第98話 戦場での緊急対策会議
さっきまで戦場であったところに、テントが設けられていた。
むしろが敷かれただけの地面に座して向かい合うのは、片方が魔族の長、黒瞳王ルーザック。
もう片方は、騎士王スタニック。
ルーザックの傍らには、彼の右腕たるゴブリンの姫ジュギィ。
そして先代黒瞳王のアリーシャ。
スタニックに横には、侍従のアルベルが控える。
二国の王が戦っている間、アリーシャを食い止めていたのがアルベルだ。
優男然とした見た目とは裏腹に、凄まじい戦闘力を秘めている。
この場には、五人。
停戦の命令は出したが、遠くではまだ爆発音が聞こえている。
命令に従わずに戦っている者たちがいるのだろう。
恐らくは、魔導王とダークエルフ。
あの両雄は、徹底的にやり合わねば止まるまい。
ルーザックもスタニックも、彼らのことは一旦横に置いておくことにした。
「狂王ラギールには会ったかね?」
「うむ。招かれてね。私自らが出向いた。元勇者殿はご健在であった」
「で、あろう。彼の力は、往時のままだ。それをコントロールする精神を失いはしたものの、まともに彼の攻撃を喰らえばただでは済むまい。私以外はな」
スタニックが平然と言ってのける。
こと、守りという一点では最強の七王である。
ルーザックの攻めでも、崩れなかったその力は本物だ。
「それはすなわち、勇者ラギールの前に立つのは君の仕事だと言うのかね」
君呼ばわりを耳にして、アルベルが僅かに眉を跳ね上げた。
それに対してアリーシャが、威嚇するように歯を剥く。
「いかにも。私が前に出る。我が騎士団が健在であればそれも叶っただろうが……よくぞ食い荒らしてくれたものだ」
「うむ。ガルグイユの戦力は徹底的に研究させてもらったからな」
ちょっと得意げなルーザック。
想定外であったのは、岩山騎士団の堅固さくらいのものであろう。
まさか、盾の陣形のオリジナルである彼らが、あれほど強いとは思わなかった。
守りに徹してはいるが、間違いなく彼らこそ、ガルグイユの最強戦力であろう。
だが、この場でルーザックはそんな事を一言も口にしない。
ラギールとの戦いが終われば、ガルグイユとは再び矛先を交える事になるであろうからだ。
お互い、手の内は隠したままで狂王ラギールと戦いたい……。
だが、相手はそれを許してくれるような甘い相手ではない。
どこまで、互いの取って置きを出すのか……。
ルーザックとスタニックの会議は、奥歯に物が挟まったような物言いの応酬になりつつあった。
すっかり退屈したジュギィは、テントに寄りかかって寝てしまっている。
これはいけない。
このままでは、何も決まらずに終わってしまう。
両軍が単身で当たるには、狂気王国バーバヤガは危険過ぎる相手なのだ。
国民の全てが狂戦士であり、言わば人間爆弾みたいなものである。
そして、そんなたちの悪い戦力すらも、狂王ラギールの前座に過ぎない。
まともに戦えば馬鹿を見る。
そのような国が、バーバヤガなのだった。
「狂戦士を食い止めねばならない。我らの狙いは、狂王ラギールただ一人のみ」
スタニックが口を開く。
これに、ルーザックも異論はない。
「ああ。全ての狂戦士は、勇者からの魔力供給を受けているようだ。故に、勇者ラギールを討つことさえ叶えば勝負は終わる。彼が玉座に引きこもっているならば大変困った事態になるが……」
「うむ。我々がある程度持久戦をしていれば、勝手に出てくるだろう。そこを叩く」
「よし」
妥結点が見えてきた。
ここで、会議に二名追加である。
「話は聞かせてもらったぞ!」
「わしらに任せるがいい!」
テントに、やたらと体の大きい二人が入ってきた。
岩山騎士団長ドミトールと、オーガの長グローンである。
どういう訳か、停戦という事になってから意気投合したようだ。
言葉を交わすよりも、槌と盾を交わすことで深く分かりあったらしい。
「ルーザック殿! 鋼鉄騎士団ならば狂戦士どもとも渡り合えるぞ! 新兵器の加速ハンマーならば一撃で狂戦士の頭部を砕けよう!」
