第99話 人魔共闘

 狂王ラギールは、力を込めて、己を包み込む檻を叩いた。

 何度目の試みであろうか。

 叩くたびに、この強固な檻はきしみ、その強度を落としていく。


 今日が、その最後の日だ。

 ラギールの一撃が、光の檻を砕き去る。


「全く、神の用意した檻に勇者を閉じ込めるだなんて。彼らは本当に困った仲間たちだよ」


 流れ込んでくる外気を大きく吸い込み、ラギールは笑う。

 久しぶりに吸う外の空気は美味しい。


 そしてこの空気から感じるのは、戦いの気配だ。

 またやっている。


 きっと、この間来た黒瞳王だろう。

 相手は、現在のディオコスモの力関係を考えると、騎士王スタニックだ。


「クラウディアはそもそも戦う気が無いからね。スタニックくらいしか戦える奴は残ってないだろ。ううーん、僕も早く戦いたいなあ!」


 ラギールは全身に光を纏う。

 彼の力は、雷の波動ライトニングサージ

 勇者にのみ発現するという、電撃を操る力である。


 これのみを以って、ラギールは七王最強の名をほしいままにする。


「さあさあ! 久方ぶりの楽しい戦だよ! おっと、国民諸君にとっては初めての戦いだったよね? 戦争は楽しいよ!」


 ラギールは両手を振り上げて、全身から稲妻を発した。

 激しい衝撃が、瓦礫となった王城を完全に粉砕する。


 それと同時に、狂王は王国全土に張り巡らされた、魔力のネットワークを活性化させていた。

 即ち、すべての住民が己と繋がるこの王国にて、国民たちと己を同期したのである。


 狂気王国の民たちは、一斉にその動きを止めた。

 まるでロボットのようである。


「さあ行こう! 総力戦! 素晴らしき総力戦だ! 実はね、僕も戦争は初めてなんだ。何せ、今までは僕が出れば何もかも片付いていたからね。だけど今回は戦争だ。彼らの作法に従ってあげようじゃないか! せっかく、大切に大切に戦力を育てていてくれたんだ。その力を使わせてあげなくては、失礼というものだからね!」


