分のことを棚に上げるアレクスに、アリーシャが心底呆れたという顔をする。


「我々は会社ですから、社会への貢献をモットーとしているのですよ」


 コーメイがメガネをクイッと上げる。


「ううっ、こっちの世界に来てまで……会社という言葉は聞きたくなかったです……」


 法王クラウディアはお腹が痛そうだ。

 前世で会社にトラウマがあるらしい。


 かくして、本題に入らずにわいわいと雑談が弾む。

 前世あるあるトークなど、なかなかこちらの世界ではできない。

 両陣営の仲は極めて険悪……であるはずなのだが、集まった八人のうち七人が転生者である以上、共通の話題で盛り上がってしまうのは仕方のないところだろう。


 この雑談に一切加わらず、真面目な顔をして紅茶を飲んでいたスタニック。

 突然、カッと目を見開いた。


「では今回の議題についてだが」


「うわっ、唐突ネ!?」


「いきなり話題ぶった切って来たわねー!」


「話題ではない。議題だ。これだけの面々が顔を合わせた理由は一つしかあるまい。黒瞳王ルーザック。貴君の口からそれを聞きたい」


 会議は横にそれ、議題を忘れて踊ることがままある。

 それを正しいテーマに沿って進められるようコントロールするのは、参加者の協働などではない。

 責任者の豪腕である。


 スタニックがこれを証明してみせた。

 次は、バトンを受け取ったルーザック。

 おほん、と咳払いをする。


「単刀直入に申し上げる。我々は同盟をするべきである。いや、同盟せねば負ける」


 ルーザックの物言いに、場の空気が止まった。

 アレクスとツァオドゥは面白くなさそうな顔をし、クラウディアはオロオロしながらこの場の面々を見回し、ジュギィは状況が分からないようだったので、アリーシャに説明してもらっている。


「初代黒瞳王か。確かに、あれは我ら七英雄が揃い、その全力を尽くして倒した恐るべき魔王だ。それが復活したということは、極めて由々しき事態と言い表す他ない」


「いかにもいかにも」


 ルーザックが、スタニックの言葉に何度も頷いた。

 どうやら彼の物言いがかなり気に入ったらしい。

 二人とも、ちょっと小難しそうな言い回しが好きなのである。


「だがよ。ショーマスとゲンナーを殺したのはお前だろ」


 アレクスがルーザックを鋭く睨む。


「そんなお前が、今さら同盟だなんて虫が良すぎるとは思わねえのか? お前が出張ってこなけりゃ、初代黒瞳王だって復活しなかったんじゃねえのか」


「らしくない物言いだなアレクス。君はもっと戦いを愛するものだと思っていたが」


「いや、本心はそうだけどよ。一応お約束として言っておかないといけないだろ」


「確かに確かに」


 ルーザックがまた何回か頷いた。

 アレクスも存外、会議に協力的である。

 ここで、双方の間にわだかまるであろう膿を、出し切ってしまおうという考えなのだろう。


 まず、ルーザックもアリーシャも、過去にこだわるタイプではない。

 ルーザックは将来的な利益を重視し、アリーシャはその場の楽しさを尊ぶ。


 アレクスは楽しく戦えることが至上なのであり、ツァオドゥはゲンナーが死んでから丸くなった。

 スタニックは正しき行いを希求するが、その正しさは状況によって揺らぐことをよく理解している。彼は清濁を併せ呑む王なのだ。

 そしてクラウディアは神様が降りてこないと、自分ではなかなか物事を決められない。


 この場に異論など無かった。

 だが、指導者がそうであっても、民がそうであるとは限らない。


「初代は、全ての人間に魔族への恐怖と憎しみを刻み込んだ。それがあるからこそ、人と魔族は争い続けてきたのだ」


 ルーザックが告げる。

 ジュギィはルーザックから合図を受けて、木製のクリップで挟まれた書類を取り出した。


「どぞー」


 これを各七王に配って回る。


「なんだこれ」


「レジュメだ」


 レジュメとは、行われる講義などについてまとめられた書類のことである。

 これからルーザックが話す内容が、分かりやすく記されていた。


 ちなみに、この世界、ディオコスモでの書き文字は英語である。

 七王のうちの四名、アレクス、スタニック、クラウディア、ゲンナーが欧米文化圏からの転生者であり、アジアから転生してきたショーマスとツァオドゥはまあまあ英語ができたからだ。

 なお、狂王となっていた勇者はロシア出身である。


 そしてレジュメは日本語で書かれていた。


「!?」


 七王たちが真顔になる。

 読めない。


「おい……おい!」


 アレクスがツッコミを入れた。


「読めねえって!」


「あ、日本人ではない?」


 きょとんとするルーザック。

 アリーシャもコーメイも日本人なので、ダークアイの共通語は今現在、日本語なのである。

 なお、話し言葉はディオコスモ共通語。

 書き言葉のみが、魔族側が日本語、七王側が英語となっている。


「社長、既にここで意思疎通のつまずきが……。ここは口頭で分かりやすく行ってはどうでしょう」


「そうだな、そうしよう。えー。初代が魔族と人族の間に溝を作ったのは間違いないところですが、そもそも人族も一枚岩ではなくー。魔導王国と鋼鉄王国は争っていたし、盗賊王国は漁夫の利を狙っていたし」


 ツァオドゥが嫌そうな顔になる。

 何も反論できないからだ。


「あのままでは人族の間に戦争が起き、結果として多くの死者を出していた可能性もある。七王の関係も良好とは言い難く、彼らだけでは初代に勝てなくなっていたのではないか」


「その可能性はあるな」


 スタニックがあごひげを撫でる。


「だがルーザック。君が戦争を始めなければ、初代黒瞳王は復活しなかった。これについての弁明はあるのか?」


「魔族もまた、この世界に生きる生命である。その生命が、大人しく滅べと言われて滅びるものかね? 現に、初代黒瞳王によって窮地に立たされていた人類は、大人しく滅ぼされはしなかっただろう」


 ルーザックは淡々と返す。


「人族は世界の支配者となった。故に、今度は人族が魔王になったのだ。打ち倒される対象になったのだ。私は、魔族にとっての勇者、英雄である。人族の支配を打ち破り、魔族の世界を取り戻す者だ。ここに、君たちと何の違いもありはしない。初代黒瞳王の復活は、魔族と人族の生存競争とは全く別の次元。魔神氏が仕組んだ、この世界を手にれるための出来レースなのだよ」


 ここでルーザックは語気を少しだけ荒げた。


「我々の戦いを、横合いから来て成果だけ掠め取るなど、そんな無法が許されるはずがない! この生存も、死も、希望も絶望も、全て我々だけのものだ」


 アレクスがニヤリと笑う。

 スタニックは重々しく頷いた。

 ツァオドゥは肩をすくめ、「これだから男ってのは嫌ネ」と呟く。


 かくして、ここに人魔の同盟軍が成る。

 まあ、まだまだ即席の脆い関係ではあるのだが。


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