第101話 魔王vs勇者
戦場に降り立った光の塊に対して、人魔連合軍が一斉に攻撃を開始する。
矢や魔法が降り注ぎ、その様はまるで豪雨のようだ。
しかし、光の中でぼんやりと揺らぐ人型は、何の痛痒も感じていないようだった。
『そんなものか』
ぽつりと呟いた声だったが、それはルーザックの耳にはっきりと届いていた。
「各自、散開せよ! 距離を取れ!」
駆け出しながら、ルーザックが叫ぶ。
これの声をサイクが拾い上げ、代行して戦場中のダークアイ兵士たちへと伝えるのだ。
『ルーザックよりの命令だ! お前たち、散開せよ! 狂王から攻撃が来るぞ!』
ダークアイに、ルーザックの判断を疑うものなどいない。
即座に魔族は動き出した。
攻撃を停止し、一気に後退を始める。
「おいおい、なんだ魔族は。腰抜けか」
「しょせん化け物は化け物。頭が悪いんだ」
「逃げ出すんじゃないだろうな」
騎士たちがそう言ってせせら笑う。
その直後だった。
狂王が纏う光が膨れ上がった。
そして誰もが、その光が美しいだけのものではなく、触れるものを何もかも焼き焦がす稲妻の化身なのだと気づく。
「な、なん……」
『ハハハハハ! ハハハハハハハ! さあ行くぞ! 耐えろ! 耐えてくれよお……!』
狂王の笑い声とともに、光の球体が爆ぜる。
放たれるのは、無数の雷撃。
触手のように蠢くそれが、大地を焦がし、天を焼き、戦場の騎士や兵士たちを薙ぎ払った。
「っ……!!」
「────!!」
声もあげられず、稲妻に舐められた人間たちが消えていく。
あまりの熱量に、一瞬で粉砕されるのだ。
「なんという力だ。ラギール、最初から全力で来るつもりか! 陣形! 盾の陣!!」
スタニックが前進しながら命令を発する。
彼は、兵士たちの前に立ちながら騎士王結界を発動した。
スタニックの前に、絶対的な守りが発生する。
ラギールの雷撃が、守りの前に爆ぜた。
『スタニック!! 僕の前に立ちふさがるのかい? また! また君が!』
「仲間であった情から、お前を生かそうとし続けていたのは私の間違いだった。お前はここで終わらせる……!!」
『やる気になったのかい! だけど、君は守るだけだ。君の剣では僕に届かない』
「だから俺がいるんだろうが」
ラギールの言葉に応じて、剣を帯びた男が歩み出た。
彼の振るう剣が、雷撃を弾く。
『アレクス! へえ、七王が二人もいるとはね』
「おう。だが今回は大サービスだ。あと一人来ているぞ」
「雷霆反転……! アースウォール!!」
突如、戦場の大地が隆起した。
盛り上がった土が津波のごとく動き、稲妻を遮り、さらにはラギールを押しつぶそうとする。
『これは……!!』
「そら、エルフたち! ちゃっちゃと土の魔法で攻撃するネ! 魔法戦は相性! ラギールの稲妻には土の魔法で対抗ネ!」
『ツァオドゥもいるのか! ハハハ! いつかの君の城みたいだな! この上クラウディアまで出てきたら、僕をまた封印しそうだ!』
「あいつは来ねえよ! 何か、出てこれない理由があるらしくてな。その代わり、俺が頑張るってわけだ! 前線上げろスタニック!」
「うむ!」
剣王と騎士王が並びながら、ラギールに迫る。
剣が稲妻を割り、撒き散らされる雷撃を騎士王が止める。
さらに、周辺から魔導王率いるエルフの軍勢がラギールへ攻撃を仕掛ける。
圧倒的物量。
さすがの狂王も、これには押しつぶされてしまうかと思われた。
騎士たちも勢いづき、陣形を構えて一斉に攻め寄せる。
『ああ、これは楽しい! みんなが寄ってたかって僕を攻撃する! まるでこれは、僕が魔王になったみたいじゃないか! あはははは! だが、魔王はそんなに簡単にはやられないよ! 斬魔剣! ライトニングスラッシュ!!』
「来るぞ!! 守りに徹せよ!!」
騎士王の声が響く。
だが、即座に反応できなかった騎士も多い。
そこへ、狂王の剣がぐんと伸びた。
稲妻を纏った剣が、戦場を一薙ぎ。
一瞬、周囲は静寂に包まれた。
そして、爆発。
戦場自体が爆発を起こした。
悲鳴もなく吹き飛ばされていく兵士、騎士たち。
たったの一撃で、七王と、彼らを取り巻く精鋭以外は残らぬ戦場になった。
「やはり……次元が違う! たった一撃で戦況をひっくり返してくるな!」
「スタニック、ちょっくら行ってくるぜ。守ってちゃいかんな。攻めだ攻め」
剣王アレクスが悠然と歩みを進め、ラギールとの距離を詰める。
迎え撃つラギールが、稲妻を固めたような剣を掲げ、襲いかかる。
二人が激しく剣と剣を交わし始めた。
剣と剣がぶつかり合うたびに、生まれる稲妻と剣圧の余波が大地を割る。
空を裂き、天が乱れる。
晴れ渡っていたはずの空は既にかき曇り、戦場はラギールの稲妻が光明となる薄闇の中。
「いやあ、こりゃあとんでもないねえ。七王ってこの次元だったんだねえー。普通にやってたら無理じゃない?」
遠目でこれを眺めるアリーシャが呆れている。
