第102話 決着に水を差すのは

『ふんっ……!!』


 ラギールが腕を一振りすると、そこに稲妻が生まれた。

 これが彼の肉体を覆い、黄金の鎧に変わっていく。


『僕の肉体を稲妻に変換して、それを組み直すのさ。今まで、これを使うほどの相手はいなかったのだけれど、君ならば使えそうだ』


『ふんっ!』


 ラギールの語りに、ルーザックは付き合わない。

 一歩前進しながら、強烈な振り下ろしの一撃。


『遊びの無い人だ! はあっ! 雷鳴剣!』


 ラギールの両腕から、稲妻が剣の形になって飛び出す。

 それは、ルーザックの繰り出した上段の斬撃を受け止めた。


 だが、受け止めた剣が二本まとめて粉砕される。

 剣の勢いは衰えない。


 ここに来て、ラギールは浮かべていた笑みをなくした。

 大地を爆発させるほどの踏み込みを行い、超高速で後退する。


『冗談だろう? 今のは聖剣に匹敵する強度の即席武器インスタントウェポンだぜ。本物の黒瞳王でもなければ破壊できない……ああ、そういうことか』


 ラギールが頭上に手を掲げる。

 すると、彼の周囲に無数の光が生まれた。

 その全てが、雷鳴剣……剣の形をした稲妻である。


『君は本物なんだな、ルーザック』


『いかにも』


 前進するルーザック。

 背中から、両足の展開部から、魔力が増幅して放射される。

 魔力に後押しされながら、黒と金色の巨体がゆっくりと動いていく。


 それは、徐々に加速する。

 ルーザックが黒い剣を構えた。

 横薙ぎの体勢。


 次に何が来るのか、丸わかりの構えだ。

 一騎打ちにおいて、それは下策ではないのか。


「いやあ、こいつは。黒瞳王の野郎、基礎の動きだけを徹底的に磨き抜いてきやがった」


 戦いの風景を、離れた場所から眺める剣王アレクス。

 半笑いで、戦闘について言葉を紡ぐ。


「ジン、見てろ。あれが、才能が無いやつが、それを自覚した上でやれることを磨き抜いた極致だ。基本の基本、上段と中段と突きしかねえ。だが、来ると分かってるそれが、避けきれないほどの速度で、しかも触れれば必殺と来てやがる。ああいうのを、奥義ってんだ」


「奥義……!!」


 剣王の傍らに立つのは、剣士ジン。

 剣王流の剣士であった父をルーザックに殺された男だ。

 彼の剣もまた、父であったダンから学んだもの。そういう意味では、ルーザックとは兄弟弟子だと言えた。


「天才はな、何でもできる。すぐに要領を掴んで、次のステップに進む。そして万にも及ぶ技を会得して、奥義へと至る。だが……それ故に一つ一つの練りが甘いんだよな。それこそ、俺みたいに無限に時間が余ってねえと、全ての技を練り上げるなんざできやしねえ」


 遠景にて、降り注ぐ雷鳴剣の雨を、超高速で前進する黒瞳王が剣の一振りで撃退する。

 加速された横薙ぎ……中段切りは衝撃波すら発生させ、それに触れた雷鳴剣を粉々に粉砕していた。


「ま、しかし無能が達した奥義の使い手ってのは、往々にして他のことができないもんだ。ほら」


 大地を割りながら、炎が吹き出す。

 そこから生まれるのは、火山雷だ。


 黒瞳王の足場を崩しながら、ラギールは彼を追い詰めていく。

 戦場が狭まる。


「人間には通じる。だが。ラギールのように化け物になっちまった奴には、通じない。あと一手届かないんだよ」


「黒瞳王が……負ける……?」


 ジンが呟いたときだった。


「アホネ」


 魔導王が現れて鼻を鳴らした。


「なんだツァオドゥ。にっくき黒瞳王の肩を持つのかよ」


「ワタシは自分の願望で、真実を捻じ曲げるアホじゃないネ。確かに、黒瞳王だけなら大して怖い相手じゃないヨ。一対一で戦ったら、お前もワタシもあいつには勝てるネ。楽勝ヨ」


