第97話 激突、黒瞳王vs騎士王 4
「さあ、来るがいい。我が陣形は無敵……! 騎士王結界!」
ただ一人立つ騎士王の左右に、何人もの光り輝く騎士が出現した。
その全てが、スタニックの使い魔とでも呼ぶべき存在である。
これがあることで、騎士王スタニックは単身にして、全ての陣形を使いこなす。
「奇遇だな」
対する黒瞳王ルーザックが応じた。
「私もまた、君と同じ結論に達している。ゴキちゃんシリーズ、展開」
ルーザックの指示の後、目玉爆撃機からバラバラと落ちてくるものがある。
これを見て、スタニックは顔をしかめた。
それは、人間の子どもほどもあるゴキブリに見えたからである。
昆虫型ゴーレム、ゴーレムキラーことゴキちゃん。
彼らの背中には、普段ならば必要ない、パネル型のパーツが組み込まれていた。
「陣形の組み合わせのパターンは幾つか見つけてね。ゴキちゃん! 剣の陣形!」
キシキシキシッ、とゴキちゃんたちが応じた。
ルーザックの背後で、扁平なゴーレムが隊列を組む。
すると、そこに陣形が生じた。
それが人であれ、魔族であれ、そして物であれ。
紋章を然るべき形で組み合わせれば、陣形が発動する。
結果、光り輝く騎士を引き連れたスタニックに、光り輝くゴキちゃんを引き連れたルーザックが相対する形になった。
「猿真似だけで、この私とやりあえると思うてか! ふんっ!」
仕掛けたのはスタニックである。
盾で突進するような動き。
足元の地面が大きく抉れ、彼の突進が巨体のオーガすらも凌ぐパワーを秘めていることを知らせる。
対するルーザックは漆黒の剣を構え、背中と足から魔力を風のように発して前進した。
「せいっ!!」
振りかぶり、打ち下ろされるのは、不壊なる魔剣、アトモス。
剣王の聖剣すら破壊したこれは、しかしスタニックの盾の前に弾かれた。
「なんと!」
「それが原子剣アトモスか! だが、いかな無敵の剣と言えど、我が陣形を打ち破ること能わず! 陣形とは形なき力。形なきを打ち崩すことはできぬ!」
「なるほど、道理だ。はあっ!」
今度は横薙ぎの一撃。
これもまた、スタニックは盾を巧みに使って受け流す。
アトモスが通用しないと言っているが、実際は違うとルーザックは察した。
陣形による強化も合わせて、黒い魔剣とまともに打ち合わず、いなしているのだ。
ルーザックによって撃ち込まれる真正直な連続攻撃。
正直なだけに、これを尋常な腕では捌くことは難しい。
当たれば一撃で決まる、剛力と最強の剣である。
故に、それを真っ向から捌き続けるスタニックは、尋常ならざる腕と言えた。
騎士王結界に盾の陣形を発動させ、守りを固めつつ、手にした剣でルーザックを打つ。
「はああっ!!」
「むっ!」
ゴーレムアーマーが攻撃を防ぐものの、相手は騎士王。
その攻撃を無限に受け続けて良いものではない。
「なるほど、君は駆け引きが通用しないタイプの相手か」
「戦の途中に軽口を叩くか!」
「私は喋りながら、思考をまとめていくタイプでね」
やや後退しながら、ルーザックは左手を振り上げた。
そこに、ゴキちゃんの一体が飛びつく。
「サイク!」
『おうよ! 魔眼光ミニマム!』
ルーザックを目掛けて、目玉爆撃機から魔力の塊が放たれた。
だが、それは黒瞳王に直撃する寸前で軌道を変え、彼の左手にくっついたゴキちゃんへと吸収される。
ゴキちゃんのアーマーが爆ぜ、内部構造が顕になった。
「なにっ!」
警戒でスタニックが身構える。
ゴキちゃんの内部には、黄鉄鉱のクサビで作られた砲身が存在していたのである。
サイクの魔眼光が、砲身の中を移動していく。
「これをいなすことができるかな! 発射!」
ルーザックは、魔眼光を解き放った。
光の奔流が、スタニックに叩き込まれる。
「ぬおおおおっ! なんのおっ!!」
騎士王スタニック、一歩も退かず。
盾を掲げ、これを真っ向から受けてみせた。
大地が抉れ、削れていく。
しかし、退かぬ、下がらぬ。
騎士王スタニックはその場から、寸毫も下がってはいない。
『ほほおー!! ルーザック! 騎士王めは昔よりも腕を上げておるぞ!! 我輩の力が減じているとは言え、魔眼光を真っ向から受けて耐えられる者など、陛下を除けば二人しかおるまい! 剣王と騎士王だ! こやつ、以前は魔道具の助けを得てどうにか耐えておったものを、今は己の力と根性だけで耐えておる! これは、我輩の魔眼光では倒せんなあ』
「それほどのものか、騎士王」
ルーザックは感心した。
彼の使っていた砲身はすぐに焼け付き、ゴキちゃんはポロッと地面に落ちた。
「恐るべき攻撃……! 私でなければ死んでいただろう」
立ち上がるスタニック。
汗を流しているが、息が上がっている風でもない。
このまますぐに戦闘に戻れるだろう。
