第四章 人魔連合軍

第103話 伝説の独立宣言

「事情をお聞かせ願えませんか」


 あの面接室に、ルーザックはいた。両隣に、アリーシャとコーメイもいる。

 目の前には、三つ目の青白い肌を持つ大柄な男。

 魔神である。


「初代黒瞳王と名乗る人物が現れ、我社のビジネスに損害を与えました。これは魔神氏の係累だということですが」


『うむ私の息子だ。君の活躍により、ついに復活した』


 魔神は真面目な顔をして頷く。


『七代目黒瞳王ルーザック。君はよくやってくれた。お陰で、絶滅寸前まで追い込まれていた魔族の軍勢は勢いを取り返し、今やディオコスモの半分を掌中に収めた。これほどの領域を支配したのは、初代黒瞳王以来だろう。素晴らしい業績だよ』


「ありがとうございます。そのねぎらいは、魔族の仲間たちに掛けていただければ幸いです」


 粛々と頭を下げるルーザック。

 称賛の言葉は素直に受け取っておくものだ。

 それに、今の言葉には、魔神の本心からの感情が乗っていた。


 だが、ここでルーザックはハッとする。

 創業者である会長から会社を受け継ぎ、運営を軌道に乗せて、企業規模を拡大させる。

 何もかも上手く行っているそんな流れで、会長が重要なポストに自分の血縁をねじ込んでくる……そういうことは、よくある。


 そして、ねじ込まれてくる血縁者はボンボンであり、どうしようもなく役に立たなかったりすることも多い。

 そういうパターンか?


 ルーザックは腕組みをした。

 少なくとも、己の雇用主である魔神。その目の前で腕組みをすることは無作法に当たる。

 だがこの時、ルーザックの脳内では一つの結論が出ようとしていたのだ。


 魔神の前で腕を組むこと、無作法に当たらず。


「一つお聞きします。魔神氏は、ご子息である初代黒瞳王を名乗る人物に、我らダークアイを任せようとお考えなのですか?」


『それは君、もちろんだろう』


 魔神がきょとんとした。


『始まりの人魔大戦は、魔族が圧倒的に勝っていたのだ。それも、我が息子たる黒瞳王の強さがあったからこそだよ。君が再び、黒瞳王の軍勢が活躍するための盤石たる土台を作ってくれたからこそ、満を持して我が息子は攻勢に出ることができる。分かってくれるね、ルーザック』


「ちょっと、勝手過ぎるっしょ!?」


 いきり立ったのはアリーシャだ。

 立ち上がるなり、出されていたお茶をごくごくと飲み干し、ぶはあっ息を吐く。


「あたしも、ゴブリンも、魔族のみんなも、あんたの道具じゃないっつーの!!」


『何を言うのだアリーシャ。魔族は私が創造したものだ。私のもの以外の何だというのだね?』


 再び魔神がきょとんとする。

 コーメイはこれを見て、戦慄した。


「副社長アリーシャ。これは……我々人間と魔神では価値観が大きく異なるのです。神である魔神にとって、全ては自分の目的を成すための道具でしか無かったのです……!」


「なんてこと……! 全部、これが狙いだったのね! 最低!」


 部下二人が沸き立つ中、ルーザックは冷静だった。

 じっと魔神を見据える。


「確かに、サイクを始め、初代を知る者たちから伝え聞いた彼の能力は驚嘆に値する。間違いなく、彼が最初の黒瞳王として、魔族の黄金時代を築いたのだろう」


『ああ、その通りだ。分かってくれて嬉しいよルーザック。では、ここに黒瞳王の地位を委譲する契約を……』


「だが、彼はワンマン社長でしか無い。上手く行っている時はいいが、部下が意見するための組織構成すら成せなかった者は、経営者としては二流……いや三流だ」


『なん……だと……!?』


「個人の有能さは、絶対のものではない。それは時代と状況に左右される。独裁者が有能であるうちは、従う者たちは幸福を享受できるだろう。だが、時代と状況が変化し、独裁者の有能さが担保されなくなったなら、どうだろうか?」