 そこで、細い目を見開くツァオドゥ。


「でも、ワタシたちは負けた。なんでカ? それは、あいつが他の魔族の力を借りたからヨ。足りないものを全て、他の魔族の力で補ったネ。さらに、ワタシたちの力を利用して、予想もつかない力を身に着けて来たネ。あれと真っ向から戦って、一歩も退かなかったスタニックはまあまあ評価できるネ」


「それは光栄だな」


 スタニックが並ぶ。

 背後には、二人の騎士団長がいる。


 この場に、七王のうち三名が揃った。


「黒瞳王ルーザック。あの男は無能ではない。個人の戦闘においては非才だが、非才が弱いわけではない。非才だからこそ、勝つための手段を凝らして、準備を怠らず、万全で挑んでくる。見よ」


 狂王と黒瞳王の戦いは、新たな次元に突入していた。

 黒瞳王の全身の装甲が展開する。


 内部装甲が露わになり、黄金の色をしていたそれが、一瞬にして紫色に染まった。

 周囲に紫の光が粒子となって降り注ぎ、稲妻を、火山雷を打ち消していく。


 それどころか、黒瞳王は単身で、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 その足が、空を踏む。

 否。

 放った魔力の粒子が足場となり、彼を支えているのだ。


 さらに、黒瞳王が放つ魔力の量が増加していく。

 それは、彼が動いた後に紫色の残像を生み出した。


 残像が自ら動き出す。


 ラギールもこれを見て驚愕したようだ。

 周辺にばらまいていた稲妻が、瞬時に収束していく。


「ラギールは、狂戦士を作るために、既存の鉱石を変異させ、これを用いていた。それは魔力を増幅する力を持つ。黒瞳王はあれを利用したのだろう」


「ウエー。あの時ですら、あいつは手がつけられなかったネ。駆け引きが通用しないヨ。ただただまっすぐ突き進んでくるし、あの剣はどうしようもないネ」


「そりゃあそうだ。あれは原子剣アトモスだぞ? 神々よりも前に生まれた最初の剣だ。砕けるわけが無いだろう」


 収束した稲妻が、黒い剣によって両断されていく。

 ルーザックが突き進む。

 ひたすら真っ直ぐ、真っ直ぐに。


 狂王は笑いながら、稲妻の濃度を高めていった。

 既に、触れるものをどろどろに溶かす程の熱量を発しているであろう。

 だが、それすらも黒い剣は切り裂く。


 エネルギーも、魔法も、概念も、何もかもを不壊の魔剣が切り裂いていく。

 それを推し進めるのは黒瞳王だ。


 さらに、狂王の周囲を黒瞳王ルーザックが生み出した残像が行き交う。

 それは魔力で構成された弾丸でもあった。

 次々に狂王へと突き刺さる、残像の弾丸。


 黄金の鎧を纏う狂王が揺らいだ。


「あの野郎、マジで手がつけられない化け物になっていきがやる。いや、あれはあいつだけの力じゃねえ。全ての魔族が、黒瞳王にBETしてんだ。ラギールが戦っているのは、俺らの力をパクった全魔族ってわけだ。こりゃあ、分が悪いな」


 切っ先が届く瞬間、ついにラギールは鎧を脱ぎ捨てた。

 全身を稲妻にし、光の速さでルーザックの上段を回避する。

 だが、そこでルーザックの剣は軌跡を変化させる。


 上段から中段。

 基本のコンビネーションだ。

 ただし、それは超音速で行われる。


 中段をも、狂王は紙一重で回避する。

 その顔には笑みが浮かんでいる。


 だが、二人とも言葉を放つ余裕はない。

 一言を口にする寸隙で、勝負は決まってしまうだろう。


 回避を終えたラギールは、その腕に雷鳴剣を召喚して反撃の機会を……。


「上段、中段、そして上段か。前に進み続けなきゃできねえクソ連携じゃねえか。……ま、クソだろうが当たりゃ強いからいいんだがな」


 ラギールの目が見開かれている。

 自らに迫る、上段からの一撃を見つめているのだ。


 なんだ?

 なんだこれは。

 どうして僕がやられようとしている……!?