「なるほど、厄介な男だ。剣王のように策に乗るわけでもない。何があっても揺るがぬ正道で攻め寄せる、単体で戦況を変えうる個人戦力。ダークアイにとっては最悪の相手だな」
しかし言葉の内容とは裏腹に、ルーザックは飄々とした様子でアトモスを振りかぶる。
「むっ!」
これを、盾でいなそうとしたスタニック。
だが、剣は自ら、盾を目掛けて撃ち込まれた。
強烈な衝撃。
魔眼光ですら一歩も下がらなかったスタニックが、僅かに後方へと押しやられた。
「こっ、これは……!! 捻りのない、基本の上段! だが……恐ろしく練り込まれた迷いのない一撃!」
スタニックの腕がビリビリと痺れている。
あれをあと数度受ければ、盾は割られる。
ここまで打ち合って、黒瞳王という男の手の内を、スタニックは察していた。
戦術においては奇策を連発する、稀代の策士かもしれぬ。
だが、黒瞳王ルーザックは剣士としては凡庸。
凡庸どころか、才能がない。
フェイントも全く使えず、技のレパートリーもない。
おそらく、上段、横薙ぎ、そして突きの三つの基本技しか使えまい。
問題は、このルーザックという男が、己の非才を十分に理解していることだ。
理解しているからこそ、己の使えるもののみをシンプルに鍛え上げた。
上段は当たれば死ぬ。
横薙ぎは当たれば死ぬ。
突きは当たれば死ぬ。
彼の攻撃を至近距離でいなせるものは、剣王アレクスと騎士王スタニック以外にはおるまい。
いや、狂王ラギールならばあるいは。
「恐るべき敵だ」
「恐るべき敵だ」
異口同音の言葉が漏れる。
自然と、互いの口元に笑みが浮かんだ。
これより数合の打ち合いで、勝敗は決するであろう。
ルーザックの剣をまともに受ければ、盾は持たない。
盾を失えば、スタニックがルーザックと相対することは極めて難しくなる。
黒瞳王の守りの薄さを突けば、ゴーレムアーマーの破壊も難しくない。
幾度かの攻撃を凌げば、スタニックの剣はルーザックに届く。
彼が手にするのは、聖なる盾と聖なる剣。
どれも、魔王クラスと戦える業物なのだ。
両雄は、息を吸い、吐き、間を測る。
一撃必殺。
あるいは次の一撃に繋がる一撃。
ここからの戦いに遊びは無い。
そしてどちらにも、相打つつもりなど無い。
一方的に、勝つ。
「おおおおおっ!!」
「あああああっ!!」
次の瞬間、二人が動いた。
ルーザックが魔力を纏い、ゴーレムアーマーの力で加速する。
騎士王はランスの陣形を纏い、騎乗槍の鋭さで突進する。
双方がぶつかり合う、と思われたその時だった。
突如、空の太陽が二つになった。
新たに現れたのは、黄金の太陽。
そこから、極太の稲妻が大地に降り注ぐ。
「!?」
ルーザックと騎士王は、起こった異変に気づくと、素早く距離を取った。
一瞬前まで、彼らが打ち合おうとしていた場所に、稲妻が降り注ぐ。
「ラギール!」
騎士王が天に向かって吠えた。
「勇者か」
ルーザックが空を見上げる。
黄金の太陽は、今まさに消滅していくところだ。
だが、これは一つの事実を意味していた。
「ラギールが解き放たれた」
「うむ。狂王は我らの戦場への介入が望みのようだな」
焼け焦げた大地を挟み、ルーザックとスタニックが向かい合う。
「黒瞳王ルーザック。いや、ダークアイ。騎士王国は、貴国に一時停戦を申し込む」
「ほう」
『停戦だと!? がははははは、臆したか人間が! ほれルーザック、相手は腑抜けだ。やってしまえ!』
「その停戦を受け入れよう」
『おいぃ!?』
目玉爆撃機からのツッコミをスルーし、ルーザックは頷いた。
「勇者ラギールを倒す必要がある。これについて、ダークアイはガルグイユと意見をともにするものだ」
「物分りのいい男で助かったよ。我々は、彼との決着を先延ばしにして来たのだ。そのツケを今、払う時がやって来たのだろう」
二人が見つめる先は、狂気王国バーバヤガ。
今そこで、大地から放たれる、無数の稲光が見える。
白昼の空を真っ白に染め上げるほどの輝きだ。
ここに、ダークアイ・ガルグイユの戦時同盟が締結された。
そして遠い場所。
「うおお……なんだありゃあ……」
谷底からようやく脱したその男は、空を見て呻いた。
旋風騎士団のマークは、崖下に落下した時に擦れて、ボロボロになってしまっている。
「ラギールがまた来るってのかよ。洒落にならねえなあ。魔族との戦争どころじゃねえぞ」
あるいは、ダークアイ側の陣地にて、メイドゴーレムたちに手当されて目を覚ました、水竜騎士団の団長。
彼もまた、地上から上がる稲妻を見ていた。
今まさに決着がつこうとしていた、ガルグイユの本陣でも。
ジュギィが、シャイアがそれを見る。
これから始まる戦いが、人と魔の垣根を越えて挑まねばならぬ、最初の難関なのだと。
それに気付いている者は、いない。
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