「スタニック陛下、我ら岩山騎士団にお任せを。狂戦士と言えど、戦場を埋め尽くすほどに出てくるわけではありますまい。我らが最強の陣形、大盾の陣で戦場中央にて敵を食い止める。お二方は背後で待っていればよろしい」
ルーザックとスタニック、僅かな間、呆然とした。
せっかくお互いの手の内を隠しながら、ちょうどいい着地点を見出したところなのだ。
そこに飛び込んできた、両軍の主戦力。
それが自分たちが全力で狂王の軍を食い止めると宣言したのである。
しかも手の内を広言して。
台無しである。
ルーザックがポーカーフェイスのまま、ちょっとがっくり肩を落とし、スタニックは引きつった笑いを浮かべた。
「陛下、たまにはこんなこともあります」
アルベルが慰めるのだった。
「では今後についてだが。入ってきたまえ」
ルーザックの言葉に応じて、ゴブリンが数名入ってくる。
「なんだ?」
スタニックが訝しげな顔をする。
彼らの前に、紙を広げるゴブリン。
「ギッ?」
「ああ、私の指示通りに書いてくれたまえ」
「ギィー」
お絵かき担当のゴブリンである。
彼らがルーザックの指示に従い、紙の上に戦場図を描き出していく。
「……上手いですね」
「うむ」
アルベルの感想に、スタニックが頷く。
ホークアイ攻略の頃から、お絵かきに携わってきたゴブリンだ。
実践で鍛え上げられたその腕は、超一流。
またたく間に、戦場の全図が俯瞰の形で描かれた。
別のゴブリンが、既に描いていたらしい駒をチョキチョキと切り出す。
それを、戦場図の上に置いた。
「これが、鋼鉄兵団。こちらが岩山騎士団」
「ふむ……」
「見ての通り、バーバヤガの地形はこことここで、我らがダークアイとガルグイユに面している……。あ、議事録を取っておいてくれ。これが後のマニュアルになる」
「ギィ!」
ゴブリンがいい返事をして、さらさらとメモを始めた。
「ゴブリンが文字を書ける……!?」
アルベルが目を剥いた。
彼はどうやら、ゴブリンの生態について知識があるようだ。
「アルベル、何かおかしいのか?」
「はい。ゴブリンとは本来、魔族にとっての雑兵の役割を果たす存在です。高い知性などなく、統率というものが効かない……はず」
「おいおいアルベル! そりゃあ違うぞ!」
ドミトールが声を張り上げる。
「ゴブリンはな、俺らがこいつらと戦ってる時、横から妙な乗り物に乗って突撃してきやがった。しかも、攻撃を加えるんじゃねえ。足を引っかけようとしたり、顔に向かって泥玉を投げつけてきたりだな。狙って陣形を崩そうとしてきやがった。こいつら、陣形がどういうものなのかをよく熟知してやがるんだ。陣形を崩されてたら俺らも危なかったぜ」
「いやいや。攻めあぐねていたわしらのために、駆けつけてきてくれたのよ! 全く、ダークアイの戦場はゴブリンなしでは成り立たぬなあ! がはははは!」
「また内情をポロポロ話す……」
「ルーちん、大丈夫! 向こうも話してるから! 痛み分けだからね!」
アリーシャに慰められるルーザックなのだった。
一方、アルベルは何度も頷いている。
「なるほど……。ダークアイの戦い方には、いずれの種族も捨て石にする、というものが見られませんでした。これはつまり、ゴブリンにオーガ、オークとケンタウロス、どの種族にも上下が無いという事かもしれませんね。驚くべきことです」
「うむ……。全ての種族の可能性を引き出し、強調して戦うか。なるほど、仲間たちが勝てぬはずだ。魔族に対する固定観念を持っていれば、この男とは戦えん。何もかも、過去の黒瞳王とは違う」
「ほら、ルーちん! 騎士王が褒めてるよ!」
「うむ、うむ……」
「こりゃいけない、秘密主義もここまで来ると病気だわ。んじゃあ、こっからはあたしが担当するね。ルーちんとコーちん見てて、まあまあ軍略っつーの? それも分かるから」
ここで、先代黒瞳王にバトンタッチ。
人と魔族による、前代未聞の共闘作戦が練り上げられていくのである。
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