 狂王の思考は混乱していた。


 戦いは、ほんの僅かな時間だった。

 だが、戦いに至るまでの間に長い時があった。


 黒瞳王は備えてきたのだ。

 狂王ラギールとの戦いのため、必勝の構えで臨んできた。


 稲妻を切り裂く攻撃手段と、ラギールに攻撃をさせない戦い方。

 さらには、残像を使った驚異の戦法。


 黒い剣は、狂王の額に触れた。

 止まることはない。


 全身を稲妻にした彼の肉体を、頭頂から股間まで、一文字に切り下ろしていく。


『ああ、これは……負けた……!!』


 ラギールは笑った。

 爽やかな笑顔を浮かべた。


『千年前とは立場が逆になったね……! まるで僕が魔王で、君が勇者であるかのようだ……』


『うむ。私は己を魔王だと思ったことはない』


『やっぱり。挑む側は強いよね』


『前に進むだけでいい。これは実に単純明快で、そして力強いやり方だ』


『同感だ』


 さらさらと、ラギールの体が光の粒子になって崩れていく。

 彼の顔は、憑き物が落ちたようだった。


『黒瞳王、気をつけろよ。僕はあいつを倒したが、倒しきれなかった。あいつは僕の中にいて、ずっと機会を伺っていた。時間がないから、一言で話すと』


 ラギールは最後の言葉を口にする。


『魔神に気を許すな』


 次の瞬間、消滅しかかっていたラギールの胸を貫いて、緑色の腕が生えてきていた。

 そこに握っているのは、光の塊。

 ラギールの心臓とも言える、魔力そのものであった。


『ようやく取り戻せたぞ』


 腕を引き抜くのは、緑色の肌の赤子。

 ゴブリンのようにも見える。

 それが、光の塊を一口で飲み込んだ。


 ラギールは一瞬、赤子を振り返ろうとしたが、すぐにその全身は粒子となって飛び散った。


『誰だね、君は』


『余は黒瞳王である』


 赤子が応じる。

 その肉体が、一瞬で膨れ上がった。


 大柄な体躯の、緑の肌をした男になる。

 額からはねじれた角が生え、全身から黒い角のようなものが覗いている。


『我が父、魔神の宿願を果たすため、再び世界に舞い戻った』


『なるほど。魔神氏のご子息というわけか』


『紛い物の黒瞳王よ。余に全権を譲れ』


『ほう……』


 ルーザックが腕組みをする。


『それはつまり……突然現れた二代目が、会社を継ぐ権利を主張するということかね』


『何を訳の分からぬ事を』


『断る。二代目の就任が魔神氏の希望ならば、我社は魔神会長に引退をしていただくことになる』


『何を分けのわからぬ事を……! 魔族は全て、余、黒瞳王のものであるぞ!』


『違う! 会社は社員のものだ! 会社で働く者たちは運命共同体。社員の最大幸福のためにこそある!』


『むうううっ!! 後悔するなよ、紛い物め!!』


『TOBでも仕掛けてくるつもりか。来るがいい。我社は一丸となって相手をしよう』


 黒瞳王を名乗る魔族は、ふわりと空に舞い上がった。

 そして、空間に溶け込むように消えていく。


 あれこそ、初代黒瞳王。

 世界を恐怖の底に叩き込み、ディオコスモを闇一色に染め上げた邪悪。


 かつては、七王となった勇者のパーティがこれを退けた。

 しかし、今やばらばらになった勇者一行は、その半数を失ってい、志もまた消えていた。


 ディオコスモに、再び闇の時代が訪れるのか?

 そうはなるまい。


 過去からの亡霊に立ち向かうのは、現在を生きる魔王である。


『諸君!! ダークアイに所属する諸君!! 新たな敵が現れた! それは初代黒瞳王を名乗る、魔神氏の嫡子である! 彼は組織の継承者であることを宣言し、我が社の所有権を主張してきた! しかし!! 血が、血の繋がりが継承権を担保するのか? 否!! ダークアイは、私、黒瞳王と君たち魔族が、一歩一歩、あゆみを進めながら築き上げてきた組織である! 即ち! この組織の根幹に初代黒瞳王は関与していない! 故に、氏の発言は全く不当な宣言であると言わざるを得まい! 我らダークアイは、私と! 諸君の! 全力を以って、我が社の所有権を簒奪せんとする、初代黒瞳王と戦うものとする! 私に賛同するものはついてきたまえ! 初代についていこうとする者! ちょっと待って欲しい。後で話し合いの機会を設けよう』


 かくして、ディオコスモは新たな時代を迎える。




――――――――――――――――――――

ここで第三部終了となります。

第四部に関しては、来年春頃予定です!

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