 ルーザックの目は、魔神を見据えていた。

 その目が、口以上に雄弁な、彼の意見を語っていた。


『君は……初代黒瞳王の業績を否定するのか』


「彼は次の時代に、憎しみしか残せなかったと言っているのです。二代目は、三代目は、四代目は。初代の築き上げた土台を活用できたのですか? 魔族は、初代から何かを学び取ったのですか? 否。断じて否」


 ルーザックが思い出すのは、出会ったばかりのゴブリンたち。

 狩られる立場になり、滅びを目前に迎えていた彼ら。


 プライドが肥大し、みじめな自らの立場から目を背けることしかできなくなっていたダークエルフたち。


 封印され、存在すらできぬようにされていたオーガたち。


 言葉と文化を奪われ、家畜に貶められたオークたち。


 森の奥深くに隠れ住み、人間を恐れていたケンタウロスたち。


 過去の栄光を延々と思い返しつつ、しかし全ての力を失っていたサイクロプス。


 初代黒瞳王の業績が偉大なことは認めよう。

 だが、それは既に、過去の夢に過ぎない。

 今では何の価値もない。


 それどころか、人間に魔族への強烈な憎しみを植え付けてしまった。

 世界は初代黒瞳王を倒した、七人の英雄によって割譲され、運営されていた。


 人間の世界となっていたのだ。


「彼は何も残してなどいない。故に、彼から何かを受け継いだ者も、引き継いだ者もいなかった。彼が残したものは無残な過去の栄光。縋ることしかできず、それで現状は挽回できず、腹が膨れることもない。再び現れた初代黒瞳王が、それを反省し、良き経営者となるならば良かった。私は優れた経営者の元で働く事に異存はない。だが! 彼は違う! 『魔族は全て、余、黒瞳王のもの』と言ったのだ。彼は何ら反省などしていない。つまり、彼は同じ過ちを繰り返す」


『ま、待て、ルーザック! 息子は全盛期の力を取り戻して復活した! 息子と君が力を合わせれば、今度こそ人間どもを駆逐し、あの世界を魔族のものにできる……!』


「否! 私が手を貸したならば、あの世界は初代黒瞳王のものになります! 魔族を己の所有物だと言ってはばからぬ、暴虐なる経営者の私物に堕する! そんなことは決して許されることではありません」


 アリーシャも、コーメイも、唖然としながらルーザックを見つめていた。

 だが、その口元に笑みが浮かんでくる。


「かっこいいぞ、ルーちん……!」


「ルーザック新社長……!!」


「うむ。我々が大切に育ててきたダークアイの軍勢を、我社を、ぽっと出の初代黒瞳王に渡すわけにはいきません。彼は有能な初代ではない。バカのボンボンです!!」


『ウグワーッ!!』


 ルーザックからの強烈な一言で、魔神がふっとばされた。

 ソファーがひっくり返り、床の上でのたうち回る魔神。


「我らダークアイは、本日を持って魔神氏、あなたより独立します!!」 


『ま、魔族が魔神から独立する……!? そんなバカな。前代未聞だ! 別の並行世界でもそんな事は前例が無い!』


「私の仕事は、常に道なき道を切り開くものでした。これもまたその一つに過ぎません。では、おさらばです魔神氏! 我らダークアイは今日を持って魔神氏の庇護を抜け、独立法人ダークアイとなります!」


『や、やめるんだー!! 私のこの仕事には、外なる神々からの投資も……!』


「株式上場までしていたのか……!!」


 最初から、魔神は初代以外の黒瞳王を繋ぎとしか考えていなかったのだろう。

 その思いが分かった今、ルーザックに未練は無かった。


 魔神への期待には応えた。

 初代黒瞳王も復活した。

 魔神の望みの多くは叶ったであろう。


 ならば、ここからは魔族の望みを叶えていくフェイズである。


「会社は社主のためでも、ましてや株主のためにあるのでもない。会社はそこで働く人々の生活と人生のためにあるのだ!!」


 コーメイが思わず立ち上がり、猛烈な勢いで拍手をした。

 呆然とする魔神の目の前から、三人の転生した魔族は消えていく。


 かくして。

 ダークアイは独立した。


 今、異世界ディオコスモに新たなる戦乱の風が吹き荒れようとしているのである。

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