「ええ。戦略という次元を越えた、圧倒的な個人の暴力。あれは策でどうにかなるものではありませんね」
コーメイが嘆息した。
策が通じないとなると、敗北感を覚えるらしい。
「これは力と力のぶつかり合いだ。なれば、我らダークエルフの方が相性が良かろうな。忌まわしいエルフどもも出てきている」
ディオースが凄みのある笑みを浮かべている。
彼はルーザックの命があるまで、戦闘に参加するつもりはない。
あわよくば、エルフが稲妻に呑まれて死んでしまえと考えている。
今まさに、エルフの一角が雷撃を受けて崩れた。
「よしっ」
拳を握りしめるディオース。
「それはどうなのディオースちん」
「我らにとって、エルフどもが死ぬのは喜ばしいことなのだ」
「気持ちは分かる」
グローンが隣で頷く。
「しかし、あれは鋼鉄兵団と言えど、盾の陣形で守りに徹しておらねば一撃で蒸発してしまいそうだ。あれが勇者の成れの果てか。恐ろしい相手だな……。というか奴ら、年を追うごとに力を付けていっているのではないか?」
『おお、それはな。勇者は初代黒瞳王陛下によって呪われておる。即ち、陛下の魂を宿しているということだ。あれは、初代黒瞳王陛下と勇者が合わさった化け物だということだなあ。お前ら、攻めのタイミングを誤るなよ。誤れば死ぬぞ』
「なるほど……ちなみに、社長は?」
『おう、ルーザックなら、ほれ』
『ふふふふふ……』
含み笑いが聞こえてくる。
目玉爆撃機の上である。
「ふいー! これで完全装備完了だ! しっかし、作った我ながら、バカみたいな装備だなあ……。なんだよ、黄鉄鉱で内部装甲を全部コーティングするとか。こんなもん、冗談みたいな魔力の出力がなければただの重しだぜ? まさに旦那専用だよな」
『うむ。君は重しだと言うが、体が実に軽い。何も着ていないかのようだ』
漆黒の重甲冑が、爆撃機の上に立っている。
ルーザックだ。
黒の間に、黄金の内部装甲が見えている。
「旦那、こいつはな、旦那のやる気が増すと装甲がスライドする。んで、黄鉄鉱の内部装甲がむき出しになって出力が跳ね上がるんだ。旦那のパワーに耐えるために強度の全てを使ってるから、打撃には弱いぜ」
『問題ない』
「うわあ、改めて見ると、とんでもない外見ですね……。社長の姿がふた回り……いや、それ以上大きくなっていますよ」
「男の子ってああいうのが好きなんでしょ? あたし、わかんないなあ」
「ルーザックサマ、かっこいー!!」
ジュギィが歓声を上げた。
その姿は、いつもの少女のものに戻っている。
「ジュギィたちは行かなくていいの?」
『これは、最大の火力を以てぶつかり合う戦いだ。戦争ではない。言うなれば決闘かな。相手は特大の爆弾みたいなもので、生半可な装備で近づくと巻き込まれて死んでしまう。最高の装備をしていかないとね』
「ルーザックサマ、最高の装備してるの?」
『ああ、最高の装備を頼んだ。問題ない』
「社長、それはフラグ……」
「ねえルーちん。向こうで剣王たちがやり合ってるじゃん? 勝てると思う?」
『無理だろう。彼の聖剣は私が折った』
「あー……」
『それに……サイクの言葉の通りならば、初代黒瞳王は七王全員が揃って当たることができて、ようやく勝てたのだろう。ならば、数が足りない。勝てるものではない。そら、吹き飛ばされたぞ』
七王の軍勢が、雷撃によって蹴散らされている。
剣王と騎士王も決定打を放てず、距離を取ったようだ。
『では行こう、サイク。魔王の力を宿した勇者に、私が挑むぞ』
『御意、黒瞳王陛下!』
ふわりと、目玉爆撃機が舞い上がる。
ズムユードが機体から飛び降りた。
「任せたぜ、旦那! そいつの機能は、何もかも全部、旦那の魔力頼みだ! 旦那の魔力は未だに天井が分からねえ! だから、バカじゃねえかと思うくらい魔力を注ぎ込まなきゃまともに動かねえようになってる! 動かなくなったら済まねえな! ええと、つまり、乗用ゴーレム千台ぶんくらいの……」
『ああ、上手く動かして見せるさ。大変体が軽い』
ルーザックのゴーレムアーマーは、浮上する爆撃機の上で手を振ってみせた。
「軽々と動かしてやがる。旦那の魔力もどんどん増大してるんじゃねえか……?」
かくして、誰も近づくことができぬとしか思えぬような戦場に、悠然と現れる目玉爆撃機。
『来たね、黒瞳王!』
『いかにも、私だ』
『これは挨拶だよ!』
放たれる雷撃。
しかし、これはルーザックに触れた瞬間に霧散した。
ゴーレムアーマー周囲に、黄金の霧のようなものが生まれている。
『私の魔力に反応して、黄鉄鉱がバリアを作っているのか?』
『驚いた……君の魔力は、僕のそれに匹敵するのか……? その甲冑を纏って、やっと君は力を発揮できるようになったみたいだ。面白いね』
『うむ。大変面白い。では行くぞ!』
『来い!!』
唸りを上げる黒い剣。
切り裂かれる稲妻。
勇者と魔王がここに相見える。
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