 ラギールはふわりと舞い上がった。

 彼は自らの力で、空を飛ぶことすらできるのだ。


 己が国土を見渡して、上機嫌の狂王。

 その両手を大きく広げると、勢いよく打ち合わせた。


「目覚めよ、我が国民! 進撃開始!!」


 その瞬間、狂気王国に住まう全ての民が、一斉に狂戦士となったのである。







 戦端が開かれた。

 狂気王国側から、わらわらと狂戦士化した国民が溢れ出してくるのである。


 とりあえず、遠距離からの射撃、砲撃で撃退をしてみることにする。

 バーバヤガが仕掛けてきた総力戦に相対するのは、ダークアイ・ガルグイユの人魔連合軍。


 基本的に分かりあえないはずの彼らではあるが、敵は全てを滅ぼそうとする狂気王国。

 お互い、黙って滅ぼされる気はない上に、それぞれの上層部は話が分かる。


 ダークアイ、ガルグイユの国境線上に、作戦本部が設けられていた。

 テントの中で、黒瞳王ルーザックと騎士王スタニックが角を突き合わせて唸る。


「うーむ。本当に全軍で押し寄せてくるとは」


「そういう男なんだ。加減というものが無い。常に全力か、ゼロかだ」


「奇策が全く通じそうにない」


「通じないだろうな」


 ルーザックが唸った。


「そこで私の出番ですよ!!」


 自己主張するコーメイ。


「全軍の指揮を私に預けていただければですね……」


「幾らなんでも、魔族に指揮を預けることは無い」


 スタニックがピシャリと言った。

 コーメイがしょんぼりする。

 一度大軍の指揮をしてみたかったようだ。


「かと言って、お前たちダークアイが食い荒らしたお陰で、我が騎士王国の騎士団長も二名が欠員だ。このままでは、満足にバーバヤガと戦うことも難しい……」


 スタニックが難しい顔をした時だった。

 テントに、風のような勢いで駆け込んでくる男がいる。


「旋風騎士団長ヒューガ! ただいま帰還致しました!!」


 派手な騎士鎧の男が、姿を現したのである。


「なんと!?」


 驚いたのはコーメイである。

 この男は、村ごと谷底に突き落として倒したはず……。


「私が助けに上がりましてね。その節はどうも」


 ヒューガの後ろから登場した、背筋の伸びた中年男がコーメイに視線をよこす。

 暗殺騎士ウートルド。


「旋風騎士団の方々は残念でしたが、団長はこうして生き残った。策は完全とはなりませんでしたな」


「これは手厳しい……」


 バチバチと火花を散らす、コーメイとウートルドである。

 この様子を見て、スタニックが嬉しそうに笑った。


「よし、では、我が軍の指揮はヒューガに任せる。ウートルド殿、ヒューガを補佐して欲しい」


「かしこまりました」


「これで問題はないな、ダークアイの。守りは両軍の最も強固な戦力を用いる。それを左右から、遊撃部隊で以て撃退する」


「異論はない。ダークアイの戦闘はコーメイに一任する。それと……一応、人質にしている騎士団長は返した方が?」


「ヒューガか! 生きていたのか!」


「うむ。ジュギィの魔眼光を全身に食らってピンピンしているのは、人間にしておくには惜しい生命力だった。うちのメイドが手当をして、ガツガツと飯を食らっている」


「彼らしい。返してくれ」


「良かろう」


 このやり取りに、スタニックの侍従アルベルが目を丸くする。


「そんな簡単に人質を……」


「ルーちん、その辺こだわらないんだよね。というかこれも多分……戦力の、ちくじ、とーにゅー?」


「そう。戦力の逐次投入は愚策だ。両軍の最大戦力でバーバヤガを受け止める。そして撃滅する。今回の相手は、そういう次元の存在だ」


 今の人魔連合軍には、頭が二つある。

 これは軍としての意思決定速度が遅くなることを意味している。


 ルーザックが望むところではない。

 故に、彼は妥協できるところまでは妥協し、イニシアティブをガルグイユに任せつつ、譲れないところのみを堅守する。


 下手に両軍が意地を張り合えば、たった一つの意思に統一されたバーバヤガの猛攻に呑まれてしまうだろうからだ。


 幸い、騎士王国は誇り高い武人の集まりである。

 魔族を前に立たせて自らはのうのうと後ろでふんぞり返る……などということができようはずもない。


 結果、狂戦士の軍勢とぶつかり合うのは騎士王国が主となる。

 鋼鉄兵団は自主参加である。





「やってるやってる」


 ジュギィを伴って外に出てきたアリーシャ。


 雲霞の如く現れる狂戦士の群れ。

 どの狂戦士もが、一人あたり騎士四人から五人ほどの強さを持つ。


 バーバヤガの全国民がそんな狂戦士になって襲いかかってくると考えれば、まともに相手などできようはずもない。

 だが、岩山騎士団はまともではない。


 突撃してくる狂戦士を、真正面から受け止める。

 ひたすら受け止め、食い止め……。

 そこを真横から、鋼鉄兵団が仕留める。


「わっはっは、こりゃあ壮観だ! 狂戦士どもが次々になだれ込んでくるぞ! 武器を振り回せば当たるではないか!」


 グローンは上機嫌。

 盾の陣形となった鋼鉄兵団の装甲は、狂戦士の攻撃でも貫けない。

 その状態のままで、めったやたらに武器を振り回す。


 すると、狂戦士にぶち当たるというわけである。

 だが、物事はそう簡単にはいかない。


 「爆発するぞ!」


 岩山騎士団長ドミトールから声が掛かった。

 グローンは慌てて、命令を下す。


「防御だ!!」


 鋼鉄騎士団が一箇所に固まった。

 それと同時に、そこここで爆発が起こり始める。


 狂王の魔力を直接流し込まれている狂戦士。

 彼らの中を渦巻く魔力が、ちょっと増幅されただけで、人間のキャパシティを容易に越える。


 すると……狂戦士は人間爆弾となるのだ。

 他の狂戦士を巻き込み、地形を変えて、爆発が巻き起こる。


「こりゃあ洒落にならん……!! 盾の陣形を取っていなかったら、わしらもやられていたな!」


 一度爆発が始まると、それは戦場中で連鎖を起こす。

 バーバヤガの軍勢は、さながら歩く爆弾だった。


 彼らに対する近接攻撃は、自殺行為。


「よーし、生き残りの水竜騎士団! そして主が療養中の天翼騎士団! この俺、旋風騎士団団長ヒューガが諸君のリーダーだ! 行くぞ。遠距離攻撃だ。近寄ったら死ぬからな! ちなみに! この俺が集めた情報によると爆発の範囲は半径にして……」


「撃ち方始め!」


「おいウートルド! 勝手に命令するな!」


 水竜騎士団による射撃が開始される。

 これを見て、コーメイが肩をすくめた。


「こちらはスムーズに行きましょう。さあ皆さん、射撃を……」


「魔法攻撃だな? 内容はこちらで決定するがいいか?」


 意見するのは、魔法の専門家であるディオース。

 彼の右手には、特殊なタイプのゴーレムアーマー装備されている。

 これぞ、魔法増幅型ゴーレムアーマー『レイス』。


「どうぞ。」


「敵は雷撃。土の精霊魔法にて砲撃を開始する! 狂王の魔力を打ち消すぞ!」


「いかん……私の扱いもヒューガと一緒なのでは……!?」


 危機感を抱くコーメイをよそに、対狂気王国戦争は乱戦の度合いを深めていくのである。

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